今週土曜日、1月28日に、大阪の「カロブックショップ&カフェ」にて、写真評論家・飯沢耕太郎さんとトークイベントを行ないます。飯沢さんの個展、「飯沢耕太郎ドローイング展 アフターマス 2011 3・11 14:46」のオープニングトークイベントという位置づけです。
旅、写真、震災のお話を、飯沢さんメインでお話するということになると思います。自分も、飯沢さんからどのようなお話が聞けるのか、またどんなイベントに展開するのか、とても楽しみです。
詳細は、カロさんのウェブサイトをごらんください。
ご興味のある方、是非お気軽にご参加いただければうれしいです。
トークのあとにはレセプションのようなものもあり、こちらもどなたでも参加できます。
http://www.calobookshop.com/
是非よろしくお願い致します。
ご来場いただける方は、サイト経由で予約をお願い致します。
今週は、明日は神戸、木曜は東京でそれぞれ取材、金曜は造形大の合評会で、土曜はこのイベント。いろんな人と会えるので、楽しみです。
今週もがんばっていきましょう!
更新しないまま随分と経ってしまい、いまさら年始初めての更新となりました。
正月から風邪を引いてしまい、それが長引きいまなお体調不良です。去年も年末に気管支炎になり、今年もこれはおかしいなと病院に行くと、また気管支炎という診断。以前は風邪は動いて治す派だったのに、いまは食っても動いてもなかなか治らなくなり、ああ、これが年齢かなと感じたり。。うーん、体力がないのが原因かもとも思ったり。少しだけジョギングはしているのだけれど。
年始早々いろいろと思うところがあり、今年の抱負みたいなものをブログに書こうとしたものの、どうにもまとまらずいまだにちゃんとかけずにいます。でもとりあえず、一言でいえば、「今年は『プロ意識』を上げたい」ということ。物書きとして、ほんとにもっと真剣に、覚悟を決めて仕事をするということです。
何の仕事であっても、この人はすごい!と思う人ってやっぱりその仕事に懸ける思いとか、自分はこれで生きていくんだっていう意識が本当に強いと感じます。そういう人のした熱のこもった仕事に自分は感動するし、自分もそういう仕事をしなければって強く思うようになりました。もちろん、これまでしてきた仕事にも自分は全力でやってきたつもりだけれど、何か、意識の持ち方として、自分はふわふわしてるというか、逃げ腰というか、中途半端な感じがしてしまってます。今年は、その意識を変える年にしたいです。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
さて、以下は宣伝になりますが、今日、明日ぐらいから書店に並ぶ講談社のノンフィクション専門誌「g2」(ノンフィクション新機軸メディアG2)に、人物ノンフィクションを寄稿しています。ミュージシャンの若旦那さん(湘南乃風のメンバーとしても知られます)の話です。
もともと物書きをしたいと思うようになったが、沢木耕太郎さんの人物ノンフィクションに惹かれたためで、自分はじつはこういうのをやりたかったという思いがあります。決して出来が満足という意味ではなく、内容についてはかなり悪戦苦闘した末の習作といえるものかもしれませんが、自分としては、新たな一歩となる作品だと思ってます。機会がありましたら、読んでいただければうれしいです。
で、これから現実に戻って、明日までの原稿を仕上げます。。
★ それから、いま発売中の「Meets Regional 2月号」にインタビュー載ってます。
こないだ告知した通り、先週金曜16日、ジュンク堂書店大阪本店にて、写真家の青山裕企さんとのトークイベントを行ないました。ともにミシマ社から新刊(青山さん『透明人間⇔再出発』、ぼくは『中国でお尻を手術。』)を出したばかり、そしてともに「ユウキ」、さらに旅、写真という接点があるということで、
「旅に出よう! 写真を撮ろう! ダブル・ユウキ対談」
と題されたイベントになりました。(司会はミシマ社代表・三島邦弘さん)
今回は、我ながらとっても面白いイベントになったように思いました。話しながらやたらと楽しくなり、おそらく青山さんも同じ気持ちで、そしてお客さんにもそんな空気を共有してもらえたように感じました。
青山さんは、空飛ぶサラリーマンを撮った『ソラリーマン』や、誰もに自らの甘酸っぱい思春期を思い出させる、女子高生のきわどい姿を撮った『SCHOOLGIRL COMPLEX』などで知られ、いま大活躍中の人気写真家です(吉高由里子『UWAKI』なども彼の作品)。
http://yukiao.jp/
この青山さん、同じ「ユウキ」だけであるだけでなく、本当に自分といろんな共通点があって、話しながらお互い驚くほどだったのです。ストーカー的に女性を追った遍歴、コンプレックスに悩み、それを克服するのを一つの目的として旅に出て(ぼくは吃音、青山さんは人見知り&大失恋?)、そして旅の途中で大きな転機が訪れ、それが現在の仕事へとつながり、いまに至ること。また「ストーカー時代」はともに1997年だったし、その時代にはともに、互いの相手に大量の手紙を出していたり(=その数々の長い手紙の執筆が文章修行になったようだ、という認識も(笑))。。また互いに長い旅をしているものの、ともに根っからのハードな旅人キャラではないことも。
(青山さんのこの大失恋ネタについては、ミシマガジン連載「<彼女>の撮り方」の第1回~第3回をチェック!)
二人が話したのは、互いに当時としてはかなり恥ずかしかったり情けなかったりイタかったりする過去です。でもいまはそれを笑いに転化できるぐらいの時間が経っています。話しながら、青山さんが当時考えていただろうこと、感じていただろうことが、そっくり自分にも当てはまり、手に取るように分かる気がして、本当にびっくりでした。
さらに、トークを進めるうちに、二人ともその時代が、そしてコンプレックスと格闘したことが、大きくいまの創作活動につながっていることに気付かされました。
ぼくにとっては、明らかに、吃音があったことがいまの自分の道を決めたし、また物書きとして生きていくための原動力になっています(吃音は『中国でお尻を手術。』の大きなテーマのひとつです)。また、青山さんも、女性に振られた(と思ってしまった)ことが、旅に出るエネルギーの源泉であり、そこである日突然写真家になると決めて、旅をやめて日本に戻ってきました。そして、どうして『ソラリーマン』のように、人が空を飛ぶような写真を撮り始めたかといえば、人見知りのために正面から相手と向き合って撮ることができなかったから、といいます。
コンプレックスが原動力。そして自分は普通の人だから、とにかく自分の核となってるものに正直に向き合い、それをむき出しさらけ出して表現しなければ勝負にならない、という意識。青山さんの体験、そして自分の過去を思い出して、いかにコンプレックスというのは、自分を鼓舞する武器になりうるか、ということを改めて実感しました。
『SCHOOLGIRL COMPLEX』を読んだときは、青山さん自身が本当に裸一貫になって自分自身をさらけ出して勝負してるという迫力が伝わってきました。きっとそれが青山さんの作品の作り方だし、それは自分にとってもかなり感覚的に近いものがありました。
いずれにしても、ダブル・ユウキは今回かなり意気投合し、いいイベントになったという実感を得ました。是非また近いうちに、今回の続編となるイベントをやりたいと青山さんとともに考えています!
今回のイベントに来ていただいた方、関係者のみなさま、本当にありがとうございました!
前回も告知した、写真家・青山裕企さん(『ソラリーマン』『SCHOOLGIRL COMPLEX』など)とのトークイベントが明日16日に迫りました。
ジュンク堂書店大阪本店 18時半からです。とっても面白いイベントになるのではないかと思うので、ご興味のある方は是非、以下より詳細をご確認ください!
http://blog.mishimasha.com/?eid=995700
また、同じく明日、午前11時からは、KBS京都ラジオ「妹尾和夫のパラダイスKyoto」に出演します。『中国でお尻を手術。』について話します。
京都では、ネットでも聴けるはずです(http://radiko.jp/)。
受信可能地域の方、よかったら是非。
よろしくです~。
次のちょっと大きめな仕事がひと段落して、ここ2、3日は少しリラックスして過ごしてます。
さて、来週新たなイベントをまたやらせていただきます。
12月16日(金)18時半~ ジュンク堂書店大阪本店にて、写真家・青山裕企さんとのトークイベントです。青山さんは、『ソラリーマン』や『SCHOOLGIRL COMPLEX』などで知られるいまとても注目の写真家です。(青山さんは今月、詩人の谷郁雄さんとともにミシマ社より、『透明人間 再出発』という写真&詩集を出されます。)
テーマは「旅と写真」。じつは、青山さんとぼくとでは過去にいろいろと妙な符合がありそうで(勝手にそんな予感がしているだけですが笑)、テーマを越えた予想のつかない楽しい話が出てきそうな機がします。
ご興味のある方は是非、お気軽に!
詳細は、ジュンク堂書店さんのHPをご覧ください。
それから、なかなかメディアへの露出が進んでいなかった拙著『中国でお尻を手術。』ですが、最近ポツポツと出始めました。
こないだの日曜日、4日は、日経新聞の読書欄、京都新聞の読書欄で紹介していただきました。また今週発売のダ・ヴィンチにも、「注目の新刊情報」に載せていただきました。
日経新聞
「・・・南部の昆明でのマンションを借りての生活、上海で経験した家庭教師の仕事、予期せぬ手術。そこで実感した反日感情、中国人の気質。日々の驚きや戸惑い、発見をユーモアあふれる筆致で、生き生きと切り取る。・・・」
京都新聞
「・・・気ままな旅の醍醐味とともに、時には「自分は大丈夫か」とウジウジする弱さも披露。旅とは何か。生きるとは? そんな根源的な問いを優しい口調で投げかける」
ダ・ヴィンチ
「・・・淡々とした筆致だが、だからこそ面白く共感できるエピソードの数々に思わず引き込まれてしまう」
どれも素敵な紹介を本当に感謝です。
また、以下は、ラジオやイベントでネットで視聴可能なものです。
よかったら覗いてみてください。
★FM797三条ラジオカフェ「Thinktank Journal」(12月6日出演。パーソナリティ・中野有さん)
国連職員として20年間世界を駆け回ってきた中野さんとのノマドなトーク。
fm797thinktank2.seesaa.net
★紀伊国屋新宿南店「ミシマ社ウィーク」でのミシマ社代表三島邦弘さんとのトークイベント(11月21日)
『中国でお尻を手術。』誕生秘話や、昆明時代なぜぼくは手で大便をキャッチしなければならなかったかについて、など。
http://www.youtube.com/watch?v=W9URIAuE2mc
引き続きよろしくお願いします!
今日はそよの誕生日。おかげさまで2歳になりました!

夜中の2時ごろ、モトコが破水して二人で病院に駆け込み、その後モトコが20時間近く激痛と格闘した果てにそよを生み出してくれてから、もう2年。なかなか感慨深いものがある今年の誕生日です。
日に日に目に見える成長を遂げていく姿を見ていくのは、本当にうれしいものがあります。自分の人生を一からやり直しているような気分になれるっていうか。覚えていないはずの自分の幼いころの気持ちがふとフラッシュバックすることもあるんですよね。
そよを抱っこしているとき、自分が父親に抱っこされている感覚が突然蘇ってきたり、そよが泣いてる姿を見て、自分が泣いている感覚がリアルに戻ってきたり。。。そんな感覚が身体のどこかに眠っていたということが不思議だったり、びっくりだったり、人間の神秘さを感じます。

(先週。皿を頭にのっけておどけるそよ。最近、かなり三枚目キャラであることが判明中。行儀の悪さも相変わらず)

(こちらはちょうど一年前。ヨーグルトで作ったケーキを食べるのに床にビニールシートを敷いて、大掛かりな作業。今年は本物のケーキを少し、机の上できちんと食べてました)
家族、友だち、保育園、近所の人など、いろんな人に励まされ、助けられながら2年間やってこられました。本当に感謝です。
今後ともどうぞよろしくお願い致します。


(昨日のそよとモトコ)
11月の3つのイベントが、昨日で無事にすべて終了しました。
19日の新宿ネイキッドロフト(「旅人の夜 アジア遊牧」)、21日の紀伊国屋新宿南店トークイベント(with三島邦弘さん)、26日の京都・大垣書店四条店トークイベント。
どれも、温かなお客さんに囲まれて、楽しい時間を過ごさせていただきました。
19日は、主催者でライターの片岡恭子さん、超ベテラン旅人フクゾウさんとともに、3人でのトーク。会場の新宿ネイキッドロフトは、トークやライブイベントが連日行なわれるサブカル系のイベントスペースで、若干のアングラ感&酒を飲みながらのトークというのがなかなかよかったです。こちらは、途中であの牛山さんが登場するというかつてない展開を見て、大盛り上がり。牛山さんの旅の仕方にみな驚愕・感嘆・爆笑し、牛山さんが熱唱した牛山ロックの2曲("globe trotter"と"30年"だったはず)に感激・喝采!牛山さんがクロアチアを国外追放になり急遽日本に戻ってきたのは、このイベントのためだったのではないか、というぐらいのすごいタイミングで彼が日本に居合わせてくれることになり、実現したこの企画。3時間におよび、少し長すぎた感はありましたが、とても貴重でエキサイティングな夜となりました。
(YouTubeで「近藤雄生」などで検索していただけると、牛山さんの歌が聞けます!)
21日は、紀伊国屋新宿南店「ミシマ社ウィーク」の連続トークイベント企画の初日で、ミシマ社代表の三島邦弘さんとぼくが対談することになりました。店内で、一般のお客さんが通り過ぎる中での40、50分ほどにわたるトークで、これもまた新しい試みでした。設けられた15席ほどの客席のお客さんと、立ち止まって聞いてくださった方々もよく笑ってくださり、そのおかげで楽しくトークを展開できました。『中国でお尻を手術。』の制作の中で三島さんと話しあった内容などを、いろいろとお話しました。
(これもYouTubeにトークの動画あり。)
そして京都に戻って、昨日26日の大垣書店四条店のトークイベントは、1ヶ月ぶりの一人でのスライドトーク。こちらもたくさんの方が来てくださりました。最初の15分ぐらいは、ギャグがすべりまくり、若干冷や汗をかいてしまいましたが、先月のイベントから投入したビルマ麻薬博物館ネタぐらいからみなさんに笑っていただけるようになり、ほっとして進めた1時間半。その後のサイン会、そして懇親会、さらには二次会もあり、22時半ごろまで、いらしてくださった方と飲み、語ることができて、こちらもとても楽しい夜となりました。やはりこのイベント後の懇親会(飲み会)というのは、いいですね。
ご参加くださったみなさま、お店のスタッフのみなさま、その他関係者のみなさま、どうもありがとうございました!今後ともどうぞよろしくお願い致します。
次回のイベントは、まだ正式には発表になっていませんが、12月16日(金)の夜、ジュンク堂書店大阪本店にて、写真家の青山裕企さんとの対談です。テーマは「旅と写真」となる予定。いま、超注目の若手写真家の青山さんに写真の話をいろいろ伺いつつ、盛り上がるイベントにしたいです。
ご興味のある方、是非いらしてください!
先日、TokyoMXテレビにて放送されたミシマ社の特集番組の映像はこちらです!
また、辺見えみりさんが、拙著『遊牧夫婦』をブログで紹介してくれました!じつは中学の同級生です。
本日19時半より、新宿ネイキッドロフトにて、トークイベントを行ないます。
あいにくの雨となってしまいましたが、楽しいイベントになるよう、がんばります!
もし、ご興味&お時間のある方、今日のご予定が決まってない方、
お誘いあわせの上、お気軽に遊びにいらしてください!
詳細は、以下です。
http://www.loft-prj.co.jp/naked/schedule/naked.cgi?year=2011&month=11
では、よろしくお願い致します!
これから、京都を出ます。
今週土曜日の新宿ネイキッドロフトでのイベント、いよいよ近づいてきました~。
急遽、びっくりゲストの登場が決定!
多くの人がその行方を気にしている不思議な人物が、突然日本に出没し、
当日駆けつけてくれるようです。
途中で、そのゲストの歌も入るかもしれない予想のつかないライブです!
きっと楽しいです~。
ご興味のある方、是非!
11月19日(土)19時30分~、
新宿ネイキッドロフト 旅人の夜 第18夜『中国でお尻を手術。~遊牧夫婦、アジアを行く』刊行記念 「アジア遊牧」。ゲスト・近藤雄生
詳細→ http://www.loft-prj.co.jp/naked/schedule/naked.cgi?year=2011&month=11
予約→ http://www.loft-prj.co.jp/naked/reservation/
よろしくお願い致します!
京都造形芸術大学にて、9月末から半期の半分で「旅行記」の講義を担当させていただきました。作家や編集者を目指す学生が集まる文芸表現学科の1年生への演習の授業。1回80分×2コマを7回、というものでした。それが先週で無事終了しました。
旅行記は、自分では書いているものの、じつはそれほど広く読んでいるわけではないので、去年、講義のお話をいただいたとき、これはやばいぞと、紀行文の古典と言われるものなども含めていろいろと読み始めました。しかし、読むのは遅いし、仕事で読まないといけないものに追われるしで、実際には数えるほどしか読了できず。
で、結局は、にわか勉強で読んだものの話をするより、自分が実際にいま書いているリアルタイムの話をした方が、学生にとってもためになるだろうし、話も臨場感が出て面白いだろう、と開き直って、講義を始めました。
学生は毎回20名ほどで(登録者が27名)、作家志望の人が多かったものの、ノンフィクションや紀行文に興味のある学生は少なそうでした。
「旅行記/エッセイ」という授業で、選択必修科目の一つなので、必ずしも旅行記を書きたい学生が集まるわけではない、どころか、紀行文に興味ある人はほとんどいなかったような按配でした。
でも、旅の話をすると、少なからぬ人が興味を持ってくれた感じでした。また、7回の中で3つ課題を出して、短い旅行記を書いてもらったのですが、みな思っていた以上にいい文章を書いてきてくれて、課題のチェックをするのもなかなか楽しかったです。
結局、紀行文を書こうといっても、まず旅に興味がないと、そんなもの書けるはずもないので、旅の面白さを話して、旅に行きたい!って思ってもらえるような授業にすることを目指しました。
その結果、少なくとも何人かは、旅に出たい!って気持ちをもってくれたようで、うれしかったです。
いまの若者は旅をしないってよく聞くけれど、今回講義をするなかで、まさにそれを実感しました。でもその一方で、みな、旅の話をすると興味を持って聞いてくれるし、知らないところにいくということ自体は、きっと誰もが興味があるはずだ、ってことも感じました。おそらくいまの学生たちは、旅に行きたいと思うきっかけがないだけなんじゃないかって。そのきっかけを与えられる講義になっていればと思います。
造形大の先生の一人が、「メディアなどから受け取る情報は、結局はすべて、買いなさい、買いなさい、ということにつながっていくことばかりだ」、とおっしゃっていて、そうだなって思いました。ほとんどすべてが購買欲を高めるための情報。
で、考えてみると「旅をしなさい」っていう情報(声)ってのはいま決して多くないし(むしろ「やめなさい」っていう声のほうが多いような。。)、それはもしかすると、「旅をしなさい」って言っても商売にならないからなんじゃないかな、って思ったりもしています。。そう思うと、学生たちが旅をしないのは、彼らが旅に興味ないからではなくて、結局、消費につながることばかりが席巻するいまの時代の流れなのかなと。そうであれば本当にもったいないっていうか、若者たちに旅に興味をもってもらえる機会を作らないといけないんじゃないかなって思いました。
自分のことなんてわかってるって思ってそうな若い人ほど、旅をしてほしいと思います。きっと、いかにわかってないか、ということがわかるから。人は比較対象を持ってみてはじめて、自分が何者かってことがわかってくるはずなのだから。
沢木耕太郎さんの『深夜特急』が若者を旅にかきたてたように、自分の本も少しでもそういう役割を果たせたらいいなと思います。
大学での講義は楽しく有意義でした。学生にもそう思ってもらえていたらいいのだけれど。
来年もまたいくつか講義を持たせていただく予定です。もっと書いて読んで勉強して、パワーアップさせないとな、と。
11月も、東京と京都でイベントをやらせてもらうことが決まっています。
ご興味のある方、是非遊びに来ていただければうれしいです!
【東京】
○11月19日(土)19時30分~
新宿ネイキッドロフト 旅人の夜 第18夜『中国でお尻を手術。~遊牧夫婦、アジアを行く』刊行記念 「アジア遊牧」。ゲスト・近藤雄生
開催まで2週間を切りましたが、予約状況がまだまだとのことです。
きっと楽しくなると思います!
どうぞよろしくお願い致します。
詳細→ http://www.loft-prj.co.jp/naked/schedule/naked.cgi?year=2011&month=11
予約→ http://www.loft-prj.co.jp/naked/reservation/
【東京】
○11月21日(月)
紀伊國屋書店新宿南店で好評開催中の「ミシマ社5周年記念フェア」、特に11月21日~26日が「ミシマ社WEEK」となるとのことで、その初日、店内でミシマ社代表・三島邦弘さんとぼく・近藤雄生とのトークをやります。本の制作にまつわる裏話など(?)、ぶっちゃけトークをする予定です!こちらも是非よろしくです!
http://www.kinokuniya.co.jp/store/Shinjuku-South-Store/20111106103235.html
【京都】
○11月26日(土)15時~
大垣書店四条店にて、『中国でお尻を手術。』刊行記念トークイベントを行ないます。こちらは四条店にて本書をご購入いただいた方に整理券を配布中です。ただ、ここだけの話ですが、他店でご購入いただいた方もOKです!と、四条店の赤井店長からうれしく寛大なお言葉をいただいてます(以下サイトより、四条店へお問合わせいただくか、直接近藤までご連絡ください。ykon(at)wc4.so-net.ne.jp )。昨年同様、トークイベントのあとには参加者のみなさまと懇親会(飲み会)も開催予定です!去年は、突然のイベント後飲み会だったものの、30人ほどが参加してくださり、非常に楽しく盛り上がりました。たくさんの方のご参加お待ちしてます!
http://www.books-ogaki.co.jp/
また、お近くにご興味ありそうな方がいらっしゃれば、是非お声掛けいただければうれしいです!
どうぞよろしくお願い致します。
新刊『中国でお尻を手術。』が発売して2週間近くたちましたが、まだいまいち『遊牧夫婦』のときほどの勢いが感じられずで、パブリシティに必死になってます・・・。
でも、自分としては前作以上の手ごたえがあり、是非広く読んでいただきたい!と思ってます。
以下、参考まで、うれしい感想の一つを、紹介させていただきます。
京都のライター仲間の方が書いてくださった感想です。
http://d.hatena.ne.jp/atutake/20111026/1319594073
是非、よろしくおねがいします!
(必死^^;)
先週21日の西荻「旅の本屋のまど」さんでの発刊記念イベント、昨日27日の大阪・ナカノシマ大学の講座「中之島から旅に出よう!」の2つのイベントを無事におえて、今日はちょっとほっとしています。
去年『旅に出よう』と『遊牧夫婦』を発刊して以来、2003年から2008年の、同じような話を何度もさせてもらっていて、そろそろ自分的にもこのネタは終わりにしないとなって気になっていたところです。なので、今回、新刊『中国でお尻を手術。』の発刊関連イベントでは、少し話を変えないとと思い、のまどイベントを前に、新たなネタを探すべく昔の写真を全部見直したりしていました。そしたら、本にも書いてなく、話もしていないけど、笑えるネタが結構たくさんあることを思い出し、のまどイベントでは、それらをもとに去年とはちょっと違う話をするべく試みました。
温かい反応をしてくださるお客様に恵まれて、しょっぱなからみなさん笑ってくださって、そのおかげでリラックスして話すことができ、いいイベントになったかなと感じました。のまどさんのお店の雰囲気も最高でした。
ぼくはメンタル弱いため、最初にウケるだろうところでウケないと、急激に意気消沈し、そのままトーンダウン、発汗して全然うまく話せなくなる傾向があるため(これは直さないといけませんが)、最初から笑っていただけると本当にありがたいです。だから、サクラを設置してでも最初は笑いをとらなければと、いつも出だしは結構緊張してます。
昨日のナカノシマ大学でも、笑いに厳しそうな大阪の方々の前だったので、さて、どうだろうと思ったものの、最初から温かな笑いで迎えてくださり、本当に気持ちよくお話しすることができました。ナカノシマ大学では、デザイナーの竹岡寛文さんとの対談だったのですが(街道歩きの鉄人!)、竹岡さんのさわやか軽快トークとうまくかみ合った感じで楽しかったです。
二人のイベントだったのに、厚かましくぼくの本の販売をさせていただき、しかも、たくさん買っていただいて本当にうれしかったです(新刊『中国でお尻を手術。』はその場で完売!)。そして、イベントのあとのアフターパーティーにも大勢の方が残ってくださって、みなさんとお話できて、とてもいいイベントになりました。
いらしていただいたみなさま、関係者のみなさま、どうもありがとうございました!!
楽しいし、本も買っていただけるし(笑)、イベントをもっと積極的にやりたいなあ、と思うこの2回でした。
11月は東京で2回(19日に新宿ネイキッドロフト『旅人の夜』、21日に紀伊国屋新宿南店でミシマ社・三島邦弘さんとのトーク)、京都で1回(26日に大垣書店四条店でトーク)の3回が決まっていますが、それ以外にも大阪の書店さんなどで何度かやらせてもらうことになるかもしれません。
よろしければ是非遊びにいらしてくださればうれしいです!
しかし、いつも、牛山さんネタのウケ方がすごい。悔しいけれど、自分で話しながら、なんだか牛山さんに全部持ってかれているような気分にも(笑)。牛山さん、是非トークイベントやるために一時帰国を!!お客さん超満員になりますよ!
先週金曜日、21日の旅の本屋のまどさんでのイベントは、多くの方に来ていただき、盛況でした!
いらしてくださったみなさま、どうもありがとうございました!
そして、明日10月27日は、大阪でイベントです。
大阪・ナカノシマ大学の講座として中之島のデザインミュージアムにて、「ナカノシマから旅に出よう!」という対談イベントを行ないます。お相手は、デザイナーで街道筋に造詣の深い竹岡寛文さん。そのあとはアフターパーティーもあり、楽しいイベントになると思います!まだ席はありますので、ご興味のあるかた、是非!
http://www.nakanoshima-univ.com/site/seminar/article/50
どうぞよろしくお願い致します!
新刊『中国でお尻を手術。 遊牧夫婦、アジアを行く』の発売は、10月21日ごろになる予定です。
どうぞよろしくお願い致します!
そしてまさにその日、21日(金)に、東京・西荻の「旅の本屋 のまど」さんにて、トークイベントを開催します。今回の本の中に盛り込むことができなかった話題などを中心に、この本をより楽しめるような、そして「遊牧生活」の魅力が伝わるようなお話ができればと思っています。
だいぶ予約をいただいてますが、まだまだ席に余裕がありますので、是非、多くの方に来ていただければと思ってます。ご興味のある方、どうぞお気軽にいらしていただければうれしいです!以下より、詳細をご確認ください。(事前予約制)
http://www.nomad-books.co.jp/event/event.htm
ではよろしくお願い致します!
昨日は、ミシマ社での5周年記念パーティーの二日目に参加させてもらいました。書店員さん、メディアの方々、ライター、編集者、作家、デザイナーの方々など、かなりの人数がミシマ社のほのぼの民家@自由が丘に集まり、これはこれは大盛況な楽しいパーティーとなっていました。
5周年、本当におめでとうございます!
さらに、ちょうど昨日、新刊『中国でお尻を手術。』が刷り上りました!パーティーに遅れて着くと、乾杯を待つ大勢の方々たちとともに、本の実物と対面しました。これです!

思っていた以上に素敵な仕上がりに感激でした!衝撃的なタイトルも、この表紙のイメージの中にきれいに収まり、一冊の本としてとてもいいものになった気がします。実物は写真以上にきれいで、手触りもいいので、是非書店で手に取っていただければうれしいです。『遊牧夫婦』と並べてみると、シリーズものらしさが感じられ、よかったら一緒に書棚に並べていただければ幸いです!
寄藤文平さん、北谷彩夏さん、素敵なデザインをどうもありがとうございました!
21日ごろには書店に並ぶ予定のようです。是非よろしくお願い致します!
長かった遊牧夫婦の続編の執筆がいよいよ終了し、発売が間近に迫ってきました。いまのところ10月20日ごろには、書店に並ぶのではないかと思います。
書籍執筆のためにウェブ連載を終了してから書き直しに5ヶ月近くかかってしまいました。相当手を加えました。ウェブとはほとんど別物になりましたが、一冊の本として、自分としてできることはやったと思えるところまでとことん試行錯誤できた気がしてます。
そして、タイトルも決まりました。え?っていう声も聞こえそうですが(笑)、以下になりました。
『中国でお尻を手術。 ―遊牧夫婦 アジアを行く―』
編集者のミシマ社・三島さんにつけてもらったタイトルで、自分としては最初はちょっとびっくり&反対だったのですが、考えに考え抜いた末、これで勝負することに決めました。そして最後まで書き上げてみると、自分としてもこのタイトルがしっくりくるようになりました。
ちょっと軽そうな本に聞こえるかもしれませんが、これはむしろ、全部をさらけ出す覚悟の現れとご理解ください!文体も内容も、前作よりもしまった感じに仕上げたつもりです。密度も濃く、しっかり楽しんでいただけることを願って書き上げました。
前作が、楽しげな旅の始まりの雰囲気を全面的に出したのに対して、本作は、旅が中盤に入り、ただ楽しいというだけではなくなったそのころの悩みや葛藤をじっくりと書きました。自分にとってこの旅はなんだったのか、自分にどんな影響を与えてきたのか、そんなことを思い起こしながらの執筆でした。そして、タイトルの通り、舞台の中心は中国となります。中国のハチャメチャな、でも楽しい風景の中での、ぼくらの右往左往を体感していただければうれしいです。
表紙も前作と同様、寄藤文平さんに手がけていただき、とても素敵なものに仕上げていただきました。自分としても実物を見るのがとても楽しみです。
前作を読んでいただいてない方もすんなり入れるように書いたつもりですので、是非、書店で見かけたら手にとっていただけるとうれしいです。そして、気に入っていただけたら、是非前作もよろしくです!
イベントも複数決まっています。
●まずは10月21日(金)に、東京・西荻窪の「旅の本屋のまど」さんにて、発刊記念トークイベントです。http://www.nomad-books.co.jp/event/event.htm
●10月27日(木)は大阪・ナカノシマ大学の講座として中之島のミュージアムにて、「ナカノシマから旅に出よう!」という対談イベント。お相手は、デザイナーで街道筋に造詣の深い竹岡寛文さん。
http://www.nakanoshima-univ.com/site/seminar/article/50
以下の二つはまだ詳細が未定ですが、
●11月19日(土)に、新宿ネイキッドロフトにて、「旅人の夜」出演予定。
●11月26日(土)に、京都の大垣書店四条店にて、トークイベント&交流会
などなどです。
では、どうぞよろしくお願い致します!
またまたブログの更新が一ヶ月も滞ってしまいましたが、元気でやっております。
ここ一ヶ月は、とにかく続編の原稿の仕上げに追われる日々でした。とはいえ、まだ終わったわけではありません。いよいよ最終コーナーは回った、という状況まできましたが、ここからの仕上げをがんばって、できる限り完成度の高いものにすべく、エネルギーを注ぎます。タイトルがまだ未定、という段階ではありますが、発売は、なんとか10月中に実現しそうです。よろしくお願い致します!
お知らせをいくつか。
★10月に大阪で対談イベントを行ないます。
大阪・ナカノシマ大学の講座として、10月27日(木)に、中之島のミュージアムにて、
「ナカノシマから旅に出よう!」
という対談イベントを行ないます。お相手は、デザイナーで街道筋に造詣の深い竹岡寛文さん。(中山道540kmを踏破!)
イベント後に自由に参加できるアフターパーティーもあります!楽しいイベントになりそうなので、興味のある方、是非下記ウェブサイトをご覧下さい(詳細&申し込み)
http://www.nakanoshima-univ.com/site/seminar/article/50
★京都在住のライター4人で、理系専門ライター集団を立ち上げました。
『理系ライターズ チーム・パスカル』
です。理系専門のライター集団を作ったら需要があるのではないか?と、ライターの知人たちとはじめました。理系のことが書ける人材というのはじつはかなり重宝されることが、ぼくも日本に帰ってきてわかりました。大学院修了以来、かれこれ7年ほど封印していた理系バックグラウンドをぼくも2年半ほど前に再起動させて、怪しげながらも、いろいろと理系の書籍や雑誌記事を書いてきました。
そんな理系ライティング経験者たちが協力して屋号なりを打ち立てたらもっと仕事も得やすいのではないかと、フリーなぼくらの処世術のようにして立ち上がりました。まだ開始から2週間ほどで、チームパスカルとしての受注実績はありませんが、みなベテランの書き手なので、道が開けていくのではないかと期待してます。
どうぞよろしくお願い致します。
チーム・パスカル ウェブサイト
http://teampascal.jimdo.com/
★『遊牧夫婦』の台湾版が発売になりました。
昨年の発売当初から興味を持ってくださった台湾の出版社が、かなり早く翻訳版を完成してくださり、8月に台湾にて発売になりました。表紙も、こんな感じで日本版とほぼ同じです。

翻訳者は、沢木耕太郎さんの『深夜特急』や、吉本ばななさんの作品なども手がける方で、訳文も期待されるものの、すっかり中国語が消えゆきつつある自分にはほとんど読むことができなそうで残念。でもちょっとみたところ、日本語をほぼそのまま訳して下さっているのはわかりました。ただすべて漢字なると、非常に真面目な哲学書みたいな雰囲気に見えました。
台湾在住の方、中国語の使い手の方、もし見かけることがありましたら、手にとっていただけたらうれしいです。
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以上、お知らせばかりになりましたが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

(最近のそよ。もう1歳8ヶ月になり、だいぶ意思疎通もできてる感じです)
一昨日やっと、『遊牧夫婦』の続編(タイトル未定)の原稿が概ね書き上がりました。
去年の7月に『遊牧夫婦』を刊行した前後から、その続きとして、ウェブマガジン(ミシマガ)での連載という形で毎週(ときに隔週)書いてきました。そして上海まで書き終えて、書籍用に書き直しを始めたのが今年の5月初旬のこと。
それから本当に、悩み悩み抜きました。ウェブ版から、書籍にふさわしいように全体の構成を少しずつ換えながら、章ごと削除したり、新たな章を追加したりしているうちに、構成も中身もウェブ版から相当変化してきました。
そして、やっと。
とりあえず今の段階で自分として納得いくところまで書き直すことができました。一冊の本として、一つの大きな流れを持った形になるように、とことん文章を絞り込みました。その作業にほとんど丸三ヶ月かかりました。
そしてこれから、ミシマ社・三島さんたちの大きな力を借りながら、さらなる磨き上げを行なって、完成へと向かいます。前作とはちょっとテイストの違う続編になりそうです。
今回もかなり気持ちを込めた一冊になると思うので、是非読んでいただければうれしいです。
いまのところ10月刊行の予定です。
どうぞよろしくお願い致します!

(7月のはじめには、「カポジ水痘様発疹症」という聞いたことのなかった皮膚病になり、首やお尻に衝撃的なできものが無数にできてしまったりもしましたが、おかげさまでそれも治り、元気に育ってます)
いま、宮城県南三陸町のホテル観洋のロビーからこれを書いています。
目の前の大きな窓の向こうには、太平洋へとつながる広大な海。そしてその隣を見ると、3.11の当日から少しずつ姿を変え、静まり返った街があります。

二ヵ月半ぶりにこの街にやってきて、まず驚いたのは、以前散乱していた大量の瓦礫が、大きく片付いたこと。そして、すべてを破壊され、押し流された土地には、緑の草が力強くその姿を現していました。
少し高い場所から街全体を望んだとき、以前は、全体が白、グレー、黒のモノトーンだったものの、いまは、全体が緑色に見えたのがとても印象的でした。そして、車を走らせると、道路の脇には、ピンと立ったひまわりがたくさん、とてもきれいに咲いていました。
いま、ぼくは、「南三陸町寺子屋プロジェクト『TERACO』」の現場に、来ています。
監修となっていることもあって、1日も早く参加したかったのですが、開始から一ヶ月を過ぎてやっと参加することができました。(とはいえ明後日には帰らないといけないのですが。。。)
TERACOは、いろんな方々の支援を受けて、とても素晴らしい環境に育ってきています。
ボランティアの学生がたくさん駆けつけてくれ、複数の方が教材その他を送ってくださいました。そして何よりも、そうして少しずつ整っていった部屋に来てくれる大勢の子どもたちの、一生懸命学ぶ姿、元気に笑う姿に力を得ながら、素敵な場所になってきています。
ご支援いただいているみなさまに本当に感謝いたします。
いま毎日、20人前後の子どもたちが、思い思いに勉強をしに部屋にやってきてくれます。
大学受験を前にして家をなくし、浪人は不可、私立も不可な状態で、国公立に向けて背水の陣でがんばる高3の子、2時間かけて通学し、ハードな部活をこなしながら、遅くまで数学の問題を解き続ける高2の子、毎日通ってコツコツと自分のやるべき問題と格闘する中学生、部屋を元気なエネルギーで満たしてくれる小学生たち・・・。
ぼくなんかは、本当の意味では想像すらできない大変な状況を抱えつつ、明るく懸命に勉強に取り組む子どもたちの姿には、本当に刺激をもらい、がんばってほしい!と心から応援したくなってきます。
子どもたちというのは本当に、どの町にとってもどの国にとっても、未来に向けての宝であり、希望なんだなということを強く感じます。
10年後、20年後、南三陸町がどうなっているかは、本当にいまの子どもたちにかかっているんだろうなと、子どもたちにとっては本当にそれは大変なことだけれど、そう感じます。
話し、聞くほどに、これからのこの町での教育についても、いろいろと考えなければならない問題があることを実感するけれど、少なくとも、必死に学ぼうとしている子どもたちが、震災によって未来への希望を断たれてしまうことがなければと思います。
でも、子どもたちを見ていると、むしろこの震災を力にしている子も少なくないのではないかと感じます。なんとか、彼らがみな、それぞれの道を思い切って進んでくれることを願わずにはいられません。
これからこのプロジェクトがどのように進んでいくかは、まだいろいろと未定なものの、今後とも、ご支援どうぞよろしくお願い致します。
ご報告まで。
南三陸町での寺子屋プロジェクト「TERACO」は、おかげさまで多くの方のご協力を得て、順調にスタートしております。連日、20名前後の子どもたち(小学生、中学生、高校生)が一室に集って、大学生のボランティア講師の教えを受けながら、遅くまで集中して勉強に取り組んでいるようです。みなほとんど休憩したがらずに、勉強し続けるほどだそうです。(自分は現地にいないので、報告を受けてのことです)
↓こんな感じで進んでるようです!(これは、カナダの大学に通う二人の学生が、自分たちの学生生活について紹介しているところ)
http://twitpic.com/5fvlfk (ホテル観洋のツイッターより)
登録者数は、6月24日現在31名で、小学生14名、中学生13名、高校生4名となっています。
子どもたちに書いてもらった感想メモの一部が以下です。
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・まだ習っていなくて分からなかった所が分かるようになりました
・いろんな√のやり方が分かったので良かった
・学校の授業より集中できましたっ!また よろしくお願いします
・今日はじっくり社会を教えて頂き、ありがとうございました!おかげであんきできました
・フツーによかった
・いろんな事がわかったので良かったです
・英語の暗記を頑張ってやりたいです。とても分かりやすかったです。
・理科のワークテスト範囲、だいたい終わってよかった。ワカメは植物。
・社会や数学で疑問に思っていたことをていねいに優しく教えてもらいわかったのでとてもよかった
・数学のわかんない所がわかって良かったです。社会の復習もできました
・とても楽しかったです
・きょうなにもない
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また、大学生が、自分たちの学生生活について中高生に話すという場も作っていて、そういう場を通じて、中高生が、大変な状況の中、勉強へのモチベーションを上げていってくれればと考えています。
講師で来てくださる方も少しずつ増えておりますが、まだまだ、人数が足りてないので、参加ご希望の方は、是非ご連絡いただければ幸いです。
また、参考書や問題集が不足しているため、募集しています。いまのところ、小学生用、中学受験用参考書・問題集が特にうれしいようですが、今後いろいろとニーズは増えてきそうなので、高校生用まで含めて、どの科目でも、もしいただけるものがあれば、下記宛先までお送りいただければ幸いです。
〒986-0766宮城県本吉郡南三陸町黒崎99-17
ホテル観洋 「TERACO」 小楠あゆみさん宛
では、よろしくお願い致します!
自分も早く現地に行きたいなあ~と思っています。
京都より
南三陸町寺子屋プロジェクト「TERACO」は、開始予定日が6月17日となりました。
以前お知らせした内容の補足点ですが、
ボランティアで来てくださる方のための、仙台からのホテル観洋への送迎バスは、火曜日と土曜日の運行となります。ほかの曜日はいまのところ予定されていません。また、ボランティアの方の食事も、ホテルの方で無料でご提供いただけることになりました。
また、日曜日には、東北大学の方々のご協力を得て、高校生向けの受験対策教室が開催される予定です。
その他、今後も少しずつ状況が変化する可能性がありますので、詳細についてはご連絡いただければ幸いです。ボランティア講師もまだまだ募集中です!
よろしくお願い致します。
南三陸町寺子屋プロジェクトについての続報です。
いまのところ、6月13日から開始予定です。
また、ボランティアで来てくださる方には、会場となるホテル観洋さんで食事の提供もしてもらえるとのことです。また仙台からの送迎も、ホテルのバスに乗せてもらえるとのことになりました。ホテル観洋さん、どうもありがとうございます。また、宿泊も、前に書いた通り、ホテルの部屋を一室空けていただけるので、参加者の必ず必要な負担は、仙台までの交通費のみということになりました。
では、どうぞよろしくお願いします。
お知らせまで。
宮城県の南三陸町で、「寺子屋」が始まります。
被災地の子どもたちの勉強のお手伝いをさせてもらおう、というプロジェクトです。
勉強する環境が十分に整わなかったり、思うように勉強が進まなかったり、やる気が出なかったりと、震災後、勉強に関してもいろんな問題を抱えている子どもたちの支えになれればと、大学生らが現地に滞在して、勉強のわからないところを教えたり、相談に乗ったりできる場をつくります。
5月に南三陸町を訪れ、志津川小学校で一日だけですがボランティアをしました。そのとき、避難所となっていた小学校の体育館で、寺子屋が開かれていました。
小学校の避難所はすでに解散となり、被災者の方々はいまは二次避難所に移られていますが、今後も寺子屋を続けてほしいという要望が親御さんらから複数寄せられたこともあり、ボランティアの方の一人が、寺子屋の継続のためにこのプロジェクトを立ち上げました。ぼくは、学習指導の面でのサポート役、監修のような感じで一緒にやらせていただきます。
6月13日よりスタートして、二次避難所が解散となる9月ごろまでをとりあえずの活動期間としています。
以下がその概要となります。現地に滞在して活動していただける学生の方、その他学習指導経験のある方などを募集しています。ご興味のある方、お気軽にご連絡いただければ幸いです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
プロジェクト名称 「TERAKO(仮)」
■目的・・・ 学校授業の補習 (復習 予習を含む)
■教材・・・ 各自持参(教科書 ドリル プリントなど)
■学習内容・・・ 数学(算数)英語 座学
■対象・・・ 小学5年生~高校3年生
■場所・・・ ホテル観洋
〒986-0766宮城県本吉郡南三陸町黒崎99-17
TEL : 0226-46-2442(代表)FAX :0226-46-6200
http://www.mkanyo.jp/
■時間 小学生(5年生 6年生) 17:00~18:00(60min)
中学生 高校生 19:00~20:30(90min)
■3グループ
①月曜 水曜(週2日)
②火曜 木曜 金曜(週3日)
③日曜 (週1日)
※午前中と土は各自 ボランティア活動など自由行動(スタッフ)
■登録制とする(→遊び場化するのを防ぐため)
■期間 6月13日(暫定予定)~二次避難所(ホテル観洋様)解散まで(9月頃?)
■運営 NPOグランドラインズ
(申請準備中 http://grandlines.net/index.html (現在作成中) 代表 小楠あゆみ )
■監修(サポート役) 近藤雄生【ライター 講師】
1976年東京生まれ、京都市在住。著書『遊牧夫婦』、『旅に出よう』。現在、ライター活動とともに、進学塾にて中学生に数学の指導も。今秋より、京都造形芸術大学にて非常勤講師。
■講師スタッフ
学生ボランティア講師 常時3名~4名
(講師も登録制として ①長期スタッフ ②7日以上滞在可能スタッフ)
・滞在中は、ホテルの一部屋で雑魚寝予定。
・お風呂はホテルで入れます。
・現地までの交通費、交通手段は各自でお願いします。登米市まで来てもらえれば、現地から迎えに行くこと可能です。(仙台から登米までは高速バスあり)
・食事は、ホテルで2食1000円程度で提供してもらえるとのこと。また、近くにコンビニも(コンビニまではホテルからはバスあり)
(※これらの費用のご協力をいただける企業・団体さまも現在探しております。)
■その他
wifi設備あり。プリンタも利用可。
今日は、愛知県立岡崎高校の進路講演会に招いていただいて、全校生徒の前で1時間ほど話をさせていただいてきました。
もともとは去年、岡崎高校の国語の先生が、「旅に出よう」を読んで下さってこの講演会を企画してくださいました。最初に連絡をいただいたのが1年近く前で、随分前から決まっていた話だったので、ついにこの日がやってきた、という感じで臨みました。
全校生徒1000人以上と聞いていて、その人数の多さに大丈夫かな・・・と若干緊張気味でしたが、体育館の壇上に上がるや否や、前方の3年生女子のみなさんのなんだか楽しげな笑顔が見えて、ほっと気持ちがほぐれました。そして先生にご紹介いただき、話し始め、出だしに仕込んだいくつかの小さなギャグのウケ具合を見て、全体の雰囲気をつかもうと思ったら、最初から予想以上にみなさん「はははははーっ!」とウケて下さって、本当にリラックスして、楽しい気持ちで話し始めることができました。
しかも、中間試験の最終試験が終わった直後の講演会ということで、みな、眠さのピークで、とにかく早く解放されたいときなはずなのに、生徒のみなさん、気を遣ってくれて、優しい!と感激ひとしおでした。
その後も、ぼくの高校、大学時代の話、旅の話、ストーカー話、進路選択、ライター、吃音、若旦那、震災など、どの話題にもみなさんちゃんと耳を傾けてくれ、まじめな話題は静かに真剣に聞いてくれて、ここで笑ってくれるかな......と思って、ポッと軽口を叩くと、、、、「わははははー!」
いやあ~、ほんとに岡崎高校、できた生徒さんたちでした~。
とても優秀な進学校なので、みんなクールに斜に構えた感じだったら辛いなあ、と思っていたのですが、すごく素直そうな感じのいい子たちばかりで、とても清々しい気持ちになれた一日でした。
終わったあとは、部活も見学させてもらいました。特にバスケ部は、自分の高校時代を思い出しながら、女子マネさんにイスまで出してもらって「何さまだよおれは」って雰囲気でしばらく見学。岡崎高校はバスケなどのスポーツも強いらしく、ナイスガイがひしめき合いながら、体育館を「キュッ、キュッ!」と言わせてました。フットワークの動きが懐かしいー。
講演会では言おうと思いつつ言わずじまいだったけれど、自分はキャプテンになった最初の試合は、なんと衝撃の前半9分5ファール退場というありえない突っ走りぶりを見せてしまいました。
1分1ファールを励行して、まずは手堅く4ファール。コーチに「近藤、分かってるな!」と激しくにらまれ、その般若面の意味は重々理解していたものの、身体がついていかず。5分粘っただけで、9分で最後の5つ目を激しくもぎ取りにいってしました。完全に馬鹿キャプテンです。ありえません。
キャップがそんなだったので強いわけもなく、ある練習試合では頭にダンクを決められ味方にも笑われるというおいしい場面もしっかり確保しながら、インターハイ予選の一回戦で堂々と敗れて引退していきましたとさ。・・・・・・という自分の甘酸っぱい日々も思い出したり。
ああ、高校時代っていいなあ、って思いました。そしてすっかり自分はおっさんになってしまったなあ、と。でもとても楽しかったです。
岡崎高校のみなさん、今日は本当にありがとうございました!
みなさんのますますのご活躍、楽しみにしてます。
またどこかでお会いしましょう!
今回、東北に行って、「取材する」ということについて、いろいろと考えた。
ぼくは、「取材する」ということに慣れることができない自分を、この仕事を始めた以来ずっと感じ続けている。もう7,8年。だから、「取材」って言う言葉も自分にはなんか肌に合わなくて、人にはよく、「話を聞かせてもらう」という言い方をしてきた。初めは単純に自信がなかったということもあるけれど、いまなお、その気持ちは変わってない。
なんでそんな風に思うのだろうと考えると、突き詰めれば自分は、「取材」という行為に対してどこか懐疑的だからなんだろうな、と思う。「取材」と称してちょっと人の話を聞くことでいったいその人の何が分かるのだろう、という思いがある。話を聞かせてもらう相手にとって、いきなり外からやってきて話を聞いて、わかったようなことを書く自分はなんなんだろう、という思いがある。
さらにその上、メディア、つまり書く側、伝える側というのは、妙な影響力を持つことがあるために、「取材」においても、取材する側が、される側に対して妙な力を持ってしまうということがある。その関係を、じつに居心地悪く感じ続けている。
今回東北で被災者を前にして、とてもつよくそう思っている自分を意識した。
いったいどんな顔して話しかければいいのだろう。遠くから突然やってきて、話を聞かせてくれと迫る自分ってなんなんだろう。何もかもを失い、この地ですべてを立て直さないといけないこのおじさんをを前に、遠く関西から数日だけ突然やってきて話を聞いてまた帰っていく自分ってなんぼのもんなんだ、と。
そんな気持ちが強く芽生え、物怖じしてしまうことが多々あった。そしてときにぼくは、そのまま何もできず、誰とも話せずに、ただおどおどしていた。
しかし――。優れたノンフィクションの書き手は、この辺の問題をすでに自分の中であれこれ考えた上で、クリアしているはずだと思う。話を聞かせてもらうということは、それだけ重いことであり、誠意を持ってお願いしなければならないこと。でも、そういうことを意識してきちんとお願いした上で話をきかせてもらい、それを丁寧に受け止めてアウトプットすれば、話してくれた人にとっても、少なからぬ意味を持つものになる可能性があるはずだ、と。
だから、難しいのは当然のことであり、そう認識した上で、しっかりと気持ちを伝えて話を聞かせてもらう。そして「取材」という行為が持つ限界を知った上で、そしてその制約の中で、むしろその制約をリアリティと緊張感を生み出すための大切な要素として書いていくことが出来る人が、本当の意味でのプロのノンフィクションの書き手なんだろうなと思う。
だが、自分にはそれがまだ十分に出来ていないことを、東北に行ってみて強く感じてしまった。これから経験を積むことで解消されていくのか。それともこれはもって生まれた性格の問題なのだろうか。
自分には、書き手としての大切な何かが欠けているなと思う。それが本当に今後、致命的な欠点になるのか、それとも、より自分に適した方法を見出すための道しるべになるのか。それは分からない。
ただ自分は、取材者という立場よりも、直接コミットする立場でいる方が向いている、と思うときが少なくない。でも同時に書き手でもありたい。自分の心の欲するところによく耳を傾けることで、今後の自分らしいやり方が見えてくるかもしれない、という気がしている。
中途半端で未完成だけれど、とりあえず、現場で考えたことをアップしておく。
5月5日 15:39。
東京から京都へ、新幹線のぞみ183号が間もなく発車する。そんな中で、見てきたことを思い浮かべながら書いている。

(仙台の南、岩沼市のあたり)
4日前、仙台に向かうときとは随分違う気持ちで新幹線に乗っている。
今回東北に行ってみて、自分の気持ちの持ちようが随分変わった。これまでは、震災の現場を想像して、ただただとてつもない強大な力に対して恐れ慄く気持ちだったのが、短期間とはいえ自分なりに目の前でみたことによって、震災が、漠然とした恐怖から、より鮮明な、具体的な実体に変わった。
行きの新幹線でも、思いついたことを書きつつ北に向かったけれど、東北に近づいていくにつれて、すべてを震災と関連させて考えた。福島駅のそばで人が誰もいなければ、やはり原発の影響だろうとか、マスクをしている人をみると、やはり、というように。どこを見ても、震災とだぶらせて考えた。実際ある程度そうではあるだろうとはいえ。
だから、仙台駅に着いたとき、普通に明るくて賑やかで、人でごった返している様子に驚いた。普通の日常がそこにはあった。もっと大変な光景がいきなり飛び込んでくるんじゃないかって思っていたけれど、そうではなかった。少なくとも自分はそのように感じた。
それから、仙台で車を借りて、北東に向かい、松島、東松島、石巻へ。そのあたりで初めて津波の衝撃的な被害を眼にした。そして、女川、南三陸、気仙沼、陸前高田、南に戻って山元町...。
南三陸町・志津川では、飛び込みで1日ボランティアをさせてもらい、夜は被災者の方々と一緒に酒を呑み、体育館に泊まった。みなさん温かく迎え入れてくださって、いろいろと話を聞かせていただいた。胸のつまる話が多いけれど、でもその明るさに逆に元気をもらった。
津波の被害は、どこでも線を引いたかのように突然始まった。内陸から車で走ると、たとえば南三陸町に入ってもしばらくはずっとのどかで全く何事もなかったような美しい緑の風景が続いた。山の中に切り開かれた道。そのそばにポツリポツリと見える家。特産の牛を宣伝する看板。家も一見、全く地震や津波の被害は見えない。カーナビが、もうあと数キロで海、というところまでそんな風景が続く。
しかし、あるところで、カーブを曲がった瞬間に、突然、凄まじい津波の被害が始まった。全く無傷のように見える風景が、あるところを境に、壊滅的で何も残っていない風景に変わる。そこではっと息を呑まされ、圧倒される。そして海が見えるような平地へと道が延びるあたりからは、もはや現実とは信じられないような風景になった。
海岸にそった国道を志津川から気仙沼に走っていたときも同じ。
道が海岸近くなると破壊されつくした光景となり、少し内陸に入ると、全く被害が見えない美しい光景になる。道は、内陸、海、内陸、海と行ったりきたりするため、その真逆な光景が、交互に現れる。それがなんとも驚きだった。
どこも、自分が見た限りでは、地震自体による倒壊などの被害は思っていた以上に少なかった。志津川の人たちと話しても、ほとんどの人がそう言った。すべては津波だった、と。

(岩手県・陸前高田市)
だから、冷静に考えてみれば、津波の被害が突然始まるのは、何も不思議なことではない。水がこないところは津波の被害は一見全く表れないのだから。でも、実際に見るまでは、そんなこと考えもしなかったし、もし、そのことを聞いたとしても、そうか、ぐらいで、特に意識することはなかったかもしれない。
でも実際の様子を見ることで、震災の被害がよりクリアに見えるようになった。決して、東北全体が凄まじいことになっているというわけではない。テレビで見る風景がいまの東北のすべてではない。その辺がはっきりと意識できたことによって、震災に対しての、とにかく漠然とした不安のような気持ちが、より対象が明確なクリアなものに変わった。
でも、それはもちろん、被害が思ったより小さかったということではないし、津波の線を境に震災の影響がない、ということでは全くない。

(宮城県・女川町)
実際に被災者の方々と話してみると、恐怖や悲しみが、彼らの中に深く重く沈みこんでいるのを感じる瞬間があり、その絶望の深さや途方にくれた気持ちの大きさ、直面する問題の大きさが、あまりにも甚大で、呆然としてしまうこともあった。それもまた現実に見て初めて実感として感じられたこと。
その一方で、人々の中にある明るさ、「すべてがなくなったけど、まあ、仕方ないさ。自然が相手だからな。とりあえず生き延びることができてよかったっておもわねえと」っていう前向きなエネルギーの強さ、現実を受け入れる力強さもいろんな場面で感じた。
被災者に対して、ただただ悲惨で絶望に満ちた状態で、自分たちがなんとかしなければ、というイメージだったものが、やはり実際に会って話して、一緒に酒を飲むことで、決してそうばかりではないことが分かった。生活や状況は大変だけれど、すごい力強さや明るさで自ら乗り越えていっている。決して無力な存在ではなく、個々人が知恵と生命力を奮い起こし、大勢が力をあわせて、力強く動き出している。

(宮城県南三陸町・志津川の佐藤公一さん。避難所の物資やボランティアのまとめ役。家、車などすべての財産が津波に流された。どうやって迫り来る津波から逃げたかを、現場にいって克明に教えてくださった)
いま新聞などで現地の話を読むと、「あ、佐藤さんはいまどうしてるかな」「そうか、学校はじまったらトモヤはどんな顔して登校するのかな」って、具体的な人の顔を思い浮かべられるようになった。呆然としていたあのおじいさんも、もう次の避難場所に移ったのかな。救援物資は凄まじく余っていたけど、舞台の裏に片付けた山のようなカップラーメンは、少しは減ったかな、とか。
そうやって具体的な風景を思い浮かべられることによって、漠然とした恐怖感のようなものがなくなるとともに、震災についてある程度具体的な輪郭を持って考えることができるようになった。そして、あの人に何か役立てることをできたらな、って思えるようになった。自分のできることは少ないけれど、佐藤さんに喜んでもらえたらうれしいな、あのおじさんが、またガンガン家で酒を飲めるようになったらいいのにな、みたいに思えるようになった。自分の本を、あの子が読んでくれていたうれしいな、と思えるようになった。
個人が思い浮かべられるようになって、何かしよう、という気持ちはより強くなった。
それが今回、現場を見に行くことによって得ることができたおそらく一番大切なこと。
いま、仙台にいます。1日からの東北での日々も明日で終わりです。
仙台、東松島、石巻、女川、南三陸町、気仙沼、陸前高田、山元町などを4日間かけて、車で回っていました。

(南三陸町・志津川。志津川小学校の避難所で一日ボランティアをして体育館に一緒に泊めてもらいました)
毎日、ただただ、言葉にならない風景の前で圧倒されていただけでした。
でも、実際に自分でその光景の前に立ってみたことで、漠然と慄いていただけだった日々から、少し前進できたような気がします。短い滞在だったけれど、現地の空気感や距離感、広がり、ニオイ、音、人びととのやりとりなどが、自分の身体の中にずっしりと沈み込み、それらのすべてが、自分の気持ちを包み込んでいたもやもやした何かを、多少取り払ってくれました。
ここ1ヵ月半ほどでだいぶ津波の生々しい跡も姿を変えてきたようですが、それでも、いまなお、凄まじい量の人びとの生活の跡が、広大な敷地に投げ出されたままになっていました。
この体育館履きをはいていたのはどんな中学生なのだろう。
お尻拭き。赤ちゃんは何ヶ月だったんだろう。
土の上に投げ出されたこのエロビデオを見ていたのは、高校生だろうか。
鉄筋コンクリートにひっかかったカラフルなスカーフは、どんな女性が巻いていたんだろう。
ゴーンさんの経営術の本は、サラリーマンが読んでいたのだろうか、それとも学生だろうか。
この車はいつ買ったんだろう。
横転した電車は、どのくらい混んでいたんだろう。
倒れた冷蔵庫の中には、まだ手のつけていない漬物の袋がそのままに。

(気仙沼の港。大きな船がいたるところに。物凄い光景がそのまま)
全く無秩序に引き裂かれたものが散らばる津波の跡には、たくさんの人がそこで暮らしていた生々しい様子を思い浮かばせるものでいまも溢れていました。
よく考えると、個人的な生活の一端を示すものがこんなに無数に散らばってる光景って普段はほとんどありません。すごいたくさんの人がここにいたんだなって、だから、逆に思わせてくれました。
しかし、それなのに、全く音がない。聞こえてくるのは、響き渡る鳥の鳴き声のみ。その声が、自然の厳しさと無慈悲さを強調しているようでした。

(石巻の魚市場付近。凄まじい数のカモメ。大きな鳥も。タンカーのような船の周りで天に響くような鳴き声をいっせいにあげながら旋回する。油と塩のニオイ。津波のニオイ。家畜のニオイにもどこか似ていた)
見てきたものをなんとか次につなげないと、といまはただそう思っています。
明日、京都に戻って、6日(金)、KBS京都ラジオ(午前11時ごろ~)で、見てきたことについて話させてもらう機会をいただきました。自分がこの震災について何を語れる立場でもないけれど、行ってみて、少しだけ自分なりの震災風景を持つことができたのは確かです。
お知らせです。
明日4月22日(金)、KBS京都ラジオ「妹尾和夫のパラダイスKyoto」にゲスト出演します。前回(2月)の続きで、旅の話をさせていただく予定です。たぶん11時ごろからです。近畿地方の方、お時間ありましたら、聞いていただければうれしいです。
そよは、ウィルス性の胃腸炎が治り、二日間保育園に行ったら、今度は急性気管支炎&結膜炎に。。さらに二日保育園をお休み。そして、また回復して一日保育園に行ったら、今度は40度を越える熱が二日続いて出て、またいま夜の救急診察へ。特に問題はなさそうですが、予想以上の病気っぷりになかなか驚かされています。
もしかしたら、熱は保育園に行きたくないための自己防衛なのかな、とも思ったり。なかなか胸が痛みます。。
原発の様子が少し収まってきたようで、ほっとしてます。是非このまま収束に向かってほしいです。でもその一方、日がたつにつれて、被災者の方々のこと、津波の映像、東京の家族や友だち、京都に来ている友だち、何も揺れを感じていない自分、ネット上での情報、テレビの映像、いろんなことがますます頭を渦巻くようになっています・・・。遠く京都にいる自分でもそうなのだから、被災者の方のご苦労はどれほどのものかと、言葉になりません。
そして今日は、地下鉄サリン事件から、16年の日。ほんとに生きているといろんなことが起き、いろんな人がいろんな人生を送り、亡くなっていったんだなあ、ということを実感します。
そんなことを考えつつ、最近こんな本を読みました。
『ボクは吃音ドクターです。』(毎日新聞社、菊池良和著)

吃音(どもり)はぼくにとっても高校時代から10年間ほど悩み続けた問題だったため、この本を見つけたときは、すぐ興味を持ちました。そして著者の名前に若干聞き覚えがあって、どうしてだろう、あ、もしかして・・・と思い、8,9年前のメールを見てみると、やはり。著者は以前ぼくが吃音のルポを書いたときに会っていた人でした。自分が初めて書いたルポルタージュが吃音に関するもので、そのときに取材させてもらった方でした。それ以来だったので、びっくり、懐かしく、うれしい「再会」でした。
本書の著者の菊池良和さんは、幼いころから吃音で悩んできた方。でも吃音を扱ってくれる病院はないし、吃音は原因もよくわかってないため、彼は、「よし自分が吃音を研究しよう」と医者を目指し、医者になりました。
この本は、そんな菊池さん自身の吃音とともに生きてきたこれまでの人生を描きつつ、医師、そして第一線の研究者として、吃音について書いた本です。菊池さんのご苦労、熱い思いや優しさがとてもよく伝わってきます。
吃音は、原因もわからないし、周りの人からみるとどうってことないように見えたり、でも、本人にとってはときに非常に深刻な悩みであることがあります。何しろぼく自身にとっても、6年ぐらい前までは、とても大きな悩みで、旅に出る大きなきっかけの一つにもなっています(「遊牧夫婦」の続編にはそのことを詳しく書く予定です)。
菊池さんの吃音は、ぼくに比べるときっと重くて、簡単には比較できないけれど、書いてある悩みはかなりの部分共有できるもので、以前苦しかったときの気持ちを思い出しました。実際、どの集団にも100人に1人の割合でいると言われる吃音者が、どのように苦しんでいるかを知るのに、とてもいい本です。
ちなみに、有名人で吃音で悩んだ人は結構いて、たとえば以下のような人があがります。
キャスターの小倉智昭、作家の井上ひさし、重松清、大江健三郎、そして、田中角栄。また、マリリン・モンロー、ブルース・ウィルスも。あと、最近の映画『英国王のスピーチ』も吃音のある王の話。
これらの名を聞いただけでも、吃音がいかに一見わからないものか、不可思議なものかが、想像できるかと思います。興味のある方は是非菊池さんの本、読んでみてください。
菊池さんは、あとがきで書いていますが、この本を書いている途中で脳出血を起こしました。後遺症が残ったものの、奇跡的に回復し、いまも吃音の研究を続けています。菊池さんのされてきたご苦労は、ただならぬものがあると思います。心から応援したいです。そして、自分もがんばろう、という気持ちを強く沸かせてくれる本です。
ぼくも、いつか吃音についてはまとまったものを書きたいと思っています。是非、広く知ってもらいたい問題です。
震災から一週間。
一週間前のあのときは、まだこの震災のことを知らなかったというのが不思議なくらい、頭の中はずっと地震と津波のあの映像ばかりが何度も蘇る日々を過ごしていました。自分は京都にいて、揺れも全然感じていないし、被災地はもちろんのこと、東京の混乱すら実際に体験していない身なのにこう感じているので、地震、津波を体験された方々の気持ちはいかほどのものかと思います。
東京出身の自分は、家族が東京にいるし、友だちや知人も東京の方が圧倒的に多いので、なんだか何も体験しないで過ごしてしまっている自分が、これでいいのかな、っていう気持ちにもなってしまいます。
何かできることはないのだろうか、といろいろ考えながら過ごしていましたが、ここ数日の間に随分と東京から京都へと一時的に避難する友だちやら本格的に移住を考えている人やらに会う機会が増えてきました。
今日も、東京の知人が、京都に拠点を移すということでこっちに来ていて、一緒に飲みに行くと、6,7人いた中で、地震を全く体験していないのは自分ともうひとりだけで、あとはみなから東京から来た人たち。東京がいかに緊迫した雰囲気であるか、そして他にも関西へ移り住もうとする人の話をいろいろと聞いて、実に多くの人が、西へ移ってきていることを実感しました。そしてまた、いかに関西の様子が平穏なのか、いかに地震を体験した人たちがみなそれぞれに厳しい日々を過ごしているのかを。
数日前も、東京の仲のいい友人が、若干のパニック状態になったらしくて、突然家族を連れて京都にやってきました。そして、ぼくらの家に一日泊まってから、翌日東京に帰って行きました。結局、こっちに来てみても、実際に移り住むわけにもいかず、生活は東京にあるし、帰るしかない、ということだった感じです。
しかし、ではそれは無意味な移動だったのかといえば、決してそんなことはなかったようです。彼は一度京都に来て、京都の平穏な様子を見て、すごい気持ちが落ち着いたようでした。うちに泊まって夜一緒にテレビを見ながら、東京には帰りたくないな、といっていたものの、東京に戻ると、すっきりしたというか、まあ、なんとかやっていくよ、っていう気持ちになったと電話をくれました。
もうひとり、別の友人も同じく思い立って急に避難するように関西にやってきたものの、1泊した後に家がある神奈川に戻り、落ち着いたよ、と連絡をくれました。
たった1泊でも、ちょっとだけでも西へ移り、京都などの普通の日常の空気を吸うのは何気に効果があるのかもしれない、と感じました。
京都でも、電池がなくなったり、少しずつ売り切れたりするものがでてきていますが、それでもいまなお平穏な空気で満ちています。それがいいのか悪いのかはわかりませんが、しかしいま切羽詰った気持ちになっている方は、ちょっとだけでもこの空気を吸いにくると、また元気を取り戻せるのかもしれません。
京都にいる自分たちのできること。それは、地震の緊張感から離れてこっちにやってくる人を温かく迎え入れ、少しでも気持ちを楽にしてもらうことのなのかもしれないな、と思い始めています。
『遊牧夫婦』の続編の執筆がだいぶ進んできてますが、全体の雰囲気をどうするかでいまかなり悩み中。全体の構成、流れは自分の中でかたまりつつあるものの、細部をどうしていくか、どう肉付けしていくか、いろいろと悩ましく、ここ数日、なかなか先に進めないでいます。
そして、打開策を見出すべくいまいろんな本を読んでいますが(といっても読むスピードが遅いのですが)、最近面白い本が複数あり。特に今秋から大学で紀行文の講義を一つさせてもらうこともあり、最近は紀行文を中心に読んでて、以下もすべて広い意味での紀行文。
昨年末に読んで、これはすごい!と思ったのは、

『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む 』(角幡唯介、集英社)
世界最後の前人未踏の地とされるチベットの凄まじい峡谷を探検する著者のノンフィクション。その探検の内容はもとより、ストーリーや構成などが非常に面白く、本として極めて完成度の高い傑作だと思います。これは本当におすすめです。最後まで興奮しながら読めました。
そして、その後に読んだのが

『脱出記―シベリアからインドまで歩いた男たち』(スラヴォミール ラウイッツ )
これもまたすごい内容。第二次大戦中にソ連軍につかまり捕虜となってシベリアの収容所に送られたポーランド人の著者が、仲間とともに脱走し、なんとインドまで歩いて逃げるという実話!これも相当な迫力とドラマで、かなり面白いです。人間死ぬ気になればこんなことまでできるのかと、衝撃を受けます。
さらに最近読んだのが、

『黄泉の犬』(藤原新也)
これも、藤原新也らしい迫力に圧倒され、引き込まれまくりました。自分のインドでの体験をもとにオウム真理教について書いた本で、凄みのある描写がズシリと胸に残りました。
三つとも、ちょっとでも興味の惹かれた人は、決して読んで損はないと思いますので是非。ぼくも、続編、これらの本に刺激を受けつつ、そして負けないように、全力で仕上げます。
そしてまだまだ読みたい本が山積。。ああ、もっと読むスピードが速ければ、、と願わずにいられません。。
京都の高校受験シーズンもいよいよ終盤が近づき、ぼくの教え子たちもそれぞれに結果が出てきました。受かった子、残念だった子と、やはり悲喜交々となるこの時期は、自分の受かった経験、落ちた経験を思い出して、いろんな気持ちが蘇ります。
すごくがんばっていたのに落ちてしまってびっくりするケースが今年もありました。本当に残念でショックでした・・・。自分の言うことをちゃんとやってくれていたのに、それが結果につながらなかったと思うと、申し訳ないです・・・。
落ちてからしばらくの間は、どんな慰みの言葉も意味がないことを自分は実感として知っています。辛いのはもう仕方がないし、がんばっていた人ほど、その辛さは大きいと思います。これは時が解決してくれるのを待つしかないんですよね。
でも、落ちたということが、後々に必ずいい経験になることもまた実感として感じています。挫折は本当に、その後のエネルギーになります。人の痛みがわかり、自分自身が成長する大きなきっかけを与えてくれます。がんばったけれど思うような結果にならなかったすべての人が、いつかそう思えるようになることを願ってます!
まだ試験が残っている子も多いけれど、みながんばってください!!
一方、すでに受かった子は存分に喜びと解放感を味わってください!おめでとう!
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2月25日(金) 11時ごろ~ KBS京都ラジオ「妹尾和夫のパラダイスKyoto」にゲストとして出演します。自分たちの旅について話をします。機会がある方は聞いていただけるとうれしいです!
(今月初めにいった白浜の白良浜で)
(白浜のアドベンチャーワールドで)
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い致します。
年越しは、前回書いたように大阪城ホールで、若旦那さん&MINMIさんたちのカウントダウンライブ「MINMI presents 大阪城カウントダウン祭 2010-2011"初夢"」を見てきました。
今回は取材も兼ねてということもあり、若旦那さんに内部のパスも用意してもらって、楽屋から舞台裏まですべて出入りできる状態にしてもらいました。
考えてみると、この規模のライブを見たことってほとんど数えるぐらいしかなく、その中でも1万人というのは、もっとも大きいものだった気がします。開始2時間半ぐらい前に楽屋に行くと、針を打っている若旦那さん(以下、旦那)やほかの出演者たちも。前に会ったエイベックスの人に挨拶などして、あとはずっと様子をうかがいながら、時々旦那と話したり。
そして、しばらくするとリハーサルが始まったので、一緒に会場へ。
まだ客が入っていない大阪城ホールは、祭りの前の静けさというか、迫力ある暗闇をたたえていました。そこで旦那が4曲連続で披露。すべてギター一本のみでの歌唱。
最初の曲「いのち」は、以前旦那からCDをもらっていた曲でぼくもとても好きで歌詞もほとんど覚えているほど。
マジで泣いてしまいました。本当に感動して。曲自身の熱さもあったし、同時に旦那の歌ってる姿を見てほんとにすげえなって思って。幼いころから知る友だちがこんなになってるってことが妙にうれしかったり感慨深かったりして、その次の「札束」に入ったらさらに涙が止まらなくなりました。
リハが終わって、休憩スペースに行って旦那に
「マジで感動したよ。涙出ちゃった」
って率直に言ったら、旦那は喜んでくれました。
「そっか。すごいうれしい。ほっとしたよ。どの辺できた?」
彼は緊張している様子はほとんどなく(一見)、いつも通り、というか中学時代とも変わらないような陽気かつ飄々とした感じで、最後に客席に投げる100個ぐらいのゴムボールにサインをしながら、いろいろと話してくれました。
これから1万人の前で歌うっていう雰囲気は、いい意味で全然なくて、不思議な気分。ぼくの方が緊張してしまうぐらい。
そして本番。
ステージに上る前、舞台の下で何度か歌詞や文句を確認しながら、盛り上がる会場から呼び出されるのを待つ。そして「わかだんな~」のコールで、会場は爆発的な雰囲気になり、若旦那がステージへ。
本番の盛り上がりはすごいものでした。歌を響かせ、笑いで盛り上げ、熱いメッセージで静まらせ、デカイ呼びかけで場を一つにまとめる。その緩急の付け具合はほんとにエンターテイナー&メッセンジャーとしての凄まじい力量を感じました。
そして出番が終わると、スタッフのTシャツを着て、あとは裏方作業に徹するという感じでした。そして舞台下の横でぼくとかと同じ場所でステージを見ながら、楽屋や舞台裏などを行ったりきたり。アーティストというより一人のクルーとして、さらには事務所の社長として。
そしてあいだに3人のアーティストを挟んで、最後に登場したのがMINMIさん。旦那の奥さんでこの日の主役。彼女は、歩いているだけで周囲が華やぐカリスマ的存在感に満ちていました。本番前の楽屋での「気合入れ」から、ほんとに魅力的。ダンサー一人ひとりに「かわいい!」と笑顔で声をかけ、みなで輪を作って、親やスタッフやお客さん、いろんな人への感謝の気持ちを声に出す。そしてその場を笑いにつつみ、和やかな雰囲気を作ったうえで、本番へ。スタッフや周囲の人への温かい気遣いが伝わってきつつ、その場を一気に盛り上げた上でいざステージへ。
MINMIさんがステージに登場すると、その盛り上がり方はハンパないものが。大阪城ホール全体が割れんばかりの音と、崩れんばかりの振動に包まれる。そのままカウントダウンの瞬間まで休まることなく、会場は沸きっぱなし。
そして、2011年へ――。
なんかすごいエネルギッシュに一年が始まりました。
楽屋での打ち上げにもちょっと参加して、あとは旦那、MINMIさんに挨拶をして、1時すぎだったかにぼくは退散。そのまま京都まで帰りました。京都に比べるとぐっと温かな大阪の夜、晴れた元日の深夜の空の下で、見に行ってほんとによかったなと、思いながら。
このスタートをこれからの一年にどう活かすか。
バシッと行きたいなと思います。
今年もどうぞよろしくお願いします!
近藤雄生
2010年のうちにもう一度ブログを更新しようと思いつつ、気付いたら大晦日!
年越し前、今年最後のご挨拶に、今日のミシマガに載せてもらったぼくの「今日のひとこと」を転載します(勝手に転載してしまいましたが、お許しを!)
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2010年は、これまでの人生でダントツで短く感じた一年でした。子育ての日々が本格的に始まり、そして本を2冊出版させてもらえ、いろいろと環境が変わったためだと思います。(毎年どんどん早くなっていってるだけかもしれませんが。。)2008年に日本に帰ってきたときは、5年の旅を終えたあとの日本での日々は、「余生」のように感じてしまうのかな、という心配が正直少しありました。でも実際にはまったくそんなことはなく、別の意味で非常に濃密な日々になり、いま、新たな旅をしている気分です。それも本当に、いつもいろんな方に支えられているからだと心より感じています。みなさまどうもありがとうございます。来年は、遊牧夫婦の続編の出版をはじめ、ますますいろんなことに取り組んでいきたいです。
今後ともどうぞよろしくお願い致します!
みなさまも、よいお年を!
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「平日開店ミシマガジン」12月31日「今日のひとこと」より
http://www.mishimaga.com/
これから大阪城ホールへ向かいます。今年の年越しは、若旦那さん、MINMIさんらのライブを見ながら迎えます。いつもとは違った年越しで楽しみです。
ではみなさま、よいお年を!
新年もどうぞよろしくお願い致します。
近藤雄生
そよが12月1日で1歳を迎えます。
病院で、そよがモトコのおなかから飛び出てくるのを見てからもう1年!とは信じられません。ホントに、この一年は、人生の中でもっとも早かった一年のように思います。

(最近、このように鼻の下を伸ばすポーズが得意。ほー!なんていいながら)
とりあえず歩き出すのももう間もなくという状態まで成長し、毎日活発に動き回って、ぼくらを疲労困憊させるとともに、喜びを与えてくれます。最初に発するようになった言葉は「はっぱ」ですが、その意味をわかっているのかはいまだ不明なまま。でも、ぼくらが「バ、ナ、ナ!」というと、片手の人差し指をもう一方の手のひらにぶつけて、バナナのポーズをするように。そして喜んでバナナにかぶりつく様子を見ると、バナナは認識してそうで、これがおそらく最初にちゃんと理解が確認できた言葉な気がします。
そんないまの状態と、生まれたてのころを比べると、早かったけど、やっぱり1年が経ったんだなって実感します。こうしてあっという間に10年とか経ってしまうんだろうなっていうのも想像でき、そう思うと、ぼくらも、そよの成長を眺めているばかりでなく、自分たちもいろいろとやってかないと感じます。
さて今日は、1日早いけど、ささやかな誕生会。明日がモトコもぼくも入れ替わりで外で仕事の日なので。

夕食のあと、モトコが作ってくれた、そよも食べられる仕様のケーキでお祝い。きれいにできた甘そうなケーキだけど、クリームはすべてヨーグルトで中身はパンケーキとバナナ。底の周りはコーンフレークで、上はベビーボーロとイチゴ。これを切り分けて、そよには、手で好き勝手に食べてもらいました(ほとんど甘さがないので、ぼくらはこれにメープルシロップをかけてパンケーキ風に食べました)。

1歳になってまたどんな一年が始まるのか。歩き出して、話し始めるのが楽しみです。「這えば立て、立てば歩けの親心」のままですが、ゆっくりと見守っていきたいです。

また告知ですが、今日18日の夜、6時10分~7時のNHK京都のニュース番組「京いちにち」に出演予定です。京都だけの放送になりますが、機会がある方はご覧下さい!今日これから収録し、番組自体は生放送に近い感じでやるようです。
http://www.nhk.or.jp/kyoto/news610/
では、よろしく!
2年前にオランダで1ヶ月ほど泊めてもらった友人のクリステルが今日から京都に。すごいうれしい再会。これから2週間ぐらいいる予定なので、いろいろと楽しみです。
さて、今回はいくつか、イベントなどの告知です。以下のように、大阪、京都、東京で一回ずつ異なるイベントがあります。ご興味やご予定の合うものがあれば、ご参加いただけるとうれしいです。どれも充実したイベントになるよう頑張りますので、よろしくお願い致します!
★11月27日 「大阪 旅の大集合!」(東京海外旅行研究会主催)で講演
2010年11月27日(土)13:00~17:00 (講演は15時~16時半)
内容:スライドショー&トーク
場所:エルおおさか(天満橋)504会議室
大阪市中央区北浜東3-14
http://www.l-osaka.or.jp/pages/access.html
参加費:400円(会員)/800円(一般)
定員:36名
★12月17日 京都造形芸術大学 特別講義「旅と書くこと」 (「クリエイティブ・ライティングコース特講」)
2010年12月17日(金) 16:30-17:50
会 場:京都造形芸術大学 人間館NA401教室
料 金:一般1,000円(各回)/本学学生無料
申込み:一般のお客様は、各回前日までに、エクステンション講座へお申し込みください。
定 員:一般聴講については各回30人迄 ※定員になり次第締め切ります。
http://creativewriting.jp/special/index.html
★12月20日 d-labo セミナー(スルガ銀行主催) 「旅を暮らしにする、旅するように暮らす」
2010月12月 20日(月)19:00〜21:00
場所:ミッドタウンタワー7F 東京都港区赤坂9-7-1
詳細は以下をご覧ください!
http://www.d-labo-midtown.com/d-log-detail.php?id=262
10月28日~31日までの東京滞在、なかなか盛りだくさんでした。
28日は、早朝に京都を出て、新横浜からテレビ神奈川へ。昼の情報番組「ハマランチョ」に出演させていただきました。初めての生出演で激しく緊張したものの、中学の同級生の佐藤亜樹アナ、ミシマ社の三島さんに見守られて、なんとかクリア。まだ自分で映像を見てないのですが、最初の顔のこわばり方はなかなかのものだったような。確かに、本番前「3、2、1・・・!」と、目の前でAD(?)の方が言っているのを聞いてたときは、頭が真っ白になり、一瞬意識が飛びそうになりました。話し出したら落ち着いてきましたが、最後の方、31日のイベントの説明をぼくがする番になったとき、目の前には確か「残り30秒」だったかの紙が出ていて、それを見て瞬時に、込み入った説明を30秒でできるかな?と考えて、いや、できない、と判断して、話を短くしました。

(佐藤亜樹アナ撮影)
いやあ、ああいう瞬時の判断を常に迫られるテレビっていうのは、全く大変だな、と実感。いい経験でした。
さてそして、31日の石井光太さんらとのイベント『地を這う3時間』。すごい濃密でエネルギッシュな3時間となりました。やはり石井さんはファンが多く、お客さんもかなりいっぱいになり大盛況でした。
「ヒール」役の石井さん、「善人」役のぼく、という対極にいる二人がトークバトルするという設定のイベントだったのですが、終わってみれば、ぼくの完敗でした。
最初の1部は、まあ、「善人」なりに石井さんとの違いを際立たせながらトークができたかな、とは思ったのですが、最後の3部(作家・松岡絵里さんとの3人でのトーク)の「旅とエロ」トークに入ると、もうぼくはほとんど話せることがなくなる一方、石井さんは、どんなエロネタからもがっちり世界の暗部をえぐる話題へと展開させる豊富なネタ、そして巧みなストーリーテリング力を余すところなく発揮して圧倒。その状況に焦る中、思い切ってどうでもいいバカネタにうまく話を引っ張り込んで笑いを取ろうかと、何度か一瞬思ったものの、石井さんのド迫力のエログロネタ(例:戦争での包茎手術)の上に自分の軽いバカネタ(例:昆明での寝ゲリ)をかぶせて、70人を超えるお客さんを沸かせるだけの自信が持てずで、勇気を出すことができませんでした。そして、終了するとぐったり疲労しました。。
石井さんとぼくが一番対極的だと思ったのは、仕事へのスタンスだったと思います。石井さんは、「全生活が仕事、自分にとって書く事がすべて」であるときっぱりと言い切る一方、ぼくは、「自分にとって書く事は全くすべてではない、あくまでも楽しい生活があった上での仕事」というスタンス。
ぼくは、自分のスタンスを大切にしたいと思ってますが、しかし、「仕事に関係ないことは一切断つ」と言い切れるほど全精力を仕事に注ぎ込む石井さんの並々ならぬプロ意識は、本当に圧倒されるものがありました。この日のイベントでも、お客さん一人ひとりへサインを書いた紙を用意したりしているところからして、自分とのプロ意識の違いを感じ、ぼくは正直、自分が恥ずかしくすらなりました。全然そんなこと考えてもみなかったな、って。。
ぼくはこのイベント中に、「自分にとって書くことがすべてではない、これから自分が何をやっていくかはわからないままでいたい、できたらいつかカフェをやりたい」などと言いました。全くの本心だし、そういう自分のスタンスを肯定的に考えてはいるけれども、しかし、自分の場合は、そう考えることが、書き手としてのプロ意識を欠如させてる側面もあるんだろうな、ということを痛切に感じました。あるいは、おそらく自分は、無意識のうちに逃げ道を作ってしまってるんだろうな、と。
自分にとって、仕事以外の時間はこれからも極めて大事なものであり続けるけど、仕事をする上でのプロ意識はさらに高めていかないといけないなと思いました。書き手としてだけでなくいろんな仕事をしていく上で、それはすごい重要なことだな、と改めて痛感しました。
・・・といったことを真摯に考えるとっても貴重な機会になりました。
石井光太さん、ほんとに刺激的な男でした。自分も気を引き締めて頑張っていきたいです。
ご来場くださったみなさま、どうもありがとうございました!
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

(淡路島ファームパーク イングランドの丘 で。ヒツジにびびるそよ)
石井光太さんというノンフィクション作家がいます。
途上国の貧困などをテーマにしてとても骨太な作品を次々に出し続けている人です。
彼のデビュー作『物乞う仏陀』(文藝春秋)を読んだのは、2006年、ぼくらが上海に住んでいたときのこと。海外で取材したルポルタージュ、しかも著者は自分と同年代ということで、この本が出たときには気になって、実家の母親に頼んで上海まで送ってもらいました。そして早速読んだところ、ぼくは正直大きな衝撃をうけました。
自分が日本を出て以来東南アジアや中国でやってきたこと、やりたいと思ってきたことと、少なからず重なる部分があり、しかも、それを身体を張ったかなりディープなレベルで実行し、一冊の本としてまとめている人がすでに同年代でいたことがわかったからです。しかも、それまでに2年ほど海外で自分なりにいろいろと取材してきた身として、石井さんの取材がいかに大変かが感覚として感じられたし、また、自分は性格的にきっとこんなに踏み込んだ取材はできないだろうな、って思ってしまったからです。
「これはヤバい、この人には全くかないそうにない」
って感じ、オレどうすんべ、と若干途方に暮れたことを記憶してます。
で、それからは、石井さんの仕事ぶりが常にどこかで気になっていて、「お、また新刊」「うお、また骨太なの来た!」って感じで、すげーすげーと思いながら、全然進展のない自分に焦ったり軽くしょげたりしていました。
で、2008年に日本に帰ってきてライター活動を再開し、いろんな編集者と会っているうちに、ほうぼうで石井さんの名前を聞くようになり、自分とは比べ物にならない活躍ぶりの人ながら勝手に親近感を持つようになりました。そして、そうこうしていると、なんと昨年末ごろ、『遊牧夫婦』の版元のミシマ社でも、石井さんのプロジェクトがスタートして、おお!とびっくり。さらに、今年の春ごろにメールで仕事の依頼をいただいたK書房の編集者T氏とやりとりをしたあとに、石井さんのブログか何かを見ているときに、T氏は、石井さんの担当編集者であることをわかり、なんたる偶然、とまたびっくり!さらにさらに、こないだK談社の月刊誌の編集者と会ったときも、その人もまた石井さんの担当編集者だと聞いて、またまたびっくりしたのでした。
しかし、決定的だったのは、もっと驚くべき偶然。9月に、10年ぶりぐらいに中学校の同級生でテレビ局のアナウンサーをする女性と会って、本やノンフィクションの話になったときに、なんでだったか石井さんの話をぼくがしたら、なんと彼女が、
「え、それって光太くん?」
というのです。え?というのはこっちの方で、"コウタクン"という親しげな呼称にびっくりして、さらに聞いてみると、
「私、小学校が一緒でサッカー部(クラブ?)のチームメートだったよ」
とのこと!なんと、じつは石井さんは、同じ学年でしかも地元が隣町であることまで発覚して、もうほんとにびっくりしたのでした。
そして、もうこのあまりの偶然の連発に興奮して、ミシマ社の三島さんに話し、石井さんに伝えてもらい、この同級生とのつながりに石井さんもびっくり(したはず、たぶん)。そしてツイッターなどで一気に盛り上がり、じゃ、一緒にイベントを!ということになったのでした。
さらに、先の女子アナの友人と石井さんの同級生に、松岡絵里さんという夫婦で旅して本を書かれている方もいて、もちろん彼女も同じ地元!そして彼女も一緒にイベントに参加してもらえることに。
・・・と、前置きが長くなりましたが、そのイベントが今度の日曜日、10月31日に阿佐ヶ谷であるのです!超多作な作家・石井光太さんの最新刊『地を這う祈り』(徳間書店)が10月20日に出版されるのをきっかけに、その出版記念のイベントとして開催されます。
ぼくにとっては5年前から、陰で密かに動向をチェックしていた石井さんと一緒にイベントということで、なかなか大興奮な企画です。
石井さんも松岡さんも自分も、たぶん全然タイプが違うし、どんなイベントになるか全く読めないのですが、とにかく同じ学年・同じ地元、そしてともに海外を旅して本を書いてる、っていう親近感が沸かざるを得ない関係なので、盛り上がることは間違いなく、きっととても面白いイベントになると、いまからとても楽しみです!しかも、「プロレス形式」という全然わけわかんない設定!ミシマ社・三島さんも乱入予定!
詳細は以下です。よかったら是非ご参加ください!
どうぞよろしくお願い致します。
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「地を這う3時間!」
――変人旅人三本勝負!エロ・グロ・血
これがほんとに「旅」なのか!?
旅のスタイルがまったく違う、同郷・同級生の二人が初対決!!
'善人旅人'近藤雄生に'無敵のヒール'石井光太が歯をたて嚙みつく――。はたして二人は生きて、再び「旅人」に戻ることはできるのか? 抱腹絶倒、悶絶必至、お下劣御免・・・「旅」の想像をはるかに超える、壮絶・凄惨トークイベント。
■第1ラウンド■ グロテスクvsさわやか
旅で撮影した写真を見せ合い、どちらがエグいか、笑えるかを競い合う。
■第2ラウンド■ 観客参加型バトルロワイヤル
レフリー'Mr'三島が加わり、観客も巻き込み「ぶっちゃけトーク」を展開。
■第3ラウンド■ 旅とエロ(欲情)
同じく同郷・同級生の松岡絵里さんを司会に迎え、旅とエロについて赤裸々に語り合う。
【出演】
石井光太(いしいこうた)『地を這う祈り』、『レンタルチャイルド』著者
近藤雄生(こんどうゆうき)『遊牧夫婦』、『旅に出よう』著者
松岡絵里(まつおかえり)『世界の市場』、『してみたい!世界一周』著者
【場所・日時】
@Asagaya/Loft A http://www.loft-prj.co.jp/lofta/
10/31(日)
OPEN12:00 / START13:00
【チケット】
前売¥1,500 / 当日¥1,600(+ワンドリンク・オーダー)
前売チケットは10/2(土)より、ローソンチケット、ロフトAウェブ予約、ロフトA電話予約にて発売!
※ご入場順はローソンチケット→web予約→電話予約 の順になります。
ローソンチケット:Lコード【L:32778】
web予約:http://www.loft-prj.co.jp/lofta/reservation/
電話予約:03-5929-3445 (17:00~24:00)
企画:ミシマ社+徳間書店
販売協力:旅の本屋 のまど
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最後は、全然関係ありませんが、親バカ編。
間もなく11ヶ月。こないだ初めて支えなしで、立ちました!

(先週、3人で小旅行に行った淡路島・大鳴門橋の下で。)
一ヶ月前にスタートした「遊牧夫婦写真展」も、明日17日で最後になります。
(写真展の様子)
思っていた以上に多くの方に興味を持っていただき、新たなつながりを作らせてもらったり、素敵な出会いにつながっていきました。ご来場いただいたみなさま、本当にありがとうございます!
カフェにコーヒーや食事にいらした方がふと写真を見て・・・なんていう風に、偶然に世界が広がっていくこの感じがなんともうれしいです。カフェの写真展、なかなかいいなあ~。
でも、そういうことが実現できたのも、会場のカフェ・Ital Gabon(アイタルガボン)の素敵な空間と、カフェのお二人のうれしいお心遣いの数々があってこそ。本当に感謝です!
明日は最終日。午後からぼくもお店に行ってようと思ってます。
もしご来場くださる方がいらっしゃれば、是非お話できればうれしいです!

昨日、京都の大垣書店四条店さんで、
「遊牧夫婦」刊行記念トークショー&サイン会
をやらせていただきました。当日会場を見るまでは、お客さんがちゃんと集まるかどうかかなり心配だったものの、実際に始まってみると、予想以上に多くの方で会場が満たされ、びっくり&うれしかったです。大垣書店さんの熱烈PRに加えて、イベント前日のこれ以上ないタイミングでの朝日新聞(京都版)の記事が、絶大な効果を発揮しました。感謝!
イベント終了後には、その場の思いつきで、参加者の方々に声をかけて打ち上げ飲み会をやることに。ここにも30人近い人がご参加くださり、大いに盛り上がりました。高校生から定年退職された方まで年齢層も幅広かったです。読者の方やご興味を持ってくださった方々と直接お話するのは本当にうれしく、これからもイベントのあとにこういう飲み会をできたら!と、心より思いました。
ご参加くださったみなさま、どうもありがとうございました!
また何かの機会にお会いできるのを楽しみにしてます!


(2週間前、バンバリー仲間のリカと、4人で和歌山県・太地町に行ったとき。カヌーに乗るためにライフジャケットを身につけ、泣き出すそよ。そよ、順調に大きくなっています。間もなく10ヶ月。だいぶぼくにもなついてきたことを感じられてうれしいこのごろです。)
9月3日、4日と東京でイベントを行いました。ともにたくさんの方に来ていただいて、楽しい集まりになりました。
3日は西荻窪の「旅の本屋 のまど」にての、トーク&スライドショー。40人以上の方にお集まりいただき、素敵なお店が人でいっぱいになりました。みなさん熱心に聞いてくださり、何度も笑ってくださり、おかげさまでいい具合に盛り上がり、心地よくやらせていただくことができました。一番盛り上がったネタは、やはり牛山さんネタ、だったかな。牛山さんには、感謝しながらも、若干嫉妬(笑)。西荻窪と京都での牛山ライブ&トークは、牛山さん帰国時には決して外せないイベントになってきてますよ!
そして、4日は、 3331 Arts Chiyoda にて、出版を機にした交流会。こちらは、大学、高校、中学、旅、関西の友人、お世話になっている出版やメディア関係の方たち、ライター、編集者、そしていとこや家族もいて、90人ほどの賑やかな集まりとなりました。久々の人も多くて、楽しい再会や新たな出会いが盛りだくさんの会でした。

(3331 Arts Chiyodaは、ほんとに素敵な会場でした!)
どちらも、ご参加いただいたみなさま、どうもありがとうございました!!
そして、あとは告知ですが、
9月25日(土)15:00~
京都・大垣書店四条店にて、
「『遊牧夫婦』刊行記念 トークイベント」
を行います。店内の一角にて、1時間ほどのイベントです。詳細は大垣書店各店にあると思いますが、このブログでも再度お知らせします。告知が遅くなってしまっていて、若干焦り気味ですが(笑)、よろしくです!近郊でご興味ある方はお運びいただければうれしいです。
なかなか更新ができずにいますが、おかげさまで、3人で元気にやってます~。
最近、そよが突発性発疹という赤ちゃん定番の軽い病気にかかりました。夜、突然39度ぐらいの熱が出だして、そのまま熱が引かず3日ほど。病院に連れて行ったら、「熱が引いたあとに全身に発疹が出てくるようであれば突発性発疹ですね」といわれ、心配するようなものじゃないことでほっとしながら、経過を見ていると、まさにセオリー通りに熱が引いた直後に全身に赤い斑点が大発生。顔もぶつぶつだらけになってしまったので、見た目がかわいそうでしたが、それも3日ほどですーっと引き、跡形もなく消え去っていきました。
こないだ東京に行って帰ってくるとそよがよそよそしくなっていましたが、この突発性発疹が続き、そよ的にますます不安定になったのか、ここしばらくは全然ぼくを相手にしてくれなくなり、ぼくが抱っこすると号泣してモトコを求める、というような状態が続いていました。

(もうすっかり自分で立ち上がるようになりました。ほんとに子どもの成長速度はすごい!)
その号泣っぷりがたまにハンパなくて、風呂に入れたりすると、「ギャーーー!!!」×100と、魂の絶叫・号泣となり、自分がひどいやつみたいに思えるぐらいで、悲しいものがありました(笑)。
こんなんで、専業育児デーの水曜日を乗り切れるのかな、と不安な気持ちで迎えた今週の水曜日。モトコが出勤すると、案の定の号泣。でも、なんとか乗り切り、離乳食・冷凍母乳をあげたら、復活し、「きゃはははー」なんて気のいい笑顔を見せてくれたと思ったら、バタンと爆睡。
それから、午後は、モトコに授乳してもらいに一緒にカフェで昼ごはんを食べて、午後にはぼくの友人とそよと3人でカフェでのひと時。で、そのあとぐらいから久々に安心そうな笑顔を見せてくれるようになった、感じでした。
だんだんと意思が明確になってきてます。しかし、まだ先だけどそのうちに、「おとう、くせー」とか言われるんだろうな。。。
さて、全然話変わりますが、『遊牧夫婦』の方、引き続きいろんなメディアで紹介してもらっています。最近は、「AERA」、「Men's JOKER メンズ・ジョーカー」に書評を載せてもらいました。
来月は、「クロワッサン」「ダ・ヴィンチ」「リビング京都新聞」に著者インタビュー、「mini」に書評掲載予定です。
また、具体的な放送日は未定かつ地域によって違うようですが、今月末から来月初めごろには、NHKニュースの「いまほん」というコーナーでインタビューが放送される予定です(地方局では、夕方6:10~7:00のニュースの中で。首都圏では昼11時40分ぐらい~のニュースで。首都圏では放送されない可能性もあるようですが・・・)。
よろしければご覧いただければうれしいです。
また、9月3日の西荻窪「旅の本屋 のまど」さんでのイベントの方も、よろしくお願い致します!

(これは先月末のジュンク堂池袋でのイベントのあと。一緒にトークをした芝崎みゆきさんと。芝崎さん、ホントに楽しい方でした~!→芝崎さん、この写真使わせていただきました!)
7月29日に、ジュンク堂池袋本店で、芝崎みゆきさんとのトークセッションをやらせていただきました。はじめての対談形式のイベントだったのでどうなるのかイメージがつかず、若干緊張しましたが、芝崎みゆきさんがとっても楽しい方で、しかもお客さんも小さなギャグにも笑ってくださる優しい方々ばかりだったため、思っていた以上に盛況なイベントになりました。お客さんも、満員をはるかに上回るほど来ていただけて、とてもうれしかったです。
二人でのトークは、展開が予想できないので、途中で沈黙になったらどうしよう、というのがなかなか怖かったです。二人とも沈黙しかけた瞬間が、多分、2,3回あったと思うのですが、そのとき、「ここからどういう流れにもっていこうか!?」と数秒の間に考えるのが、なかなかスリリングでいい経験でした。芝崎さんとはその辺、リズムがいい具合に合って、是非また一緒に何かやりたいな、って思いました。
ご来場いただいたみなさま、どうもありがとうございました!
トーク終了後にはいろんな方と、短かったですが、お話できてとても楽しかったです。
しかし、芝崎さんは本当に楽しい方です。彼女の本とメールでのやりとりから想像はしていたものの、お会いしたら、予想通りの、いやそれ以上の、ハチャメチャかつ優しい方で、一気にファンになりました。たぶん彼女とぼくは、笑いのツボが似ているのか、本番、話ながらぼくも笑いっぱなしだったような気がします。
最新刊の2冊のうちの一冊「マヤ・アステカ遺跡へっぴり紀行」がいま手元にありますが、これほんとに、すごい。彼女の本はみなそうですが、全篇手描き!文字も、絵も、コマ割も!普通の活字での校正も予想以上に大変だなと感じたのに、これはまじで、ありえねー!ってレベルです。しかも、彼女はこれ、全部自分で完成させた段階で、出版社を回って、出してくれるところを探すというスタイル。コマ割まで決まって、文字や絵を書いちゃってるのだから、とにかくこのまま出してくれないと困るわけです。そして、ちゃんとそれを実現しているところがすごいです。是非是非、読んでみてください。どのページも、絵をみただけで笑えます。そして、ナマ芝崎さんが浮かぶいま、さらに笑えるようになってうれしいです~。
さて、以下は次のイベントの告知です。
9月3日(金)19:30より、東京・西荻窪の「旅の本屋 のまど」さんにて、スライド&トークショーをやらせていただきます。「旅の本屋」さんということで、「遊牧夫婦」にぴったりな上、しかも「のまど=遊牧」!まさにこれ以上ない会場な気がします。
今回は、写真をいっぱい交えながらのひとりトークです。こちらも是非楽しいイベントにしたいと思っておりますので、たくさんの方に来ていただければうれしいです!
<新刊『遊牧夫婦』発刊記念 「旅を暮らしにする方法」>
9月3日(金)19:30~
東京・西荻窪の「旅の本屋 のまど」にて
詳細はこちらをどうぞ!
http://www.nomad-books.co.jp/event/event.htm
よろしくお願い致します!

東京に行ったりして、数日会わなかったら、一気に知らないヒゲオヤジに急転落。一日ぐらい、必死の形相でモトコに助けを求める始末で、若干悲しくなりました。。でも、今日、二人で1日過ごし、酷暑の中、銀閣寺を見学に行ったら、無事に元に戻った、気がしています。
親バカ報告とおれおれ報告が続いて恐縮ですが、ご容赦ください。
18日の読売新聞に続いて、25日には日経新聞の「あとがきのあと」に著者インタビューを載せてもらいました。読売新聞は、夫婦や結婚というところに注目してもらった記事となり、日経新聞は、ノンフィクション作品として沢木耕太郎さん、藤原新也さんを引きながらの記事にしてもらえて、どちらもとてもうれしいものでした。新聞の効果は本当に大きくて、日経に載せてもらったあとは急激に売上げが上昇。Amazonでは総合93位までランクを上げ、そして27日(火)には早速増刷となりました!
買ってくださったみなさま、話題にしてくださったみなさま、気にしてくださったみなさま、どうもありがとうございます!
なんとかさらに伸ばしていきたいところです。実際、本の執筆って、金銭的にはかなり厳しい世界なことをいま実感してて、ある程度増刷を繰り返さないと、とてもとてもって感じです。まあ、そのバクチ的なところが結構ぼくは楽しいのですが。
引き続き、よろしくお願い致します!
●明日、ジュンク堂イベントです~。
●先週18日のGreen e books イベントもとても楽しかったです。こちらに報告を書こうと思いつつ、かけてないので、よかったらGreen e booksさんのブログをご覧ください。
お知らせですが、今朝の日経新聞の読書欄「あとがきのあと」で『遊牧夫婦』が紹介されているようです。さっき、友人からの知らせで知って、びっくり。よかったら見てみてください。自分もまだ見てないのですが。。
先週の読売の記事もかなり多くの人に見てもらえたようで、新聞の力の大きさを実感。今日の記事でさらに多くの人に『遊牧夫婦』が届いてくれればと願ってます!
8日、9日と、東京で『遊牧夫婦』のパブリシティに奔走していました。8日は書店回り、9日はメディア回りと、久々にびっしり朝から晩まで活動した感じ。書店さん、各メディアともに、拙著をとても好意的に見守っていただき、うれしい限りでした。
新宿の大手書店さんなどでは、7日夜、8日あたりからすでに先行発売を開始していて、各所でとても大きく扱っていただけていることに感激しました!

(ブックファースト新宿店さん。ミシマ社仕掛け屋チーム作成のこの巨大パネルにはびっくり!)

(紀伊国屋新宿南口店さん。ミニ写真展付き。紀伊国屋新宿本店さんでも、がっちり目立たせてもらっていました)

(ジュンク堂新宿店さん。上の文字パネルがうれしいですー。こちらも、他の売り場でミニ写真展を展開中)
このほか、有隣堂ヨドバシAKIBA店さんでも、写真のデジタルビューワー付きで、いい感じに展開してもらっています。書店さんを回ることで書店員さんの熱い思いなどを直接感じることができ、うれしかったです。そしてミシマ社の営業力、書店さんとのつながりの強さに改めて脱帽でした。
他の書店さんでも12日、13日あたりには店頭に並んでいるはずです。
どうぞよろしくお願いします!
昨日の専業育児デーは、そよを連れて二条城見学に行ってきました。京都に住み出して1年半、二条城は徒歩5分のところにありながら、一度も見に行ってなかったので、やっと、という感じでした。
さすがになかなか風格があり、天井や、壁の絵などの風合いはなかなか見ごたえありました。
でも、大量にいる外国人観光客にとっては、日本の歴史に興味がないとなかなか退屈かもな、という気も。ぼくらも旅中、城にしてもモスクにしても、歴史をちゃんと知らずに複数見ても、どれも同じに見えるだけだった記憶が強いので。。

(二条城、見学開始時はなんか妙にご機嫌でした)
そよは、城内ではわけもわからず、笑ったり、真顔になったり。途中、屋外で、北京から来た中国人観光客グループに「おお、かわいいね!」といわれ、軽く交流。中国離れて3年になり、中国語の衰えは激しかったけれど、でも話してみると、案外突然いろいろ思い出すもんだな、というのも感じました。そのあとは、南アフリカ人親子とも交流。そよといると、バスでも城でも、こういう展開がいろいろ生じて、楽しいです。
そよは、両手両足で全身を支えられるようになり、はいはいまでもう一歩、というところまで来ています。全身を持ち上げてみたけど、動けずにぐにゃっと崩れる、みたいな感じで、いまやっと、生まれたての子牛ぐらいのような雰囲気です。

(この状態からどうにも身動きがとれずに、崩れて「うぇ~ん」ということもしばしば)
さて、『遊牧夫婦』の書籍版がいよいよ発売間近になりました。もう間もなく印刷に入るのでは、、と想像してます。カバーとブックデザインは、あの寄藤文平さんに担当してもらいました。JTの「大人たばこ養成講座」や、メトロの「○○でやろう」の広告イラストなどで知られるイラストレーターさんです。文章の雰囲気にマッチした、ほんわかかつ力強いデザインにしていただき、本の仕上がりがとても楽しみです。
前著を出したときにも感じたのですが、本が完成して発売するまでは、本当に細かなところが気になってしまい、もう直せないのに、いまなお、あの表現はよかっただろうか、とか、あの事実に間違いはなかったか、とかが頭を駆け巡り、調べなおしたりを繰り返し、疲労してます(笑)。でも、完成して、書店に並び、いろんな人に読んでもらって、完全に自分の手から離れると、もはや全然気にならなくなるだろうことは、前著の経験から感じているので、ほんとに早く発売になってほしいです。
今回の『遊牧夫婦』、本当にいま自分の持てる限りのものをすべて注ぎ込んだという気はしているので、是非読んでいただけたらうれしいです!よろしくお願い致します。
また、最近ブログの更新頻度が下がり気味なのは、ツイッターをはじめたこととも関係があるように思います。。ツイッターで、日々の細かいことをちょくちょく書いています。
ツイッター、これまで全然触手が伸びなかったものの、最近やっと興味を覚えるようになり、始めてみたら、うーん、確かにすごい、とますますその面白さを感じつつあります。ちなみに、ぼくのアカウントは @ykoncanberra です。
でも、もちろんブログもこのまま続けていくのでどうぞよろしく~。
梅雨の間に今日はきれいな青空!いい一日にしたいです。
5日(土)にやらせていただいたトークイベント、とっても楽しい夜となりました!
って、自画自賛するわけではないですが(笑)、自分自身楽しかったな、と思えるイベントになり、うれしいでした。

(24人+スタッフ・カフェの方たち、で、ぼくを入れて30人ぐらい。スライドを壁に写しながら進めました)
「左京区デ読書」という本をテーマにしたイベントの第七回で、場所は左京区のカフェ日杳(ひより)さん。
中庭があるこのカフェはとても素敵で居心地がよく、しかも主催者のヤマグチノリコさん(京都極楽堂書店さん)がとても丁寧に準備してくださって、すごいリラックスした気持ちでお話をさせていただくことができました。会場がちょうどいっぱいになるぐらいの人数で、イベント終了後も、たくさんの方と直接お話が出来て、楽しかったです。
「左京区デ読書」は、本に関するイベントということもあり、今回は、4月に出した拙著『旅に出よう』と、7月発売予定(となりました)の『遊牧夫婦』の話も交えました。本を出してから初めてのイベントだったので、これまでとは少し違った話も出来て、自分にとっても新鮮でした。
また、うれしかったのは、『旅に出よう』の中の上海編の主役である格闘家の武田雪馬さんが、ちょうどこの日に京都にいて、イベントに参加してくれたこと!久々に再会できてうれしかったのはもちろんのこと、加えて彼にも途中で話をしてもらえたおかげで、話が立体的になり、イベントとしてもとてもよかったなと思っています。

(格闘家、武田さんとは久々の再会)
いずれにしても、そんな感じでした。また、これまで全然つながりのなかった京都のライターや編集者の方ともいろいろ知り合えたのもうれしいことでした。
(ご参加くださったみなさま、スタッフのみなさま、カフェひよりさんのみなさま、気にかけてくださったみなさま、どうもありがとうございました!)
さて、『遊牧夫婦』も、週末でぼくの作業はついに完全に終了し、あとは完成をまつだけとなりました。今日は、束見本(つかみほん。実物と同じ紙やページ数で製本した白紙の見本。ってこの言葉も初めて知りました)が送られてきて、それを見たら俄然完成が楽しみになりました。
いろいろと細かいところが気になってまだそわそわしてはいるものの、すっかり解放感に浸り、モトコとそよと3人で昼から近くの新しいカフェに行きました。4月にオープンしたばかりという、西陣の「カフェ1001」。雰囲気もいい感じで、食事もケーキもおいしくて、おすすめです。近くにいいカフェがオープンしてうれしいです。
明日は、また専業育児デー。また「おしゃべりサロン」に混ざろうかな~って考えてます。

(最近は、おかゆ、ジャガイモに加えて、にんじん、かぼちゃも挑戦中。)
おかげさまで、今日6月1日で、そよは無事に6ヶ月を迎えることができました。
4月には、痙攣、入院騒ぎもあったものの、その後は順調で、ばんばん巨大化。離乳食も食べ始め、歯も生え始め(下に2本だけだけど、噛まれると痛い!)、自力で少し動けるようにもなり(たぶん本人の意図せぬ方向へだけだけど)、ツメもすぐに伸びてしまい(でも、髪はあまり伸びない)、この半年でほんとに成長したことを実感します。

早く会話したいものの、でも、それまではまだ結構ありますね、さすがに。
水曜日のぼくの専業育児デーは、回数を重ねて順調に過ごせています。先週は、初めての児童館(保育園)デビューを果たしました。誰でも参加していいという「0歳 おしゃべりサロン」に参加。
お母さん2人とぼく、そして先生とボランティアの人。ぼく以外は赤ちゃんも含めて全員女性。ここに参加する父親はなかなか少ないようで、面白がってもらえて、楽しいおしゃべりをみなで展開。世の父親がどのように過ごしているのか、なども2人のお母さん(多分2人とも20代、かな?)から聞いて、へえ、そういうもんか、と新鮮でした。
しかし、なんといっても、こういうコミュニティに自分が参加していることが何よりも新鮮でした。いろんなお母さんの気持ち(ダンナへの不満、子育ての大変さ、エトセトラ)が聞けたりして、参考になったり、共感したり、わが身を振り返ったり。
今週は、近くの公園での「出張保育園」にも参加しようかな、とも思ってますが、まあ、その日の気分次第かな。。。

さて、話をかえます。
先日、京都市の大手書店さんに、「自分の本のポップを作ったら、おいてもらえますか?」と聞きにいくと、快諾してもらえ、早速作ってみました。ぼくが文面を考えて、デザインはモトコに頼んで、出来たのがこれ↓ (光の関係で色が不鮮明ですが)

おお、悪くないな~と、自画自賛しモトコに感謝しながら、今日、その書店(大垣書店四条店)に持っていくと、喜んでもらえました。
そしてついでに自分の本の様子を見てみると、それまでは、2、3冊が背中を向けて棚に並んでいるだけだったのに、平積みを2山作ってもらっていて、計15冊ぐらい置いてくれていました。別に売れているのかどうかはわからないものの、「ポップを作ります」っていう気持ちを買ってもらって、たくさん仕入れてくれたのだと思います。こういう地道な努力は大切だなって、すごく感じました。さて、ポップ効果や如何に。
ポップ大作戦、モトコの力を借りて(一枚一枚手描きなのでなかなか大変。でも楽しんでくれてそう)、もう何箇所かに展開しようと思っています。ちなみにポップ作りは、ミシマ社の「仕掛け屋さん」たちの影響です。

親ばか御免、です。
最近いろいろと重なってバタバタしてしまい、3週間以上も更新が滞ってしまいました。
拙著はおかげさまでうれしいご感想を多数いただけて、出してよかったなと改めて感じています。実際に出版されていろんな方に読んでいただくと、ゲラをチェックしていた段階で気になっていた文章の細かな点などは頭から遠のき、一冊の本としてどのように読んでもらえるかの重要性を感じるようになりました。
といいつつ、いま、『遊牧夫婦』の最終チェックをしながら、細かなところが非常に気になって疲労困憊しているのですが。。ちなみに『遊牧夫婦』は、最初は5月末に発売の予定でしたが、どうも6月後半ぐらいにずれ込みそうです。でもその分、完成度を上げて広く読んでもらえるように、がんばっています。
さて一昨日、仕事がいろいろとひと段落し、数日はちょっと一息つけそうな感じ。でさらに、昨日からはちょうどモトコが仕事再開となり、はじめて、そよと二人で丸一日を過ごすことになりました。
最近は、「お母さん~!」という雰囲気が高まり、ぼくの地位がかなり低下しているように感じていたので、さて、どうなることやら・・・、と不安な中で一日がスタートしたものの、案外スムーズに展開しました。
午前中、遊んでる途中でぐずり出しても、冷凍していた母乳をあげると、すぐにまた満面の笑みに。で、モトコに、昼休みに授乳してもらうために、そしてまた散歩も兼ねて、昼前には、バスに乗って、鴨川のそばのモトコの職場まで行きました。
ぼくが一人で抱っこヒモをして歩いたりバスに乗ったりしていると、やっぱり若干珍しがられるのか、結構いろんな人に声をかけられたり、微笑まれたりして、思わぬ人の温かさを感じます。
マンションの同じ階のご夫婦に「いつでも力になるから言ってね!」って言われたり、コンビニの店員も思わず笑顔になったり、バスのおばちゃんに「息できてる?」と心配されたり、後ろの席の中学生たちがそよを見て笑いあってるのを感じたり。なんかいい空気ができるもんだなあ、と。
で、バスを降りると、まずは自分の昼飯を鴨川に降りて食べました。鴨川を通るたびに、「ああ、京都っていいな」って思います。いまは、緑がとてもきれいで、川べりで弁当を食べるのも非常に気持ちがいいです。
最近は、若干そよがぼくらの食べ物に興味を示すようになり、ぼくが、抱っこヒモをつけながらおにぎりを頬張りサラダをバリバリ食べていると、じーっとサラダを見つめていました。

それからモトコの職場にお邪魔して、同僚の方々にそよを紹介して、授乳も済ませて、昼休み終了前にはおいとまして、ぼくとそよは再びバスに乗って、帰りました。そして午後も、特に問題なく過ぎていきました。
5時半ごろ、モトコが帰る直前に若干泣き出し、帰ってくると「お母さん~!」という感じでうれしそうに飛びつき、ああ、やっぱり母は偉大だな、と感じましたが、でもぼくも、一日過ごしてちょっとそよとの距離が近づいたような気がしてうれしかったです。その翌日、モトコの腕の中にいるそよが、初めてぼくの方に大きく手を伸ばして、こっちに来たい~って顔してくれたので。初めてかよって、感じですが(笑)。
久々の、親ばか報告でした~。
★6月5日(土)、京都左京区のカフェ日杳(ひより)にて、トークイベントをやらせていただくことになりました。詳しくはこちらへ。
★5月9日の京都新聞の書評欄にインタビュー記事を載せてもらいました。
すでにお知らせしている通り、昨日、ぼくの初めての著書が発売になりました。
『旅に出よう 世界にはいろんな生き方があふれてる』
(岩波ジュニア新書)

です。
文筆業を志してからかれこれ10年になろうとしていて、やっとという感じで、実物を見たときはやはりなかなかうれしいものがありました。いつも応援いただいている方々には、本当に感謝してます!
このシリーズの名の通り、基本的には10代を中心としたジュニア向けに書いてあります。ぼくらが5年間の旅生活で得たさまざまな出会い、そして自分たちが経験したことを描くことで、生き方っていろいろあるんだ、ということ、そして旅することの魅力を感じてもらえれば、という願いを込めた一冊です。
でも、年代を問わず楽しんでいただけるものを目指したつもりなので、いろんな方に読んでいただけるとうれしいです!
とりあえず完成はしたものの、これからどのように読まれていくのかが、本としてもっとも大切なことのような気がしています。
表紙の絵は、高校時代の友人の弟さんに描いてもらいました。素敵なイラストを描いてくれてうれしく思っています。
では、どうぞよろしくお願い致します!
今週の初めにやっとジュニア新書が校了(全作業終了)しました。
いやあ、疲れました。最後の最後で、細かいところが気になって気になって。。しかも、いくら考えても解決しない問題があったり、また、あまりに何度も読みすぎてるために余計なことまでいろいろと考えはじめてしまったりして、全く本を完成させる大変さを今回の作業で実感しました。と、ともに、やっと完成にこぎつけた充実感はなかなかのものがあります。4月21日ごろ書店に並ぶ予定です!
そして、それが終わっていまは、『遊牧夫婦』の最後の仕上げ作業中。こちらは5月末ごろの発売を目指して最後の詰めに取り組んでいて、まだまだ作業は続きそうです。
さて、今回は本の話が続きますが、ひとつ紹介を。
ちょっと時間が経ってしまいましたが、上海時代の知人であるライターの須藤みかさんが、1月に『エンブリオロジスト 受精卵を育む人たち』(小学館)という本を出されました。「小学館ノンフィクション大賞」の大賞受賞作です。

ちょうど、そよが生まれた後だったので、自分たちも出産にかかわるテーマというのはとても身近で、二人でとても興味深く読みました。
「エンブリオロジスト」
って聞いて何のことか分かるひとって、とても少ないのではないかと思います。ぼくもこの本のタイトルによって初めて知りました。それは、不妊治療において精子と卵子が受精したあとの「胚」を扱う医療専門職のこと。正確な書き方ではないかもしれないけど、1個の精子を卵子に注入する顕微受精などをまさに行なう専門の技術者です。
その世界は全く知らなかったものの、イメージ的には、これって医者がやるのでは?と気がしていたけれど、そうではないのです。じつは専門の技術者がいるんです。
しかも、エンブリオロジストは、「医療者としての国家資格を必要としない職業」であるというのはなかなか意外なことではないでしょうか。
体外受精成功のカギを握る重要な存在でありながら、関係者以外にはほとんど知られていないこの職業について、「彼らはいったいどういう人たちなのだろう」という思いをもって書かれたのが本書。須藤さんがそのような強い思いをもってこの取材を始めたのは、まさに須藤さんご自身が不妊治療を受け、直接エンブリオロジストたちと向き合っていたからです。
そんな著者の、他人事ではない真剣な思いが伝わってくる内容です。エンブリオロジストとは、どういう人が、どうやってなっていくのか?その仕事はどういうものなのか?彼らがどんなことを考えながら、日々「いのちの素」を育むという作業を行なっているのか? とても興味深くも知られざる世界が、ぱっと目の前に広がります。
興味ある人は是非読んでみてください!
ちなみに、この須藤さん編著で、『上海路地裏散歩(仮) 』(双葉社)という上海に関するエッセイ集のようなものが4月20日ごろに刊行されますが、ぼくもこの中で7ページほどの小文を寄稿しています。詩人金子光晴の上海ライフと、自分たちの上海生活を重ねたエッセイです。よかったらこちらもご覧下さい。
<親ばか最新そよ情報!>

(寝返りの練習(?)のあとに突然大泣き。※これは予防接種後ではありません)
昨日また、そよの予防接種に。こんな小さな身体に針を刺され、「うえーん」と泣き出すのを見ているのはなんともしのびないですが、でも、どうも乳児は、なんと10秒ぐらいしか直近の記憶を保存できないとか聞きました。その通り、確かに辛そうに泣いていた数十秒後には、何事もなかったかのように、うはうは笑っていました。記憶の保存期間が短いって、ある意味すごい幸せなことだなあ、とそよを見ながら感じました。

(上の10秒ほど後)
先週東京で、長年会ってなかった地元の友人と再会しました。
このブログにも何度か登場しているけれど、その友人というのは、レゲエグループ「湘南乃風」の若旦那さん。彼のことを『遊牧夫婦』の中で書いたので(その記事。今度発売の第一巻の最後をかざります)、その旨連絡したら、久々に会おうよ!ってことになったわけです。
7年ぶりに再会した彼は、昔と全然変わってなくて、すぐに懐かしい話で花が咲いたのだけれど、ぼくは彼と話していて、久々に、こんなに刺激を受ける人にあったなと、正直感激してしまいました。
彼が超メジャーなミュージシャンで、事務所がいかにもそういう世界に見えておお、って思ったってことはあったけれど、それ以上に、1時間半ぐらいじっくり話して彼の活動や考えていることを聞いたら、やっぱりほんとにすごいやつだな、って心から思ったのです。
もともと彼は、中学時代からひときわ目立ってかっこいい存在で、小中時代から渋谷などに出入りして、ハナタレ小僧のぼくなんかとは別世界の人に思えました(そのあたりのことと、関連するある出来事について、上の記事で書いています)。そして、中学の中でもいわゆるかなりのワル的存在なんだけれど、飛びぬけて都会的で垢抜けている人物でした。高校時代も六本木では有名な存在だったようでその噂はよく聞いていたし、その後も、何年かに一度ぐらい会うと、いつも破天荒でデカいことを考えていて、スケールでかいよな、っていつも感じていました。
その彼が、パンチパーマ&サングラスをトレードマークに若旦那って名乗ってレゲエミュージシャンとしてメジャーデビューしていったときは、おお、さすが!って思い、彼の活動は旅をしながらもずっと追っていたのだけれど、途中からは、彼は、難病支援の活動を始めたりと、すごい熱い方向に動いていきました。ぼくが知ってるかれは、ずっと遊び人っぽいイメージだったので、そういう活動を始めたことは結構意外ではあった一方、確かに、心優しい、ソウルフルな人物でもあったので、わかるような気もしました。
で、ずっと、すごいなあ、と思っていたのだけれど、今回会ってみて、改めて彼のすごさを実感したというか、なんかうまく言えないけど、本当に、彼の迫力っていうか熱さは衝撃的でした。
この気持ちは、いまいちうまく説明できないので、よかったら是非、↓の動画を見てみてください。
これ見て、マジで涙してしまいました。ほんとすげえな、って。
http://www.youtube.com/watch?v=NpwAAp1g9ko
この活動を通じて、彼は世論を動かし、厚生労働省を動かし、ムコ多糖症患者のための薬承認にまでこぎつけたようです。それで300人の命が助かったようなのです。
彼は、有名なだけに、こういう活動をすると、売名行為だとか偽善者だとか言われることは多いみたいだけれど、なんかもう、そんなこと言った言われたみたいな小さなこととは全然次元の違うスケールのでかさで動いてる感じで、とにかく信念貫いて、自分ができることをどんどん実行して生きてる彼に、本当に心動かされました。
なかなかあんなことできないよな、って思いつつ、多分彼からしてみれば、いや、できるできないじゃなくて、やるかやらないか、なんだ、ってことなんだろうなって気がしました。それはぼくも実感として感じていることだから。
彼は、ハイチの地震のためにもチャリティー活動をしていて、そのために曲を作って、売り上げを寄付しています。その歌、「いのち ~LOVE FOR HAITI~」も、すごく熱くていい曲でした。
一般には売られてなくて、
http://recochoku.jp/
などのサイトからのダウンロード配信だけみたいだけど、よかったら是非。
昔を知っているからっていうこともあるとは思うけど、かなり心を揺さぶられる再会でした。
<親ばか最新そよ情報!>

そよは最近、こんな感じでよく笑うようになりました!外に出るとなんだかいつも笑ってるイメージだけど、気疲れするのか、家に帰るとぐずりだす、、という気も。そとづらがいいのかな?
久々に旅ネタです。
ぼくらがユーラシアを横断中、このブログにも何度か登場した、厚かましく素敵な旅人、牛山さんを覚えている方は少なくないと思います。「泊めてくれ!」と人のうちをノックしながら、3年近く旅を続けている極めて奇特な人物です。(関連記事)
ぼくはさらっとブログに書いただけだと思ったのに、なぜか一部の人には強烈なインパクトを残したようで、「ウシヤマさんが・・・」という言葉で、「え、あのブログに載ってた人?」といわれたことは、一回だけではなかったように思います。一回だけだったかもしれませんが。
しかも、ぼくがたまにやらせてもらっているトークイベントなどで牛山さんネタを披露すると、いつもこれが面白いようにウケるのです。だから、ありがたく牛山さんネタを随所で織り交ぜていると(今度の本にも登場します)、連続の講座などでは、「牛山さんの近況が知りたい!」などという声までいただく始末に。牛山さんに「もってかれた」気分で、若干悔しくなったりもしました。
彼の何がそんなに面白いのかは、ここでは書ききれませんが、とにかく、ぼくらが牛山さんに最初にあったのは、2007年の8月、中国・モンゴルの国境でのこと。
かれはそれ以来いまもまだその同じ旅の途上にいます。それ自体も、「おお~!」という感じなのですが、それ以上に驚かされるのが、中国からぼくらと似たようなルートでユーラシアを横断して、2年間旅を続けた挙句に使ったお金が、なんとたったの30万円程度だということ!!
そして、去年彼から来たメールではこんな驚くべきことが書いてありました。
「5カ月以上のヨーロッパ滞在で使ったのは100ユーロ以下。新しいメガネ代を含む」
つまりヨーロッパ5ヶ月間で彼が使ったお金はたぶん1万円以下なのです!
また、平均すると、「1day, 1 euro」なんてことも書いてありました。
そんなこと全く不可能に思えるのですが、ヒッチ&ノック&カウチサーフィンで、ほんとにそれを成し遂げ、いまも現在進行中なのが牛山さんなのです。それだけでいかに彼が常軌を逸した人物かがわかるかと思います。
彼は現在リトアニアに滞在していますが、ぼくはおそらく彼はいまリトアニアで、ナカタの次に有名な日本人なんじゃないかと踏んでいます。いや、もしかしたらナカタもくってしまってるかもしれません。というのは、彼はいま、そのリトアニアで、もはやヘンタイ的ともいえるその旅スタイルによって、注目を浴びまくり、取材攻勢を受けているようだからです。
すでに新聞などのインタビューが10本を数えるとのことで、しかも、先日は「ウシ・フェノミノン(ウシ現象)」なる、ウェブ上のフォーラムもリトアニアで立ち上がったとか。「ウシってどうよ?」ってリトアニア語で話す場のようです。
そしてついに昨日、彼のリトアニアでのテレビ(?)インタビューがネット上で見られるようになりました!
http://tv.delfi.lt/video/Dy6slOPT/
リトアニア語のニュースを聞くのは初めてな上に、その主役が牛山さんであることに感動してしまいました。彼の元気な姿と牛山節が余すところなく再現されているところに、モトコと大興奮でした。
牛山ファンは必見です!
さわやかな牛山ロックも聞くことが出来て、うれしいことこの上ありません!
ぼくはすでに何度も繰り返し見てしまいました。自分自身が旅していたころの気持ちを急激に思い出し、非常に懐かしくうれしい気分にひたっていました。
そしてまた、そんな自分自身が、牛山ファンであることをこの度激しく自覚したわけでした。
牛山さん、うれしくて興奮して、勝手にいろいろ書いちゃったけど、報告ありがとう!
今後も、気をつけて旅を続けてください!
牛山すすむオフィシャルブログ
「牛山すすむの一方通信」
数日前に本の制作がかなりひと段落して、今週は弛緩して休み気分で過ごしています。まあ、それももう今日ぐらいで終わりな気もするけれど。
ジュニア新書の方は、すでにほぼ出来上がりの状態で印刷したもの(ゲラ)をチェックし終え、その作業をもう一度繰り返せば、いよいよ作業終了。こちらはカバーデザインをイラストを描く知人に依頼したら、とてもかわいく素敵な表紙ができつつあります。来月、書店に並ぶのが楽しみです。
もう一方、『遊牧夫婦』の方も原稿は一通り完成して、これから細かいところを詰めていく段階。いまは編集者さんに見てもらっているところなので、ぼくはちょっとひといき、というわけです。こちらは、本の中にも登場する友人のレゲエグループ「湘南乃風」の若旦那さんにも宣伝に協力してもらう予定だったり、そんなこともいろいろ考えてます。
ともになんとか広く読んでもらえればと思っています。
一方、前回書いた京都の高校受験も今日の公立入試で概ね終了。で、今日も朝、ひとつ高校に応援に行ってきました。こういってはなんだけど、受験って、青春!って感じがしますね。中学生と話していると、エネルギーをもらいます~。
そんな休日気分のここ数日、そよと過ごす時間も長くなってます。昨日は、初の予防接種。三種混合の第一回目。これが3回にわたってあり、来月にはBCG(これはぼくにとっては子どものとき、怖い注射の代名詞だった)もあり、そよにとっては人生初の試練かな、なんて思ってます。3人で病院にいって、大泣きしたらかわいそうだな、とか、代わってあげたいなとか、バカ親丸出しなことも思ったりしてました(モトコは思ってなかったみたいですが)。でも、結局ほとんど泣かずで、そよは何事があったのか気付かないようなほわんとした顔のまま無事に終わりました。
予防接種は、受けない方がいいという人もいるし、いろいろ考える点もありそうなんですが、とくにポリシーもないので、流れにまかせてしまってます。
さて、そよにとっての、もうひとつの重要なイシューは、なんといっても「絶壁問題」とでもいいましょうか、アタマの形問題です。すでに彼女は、激しい絶壁アタマ作りに余念がなく、まさに斜め後方から見たところは、ちびまる子ちゃんのおじいちゃん(モトコ談)、という状態にあいなってしまってます。
しかも、なんだか右後ろに向かって頭が伸びてて、左後ろが激しい絶壁という超いびつ系。気付いたらそんな状況になっていました。
だから、飛び出てる右後ろをふとんにつけて寝せるように試みたりしているものの、これは物理で習う基本法則ですが、やはり状態は安定する方に向かうので、飛び出た右後ろよりも絶壁の左後ろをふとんにつけて寝る方が安定するため、そよは楽な方に流れ、アタマはゴロリと転がり、左後ろを布団につけてすやすやすや。。。そうして絶壁は、ますます激しい断崖絶壁へと成長してしまうわけです。
昨日病院で他の子を見ていたモトコによれば、そよの絶壁は他の追随を許さないような。。
ぼくもモトコも絶壁なので、遺伝なのかな、と思ったりもしてますが、どうなんでしょう。アフリカで見た子どもたちがみなきれいなアタマの形をしていたことを思うと、やはり遺伝なのかなって気がします。
ナントカ枕とかいろいろあるようですが、どれもあまり役立たないとか。
さあ、どうなることやら。
いま、そよが寝息を立てている隣で、仕事をしたり、ブログを書いたりしています。
ここ一週間ほど、そよの右目の目やにがひどくて、しかも2日ほど前から、鼻づまりもひどくなりました。そして昨日の夜は、夜中にフガフガいって苦しそうで、何時間も寝れないようだったため、心配になり、今日は祝日だったので休日診療所とかいうところへそよを連れて行きました。
いちおう、鼻づまりは風邪の一種だろうとかで、目は結膜炎とのこと。両方とも薬をもらって、まあ、よくある症状的な感じで終わったのでほっとしたのですが、やっぱり今日も夜は若干フガフガいったりして...。
で、いつも夜中に授乳があるモトコは、昨日はそよの鼻づまりで全然眠れてないので、いまはぼくがそよの隣で番をしながら仕事をして、モトコが隣の部屋で寝ているという状態。赤ちゃんは、鼻が詰まっただけでうげーっとすごく苦しそうになり、しかも自分では何にもできないので、見ていると哀れになったりします。全く人間の、はじめの時期の何も出来なさというのは、おどろくべきものがあります。
でもいまは、いい感じに寝ていますzzz たまに急に眼を開けて、突然大きく万歳をして、「フガフガッ!」とかいってますが、またすぐに眠ってます。。

(スイス在住の友だちにもらった抱っこひも。これにいれると、すぐにスヤスヤ・・・)
さて、久々に子育てネタから離れますが、やっと春に出る本のメドが立ち、ここで報告できる状態になりました。
もともと1冊の予定だったのですが、2冊出ることになりました。
最初から予定していたのは、「岩波ジュニア新書」(岩波書店)から、若者向けの旅・生き方の本で、これは最近になってやっとタイトルが決定しました。
『旅に出よう ―世界にはいろんな生き方があふれてる―』
という、このシリーズらしい非常にストレートなものになりました。ぼくらが旅の中でいろんな人に出会っていく過程と、出会ったいろんな人生を描きました。特に中高生などが、これを読んで、ああ、生き方ってほんといろいろあるんだなあ、自分も自由に考えてみよう、とか思ってもらえるきっかけになればと思っています。
4月20日に発売の予定で、原稿はすでに出来上がり、いまは入稿作業中です。まだ何度か修正作業が残っているものの、自分的にはもう完成間近な気分で、とても楽しみです。これが事実上、自分の初めての著作になるので、やはりうれしいものです。是非、読んでいただければうれしいです!
そしてもうひとつは、昨年7月よりミシマ社のサイトで連載中の『遊牧夫婦』の第一巻です。もともとの予定では、単行本化はもっと先かなと思っていたのですが、おかげさまでたくさんの人に読んでいただけているようで、はやばやと単行本化を決断していただくことができました。
同じく今春出版に向けていま最後の作業に取り組んでいるところです。ぼくらの5年半の旅の最初の1年分だけで一冊になる予定で、このままだと完結まではかなりの長編になりそうなのですが、これは、それだけ思いいれの深い作品になることは確かで、なんとか多くの人に読んでいただけるものになるようにと、気合を入れて取り組んでいます。こちらも是非是非、よろしくお願いいたします!
ともに、去年の春に企画したものなので、出版まで丸1年かかったことになります。本を完成させるのはほんとに時間がかかるし、雑誌の記事を書くのとはまた違う大変さがあることを実感しています。でも、両方やってみて、自分は本の方があっているのかな、という気もして、今後の自分のやりたいことがぐっとクリアに見えてきたように感じています。今回はじめて、ひとつの作品が形になる大きな喜びを感じながら、最後の作業に取り組むことができています。
近くなったらまた報告させていただきますが、
どうぞよろしくお願い致します!
(以下は12日に書いたものです)
ちなみに、そよは今日再度別の病院に連れて行きました。
大したことではなさそうで、安心しました~。「鼻づまりと目やにだけで、なに夫婦そろってきてるんですか」、とはいわれなかったけれど、でも、医者としてはそういう気分だったりな、なんて思いました。
そよとの3人生活が始まってから二週間少々というところですが、やっとリズムが出来てきたようなきがします。
そしてここ1週間ぐらいぼくらの生活の中に組み込まれてきたのは、そよを連れての散歩です。
一週間ぐらい前に何度か、夜に汗を出すほど大泣きして、どうあやしても泣き止まないことがあったりしたので、どうしたものだろう、と思っていろいろ調べているうちに、どうも、2ヶ月ぐらいになったら、そろそろ寝かせているだけではだめで、外に連れて行ったり、一緒に遊んであげないと満足しないのだ、ということに行き着きました。確かにそんな感じがして、それ以来散歩を日課にし始めています。
散歩は、ぼくが連れて行くことも、モトコが連れて行くこともあり、また3人で行くこともあります。乳母車を使うこともあり、抱っこしていくときもあります。
ちょうど歩いて5分程度のところの、二条城の目の前にちょうどいい具合の公園があるので、そこまで歩いていったりしてます。そして、行ってみてふと気付いたわけです。あ、これって公園デビューってやつだな、と。
(そつなくこなしたデビュー戦。でも、そよは公園で一度も眼をあけず・・・)
公園デビューってイメージとしては、ヤンママが複数人で徒党組んでて、「あら、新入りよ」みたいなところに、「どうも~いろいろ教えてください~」って恐縮しながら入っていくみたいなのを思い浮かべていました。で、そこで父親はどう振る舞えばいいんだろう、などと考えたりしていましたが、ここ数回の経験では、まあ、そんなに面白いものでもなさそうでした。ただ、ママさん&娘か息子が数組、各自それぞれ遊んでいるだけという様子で、デビューのしようもないというか、まだ企画書段階っていうか(ってわけわかりませんね)。
しかし、平日からボサボサな頭&ヒゲ面で、新生児を抱いてウロウロしている男というのは、おそらくじつに少ないもので、公園デビューならまだいいものの、今日なんて道端でおばあさんに明らかに怪しげな目でみつめられてしまいました。もしかして誘拐?とか思われてるんじゃないかな、とひどく自虐的な連想をしてしまい、そしてその連想を引きずっていたせいか、その10分後ぐらいにパトカーが横を通ったときには、なぜかビクッとしたりして、おれ、なにビビッてんだろう、なんて自ら失笑してしまいました。
その一方、本人はわかっているのかわかっていないのかてんで不明ですが、とりあえずそよには、「ほら、車だよ」「ほら、自転車だよ」などと、外界の事物について適宜解説を加えてみています。そうすると、「ほら、おばちゃんだよ」「ほら、空だよ」「ほら、うどん屋だよ」「ほら、山中油店だよ」「ほら、自動販売機だよ」と、と全く切りがないことに気付き、それらすべてが全く未知のものであるそよにとっての、世界の未知度は凄まじいものがあるな、と改めて驚いたり、羨ましくなったりしました。
しかし、当の本人は、散歩をスタートして5分ぐらいは眼を見開いて、「ほー」という顔をしながら見ているのですが、あまりに吸収することが多すぎて、すぐに脳内メモリがいっぱいになってしまうのか、気付くと、眼がうつろになり、すやすやと深~い眠りにはいってしまいます。
それから先、散歩の7割ぐらいは、一人、そよに向かって「ほら、セブンイレブンだよ」「ほら、横断歩道だよ」「ほら、ごみ箱だよ」「ほら、小学校だよ」などと静かにつぶやいたりつぶやかなかったりするわけですが、それは全く無意味なのかもしれないと思いつつも、いや、でも・・・などと葛藤しながら、家にもどってきます。
そして、帰宅時はいつもぐっすり眠っているので、たとえばモトコが何か手が離せないときなどは、そよをそっと寝かしつけて、さあ、寝ている間にひと仕事するか、とパソコンを開くわけですが、10分もすると、彼女の腕がピクピクと動き出し、またすぐに、ウッウッウッ、と泣き出したりするのです。でも、そんな動きがなんだかとってもかわいかったりして、子どもって不思議なもんだなあ、とときにじっと眺めてしまいます。
そんな毎日になってみると、いかにこれまでは時間があったのかということを実感しますが、いまは逆に、1、2時間まとまって仕事ができる時間がとても貴重になり、だから非常に集中力が上がるのか、なんだか効率はぐっと上がったような気もします。また、週に一度ぐらいカフェで仕事する機会もじつに貴重で、かなり気合が入ります。
そうしてなんとか、本のほうも最終段階まで進んでいます。
最近、ホントに毎日が飛ぶように過ぎていきます。すごい速度です。
一昨日からそよとモトコがマンションに戻り、いよいよ3人での新生活がスタートしました。
2人で交代でそよをあやしたりしながら、仕事やら家事やらを進めていく日々になり、いまはまだ生活リズムを模索中、というところ。

(平和な日中)
ぼくは家にいながらでもなんとか仕事を進められるので2人で役割分担しながらいろいろできますが、1人だったらいったいどうするのだろう、ということが少なくありません。こちらに戻ってきてからは風呂も、普通の湯船に入れ始めましたが、一人が入れて、一人が外で待って着替えなどしないといけないので、風呂入るのもここ数日はちょっとしたイベントになりつつあります。

(「デスペラートな妻たち」のDVDを流していたら、途中で「ギャー!!」とバイオレンスな阿鼻叫喚シーンになったので、やっぱり消した方がいいのかな、と思ったものの、そよは、気付かすスヤスヤ・・・)
号泣時にジャック・ジョンソンを流して、リズムに合わせてポンポン背中を叩きながらあやしてやると静かになったので、たびたびその方法を試みると、本当に効いているようでした。とはいえ、マイケル・ジャクソンだったらだめだった、とかそういうことを試みたわけではないので、実際はどんな曲でもいいのかもしれません。
が、いずれにしても、そんな感じで、少しずついいやり方が分かって慣れてくれば、うまい具合に力を抜きながらできるようになるんだろうと思っています。
一方、今週はいろいろと仕事が詰まっていて若干焦り気味ですが、そよが眠りついたつかの間、仕事にとりかかると、逆にその貴重な時間を活かすべく集中力が上がるような気もします、、と、前向きな解釈をしながら、楽しんでます。。。

すでに1.5キロ体重が増え、身長も8㎝伸びました。徐々に眉毛が太くなってきて、さて、どう展開するのかな・・・と日々顔の変化具合も見学中。
あけましておめでとうございます!
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
年末年始は、すっかりそよペースであっという間に毎日が過ぎていきました。
誕生から無事に一ヶ月が経ち、早くも体重は1.3キロぐらい増え、身長8センチ程度伸びた感じ。シャープな感じはなくなり、真ん丸くふくよかになってきました。
この成長の早さはさすがに新生児です。だんだん、ずっとだっこしていると腕が痛くなってくるぐらいになりました。
表情も豊かになり、ちょっと「はー」とか「あー」とか声っぽいものも出しているようで、しかも少しこっちを見ているようなそぶりも見せたりするようになってます。
相変わらず、ぼくはほぼ毎晩、モトコの実家に通って、あやして寝かしつけてから帰宅、という日々を送っていますが、モトコはそのあと夜中に2度ほど起きて授乳して寝かす、という作業があるので、常に寝不足な様子。ぼくは家でぐっすりというのは悪いなあ、、という気もしますが、いまはその分働いて稼がないとな、と思ってます。

(なかなか表情が豊かに。号泣の1秒後にほわ~と笑顔になったり。単なる筋肉の作用のようですが、一応意思表示と思いつつ、楽しんでます。真ん中の気難しい顔が得意。でも一番下の写真が笑えて気に入ってます)
年末年始はモトコの実家に姉夫婦、妹夫婦+姪っ子も集まって、とてもにぎやかになりました。そして、箱根を見たりしつつダラダラと過ごしているうちに、早くも3日から塾の冬期講習が始まって、入試を一ヶ月前に控えた中3の生徒たちにはっぱをかけるここ数日です。1年間教えてきた子たちなので、ほんとにがんばってほしいなあーと思います。ちなみに、彼らは基本的にどんな余談をしても、静かにほとんど笑わずに聞いている子たちなのですが、昨日は、初めて30人近いクラスのみなが「がははははー」と大うけしてくれて、すっかり気をよくしてしまいました。「しーん」とした中で、ひとりバカ話を始めて、「しーん」とし続けるなか、「さ、続きをやろうか」とテキストを開くように促すのはやっぱり非常に精神的に辛いので。。。

(福岡在住の姉夫婦と、妹夫婦の娘と)
執筆の方も、今日から『遊牧夫婦』が再開して、これからまた毎週アップしていきます。年末年始に少し先まで書いて貯金を、、と思ったものの、そよのオムツや子守の前に、そんなに調子よくいくわけもなく、いま焦って、書き進めているところです。さっきから2004年のインドネシア、マレーシアあたりの日記や写真、ブログを熟読、熟見してますが、非常に懐かしくなり、思い出にふけってしまいます。
今日で講習を終えて、明後日からは結婚式&仕事のため、東京に2日ほど行きます。10日には京都で打ち合わせがあるので戻って、そのあとはまたそよのもとへ。その後、いよいよモトコもこっちの家に戻ってきて、そよとの3人での生活が始まります!ある意味、バックパッカー生活よりも全然未知だったりするので、楽しみです。。
完全にほのぼの子育てブログになっていますが、今年もよろしくお願いします!
今年も早くもクリスマス。去年、京都のいまの部屋に引っ越してきたのが12月20日ぐらいだったので、もう1年が過ぎてしまいました・・・。
あのころはまだライターとしてやっていくかどうかも決めきれていなかったことを思うと、なんだか遠い昔のことのようです。日本で腰をすえてライターでやっていくと覚悟を決めてから、いろんな出会いがあり、そのおかげで仕事も人間関係も広げることができてきたのですが、1年前は、あの人も、あの人も、まだ知らなかったのか!と思うと、なんだか不思議なぐらいです。
その中にはもちろん、1ヶ月前はまだ顔を知らなかったそよも入ります・・・なんつって、やはりどうしてもすべてが娘ネタに収束していく今日この頃ですが、いずれにしてもこの3週間、そよはおかげさまで順調に育ってきています。
生まれた直後ははれぼったく、ときおり若干、安部譲二がちらついたり(ぼくだけかもですが)、なんて顔をしていましたが、その後、すぐにすっきりとしたと思ったら、最近徐々に肉付きがよくなってふくよかな感じになってきました。これくらいでだんだんと将来の顔のイメージが見えてくるのかな、とか思ったり、思わなかったり。
ほんとに変化が速いなあと感じながら、オムツを換えたり、沐浴させたりしています。ただ、ぼくもこの一年、白髪の増加だけは、そよ並みの成長ペースだったかもしれません。
じつは、日本で腰をすえてばっちり働くというのは、恥ずかしながら今年が始めてのことでした。それでもフリーで比較的に気ままなスタイルで働けていたし、別に大したストレスはなかったはずなのですが、この一年で急激に白髪の台頭が著しくなってきて、最初はなんとかごまかす手段を講じていたものの、もはや収拾がつきません。来年はその辺を達観したいところです。
それはさておき、数日前になんとか、来春刊行予定の自分の初の著書と呼べる本の原稿をほぼすべて一応書き終えて編集者へと手渡すことが出来ました(「ほぼ」や「一応」という煮え切らない単語をつけたくなる状態ではありますが)。なんとか年内にゴールが見えるところまでこれてほっとしています。『遊牧夫婦』の方は、23日(水)が祝日だったために、年内は16日で終わり、次回は1月6日にアップされます。こちらも、なんとか飽きられないように、気合を入れて書き続けていきますので、またよろしくお願い致します!

上から、生後3日、14日、23日、24日。一番上は、超初期の譲二時代、中2枚はよさげなのを選び、最後は、お腹が満たされ激しく油断した時の顔。弛緩しすぎ。。。
うーーん、未知数だ・・・。
娘が生まれて早くも10日が経ちました。
生まれ出てきたばかりの命にとって10日というのはなかなかの長さなようで、すっかり(というのは言い過ぎかもですが)生まれ出たころとは随分と変わった気もします。
モトコもすでに退院し、いまは実家で身体を休めながら過ごしています。やはり帝王切開というのは身体に与えるダメージも大きいんだなと感じています。
一方ぼくは、いま自分も子どもにかかりっきりになると明らかに家計が傾くことを感じ始め、日中は自宅で仕事に励み、毎晩夕方からモトコの実家へとチャリチャリ走って、娘の世話をしつつ、厚かましくがっつりご飯をいただく日々になっています。1ヶ月ほどはこういう生活が続きそうです。
ところで、娘の名前が決まりました!
「そよ」
としました。ひらがなです。そよかぜのような爽やかな子になってくれれば、と思って。これはモトコのアイディアで、他にもいくつかライバル候補があったものの、ぼくもすっかり気に入ってこれに決めました。

モトコの実家でお七夜もやり、すべてがそよペースで楽しく動いている12月です。本人は毎日くっちゃねくっちゃねとおとなしく自らの仕事に励んでいます。
ただ、このブログにあまりその経過ばかり書いていると、ブログが一気に"From2009"子育てブログに早代わりしてしまいそうなので、あまりそよネタばかりにならないように気をつけようと思っています(もちろん、子育てブログはそれはそれでいいのですが。ただ、運動会をビデオ撮影してしまう気持ちが半ばわかりかけそうな自分に少々驚いています)

(気難しそうな顔が若干多いような。。すでに眉間にしわがつきそうです(笑))
日中は気合を入れて、仕事に励まないと、と思っています。
一昨日、12月1日に、ぼくたちに娘が生まれました。
夜中2時に破水し、病院に駆けつけると、出だしはすごい順調そうで、夜明けまでには生まれるのでは、と助産士さんに言われたものの、いやいや、そんなに甘くはありませんでした。それから結局夜8時ぐらいまでモトコにとっては非常に苦しい時間が続きました。モトコは、これより苦しかったことを思い出そうと考えた挙句、浮かんできたのはチベット・カイラスでの顛末。でも、さすがにそんなものでは全く比較の対象にならず、もう苦しみに耐えるしかなかったようです。ぼくも、隣で見ているだけかわいそうで仕方なくなってしまいました。そして、最後は、もうこれ以上は無理ということで、帝王切開での出産となりました。
疲労困憊して憔悴しきって、横たわるモトコのお腹から、赤ちゃんが出てきた瞬間は、モトコにとってもぼくにとっても、いままで全く味わったことのない一瞬でした。人が生まれるということはこんなにも大変なことなのか、ということを身に沁みて感じ、この瞬間だけでも、娘からいろいろと学ばせてもらったような気がしました。
モトコはしばらく入院が必要で、ぼくもいまは、自由業の利点をフルに活かして一緒に病院に泊まっています。初日は何をやってもおとなしかったものの、3日目になって何をやっても泣き止んでくれなかったりして、二人しておろおろしてます。
これからどんな日々がまっているのかなかなか想像がつきませんが、元気に楽しく、3人でがんばっていこうと思っています。
というわけで、今後ともどうぞよろしくお願いします!

唐沢寿明×山崎豊子の『不毛地帯』を見ています。
『白い巨塔』ファンとして、このコンビには激しい期待をして見出したのですが、いまのところは・・・うーーん、『白い巨塔』には遠く及ばずという印象です。
『不毛地帯』、作品自体は渋くて悪くないのだけれど、あまりにも渋いというか、もうちょっとポップさがほしいところ。テーマも、いまとあまりにもリンクするところが少ないような・・・。ぼくは、唐沢×山崎、阿部サダヲ、竹野内、岸部一徳、といったメンバーがなかなか好きなので楽しんで見ているものの、決して広く受ける作品じゃないのかな、という気がしてます。
が、しかし、これを見ることで、思わぬ副産物が!
それは『不毛地帯』の後のこと。
『不毛地帯』を見終わり、今日は不毛じゃなかったかどうかを確かめつつ、エンディングのトム・ウェイツの激シブ(もしかして死語?)の声を聞いてのらりくらりとしていると、上沼恵美子をバックに天気予報が始まり(関西だけ?)、そのまま油断していると、知らぬ間に次の番組に絡め取られるわけです。
その番組が、TOKIOの『5LDK』。
毎回ゲストが出てきて、TOKIOとぶっちゃけトークというやつです。
おいおい、TOKIOかよ~、なんて思ってみていたら、これがなんだか毎週やたらと面白い!
あの「ダサおもしろい」路線でTOKIOはじつはかなり成功していることを実感してます。って、いまさらかよって、感じですが、何気にトークも面白いし。リーダー以外は。
しかも、リーダーのノリ切れてない顔がまた笑えるし、もう、何をやっててもなぜか笑えるという、じつに稀有なグループな気がしてきました。アイドルグループで「ダサ面白い」って路線、誰がスタートなんだろう? すごいニッチな見せ方なようでナイスです。
というわけで、最近は『不毛地帯』を無難にこなして、『5LDK』のTOKIOを見て失笑するっていう流れが、木曜の夜にできてしまいました。
でも毎週、『5LDK』ではなく、『不毛地帯』の方にがんばってもらいたい、と期待をしているところです。
こないだたまたま書店で見かけて買った
を昨日読み終えて、まだ興奮冷めやらぬ気持ちです。
「(xのn乗)+(yのn乗)=(zのn乗)
を満たす自然数の組(x、y、z)は、nが2より大きい場合には存在しない。」
という、とてもシンプルな「フェルマーの最終定理」については、確か中学時代からその存在を聞いていました。しかも、天才フェルマーは、この定理とともに、
「私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」
と書き残したまま死んでしまい、そのまま300年以上も誰もこれを証明できずにいたことも。フェルマーとは17世紀の人なのです。その話を聞いたときから、フェルマーの最終定理というのは、ぼくの中で、ずっと特別な響きを持っていました。
でも、たぶん15年くらいは完全に頭の中から消え去っていました。
それがこないだ中学生にこのことについて質問されたことをきっかけに記憶が復活。で、そのすぐあとに偶然そのままのタイトルの本を見かけたので買ってみたら、これはもうほんとに大当たりでした。
――300年以上も誰も解けなかったこの問題を、1993年ついにある男が解いたという。その噂は数学界を沸きかえらせ、その解法を発表する講演では、誰もが歴史的瞬間に興奮し、世界中のメディアが、それを報じた。ついにフェルマーの謎に終止符が打たれたのだ、と。
そう誰もが思った。しかし――
ってなところから始まります。
この「数学界最大の超難問」を巡って、これだけ興味深い人間ドラマが繰り広げられたことを知り、ほんとに身震いしながら読みました。
この1問の中にそんなにもの人間の智恵と歴史と思いが込められてきたのか、数学ってこんなに歴史とロマンとドラマを含んでいたのか、と、なんだか分からないけれど、数字とか数学の奥深さの前にひれ伏したくなりました。
また、作者の文章力や構成力もすごく、ノンフィクションの作品としても超極上で、相当面白く読めます。訳もとても完成度が高い気がします。2500年前に「ピタゴラスの定理」が出来たとき、神に感謝のしるしとして100頭の牛がいけにえに供されたとか、19世紀フランスの20歳の天才が決闘で死ぬ前日に書き残した理論とか、23人集まれば同じ誕生日の人がいる確率は50%以上になるなど、いろんな挿話が面白く、しかもそれがすべて、このフェルマーの最終定理へと巧みに集約されていくのがすごいです。
数学が好きな人なら、立ち止まって考えつつ、やめられなくなります。
数学を全然知らない人でもきっと数学の持つ壮大な世界に感激すると思います。
この本で、数学の魅力を再確認しました。
興味ある人は、是非。とってもお勧めです。
といっても、そんなに新しい本ではないので、知ってる人も多いかとは思いますが。。。
モトコの実家で飼っていた犬、はるが一昨日死にました。
ぼくらが去年帰ってきたころも、今年の春も全く元気だったのに、夏ごろからアトピーに苦しみ始めて、それから急激に弱っていきました。息を引き取る3日ほど前から突然歩く事すらできなくなり、食べることも、自ら動くこともほとんどできなくなり、最後はとてもかわいそうな姿になってしまいました。
ぼくはこれまで動物とはほとんど縁がなく、またもともとどちらかといえば犬が好きなキャラではないので、家で犬を飼っていたこともありませんが、動物好きのモトコの影響が強く、旅生活の間でもイルカやらクジラやら、そしてアフリカの動物やら野生動物は随分と身近に感じられるようになりました。先の5年間をいま振り返ってみると、外国で強く印象に残ったことの多くが、動物や自然との遭遇であったことに気付かされ、なにげに自分もちょっとは自然派・動物派に近づいたのかな、と思ったりもしています。
だから、11年ほど前に始めてモトコの実家に行ったときには、元気いっぱいで吠えられまくってビビらされたはるとも、最近はだんだんと、自分なりに距離は近づいた気がしていました。といっても、頻繁に会うようになったのはもちろんこの1年ですし、そんなにぼくは積極的に「はる、はる!」っていう感じではありませんでしたが、それでもモトコの実家にいけば、はるがいる風景っていうのが当たり前になって、はるもぼくを自然と受け入れてくれるようになっていたと感じていました。
それが最近、週に1度ほど会うたびにどんどん痩せ弱っていき、つい最近までたまに散歩に連れて行ったりしていたはずだったのに、あっという間に死に至ってしまったことが、とても切なく、かわいそうに思えました。犬は人間の7倍とかそのくらいの速度で生きているわけだから、そんなもんなのかなと思うものの、やはり人間的感覚で見ているとあまりにも急激で、哀れでした。
犬が家族の一員みたいな感覚は、これまでは全然分かっていなかったけれど、今回、はるの死を比較的近くで見ることによって、初めて実感として感じました。はるがいなくなったいま、ふと思い出して、「ああ、はるはもういないのか」と、寂しく思う気持ちが予想以上に強いことに、いま気付かされています。
そしてまた、時間がどんどん経っていっていることを、こういう機会に強く実感させられてしまいます。日本に帰ってきてからもすでに1年が経ってしまったし......。
全く話はかわりますが、先週金曜13日に大阪コモンカフェで行なった「旅を生活にしよう!」講座は、とても楽しく終えることができました。はじめは参加者が少なそうで、あれれ、と少々心配していたのですが、当日に飛び入りで参加してくださった方もいらして、結果的にはとても盛況なイベントになった気がします。今回は、これまでの中でも特に、強く興味を持ってくださった方が多かった印象で、終わったあともいろんな方と個別にお話ができて、とても楽しい時間を過ごすことができました。ご参加いただいたみなさま、どうもありがとうございました!

でも、いつまでもこの旅の話をしていると、いずれは、「何年も前の同じ旅の話ばかりしているオッさん」というイメージをほしいままにしてしまいそうなので、どこかで区切りをつけないといけませんね。
ちなみにちょうど今日は水曜日、「遊牧夫婦」第19回目がアップです。今回からやっと東ティモール編に入っていきます。旅の話は、この中でもっとも密度濃く、していくつもりです。
完全に今回は宣伝・告知ですが、表題の通り、今週の金曜、13日の金曜日に、大阪「コモン・カフェ」にて、
「旅を生活にしよう!」
というタイトルで講座を開きます。
「扇町クリエイティブカレッジ!」(OCC!)の講座です。
基本的に前回7月にここでやらせていただいたのと同じテーマで行ないます。前回参加していただいたみなさんからは比較的うれしいコメントを多数いただきました。が、今回、どうも人の集まり具合がまだまだのようで^^;、ブログでも告知してみたわけです。
近隣の方でご興味がある方がいらしたら是非お越しいただけるとうれしいです!
前回とは概ね似た内容になると思いますが、これまでのセミナーなどの経験・反省をふまえて、さらに磨きをかけた上質のものにできればと考えています。
どうぞよろしくお願い致します!
『旅を生活にしよう!』
11月13日 大阪・コモンカフェ
19:30~21:00
詳しくはこちらをご覧下さい。
昨日から、突然ストンッと冬になってしまったような寒さに見舞われて、震えています。
日本に帰ってきてもう1年が過ぎ、旅中に使っていたシャビーな服しかなかった寂しいワードローブを季節ごとに少しずつ増やしてきましたが、寒くなってきたからやれ秋用のコート、さらに寒くなってきたからもっとあったかいコート、などと言っていると切りがありませんね。しかも、見るとほしいものは増えるばかりだし。。ただ、最近久々に服を買う喜びを思い出して、街に出かける楽しみが一つ増えたような。古着屋めぐりに熱を入れていた高校時代以来な気がします。
ところで、そんな服屋さん話とは一切関係ありませんが、夏ごろにちゃかちゃかと書き進めていた宇宙に関する本が昨日発売になりました。『宇宙の秘密』というタイトルでPHP文庫から出ています。数人で手分けして書いたもので、ぼくが全体の3分の1強、第3章を書きました。
地球の歴史、宇宙論の基礎的な話、量子論、相対論、、超ひも理論、宇宙開発、ワープなど、書くテーマは多岐にわたりました。深い眠りどころか永遠の眠りについてしまったかのようなぼくの理系時代の知識を激しくたたき起こし、学びなおして、書き上げ、その原稿を宇宙開発の専門家にきっちりと見てもらうという作業は、自分にとってなかなかいい刺激になりました。やっぱり宇宙は面白いな、と改めて感じました。すべてがフィクションなんじゃないかと思ってしまうぐらい、日常の世界とは乖離していて、その一つひとつを理解していくと、いまいる地球が全く違う場所のように見えてくるのです。
今回は、前の深海魚本に比べると全然マジメな本ですが、軽く読めるように書いたつもりですので、宇宙に興味のある方もない方も、もし見かけたら手にとっていただけるとうれしいです。この前の深海魚の続編たる巨大生物の本も、来月発売になる予定です。
完全に宣伝となり恐縮ですが。
今日、塾で中1に、余談として12年前のぼくのオーストラリアでの恋愛話をしたら、それなりにウケてくれていたものの、激しく、しかもホンキで引かれてしまったようです。
メール、電話、手紙、ファックスでのキャンベラ・東京間の熱くウザい攻防(いや、「防」はなく「攻」だけだったな)、さらに、オーストラリアへの10日間隔の2度の説得旅行は、中学生には刺激的すぎた感ありです。「ストーカー気味だった」と、自虐ネタ的に披露したのですが、それが真に受けられてしまったのか、女生徒から、
「イメージダウン」
「ド変態」
という厳しい評価をほしいままにしてしまいました。「先生、その話しない方がよかった」という意見も、「何いってんだ、笑ってくれよ!」と自分本位にならずに、真摯に受け止めた方がよさそうです。厳粛に受け止めつつも、今後のネタ作りの肥やしとします。
しかも、最後のところをなぜかはしょってしまって、「ストーカー気味で、オーストラリアから追い返されるように帰ったよ」のあと、「その彼女がいまの妻でね」と話してしまい、そしたら、みんな、
「え、なんで?どういう流れで、その人が妻になるの?嫌われてたんでしょ?」と、疑問が殺到。さらにみなを混乱に陥れてしまいました。
このネタは前にブログにも書きましたが、詳細は、『遊牧夫婦』のこの回の後半にもあります。
来週、京都のある大学で、大学生対象の講演会をやらせていただくことになっています。まずは、このネタで笑いを取って・・・、と計画中ですが、さて、どんな反応になるのか、ちょっとドキドキです。
前の前の土曜日、モトコの父から電話で、「明日、運動会のリレーにでてくれんか?」といわれて、急遽、「運動会」に出場することになりました。
なんの運動会かといえば、小学校の学区ごとにあるという町対抗の運動会。「何々町」という町ごとにチームとなって、大人から子どもまでが混ざって行なわれるものです。
モトコの実家のある南一条町チームでは、100m×5のリレーのメンバーが一人足りないのででてくれないか、とのことでした。リレーは、第1走者から第5走者まで、順に、小学生、女性、中学~29歳、30代、40代以上、という区分が決まっていて、南一条町チームは、「中学~29歳」の枠で走る人がいないので、少々年はオーバーしているものの、なんとかがんばって走ってくれ、という展開になったわけです。
それほど気合の入った運動会ではなさそうだったし、走ること自体は特にいやではなかったのですが、膝のじん帯が大学時代に1つ切れたままで、油断すると膝がずれたりしてしまうことがあるのが心配のたね。でも、まあ走れる範囲でやってみようということで参加しました。場所は小学校の校庭で、トラック1周が100mという、あれです。
運動会なんて高校時代ぶりだから、それこそ15年とかやってないわけですが、久々のあの、理屈なしの陽気な雰囲気にうれしく興奮。
高校のバスケ時代で肉離れがクセになっていたモモの裏も気になり、入念なアップをして臨んだものの、一緒に走るのは、現役でサッカーでもやってそうな高校生と中学生(1レース3組対抗)。きっと彼らには「このオッサン、20代じゃねーだろ?」などと思われていたのではないかと推測しますが、その通りで、ぼくは目標を「怪我しないこと」に定めて、オヤジの走りをあますところなく披露してしまいました。

ただ、ぼくらのチームの第1走者の小学生は、確か3年生だったかの女の子だったため、同じく第1走者だった他のチームの5,6年らしきお兄さん、お姉さんにとてもかなわず、すでに大きく差をつけられていたので、第3走者のぼくは、速い中高生の間で遅さが目立つということもなく、のんびりと走らせてもらいました。
モトコは、「思ったよりもどんくさかった」と笑っていましたが、余計なお世話です。遅いなりに、久々のレースの雰囲気にちょっと燃えました。途中で、この校庭を必死に走ってる自分がおかしくなって、走りながら笑ってしまいましたが。
その日は仕事があったので、それだけ出場してすぐに帰るつもりだったのですが、午後に綱引きがあることを知ると、面白そうで、今度は頼まれてもいないのに志願して参加。ぼくは、一番デカいということで、ツナの最後部を引くしんがりみたいな役に。奮闘したものの、これも負け。しかも、見守っていてくれてモトコの家族によれば、ぼくだけ、妙にハッスルしてたようで。。。

(後ろのヘルメットがぼく。力が全然効果的に伝達されてなく、綱引きはテクの研究が大事だなと実感)
そしてぼくはその日から、3、4日、激しい筋肉痛の日々に。。。
しかし、燃えました。悔しかったです。
東京では、こんな町内の運動会の存在など聞いたこともなかったので、とても新鮮なイベントでした。10月のこの時期、京都ではどこの町内でも運動会が行なわれているようで、昨日は、うちの近所を歩いたら、細い道の何ヶ所かで、ガレージを開放して運動会の打ち上げの準備をしていました。塾の生徒に聞いても、結構な数の子が、「毎年参加してるよ!」と言っていて、その意外な地域の結びつきにびっくり。いやあ、こういうのがずっと続いているというのは、やっぱりいいなあと思いました。ちなみに、マンションの人間は誘われないのか、ぼくらの住む地区では、運動会の誘いはきませんでしたが。
来年は、綱引き必ず勝ちたいです。
先ほど、やっと、最近ずっと取り組んでいた本の原稿が一応あがり、いまなかなかの解放感に浸っています~。すっかり、仕事で書くのは理系本が増えてきていて、春に深海魚本を書いた後は、数人で進化論について『「進化」の地図帳』(7月刊行)という本を書き、8月は宇宙に関する文庫本(11月刊行予定)、そのあとは、先ほど一応書き終えた巨大生物の本(これも11月刊行予定)を書いていました。とはいえ、「深海魚」以外は、数人で書いているので、量的には一冊の半分とか3分の1といったレベルですが、それでもやっぱりなかなかボリュームがあるので、骨折れます。
そんなわけで最近、理系魂が蘇ってきたというか、宇宙、巨大生物はともに、調べているだけでもなかなか興味深かったです。宇宙については、久々に相対論や量子論、宇宙論の簡単なものを読み漁り、やっぱり宇宙は面白いな、と改めて思いました......ってことは前にすでに書いたけれど、巨大生物も、これがなかなか面白いんです。
たとえば、6mとか、7mの超デカいニシキヘビは、イノシシを丸ごと飲み込んだりするし、アフリカの人は、そのニシキヘビを、自分の足をエサとして捕まえているし(映像あり)、ドイツの巨大なウサギが、北朝鮮の食糧問題を解決に役立てるためだとかで、種ウサギ(?)として北朝鮮に売られたものの、そしたら種ウサギ自体が食べられてしまったのではないかと、ドイツのブリーダーがプンプンしてたり、アフリカには足伸ばしたら80㎝とかになるカエルがいたり(ゴライアスガエル。写真←これは広角効果もあるけれど)。
また、これは面白いとか言ってはいけませんが、オーストラリアでは毎年巨大なイリエワニに人が食べられてしまっていて、丸呑みにされてしまった人も。アメリカでは、水辺をジョギング中の女性が、ワニ(アメリカアリゲーター)に水の中に引きずりこまれて食われてしまうとか、マジで背筋の凍る事件が、結構最近、何件か起きていたりもします。
こんなのがいろいろあって、それらを50種ぐらい調べて書いてるうちに、軽く巨大生物マニアになってしまった感ありです。
ちなみにこれは、前回の深海魚本の続編的な感じで考えられた企画です。ほとんど同じ雰囲気なので、深海魚の方を面白がっていただけた人にはこれも面白がってもらえるかもしれません。
というわけで、連休は少しゆっくりできそうで、うれしいです~。
昨日は、まだ終わってもいないのに、すでにひと段落気分で、夜中に、久々に「ロッキー(1)」を見て、「アチイなあ~」と、全てがわかりきったシーンを見て、感激してました。しかし、あの映画に漂う、物悲しさや悲哀はただならぬものがあります。あれはスタローンがまだ何者でもないときだったからこそ出せた味なんじゃないかなと。ボクシングのシーンは、どうもウソっぽくて、いただけない気がしますが。。。
連休明けからは、毎週の『遊牧夫婦』とともに、2月刊行を目指しているもうひとつの旅の本の執筆に集中する予定です。
みなさん、よい連休を!
先週、久々に、高校時代の友人の結婚パーティー&仕事を絡めて東京へ。
本の仕事が決まってからは、とにかくあとは書くだけ、という感じになったので、めっきり東京に行く用事も減ってしまい、気付いたら4ヶ月ぶり。高校や大学の友だちと大人数で久々にゆっくり時間を過ごせて、気持ちが非常にリフレッシュ。大学時代と変わらず、決まった友人の家にみなで集まって、朝までダラダラ、ってのはやっぱりいいですね~。
ただ、ほんとはもっといろいろと会いたい人がいっぱいで、いろんな人に連絡したいのですが、どうしても数日だと、そうもいかず、多くの方にご無沙汰してしまっています......。
さて今回、東京では、『遊牧夫婦』を連載させてもらっているミシマ社と、他2社へ。ミシマ社は、日本家屋が社屋となっているのどかで温かな雰囲気の会社で、いろいろと仕事についての話をしたあとに、会社のみなさんと畳の上のちゃぶ台でお弁当。みな同世代(というと語弊があるかな?)なので、なんだか友だちの家に遊びに来た感覚で、すっかり3時間ぐらい笑いながらくつろいだ時間を過ごさせてもらいました。本当に、一緒に仕事をしたい、と思わせてくれる雰囲気をもった人たちなんです。その雰囲気や、本作りへの情熱が、ミシマ社の本一冊一冊に滲み出ていて、こうやって出来てきた本は幸せだろうな、という気がします。
さらに、『遊牧夫婦』などがきっかけとなり、他の出版社の編集者からもびっくり&うれしい連絡をいただき、そこでも思わぬ展開が開けそうな感じもあるなど、仕事的にも実りのある東京の日々となりました。
そんな感じで、出会いが出会いを呼んで、縁が縁を作り、この1年弱で、思ってた以上にいろんなつながりができたことをとてもうれしく思っています。
ところで、その出会いの一番の要となっているのが、大阪の編集集団140B(いちよんまるびー)の中島淳さん。京都で生活を始めた当初、いくつかの編集プロダクションに挨拶に回っているときに、この方に出会えたのがほんとに幸運でした。
ミシマ社との出会いも、大阪でのセミナーも、だから、それに付随したいくつもの出会い、たとえば今日の夜の楽しい立ち呑みのひとときも、すべて中島さんとの出会いから始まっているわけで、そう思うと、たった一本の電話をかけるかかけないか、人と会うか会わないかで、物事は大きく変わっていくんだと改めて感じさせられます。
そして迷ったときは、やってみる。それは鉄則だなと思っています。
ちなみに、140Bはいま4年目の若い会社だけど、関西ではたぶん最も面白くエネルギーのある編集集団&出版社。8月にはめでたく書籍第1号を発行。それが、バッキー井上さんの『京都店特撰 たとえあなたが行かなくとも店の明かりは灯ってる』

京都・錦市場の漬物屋さんを営みつつ、「酒場ライター」として書き続けるバッキーさんの、京都の店を巡る超ディープなエッセイ集。独特の軽妙な語り口で、全く情報誌などには載らない、ほとんどバッキーさんの個人的な思いのみで選ばれた店の紹介を読むと、ああ、お店と客の関係ってこういうものなんだな、と感じさせられ、ふと、家のそばの小さな飲み屋に足を運んでみたくなります。
京都には普通の路地の、民家と民家の間などに居酒屋が点在していて、そういう店と、自分だけの個人的な関係性を作り上げていくことは京都に住むひとつの楽しみのような気がします。そういう個人的な偏りをとことん大切にするのが京都っぽいのかな、とか思ったり。
とりあえず、うちの近所のなかなかディープな一角にある焼肉「江畑」に行ってみたい。ちょっと聞いた話では、昔、遊郭だった界隈で、その当時の遊郭の建物そのままの焼肉屋さんで、外観も雰囲気たっぷり。「何年通ってもイバらせてもらえないスナックのような焼肉。」(バッキー井上)
いずれにしても、人と人も、店と人も、そういう個人的なつながりこそが、貴重だし、楽しいものだな、と感じてます。
甲子園が終わって、大文字焼も終わって、選挙も終わって、2009年の夏もガゼン終わりに近づいてきました。あともうちょっとすると、ぼくらが日本に帰ってきてからもう1年。なんという早さかと驚いてしまいます。
いまなお、「旅を終えて帰ってきたばかり」モードで過ごしているし、最近はもっぱら自分の旅について、書いたり話したりすることが主な仕事になっているものの、その"賞味期限"も、そう長くはないだろうな、と思ってます。もうあと1年ぐらいの間にいろいろとメドを立てないと、「いつまでも昔の旅の話をしているオジサン」というイメージをほしいままにしてしまいそうです。と、いいつつ、1年後、自分がなんと言っているか、、楽しみです。
とりあえず先週、23日に京都の"Green e books"での講座の3回目を終え、無事にこの連続講座を終了しました。結局、毎回、それなりの人数に集まってもらえて、「旅をしながら暮らす」というテーマの可能性をリアルに実感できました。参加してくださったみなさんがそれぞれ、旅へいろんな思いや経験を持っている中、自分の体験ばかりをお話しする状況に恐縮しながらの講座でしたが、自分も話をする中で、この5年間を振り返り、いろいろと新たな発見がありました。

自分はこのときに一番心を揺り動かされたのだな、とか、この経験がやはり忘れられないな、とか、話をしているうちにこの経験のイメージはどうも膨らんできてしまっているな、とか、牛山さんの話はやたらとウケるな、とか。。。その一方で、人前で話させてもらうたびに、ああもっとこうしておけばよかったと、反省点ばかりです。書くのと違って話すのは、瞬間の勝負だからきついです、って前も書いたような。。
ちなみに、塾の中学生相手にも、余談として、似たような旅話をしてみることがあります。基本的には興味を持って聞いてもらえるものの、なぜか昨日は、激しくはずしてしまい、みな途中から注意散漫になるはなるは。もう問題解きたいのに、ぼくがなんだかわけのわからないことを話しているために集中できないよ、といった雰囲気まで感じてしまう始末で。しかも、結構自分的には面白いと思っている、インドネシア・ラマレラのクジラ・イルカ漁の話だったのに。子どもたちは反応がストレートなので、なかなか厳しいですね。最後は、「で、先生、それで終わり?」っていわれて、「おいおい、もっとおお~とか感激してくれよ!」と寂しげに訴えて、はい、おしまい、でした。
その点、オトナ相手の講座は、みな途中で適度に笑ってくれたりして、やっぱりやさしいな、と。
参加してくださったみなさま、どうもありがとうございました!
ところで、以下は、英語に興味ある人へのお知らせですが、ぼくが講座をやらせてもらっている"洋書のおみせ Green e books"の店長は、通訳などもこなす英語の達人で、いろいろと英語関係のセミナーなどを京都・大阪でやっている女性です。彼女の講座はとても人気で、ぼくも一度見学させてもらったことがあるのですが、その講座は確かに、聞いてるだけで英語がうまくなりそう!という気持ちになるものでした。その店長が、10月に、大阪・梅田のハービスで「英語脳の取り扱い説明講座」というのをやるそうです。英語を学ぶコツを知りたい方、英語学習開始に当たってお尻を叩いてもらいたい方には、とてもためになると思うので、是非、以下の詳細を見てみてください!
英語脳の取り扱い説明講座
連日、家で仕事をしながら、合間合間にどうしても甲子園が気になって、7回か8回ぐらいから各試合、見てしまってます。。。(夕食の準備やら、事務的な仕事とか、一緒に出来ることを進めながら、ね。と、言い訳してしまったり。いま、これを書きながらも...)しかし、前回も書きましたが、
「甲子園、熱い!!」
高校スポーツの熱さは根本をたどればやっぱり、「金がかかっていない」ことにつきるような気がします。もちろん、一部のエリート選手にとって甲子園は、「就職活動の一環」的側面もあるのは事実ですし、またどの選手にとっても、ここで活躍することの栄誉は確かに大きいので、見返りなしの熱さとは必ずしもいえないだろうものの、それでも、アマチュアならではの、「好きだからやってる、好きだから勝ちたい」というエネルギーの持つ魅力がもっとも爆発する場のひとつが甲子園なんじゃないかという気がします。
何日か前の、関西学院と中京大中京の試合なんて、最後のサヨナラホームランが出てしまったときは、ぼくも思わず泣いてしまいました。そんな自分に、微妙に、なんだろう、おれって気もしましたが。
ぼくは、高校時代にバスケ部で自分なりに燃焼した記憶があり、甲子園を見ているとその時のことがダブります。超弱小だったので、もちろん甲子園と比較するような立場ではないのですが、それなりに、3年の最後のゲームで試合終了となったときのあの、「青春の1ページが終わった・・・」的ななんともいえない甘酸っぱさは、いまも鮮明に覚えていて、そんな記憶が、高校球児の、9回裏2アウトでの1塁への滑り込み→で、もちろん間に合わず→「試合終了~~!」などの、シーンでフラッシュバックするわけです。
そういう記憶を多かれ少なかれ誰もが持っているから、きっと甲子園はいいんでしょうね。
ちなみにぼくは、バスケ部時代キャプテンだったものの、非常にイケてませんでした。1m90を超える選手のダンクシュートを頭に食らい、自分のコーチにも怒られながら笑われたり、あと、キャプテンになっての初試合(練習試合)では、なんと前代未聞の前半9分で、5ファール退場という無様さ。そんな自分でも、それなりに、熱い記憶はあるわけです(笑)。
金のかかっていないアマチュアのよさといえば、「カウチサーフィン」にも通じるものがあると思います。お金を一切介在させず、お互いに友だちのように家に泊めあうというコンセプトなのですが、金がかからないからこそ、互いに気を使い合い、何かお土産を考えたり、感謝を言葉や文章に表したりということが起こるんだと思います。もし少しでも、泊めてもらう側にお金を払うのであれば、お金とサービスの交換ということになり、一気にさめた関係になってしまうことは間違いないと思います。
さて、いまこれを書きながら見ているのは、島根・立正大淞南と群馬・東農大ニのベスト8決めの試合。いま8回で、1点差で勝っていた東農大ニ高のピッチャーが崩れ、3人連続で死球・四球を出してノーアウト満塁となり、犠牲フライで、立正大淞南が同点に!この試合もまた眼が離せません。。。
★今週の日曜は、green e books での講座の第3回目です。海外でのライター活動について詳しく話をさせていただく予定です。興味のある方は、http://www.yukikondo.jp/events をご覧いただければうれしいです。また、『遊牧夫婦』も、今日また更新になりました~。
全然お盆らしい休みモードにもならないまま過ごしていますが、ここ数日はちょっと休日気分で、朝、甲子園を見ながらのんびり幸せな気分で過ごしています。
やっぱり高校生の部活は熱くてひきこまれますね。。。
確か今年の甲子園の(というかBS朝日の?)スローガンは「夏という名の宝物」などとなっていて、これ以外の場面で使われていたら、見ている方が赤面してしまいそうな文句ですが、甲子園だけは、そういう言葉が許されるというか、しっくりくるというか、「そうだよなあ~、夏、宝物だよなあ」と妙に納得してしまいます。
さて、そうしていま甲子園を見てまったりできるのも、数日前に仕事がひと段落したためで、今回は、宇宙についての文庫本を数人で書いていました。もともと自分が宇宙工学とかを専攻していたということで頼まれたのですが、いざ書こうと思うと思っていた以上に知識がないことを実感して、とにかく図書館の本とネットで、調べて調べて書きました。
で、そんな風にネットも多様しながら調べ物をする機会が増えて最近思うのが、ウィキペディアの功罪。調べ物をするのに非常に便利で、とても意義深いものだとは思っているのですが(ちなみに中国にいたころ、ウィキペディアには当時アクセスできずで、その便利さは伝聞でしか知りませんでした)、いろんなウェブサイトにおいて、ちょっと込み入った情報になると、かなりの割合でウィキペディアを情報源としていることを実感し、ちょっと大丈夫かな、、と思ったりしてます。というのは、ウィキペディアには、結構怪しげな情報も結構少なくないからです。
ネットでは非常に広く蔓延している情報でも、専門書を調べてみると全然そんなことは書いてない、というとき、ウィキペディアを見てみると、まさにネットでみなが書いているとおりのことが、そこに書かれていたりして、ああここが情報源だな、わかるのです。
もちろんこれはウィキペディアが便利さの反面もつ、避けられない欠点というだけで、これは使う側が気をつけないといけないこと。個人のブログなどでウィキのとおりに書かれていてもそれは別にかまわないものの、さすがに、新聞社の記事、公的機関のサイトが、ウィキペディアのまま間違った情報を書いているように見える場合は、ちょっとまずいんじゃないかな、と思うわけです。
また、間違っていなくても、露骨にウィキペディアと同じ話が展開されている場合も、まずいだろう、と。
つまり、ウィキペデイアに間違ったことが書かれていると 、それがすごい勢いで世界中にひろまってしまうわけで、これは結構シャレにならないことかもしれないと思ってます。便利すぎて、手軽すぎるがゆえに、注意が必要だな、と・・・。
しかしそれにしても、宇宙はやっぱり面白いなと今回調べながら改めて実感しました。あまりにも規模や次元が違いすぎて、もしかしたら全部フィクションなんじゃないかな、とか思ってしまったりもするほど。
だって、宇宙は137億年間膨張し続けてるわけですが、この全体がもともと宇宙の始まりのときには、超微小な小さな点だったってことになっていて、その点の大きさはなんと、1mの一兆分の1の一兆分の1のそのまた一兆分の1mとか、そういうレベル。しかもそんな点だった宇宙が、1秒のこれまた一兆分の1の一兆分の1のそのまた一兆分の1秒とかいう時間に凄まじい大きさに膨張したそうな(この膨張を割合でいうと、その超短い時間で、小さなウィルスが銀河全体ぐらいの大きさに広がったようなものらしいです)。そのいっぽうで、地球で海が誕生するときはシャレにならない超豪雨が1000年降り続いたとか(→ちなみにこれは、ウィキぺディアとネット中で見つかるものの、ちゃんとした本では見つからない怪しげな情報の例)。。。
そんなこといわれても、、、って感じです。
今夜は大文字焼、あらため、「五山送り火」。葵祭、祇園祭、に続く、京都らしいビッグイベント。素子の実家の上からみなで眺める予定です。
ああ、久々に過ごした日本の夏、せっかく関西にいるので、今年は一度甲子園に行って、あの熱さをライブで体感したいなあと思っていたり。。
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『遊牧夫婦』、おかげさまで順調に連載続いています。今後ともよろしくお願いします。
先週の金曜日に大阪の「コモン・カフェ」にて、講座をやってきました。
こういう講座も3回目となり、来てくれる人が興味をもってくれる内容もなんとなくわかってきたので、少しずつ落ち着いて、自分も楽しみながらできるようになってきました。
しかし今回は、1時間半の1回で、京都の3回分(2時間×3回)の内容をコンパクトにまとめて話そうと思ったのですが、話してみると全然時間が足りずで、ちょっと中途半端で散漫な内容になってしまったんじゃないかなと反省。文章もそうですが、話すのもやはり、どうでもよさそうなディテールこそが面白いので(「神はディテールに宿る」という言葉どおり)、概論みたいになってしまうとやっぱりまずいですね。「ここで脱線しようか」と思いつつ、脱線の先にある全貌を考えると、時間がかかりすぎてしまうだろうことが想像できてしまって、「まあ、やめとくか」ってなってしまった場合が多かった気がします。
また、「声に出す」ことはやはり「取り返しがつかない」こと。取り消しはきかないので、ラジオやテレビで話す仕事をする人は本当にすごい緊張感があるのだろうな、と想像します。
と書きつつ、このブログの文章自体が概論的になってしまったような......。
あ、でも、京都のに参加してくださった方が何人か大阪の方にもいらしてくださって、それはとてもうれしかったです。感謝です!
京都は、昨日でやっと梅雨明け。真夏らしい強い日差しが全貌をあらわに。京都の夏は厳しいと聞いてますが、こないだ上海時代の友だちに会って聞くと、上海はすでに40度超え!ぼくらも上海いたとき40度になっていたのを思い出し、そう考えると、上海の方が暑かったのかな、って気がしてきます。しかも上海は、40度を超えると会社を休みにしなければいけないという法律があるために、40度を超えても公式発表は39.5度とかになっていました。これぞ中国って感じのきめ細かい配慮(笑)。
しかし今年は上海も40度超えたことを公式に発表したようす。ということは43度ぐらいいっていて、本当に休まないとヤバイヨってことなのかも。。。
これから本格的な京都の夏がやってくるのかな、と楽しみです。
来週末は「大文字焼」。

昨日の夜、なぜかふと思い出して、久々に"EAGLES"のCDを。そう、ホテルカリフォルニアのイーグルス。むかーしから持っているベスト盤で、すでに数年間の眠りについていたような気がしますが、懐かしい気持ちでDVDプレーヤーにセットし、テレビから音を出してみると・・・最初の"Take it easy"が流れ出すやいなや、突然、自分が12年前に戻ったような気分になってしまいました。。。
ぼくは音楽はあまり聞かないほうで、これまで好きでよく聞いていた音楽というのは数えるほど。03年のオーストラリア時代以来ずっと聞いているJack Johnson以外、最近、好きなアーティストと言われて思い浮かぶ人はいないという感じですが(友人がメンバーの湘南乃風は応援してますが)、その昔、EAGLESに激しくはまった時期がありました。
それは97年、ちょうどオーストラリアに留学中のモトコに会った20歳のときのこと。
当時の、キャンベラ―東京間の1年の遠距離恋愛時代は、自分にとってもっとも精神的にハードな時期でもありました(笑)。詳細は、次回の『遊牧夫婦』に登場する予定ですが、いずれにしても、そんなときにはまっていたのがEAGLESでした。そういうときにEAGLESにはまるというのが、いかにも!という感じで少々気恥ずかしいですが(笑)、まあ、そうだったわけで、そして予想通り、円満な時代を迎えてからはそれほど聞かなくなっていました。
そんな思い出深いEAGLESの曲が流れ出すと・・・、当時の空気、感傷、ニオイ、精神状態、力の入りすぎ具合、ストーカー気味なしつこさなど、つまり、言葉にならないすべての感覚が、一瞬にしてあまりにも鮮明に突然蘇ってきたので驚きました。突然、すべての舞台が97年に戻り、甘酸っぱい青春気分でシドニーを歩いているような気持ちになってしまいました・・・。
音楽って、そうか、こういう効果があったんだな、といましみじみと感じています。
今朝の京都新聞に、自分の記事を載せてもらいました。今回は、自分が書いたのではなくて、書いてもらった側です。「ひと フォーカス」という欄で、自分自身のこれまでと旅とライター業などについて、大きな写真とともに紹介していただきました。機会のある方はご覧いただければうれしいです。
さて最近、日中あまりにだるいことが多いので、これはあきらかに運動不足だろうと、ほとんど毎晩走り出しました!
夜、家から3分も南に走ると暗い中に、巨大な二条城が見えてきます。その周りをぐるっと一回り、が基本のコース。城の周りを走ってる人はどの時間帯に行っても10~20人程度いて、なんだかレース参戦気分。やる気が出ますが、抜かれまくり。
家から含めて高々3キロぐらいしかありませんが、2、30分、こうして汗を流すだけで、体調が全く変わることを実感中。
夜、走ったあと、疲れてぐったりしてしまうかと思いきや、いやいやどうして、汗だくの状態で、シャワーを浴びると、精神的にも肉体的にもシャキっとして、そのあと2時間ぐらいは冴えた頭で仕事やらなんやらをこなすことができてしまいます。もちろん次の日も、日中ほとんど眠くならずに、妙に元気。
そしてなによりすごいのは、考え方も前向きになること。自分はもともとなかなかマイナス思考ですが、走ったあとはいつも、仕事上の悩みも、「なんとかなるはず、がんばろう!」と、青春ドラマのさわやか青年みたいな気持ちに心底なれてしまう自分に気付き、びっくりします。
前々から感じてはいたものの、こんなに明らかに精神状態まで違うことを実感すると、これは続けるしかありません。とはいえ、まだ初めて一週間。来週で終わらないように、無理のない範囲で様子をみながら、継続を目指します!
二条城以外は、東に5分ほど行って京都御所を巡るコースも。
まだ観光気分は抜けず、京都ってやっぱりすごいな、と走りながらも感じます。
★しつこいですが(笑)、今週金曜31日、大阪の「扇町クリエイティブカレッジ」にて講座を開きます。ご興味のある方は是非!
http://www.talkin-about.com/occ/
一昨日19日は、今年最大の豪雨かな、というぐらいの大雨に見舞われました。夕方にふりだして、ありゃ、こりゃあいにくだな、と思ったけれど、あまりの豪雨なのですぐに止むだろう、、、と期待。しかし、止まず。で、19時に、ほぼそのまま、green e books での旅講座の2回目を迎えてしまいました。18時半ごろに店に行くと、お客さんはまだ少なく、前回も来てくれたロシアに興味のある高校生や、スタッフと話しながら準備をしていると、大事なものを忘れたことが発覚!
ノートパソコンとモニターをつなぐケーブル。これはしまったと、タクシーで急いで家に取りに帰りました。このとき、ちょっとはましだったけれど、まだ結構ハードな雨。タクシーの運転手さんに家の前で待ってもらって、再び川端丸太町のgreen e booksに着くと、19時まであと8分。ギリギリセーフ。
雨のためのキャンセルもあったりと、前回よりは少し人は少なかったのですが、それでも満席近い人数に集まってもらって、今回もなかなか充実した講座になりました!(って、自分で言うのはおかしいですが)

今回は、「旅をしながらどうやってお金を稼ぐか」というテーマ。実際は、旅をしながらというか、もっと広く、海外で自分で金を稼ぐという話になりましたが、自分たちの例のほかに、これまで旅中に出会った知り合いや友人などの例をもとに、海外にいって、現地で自分でお金を稼ぐいろんな方法について紹介しました(駐在などを抜かしてという意味)。
今回、この講座を準備するに当たって、この人の生き方は独特だな、と思う友人たちに再度連絡を取って、詳細を聞いて回りましたが、改めていろんなお金の稼ぎ方があるもんだな、ということを実感しました。
たとえば、上海とシンガポールで格闘技道場を開いた格闘家の武田さん、生活費を得るために雲南省で語学の塾を開いた吉沢さん、上海で中国茶の講座を開いている茶芸師の荒田さん、ドイツ、インドでの仕事を経てメキシコに渡って輸出業の会社を立ち上げていまはアルゼンチンで暮らす大田さん、雲南省でカフェを開き、針灸マッサージ師もする尚子さん、中国で俳優をしていた家森さん、東ティモール、インドネシアで自衛隊の人らにダイビングを教えていたダイビングインストラクター、銀を担いで銀細工を売って歩きながら旅をしていた人・・・などなど、実際いろんな人が独自の方法で、海外でお金を稼いで暮らしていて、その一つひとつを詳しく聞いたり思い出したりしながら、改めて、面白いなあと感じました。
バックグラウンドはみなさまざまだけど、いま考えると、みな、生活するためには自分の腕で稼がないとどうしようもないし、それが当然で、そのために何ができるか、ということを真剣に考えていて、とても自立している人たちのように思います。
その中でも、アルゼンチンの大田さんはこう言っていました。
「たいていの国に日本企業はあるし、通訳でもなんでも、稼ごうと思えば稼げる。日本人である限り空腹で死ぬことはないのは確実。」
もちろん、語学なりの最低限のスキルがあることは前提となるものの、どこの国いっても稼ぐ方法は必ずある、というこの超たくましい意識には、とても勇気付けられます。実際に自分が出会ってきた人のたどってきた道や、また自分もライターとして5年間なんとかなってしまったことを思うと、確かにそうなんだろうな、と思います。たぶん一番高いハードルは、「やるかやらないか」というところ。やってしまえば、ああだこうだでなんとかなってしまうような。。しかも、こうして得たスキルや生活の工夫は何にも変えがたいタフさを生み出すような気がします。
講座に来てくださった方が、そういう風に感じてくださっていれば、とてもうれしいなと思っています。もっと生き方を自由に考えて、やりたいことをやってしまっていいのではないかと・・・。講座の準備をし、話をしながら、自分もやる気が高まりました。
green e booksでの次回は、8月23日。今度は海外でのライター活動の方法について詳しく話させていただこうと思っています。
7月31日は大阪の扇町クリエイティブカレッジにて、京都での3回を凝縮したような講座をやります。こちらの方も、よかったらよろしくお願いします!
また明日は水曜日。『遊牧夫婦』3回目がアップされます。
最近京都にはまた外国人観光客がやたらと増えてきた感じがあり、ぼくも昼にカウチサーフィンで人と会う日々が最近、続いています。
6月に一時期ちょっと減ったものの、最近は連日のように誰かからメールが入り、「来週、京都行くんだけど、よかったらメシ食おう!」というような話になります。
ここ最近会ったのは、韓国人♀、ハンガリー人カップル、ルクセンブルグ人カップル、オランダ人カップル、フランス人♂、ドイツ人♂、オーストラリア人カップル、フィンランド人♀、といったところ。他に、スペイン人カップルの宿の予約や、ポルトガル人女性の住居探しを手伝ったり、フランス人のジャーナリストと情報交換し、スウェーデン人にすっぽかされたり(笑)。8月からもすでに会う予定が2,3件。
ぼくらは家には泊めてなくて、ただ一緒に昼ごはんを食べたり、カフェに行ったりといった程度だけれど、これがとてもいい出会いばかり。まあ、数時間会う程度だから、もちろんほんと軽く知り合う程度だけど、あえて現地の日本人に会おうという人たちだから、みな日本に興味があって、文化とか習慣の話で盛り上がれます。
フランス人♂は、ベトナム系の人で、彼は修士論文の研究テーマに「日本の暴走族の女の子」を選んだとのこと、そのリサーチのために京都に3ヶ月の予定で滞在中。実際はまだ研究はそんなに進んでないようで、ぼくらは古い日本家屋の定食屋に入って、「チーマー」(古い?(笑))と「ヤンキー」の違いあたりから説明したりして、ふんふん、と聞いてくれました。彼は、「京都ではまだ暴走族には会えてないから、沖縄に行く、沖縄には多いって聞いたから」、などと非常にざっくりとした情報をもとに行動しているようだったし、意外におくてな感じだったので、つわもののレディースたちと渡り歩いていけるのか、非常に気にかかるところでしたが。
昨日会ったオーストラリア人カップルは、ブリスベンでの仕事仕事の日々に疲れ、仕事をやめ年単位の長期の旅生活に入り、彼女はこれからヨーロッパへ、彼は南米へいって、それぞれ何か仕事をしてしばらく暮らそうか、というプランで、どうやって仕事を見つけようか、どうやって5年間ふらふらしたんだ、なんて話で盛り上がりました。
しかし、いつも、会ってみると、ああ泊めてあげられればよかったなあ、、と思ったりして、ほんとにカウチサーフィン楽しいです。というのも、自分が日中ほとんど一人で仕事をしているため、昼ごはん時にちょっと人に会う機会があったりすると、すごい気分転換になるということもあります。京都にいながら、旅してる気分にもなれるし。
あと、そんな日々なので、月曜、火曜の夜に塾で中学生を教えるのも、楽しいです。でも、来週からは夏休み。ちょっと寂しかったりして。。(笑)
今週は、ずっと祇園祭りで京都は盛り上がっています。
★ 昨日、『遊牧夫婦』第2回目が掲載になりました。
★ 19日に、green e books で講座の2回目を開きます。
ぼくらのこの5年間の話を、前々から少しずつ書き進めていたのですが、今日から、ミシマ社という出版社の「平日開店 ミシマガジン」というウェブマガジン上で、連載が始まります。ミシマガジンは、毎平日10時半に更新され、ぼくの連載は毎週水曜日(隔週から変更)に載せてもらう予定です。すでに最初の1年分(オーストラリア編)ぐらいは概ね書いてあるのですが、予想以上に長くなっていて、どうなるのかな、と自分でも分からない感じですが、よかったらたまに覗いていただけるとうれしいです。
ミシマ社については前に紹介しましたが、は、とても素敵な人たちによるほのぼのとした温かい出版社なので、応援していただけるとうれしいです!一緒に仕事が出来てうれしい出版社です。
よろしくお願いします!
最近、いい機会に恵まれて、念願の自分のウェブサイトをオープンすることができました。
とあるパーティで仲良くなったウェブデザイナーと、お互いにできることを"交換"しあうことになり、作ってもらうことができました。いい感じに作ってもらえてうれしいです。
まだまだいろいろ調整中で、コンテンツも中途半端なのですが、とりあえずベースは出来上がったので、お知らせします。このブログはこれまでと変わらず続けますが、仕事やイベントなどについては、上のサイトの方に詳しく載せていく予定です。よかったら、ブックマークしていただけるとうれしいです。どんどん内容を充実させていきたいと思っているので、どうぞよろしくお願いします!
さて、ここ2ヶ月ほどは東京にも行っていなく、大阪にもそんなに行くことがなくて京都にどっぷりつかった日々でした。
で、昨日、お世話になっている編集者のイベントを見に久々に大阪に行ったら、梅田の駅を降りた瞬間、都会らしい風景とにおいと音に、身体が妙な反応をするのを感じました。「お!都会だ!」、とやたらとウキウキしてしまった自分にびっくり。
京都に住みだして、京都くらいの街の規模と、独特で適度な田舎っぽさ、そして視界にいつも山が見え川がある、という世界をすごく心地よいなあ、と感じるようになってきて、都会に行きたいと思うことは最近ほとんどないんですが、昨日、急に都会に、すごい懐かしさを覚える自分を感じて、なんか鳴りを潜めていた都会魂が急に燃え上がったというか、都会育ちであることを実感しました。そういうのってどこかに染み付いてるもんなんですね。
とはいえ、京都は本当にいいところだな、日々感じてます。言われるほど排他的なんてことはないし(笑)。最近、京都出身じゃない京都在住者も、京都出身者も、「京都いいよね」って話になることは多いけれど、唯一、大阪出身の人にだけは、高い確率で「京都は大変でしょう?」と言われるような。ま、ネタ半分なのかもしれないけれど、京都・大阪って全然違うところなんだなあ、とひしひしと感じてます。
音楽にあまり精通していないぼくですら、マイケルの死には衝撃を受けて、ニュースを見た瞬間に思わずモトコにメールしてしまいました。「みんな朝からその話題でもちきりだよ」との返事で、世間がすでに激しく沸き立っていることを遅まきながら確認。
最近、よく読んでいるTHE JOURNAL というサイト(新聞やテレビが報道しないこと、できないことなどをいろんな人が書いていて、新聞の報道を読みながら読むと、とても面白い)の中にあったマイケルに関する記事を読んでいて改めて、マイケル・ジャクソンは黒人であることを否定しようとしてきた人だったんだなあ、ということを実感しました。
よく考えると、いまのアメリカの著名人でそういう人って珍しいような気がします。オバマが大統領になったことだけに限らず、黒人が表舞台に出ていることはもうすでに誰にとっても当たり前のことになっているし(貧困層で言えばやはり黒人が多いし、差別が根強く残っていることは間違いありませんが)。
でも、昔はそうではなかったんだ、というのが自分の感覚としてはっきりあります。
ぼくは、親の仕事の関係で、26年前から数年アメリカに住んでいたことがありますが、そのとき、なぜかマイケル・ジャクソンがテレビに出てきてたシーンはよく覚えています。多分「スリラー」あたりが大ヒットしていたときなのだけど、その一方で、「彼は黒人なのにこんなに表に出てきてすごい」っていうような見方がされてたような記憶があります(当時英語が分かっていたとは思えませんが、なぜかそのようなイメージが残っています)。
で、当時を思い出すと、NFL(アメリカのアメフトのプロリーグ)でも、チームの中心となるクオーターバックは、必ず白人というのが当たり前の時代でした。ぼくらがアメフトに釘付けだったそのころに初めての黒人クオーターバックが登場したのですが(ヒューストン・オイラーズのウォーレン・ムーンWarren Moon)、そのときはすごい衝撃を受けたことを覚えています。当時小学2年ぐらいだった自分の気持ちをいまあえて正直に書けば、「黒人にクオーターバックができるのだろうか」と考えていたことを覚えています。でも、それは多分、ぼくだけではなく、多くの人が共有していた感覚で、だからこそあれだけ騒がれたのです。
あと、NBAでも白人のラリー・バードが活躍していて、マジック・ジョンソンがそれに並ぶって感じで、どちらかといえば、NBAの「顔」も白人だったような気がします。
もちろん、モハメド・アリとかは当時すでに伝説的な人物だったけれど、何せクオーターバックが黒人であることに驚く時代だったので、黒人が大統領になるなんて想像できなかったわけで、だから、マイケル・ジャクソンが黒人であることを否定して整形をしまくってどんどん白くなっていく、というのも当時の感覚だと理解が出来たような気がします。(そんな単純ではないいろんな理由や契機もあったのかもしれないけれど)
いずれにしても、あれから25年、本当に時代は変わったなと感じます。マイケルの死について読みながら、昔の自分が持っていた感覚を久々に思い出しました。

一昨日の日曜日、京都の洋書店"green e books"での旅の講座の初回を無事に終えました(こちらにもレポートを載せていただきました)。
思っていた以上にたくさんの方に興味を持っていただけて、満席以上の人数に来ていただけたのでとてもうれしかったです。ご参加いただいたみなさま、スタッフのみなさま、どうもありがとうございました!
「旅をどうやって生活にするか、どうやってお金を稼ぎながら持続可能な形で旅を続けていくか」というテーマで、ぼくらの5年半の経験をもとに、まずは旅の全貌についてお話しました。正直なところ、旅の話って興味のある人とない人ですごく分かれるし、また興味のある内容も、人によってかなり違うので、来ていただいたみなさんに満足してもらえるような2時間にできるかどうか、結構はじめは不安でした。初めてだったということもあって。
でもやはり今回は、旅に興味のある人たちが集まってくださったので、みなさんストライクゾーンが広いというか、いろんなテーマのとりとめのない内容のあらゆる話を、笑いを交えながらずっと聴いていてくださったので、ほっとしましたし、とてもうれしかったです。
また、講座終了後にも、複数の方といろんなお話ができ、自分にとってもとても貴重な出会いの場となりました。ライターはじめいろんな仕事の方や、この先の進路を考える大学生や高校生にも参加していただいて、いろんなお話を伺えて、刺激になりました。
参加していただいた方たちと話していて、やっぱり旅っていいエネルギーを生み出すものだなあ、とつくづく思いました。明るく建設的な自由奔放さ、みたいな空気に満ちていたというか。。。
とりあえず一回終えてみて、次からのイメージもぐっと具体的になりましたし、ありがたいことに次回への参加を早くも決めてくださった方もいらっしゃったので、次はさらにリラックスした気分で臨めるのではないか、と思っています。次回(7月19日)は、「旅をしながら、働く、学び、スキルをつける」ということについて、より具体的に話をさせていただく予定です。また、たくさんの方にご参加いただけるとうれしいです!
ちなみに来月は大阪の「扇町クリエイティブカレッジ」でも、今回と同様のテーマで講座をやらせていただきます(7月31日)。
ご参加いただいた方、本当にどうもありがとうございました!
今回の感想、次回への要望、その他なんでも、何かありましたらお気軽にご連絡いただければうれしいです(ここへのコメントでも、メールででも)!
京都はいいカフェが多いと聞いていたけれど、実際、カフェ文化がとてもいい感じに発達していて、カフェ好きの自分はかなり楽しんでいます。誰かと会うときに、新たなカフェを開拓するのがいまは結構楽しみの一つだし、気に入ったカフェに何度もいって、店員さんと知り合いになっていくのもまた楽しいです。なんか、だんだん居場所が増えるっていう感じがして。
あと、京都のカフェはどこも漫画や本がインテリア的にずらりと並んでいるのが面白い。東京では、こんなにどこでも本がってことはなかったような(って、ここ5年以上は東京でカフェの開拓なんてしたことないけれど)。京都のカフェの特徴なのかもしれません。
京都に来ることがある人のために、参考まで最近のお勧めカフェを。
<Cafe Kocsi(カフェ コチ)>
姉小路×富小路をちょっと東に入った白いビルの2階。落ち着いた雰囲気に本いっぱい。パンがいろいろあって、ちょっとコーヒーと一緒につまむのに最適な感じ。アーモンドクリームが、軽くこんがりと焼きあがったふわふわのパンが170円でした、確か。かなりぼく好み。
最初友だちに連れて行ったもらったのだけど、混んでて入れず。で、こないだ一人で再訪問。6人がけのテーブルと、カウンターの一人席とが空いていて「どちらでもいいですよ」って言われるので、「え、この6人がけでもいいんですか?」と聞いたら「はい、どうぞ」。で、遠慮なく6人がけに座ってみたら、次々に2人やら3人やらのグループが入ってきて、でも、ぼくが6人がけに座ってしまったために、「すみません、いまいっぱいで・・・」ということに。ちょっと申し訳ないなと思って、「合い席してもらってもいいですよ」と店員に一声かけたものの、「いえいえ、どうぞごゆっくり」と、さわやかな笑顔。逆に気をつかってしまったけれど、でも店員さんの雰囲気も含めてなんか全部が落ち着いていて、空間としてとてもゆっくりできる魅力な場所でした。高評価。
<ことばのはおと>
http://www.kotobanohaoto.net/
下長者×油小路を下がった西側。
うちから歩いて10分ぐらいのご近所にある町屋カフェ。もともと、カウチサーフィンであった韓国人の女性に、ここに行きたいと言われて一緒に行って以来とてもいい雰囲気だったのに、ちょくちょく行くように。築150年の町屋をとてもきれいに装飾していて、京都っぽさ抜群で、しかも居心地抜群。自分のセミナーのフライヤーをおいてもらったことをきっかけに、経営者ご夫婦とお話して、とても素敵な人たちで、旅好きで話もあいそうで、またゆっくり話したいなと思ったり。こういう家に住みたいなともちょっと思ったものの、冬は隙間風が厳しいようで、夏もまた暑いようで、住むとなるとかなり覚悟がいるのかも。。しかし、京都の築150年とかの家って、もしかすると、その昔この前を勝海舟や坂本竜馬とかが通っていたかもしれないわけで、そう思って眺めると急に歴史も身近になったり。。。
ほかにもいろいろあるのだけれど、書くの疲れてしまったので、とりあえず今回は、いまとくにお気に入りのこの二箇所のみで。でも、あと二つだけ、簡単に。
<かもがわカフェ>(荒神口×河原町を東に入って、一本目を南ちょっといったところ。コーヒーがうまい。天井が高くて気持ちいい)
<さらさ Pausa>(三条×麩屋町上る、の左手。いつもにぎわっていて、人気のカフェ。自分よりちょっと若い世代の勢力が強そうな按配)
元田中方面が未開拓なので、今度そっちも行ってみたいところ。
カフェ文化は間違いなく京都の住み心地のよさの一つだと思います。あと、道の交差点で場所を言うのにもすっかり慣れ、やはり道には名前があった方がいいなと実感。中国も交差点で場所を言う文化でした。
・・・と、初めてガイドみたいなことを書いてしまいました。
六本木の国立新美術館でキュレーターをやってる友達から、こんな展覧会のお知らせをもらいました。
「野村仁 変化する相―時・場・身体」
http://www.nact.jp/exhibition_special/2009/03/nomura.html
野村仁さんは、宇宙や天体にインスピレーションを受け、そしてそれを題材とした作品を制作している現代美術家とのこと。概要を読んで特に共感したのは、
「いま地球に届いている銀河の光が実は化石になった植物が生きていた時代に生まれたものであることの不思議さなどに魅了された」
というところ。ぼくも、じつはほとんど似たような点から宇宙に興味が向かったことがありました。たとえば、いま見ている月は1秒前の姿なのに対して、太陽は8分前の姿。つまり、かりに太陽が爆発しても、それが分かるのは8分後ということ。一光年の星だったら、今見える様子は1年前の姿。
と考えると、夜空に見えている無数の星というのは、みな時間が違うわけで、それを中学時代に知ったとき、震えるような感動を覚えた記憶があります。見える時間が違うってどういうこと?と一瞬混乱しそうになったけど、考えるまでもなく現実に夜見えているのが、その答えなんだって思うと、急に宇宙が身近に感じられるようになったような記憶が・・・。その辺から生まれた、宇宙飛行士という夢は、結局夢のままで終わってしまいましたが、ちょっとしたきっかけで思い出すと、いまでもけっこう興奮します。
満天の星空といえば、オーストラリアの何もない高速道路の途中、ギリシャのアモルゴス島、モンゴルの草原、で見たのが非常に印象的でした。
と、野村仁さんの展覧会の説明を読んだだけで、勝手に想像が膨らんでいろんなことを考えてしまいました。最近、東京に行く機会がなくて自分では行けてないのだけど、この展覧会に興味のある方もいるかなと思って、紹介でした。

(2008年3月26日。ギリシャ・アモルゴス島で、夜レンタカーで人気のない島の高台まで上がり、シャッターを長く開いて満天の星を撮ろうと思ったものの、なんだかよく分からない写真に)
京都新聞の今日の夕刊に、「カウチサーフィン」について記事が載ります。
ぼくが企画を持っていって面白がってもらえたものの、そこだけ外部のライターが書くわけにはいかないということで、記者の方に取材をしてもらい記事にしてもらいました。カウチサーフィンが少しでも京都で広がるきっかけになれば、と思ってます。ちなみに、記事にはぼくも登場するようです。どんな記事になっているのか楽しみです。
京都新聞読者の方は、よかったらご覧ください。
(以下、あとから追加)
一面に大きく載せてもらえてました。効果が楽しみなところ。ネットでも見ることができます。
「カウチサーフィン 世界の旅結ぶ ネット窓口、京でも広がり」

(2004年4月14日。最終目的地ダーウィンに着く直前。確かここはカカドゥ国立公園。四国と同じくらいの大きさだったはずで、公園の入り口からVisitor Centerまで80キロ!という驚きのサイズ。)
こないだ紹介した『深海の生きもの衝撃ファイル』、いったん発売になると、ちゃんと売れてるのかなとなかなか気になるもので、Amazonの順位をちょくちょくチェックしたりしていました。それを見て、それなりに健闘しているのかな、とか、ああ、もうこのまま直滑降かな、とか、いろいろと考えてしまいます。
いっぽう、京都の大きな本屋では半平積み状態で目立つようにおいてくれていたので、結構売れてるのかな、と前向きな気分になったり、また、編プロの人もなかなかいい売れ行きらしいよと言っていたりして、その動向を楽しみにしていたのですが、
なんと昨日、早くも重版がかかったとの連絡をもらいました!
まだ発売から3週間も経っていないので、この展開にはびっくりしました。どうも結構いろんな人に面白がってもらえているようです。買ってくださった方、どうもありがとうございます!いやあ、ほんとに深海魚好きな人って多いんですね~。
しかし、本は雑誌と違って売れ行きがすぐ分かるのが面白いです。次の書籍に向けてもなかなか気合が入ります。
と、半分宣伝になってしまいましたが、報告でした。

(2004年4月29日。ぼくらのバンを買ってくれたイギリス人カップル。ここでバンとはお別れ!ぼくの旅もついにオーストラリアから東南アジアへ)

(2004年4月24日。オーストラリア大陸縦断を終え、北端の都市ダーウィンでバンを売るために悪戦苦闘中)
いまとりあえず、まとまった量の原稿を出し終え、ほっと一息。これも書籍(上の写真とは関係ないけれど、これはたまたまダーウィンの本。こちらは、人の方のダーウィン)。
ちなみに、前回の深海魚の本は、売れているのかどうかはよく分からないものの、とりあえずたまにネットで調べるとブログや掲示板でいろいろと意見を書いてくれている人がいて興味深いです。買うべくして買ってくださった人や、意外な展開で手にしてくださった人など、あの本にもいろんな出会いが生じているようで、そういうのを知ると、やっぱりうれしいです。

(2004年4月13日。ダーウィンに着く前日だったかな?夜、売る準備のための広告作り。900ドルで買ったバンを無謀にも2800ドルで売ろうと試みました)

(4月16日。ボロボロのバンを少しでもよく見せるために、ダーウィンに着いてから塗料専門の店にいってこのおんなじ緑色の塗料をゲットし、スプレー中。しかし、この凹みやガラスのヒビはどうにもならず)
ところで、最近再び「カウチサーフィン」を通じて、いろんな国の旅行者とよく会うようになりました。
カウチサーフィンというのは、ぼくらがヨーロッパにいたころにちょくちょく使っていた、旅人同士お互いに無料で泊めあうというネット上のコミュニティ。これがいま、世界で毎週1万人以上の勢いでメンバーが増えていて、すでに100万人を超えて、すごいことになっています。
日本に帰ってきてからはしばらく忘れていたものの、先月から再びアクティブ化しました。とはいえ、ああだこうだでまだ人を泊めることはしてなく、その代わりに「一緒にお茶かご飯でも」という表示にしているのですが、それでもすごい連絡が来るので驚いています。
4月には韓国人の女性に会い、5月に入ってからはハンガリー人、オランダ人、ルクセンブルグ人の3カップルに会いました。誰と会っても、いつもとっても楽しいです。たいてい、カフェで食事して、あとは一緒にどこかを歩き回ったり。とくに、こうしてわざわざ会いたいといってくる人は日本の文化などに興味のある人が多いから、いろいろと話題も尽きなかったりして。
また、カウチサーフィンで人に会っていると、自分まで旅気分を味わえるのがうれしいです。会うたびに、自分たちの旅時代を思い出せるので、しばらくはこうして人に会っているだけで満足できそうな気がしてます。
ちなみに、東京にいる友だち夫婦は、5ヶ月前にカウチサーフィンを始めて、「泊まっていいよ」という表示を出したら、なんと5ヶ月で800件ほどの連絡があったというからびっくりでした。
そんなわけでとにかく需要は多いしとても楽しいので、たまに旅行者と交流したい人には、本当に素晴らしいシステムです。
カウチサーフィンは、TIMEやBBCなどといった欧米の大手メディアには出ているものの、日本のメディアでは取り上げられていないため、なんとかもっと紹介したいなと思っています。つい最近、自分がよく書いている雑誌にも記事を書かせてもらい、今度は京都の新聞でも取り上げてもらうことになりました。京都でカウチサーフィンがもっと広がったら、旅行者と京都の関係ももっと変わるんじゃないかな?と期待してます。
ちなみに、いまこれを書いていたら、結構前に書いた書評の掲載の連絡が来ました。
『最後の冒険家』石川直樹。これ、ホントに面白かったです。
冒険、旅系に興味があれば、是非お勧めです。
書評はここ。

(4月29日。ダーウィンに着いてから2週間かかったものの、バンが無事に売れ、この日、新しいオーナーとなるイギリス人カップルに引き渡すことに。1ヶ月半、7000キロの旅で、このバンにはとても愛着が沸き、別れるとなると結構寂しいものがありました。その後このバンは再び、はるかメルボルンを目指して南下を開始したようですが、さて、どうなったことか。。。結局販売価格は1500ドル。予定の半額ぐらいだったけれど、買値の1.5倍以上!)
とはいっても、もちろんいま取り組んでる自分の旅関係の本ではないのですが、1月から2月にかけて集中的に取り組んでいた『深海の生きもの衝撃ファイル』(宝島社)が昨日発売になりました。
全然自分の専門分野ではないものの、とりあえず理系だったということで依頼を受け、しばらく深海魚のことばかり考えながら過ごして書き上げました。結局、理系というのはほとんど関係なかった気もします(笑)。ま、基本的には軽いノリのそこそこギャグありの本です。あ、とはいってももちろん内容自体は専門家のチェックを受けていて、ちゃんとしてますよ~、念のため。
こんな本です。↓

(『深海の生きもの衝撃ファイル』 宝島社 クリエイティブ・スイート編著)
コンビニなどにおいてありそうなペーパーバックで、いかにもそれっぽいおどろおどろしい風貌です。(ちなみに、まえがき以外は全てひとりで書いたものの、ぼくが著者として表に出ている本ではありません。あくまでライターとして後ろにさりげなく出ている程度です。)
自分は正直なところコンビニでこういう系の書籍を買ったり読んだりということはなく、コンビニ本事情は全然知らなかったので、まさか自分が一冊書くことになるとは思っても見ませんでした。が、コンビニ本はじつは結構売れるらしいんです。でも、買ってる層が誰なのかとかそういうことは出版社側もあまり把握してないらしく、「なんだかよく分からないけど、案外売れる」というジャンルらしいです。
自分としても、ふらっとコンビニに入っていきなり深海魚について知りたくなる人ってどんな人なのかな、って思いながら書いていましたが(笑)、そういう人が案外いるという想定のもとでこの本は完成したということです。ま、逆にいえば、この本が、そういう人を生み出せるかどうかが勝負なのでしょう。
この本は半分はイラストで、その衝撃イラストの方がメインなんですが、いずれにしても自分にとっては本を丸々一冊書く、という作業は初めてだったので、いろいろと勉強になりました。大体、分量的な感覚も分かったし、本ができる行程も少し実感できたし。この仕事をしたことで、自分のこれから書く本へのモチベーションも具体化した気がします。
この本、深海魚に興味のある人にもない人にも、それなりに楽しめる内容だと思うので、見かけたら手にとって見てもらえるとうれしいです~。よく考えたら、本屋にも普通においてありそうな気がしてきました。
深海の生きものって、ホントに驚くべきやつばかりです。また、しらべているうちに、こういう話が好きな人っては結構多いんだな、とも感じました。マニアの層が結構厚そうなジャンルだな、と。
ちなみに、いまはまた別のペーパーバックもやっています。今度は数人のライターで手分けして、ダーウィンの進化論について書いてます。今年は『種の起源』発表150年、ダーウィン生誕200年、ということでダーウィンが盛り上がるはずだ!ということで出た企画のようですが、いまのところ全く盛り上がっている様子はないですね(笑)。でも、本は着実に出来上がりつつあります。

(2004年3月22日。オーストラリア大陸西部をこの緑のバンで北上中。こんな道を1ヶ月半で7000キロほど走行)
先日東京に行き、3日間で出来る限りの営業活動をしてきました。
もともとは、いま関西で最もお世話になっている編集者の方(この方と出会えたおかげで関西人脈がかなり広がり、大感謝です)の紹介で東京の出版系の会合に誘っていただき、その上、魅力的な出版社にも紹介してもらえることになったので、東京に行くことに。それにあわせて、ほかの仕事も凝縮させて、出発。
片道3000円浮かすために「ぷらっとこだま」(東京―京都9800円飲み物つき)で、3時間半かけて東京へ(1時間半ほど長いとはいえ、3000円浮くのはなかなかナイス~)。仕事の約束までちょっと時間があったので、渋谷でNHKに勤める友人に「いまから1時間ぐらいお茶しないか?」と電話すると、すぐに出てきてくれてFreshness burgerで近況アップデート。平日の昼間、仕事中にも関わらずいきなり電話してちょっとお茶できる友だちってのは、いまとなると非常にうれしい存在。そのあと渋谷でお世話になっている編集者と会ったあとに、自由が丘に行って、上記の編集者から紹介してもらったミシマ社へ。ここはいまかなり注目されている新しい出版社で、人も雰囲気も、いわゆる出版業界らしからぬ新しい魅力満載。学生の下宿だったらしい古い家屋が会社で、畳の部屋にちゃぶ台があってそこで会議をしているらしく、そういうほのぼのしたムードが充満した雰囲気で、好感度大。非常に一緒に仕事をさせてもらいたいと思わせてくれる会社でした。

(キャンプサイトに泊まるとき。バンの天井を上げると、中で立てるようになり、通気性もアップ。それでもエアコンとかないからむちゃくちゃ暑いのだけれど)
そのあとは、また渋谷に戻って大学時代の友人ら&友人の編集者と飲みに。割引券があった「東方見聞録」に行ったものの、途中でその雑居ビルの非常ベルが故障したのかいたずらか、「リリりりりりりりりりりりりりりりりーーー」と15分ぐらいなりっぱなしになり、うるさくて会話もしづらい環境に。穏やかだが多少切れやすいという評価も得ている友人が、「これ止まらないだったら、帰るぞ!」と、マニュアルくんっぽい店員にすごむが、あまり効果なし。その突然ベルは止まり、友人の怒りも遅れて停止。「これを理由に安くしてもらおうかー」などとぼくももくろんでみたものの、結局止まってしまったら、喉元過ぎればということで、ただ、だらだらと飲んで、その日は終了。
と、充実した初日を送った翌日も、朝、昼と編集者に会い、そのあと父親の勤める会社をちょっと覗きに寄ってから、夜は長年お世話になっていた方にご挨拶に、そしてそのまま豪華な社屋でバーべキューを頬張る優雅な夜に。
さらに翌日は、朝、近くに住む友人夫婦と地元デニーズでブランチをしてから、ミシマ社のイベントに参加したあと、上記の出版系の会合へ。そこでまた多くの編集者や同業者と知り合わせてもらったあとに、ちょっと予定を変更して、また朝会った友人夫婦と成城で夕食。これまた朝と同じデニーズへ。「この辺、デニーズ以外ないんだよねー」などと3人ともに言い訳風なことを言いながらも、「結構デニーズうめーよな」などと何気に好きだったりすることを相互告白。ちなみにこの夫婦は、相当の常連。
そして翌日は、家で過ごして妹&甥にもあって、午後、京都へ――。という、自分にしてはなかなか密度の濃い東京滞在でした。今回、本出版に向けて複数の出版社でいよいよ話が動き出し、気合も入ってきました。今年中になんとか2冊メドを立てるのが目標です。
ほんとは違うことを書くための導入として、今回の東京のことを軽く書こうと思ったら、長くなってしまったので、本題は次回に。ちなみに、本題というのは、この5年半の旅生活の資金について。5年半もそんな生活する資金はどうしていたの?という結構よく聞かれるのですが、それについてある程度書いておきたいなと思って。特にモトコについては、ぼくがライター業でモトコの分まで稼いでいたと思っている人も結構いるみたいなので(じつはほぼ完全別会計だったんですが)、その辺をちゃんと書いておこうかなと。
ちなみに、この5年半の体験を元に、お金を稼ぎながら旅をし続ける「持続可能な旅」というようなテーマで、京都、大阪で来月あたりから旅関係の講座、セミナーをやることになりました。もし関西におられる方で興味のある方がいらっしゃれば、是非!
○京都の洋書店"Green e books"でのセミナー↓
http://seminar.greenebooks.net/?eid=958733
この書店は、現在京都で唯一の洋書専門店。店長を中心にさまざまなセミナーも行っていたりと、独自の面白書店文化を構築中の店。
○大阪「扇町クリエイティブカレッジ」での講座↓
http://www.talkin-about.com/occ/
いろんな分野の人、20人がそれぞれの講座を展開。
どうぞよろしくおねがいします~。

(荷物はこんな感じで満載。写真の右が後方。右上段がベッド。その下が荷物置き場。ガソリンの予備タンク、調理用のガスボンベ、アイスボックス、食器、本、服、など全財産がここに。途中で、中にネズミが紛れ込み、食料を食われたりと面倒な展開に)

(食事はこんな感じで。テーブルやイスは友だちにもらったりしたもの。テーブルの下にあるのが調理用のガスボンベ)

(車内後方のベッド。とにかく暑い......カーテンなどは自作)
最近、とても不可解に思うのが「大麻汚染」がらみの報道。
昨日の毎日新聞の報道でも
「現場発:サーファーに広がる大麻汚染 「たばこより無害」のうそ /宮崎」
なんてなっていたけれど、大麻が本当に悪いのかどうか、という議論がどうしてメディアには全然出てこないのだろう、というのを前から疑問に思っています。
上の記事には、
<「大麻が禁止されていない国もあるのに、なぜ日本では違法なのか」と罪の意識は希薄で、害に無頓着な者もいた。>
とか書いてあるけれど、これじゃあ、「違法じゃない国は、どうして違法じゃないのか」ってことを問おうとしているサーファーに、「うるせー!だめなものはだめなんだ!反省しろ!」っていう理不尽オヤジ的返答です。この記事に出てくる医者の一人も
「自分にとって好ましい変化が生じれば、使用頻度は増え、依存に陥ることは十分にある」
といっているに過ぎないし、記事に出てくる後遺症で悩む人の半分ぐらいは覚せい剤の話......。
最近では、中村雅俊さんの息子も捕まって芸能界をやめさせるみたいな話になったけれど、ほんとにそこまでいけないことなのか、ってのは、けっこう多くの人が思っているのでは?という気がします。メディアでは、「ほんとに今の大学の状況は怖いですね、なんとか対策を打たないといけません」みたいなコメントばかりが流されるけれど、大麻が蔓延する最大の原因は「どうして大麻が悪いのか」ということを誰も説得力を持って説明できていないからなんじゃないかと思っています。
先進諸国、どこを見ても、大麻がこんな扱いをされている国はないはずです。オランダはいうまでもなく、スイスも聞いたところでは、持っているところを警察に見つかったら3回目は罰があるという程度のようだし、オーストラリアも、他の欧州諸国もほとんどは、売買はだめだけれど、自分で栽培して自分で吸う分にはOK,ということだったはずです。
オランダでは、大麻を合法化することによって、覚せい剤を密売する組織から若者を切り離すっていうやり方がある程度成果を出しているみたいだし、オランダ人の友だちによれば、オランダでは大麻は若いときにみんなちょっとやってみるだけで、合法化されているとそこまで興味を持たなくなるっていっていたけど、確かにそんな印象を受けました。
とはいえ、だから日本も欧州にならってすぐに合法化すべきだ、といいたいわけではありません。というのはそれぞれ国ごとに文化や歴史があるわけだし、十分に議論が積み重なったあとで、日本にはあわないから違法にする、というのであればそれはそれで一つのあり方だと思います。医療の問題などと同様に。
オランダでも、大麻を違法化すべしという主張は保守層を中心にずっとあるし、ぼくらがオランダにいたころも、大麻販売を許可されている「コーヒーショップ」が、さまざまな理由によって次々に営業停止においこまれているという状況でした。
ちなみにオランダの大麻政策でおかしいとされているのは、コーヒーショップが一定量の大麻を売ることは合法化しているのに、(店が)買うことは合法化されていないということ。もちろんコーヒーショップは大麻をどこかから仕入れているので(自分で全部栽培するわけにもいかないので)、買わないといけないわけなので、「売ってはいいけど、買ってはいけない」ということは無理な話なわけです。その辺がなんだかうやむやになっていて、だから、そこにいろんな闇組織が絡んだりとか、外国から密輸されたり、ということになってしまってるようです。
モロッコで、ぼくらが最初に船が着いた港町の宿のおじさんが、この一帯は大麻の輸出が大きな産業だと言っていたけれど、おそらくその大部分がオランダに密輸され、モロッコの一部の人が儲けて、子どもが労働させられて・・・見たいな構造があるのではないかと予想されます。
たとえばそんな感じで、闇組織の資金源になるからよくないとか、途上国での搾取を促すからだめだとか、(あとは、EUは事実上国境がないから、フランスやベルギーの若者がオランダにやってきて、大麻を吸いながら自国に戻ったりするから、近隣諸国が嫌がってるからとか)、そういうことがちゃんと表明されれば、大麻が非合法とされても一定の説得力があると思います。非合法にしなければいけないほど健康によくないとか、反社会的だとか、精神を侵す、という主張が全く世界の趨勢ではないことはもはや明らかなはずなので。
が、日本の現状をみると、「とにかく大麻はよくない、反社会的だ、身を滅ぼす」みたいなことばかりを理由なく喧伝しているだけなので、その路線を突き進めばむしろ反発を招くだけなのでは?と思ってしまいます。結局いま、一般に共有されている大麻の怖さは「逮捕されるから、社会から追放されるから」ってことだけになっているような。それじゃ全く本末転倒です。
ここまで反対意見が公に出てこないところをみると、もはや大麻擁護をしたら、いっせいに叩かれるだろうから、だれも口に出せないってことのような気もします。何かをきっかけにちゃんとした議論が始まれば、建設的な方向に向かう気がするのですが。。。
その辺が、欧米と日本の間にある捕鯨問題を思い出させます。欧米人の反捕鯨の主張が全然日本人を説得できないのは、結局、どうして捕鯨が悪いかを全く説得力を持って説明できないから、という点で。
大麻問題、日に日に腑に落ちなくなってきて、久々にブログでもこういう問題について書いてみました。
今日からモトコが大阪に2日間泊まりの出張。京都にいるのに大阪に泊まる必要はないのでは?と思ってしまうのだけど、連日の会議の準備などが朝からあるため、ホテルに泊まって朝から仕事、ということらしいです。

(2004年2月1日。本文と全く関係ありませんが、写真編はいよいよバンバリー時代終了へ。お別れの時期です)
というわけで、ぼくはここ2日ほどひとり。新居に来てから、まだ二回目かなひとりなのは。
最近はいろいろあってぼくがご飯を作ることが多く、だんだん和食の腕も上がってきたかな?と自画自賛しているのですが、一人だと作る気もせずで、今日、明日は近くで外食しようかなと。
ただ、家ではかつお節からダシをとったり、砂糖は一切使わないようにしたり(甘みはすべてミリンでOK)なんてしているうちに、自分たちでつくるさっぱりした味に慣れてきて、たまに外食するとなんか味濃くて、しっくりこないことが多くなってきたような。でも、今日は夜に塾の仕事があることもあって、ディナー予定時間も遅いので、どこかでラーメンでも食べようかと。近くにうまいところ、ないかな~と考えているものの、まだ全然未開拓。炎が上がることで有名らしいラーメン屋が徒歩数分のところにあるのだけど、そこは「炎が上がってびっくりするだけで、大してうまくない」という友人の評価が気になるところ。

(これも2004年2月1日。絵になるスイス人カップル。彼らともお別れ前。去年スイスで一緒に別荘に行った二人です)
しかし、京都は、あらゆる路地や小道に、やたらと小さい飲み屋や小料理があるのがすごいです。ぼくらのうちのある通りも基本的には住宅街っぽいのに、家を出て左右200メートルぐらいの間に飲み屋、食事処が4,5軒あるような感じです。そしてそういうめしやだけでなく、京都の路地には普通の家のなりをした伝統産業の会社もとても多いです(雛人形屋とか、刺繍屋とか)。よそ者から見ると、すごいディープな産業が多い気がして、商売なりたってるのかな、と思ってしまうものの、でもああいう小さな会社が、京都の伝統工芸と文化を支えているんだろうな、と感じます。
再来週は、複数の編集者に会いに東京へ。本出版に向けて、少しずつ話が進んできてます。一つは、概ね決まっていて(のはず......)、そのほかに2つ、今度の東京でなんとか前進させたいところ。関西来てからとてもいい編集者との出会いがあり、その方には本当にいろんな人を紹介してもらって人脈が広がりつつあります。そこから少しずついろんなものを形にすべく、いまいろいろと悪戦苦闘しています。フリーは本当に人とのつながりが大事だなって実感する日々です。

(2004年2月15日。バンバリー出発に当たって、大陸縦断するために買ったぼくらのバン。これまでの人生で唯一の、マイカー。1979年の「ニッサンE20」。なんと70000円で購入。機械はむき出し(下の写真)で、ラジオ、エアコンなどの文明機器は全部機能せず。割れた窓はガムテープで補修され、フロントグラスには銃弾か?という痕とヒビあり。後部上段にベッドを作り、下段に荷物、調理器具、ガスタンク、予備燃料などぼくらの全家財道具を積み込み出発しました。)

昨日、天気もよかったので買い物をしに久々に四条河原町へ。京都一の繁華街。
日本に帰ってきてから、旅の装いを脱してもう少し洋服でもほしいなという欲が芽生え始めたものの、冬のアウターとかは高いからなかなか手が出ずで、今年の冬はほとんどユニクロのパーカーで越してしまいました。結構それで越えられてしまったのは、去年のキルギスやカイラスの極寒の記憶が身体に残っていたからかな?
しかし春になったらもうちょっと安くでいろいろ買えるし、などと思って、久々にセレクトショップや古着屋へ。
寺町の古着屋に入ると、自分が高校時代に結構はまった、ヴィンテージの軍物フライトジャケットを複数発見。当時ぼくは、大の古着フリークで、夏休みとかのわずかなバイト代を貯めて、さらに半年ぐらい、シモキタ、渋谷、原宿、高円寺、などのあらゆる古着屋を回って、一つひとつ品定めしながら、確か7万円ぐらいの大奮発で60年代のMA-1(後期型)を購入したことがあります。何しろ高校生なわけだから、7万円なんて、まさにいまロレックスを買うぐらいの超気合の入った買い物で、丹念に見て回りました。
その結果、風合い、年季の入り具合がとてもかっこよくて、これは一生ものだ!と思えるものを喜んで買ったものの、なぜか帰ってきてみると、どうもサイズが大きい。あんなに慎重に見て回ったはずなのに、なぜサイズが合ってないものを買ってしまったのか、いまでも非常に謎(笑)。家に帰って着てみて、「あれ、なんかデカいな......」とちょっと顔面蒼白になり、そして微妙に悲しくなりつつも、無理やり「いやこれでよかったんだ」と納得しようとしていたあのときの自分を思い出すと、10代の自分の姿に少々切なくなります(笑)。
いずれにしても、一生もののはずのあれも、すでにどこに行ったのか全く不明。ほんとにどこにいったのだろう。。。しかも、結局数年しか着なかったなあ......と、久々に懐かしい日々のことが頭にちらほら。
で、昨日、その店の中で、フライトジャケットのいわゆる"初期型"と言われる50年代のお宝のものっぽいもあったので、おお!と思って、値段を確認すると、31800円。え?こんなに安いの?とびっくり。これ、多分15年前なら20万は下らなかったはず。近くにいた、腕にギブスをはめつつもさわやかな笑顔の店員に聞いてみると「もう、ブームは終わりましたからね」と。そりゃそうだよね、ブームは10年ぐらい前に終わりましたよね、多分。しかし自分はあのころ、まさにブーム真っ只中の超高騰期に買ったことを実感。あれ以降、いまだに7万円超える服なんて買ったことないし。。。
などと、昔の日々に浸りながら、大量の観光客に紛れてモトコとふらふら。しかし、この時期の京都の観光客は本当に多くてびっくり。四条河原町は新宿ばりの混みよう。昨日は鴨川沿いの桜がとてもきれいで、だから特に人が多かったはず。あの様子、写真撮れなかったのが残念。
鴨川沿いを自転車で走ってると、いつも、ああ、京都、いい町だなって、思います。
ちなみに、おかげさまで、腎臓の方は、とりあえずよくなったっぽいです。痛みも完全になくなり、土曜に病院にいって、再度検査をしたら、腎臓の腫れもすっかりひいた様子。「もしかしたら石がとても小さくて、すでにでちゃったのかもね」とお医者さんも言ってましたが、いずれにしても七転八倒することなく、石が出てしまったとしたら、超ラッキー。まだどこかに潜んでる可能性も捨てられないけれど.....。

(今日は、北朝鮮の「ミサイル」問題に絡んでいろいろと感じていた報道に不可解さについて書こうと思っていながら、結局全く触れずに話がまとまってしまいました。いま、アメリカの記者が北朝鮮に拘束されているけれど、ぼくらがこの写真を撮り、中国と北朝鮮の国境の橋を渡ったときのことを思い出すと、本当にヒヤリとします。ちなみにこれは、06年の北朝鮮の核実験やるよ宣言の翌日のこと。この写真を撮ったときは核実験のことなど全く知らずでした。。。向こうに見えるのが北朝鮮。このあと北朝鮮の大地へ)

(2003年12月25日。オーストラリア・バンバリーのクリスマス)
前回、腰の痛みについて書きましたが、あの翌日ぐらいから急展開。
痛みが完全に背中の左側の低い辺りに落ち着き、どうも腰のじゃないし、痛み的にも姿勢のせいとはちょっと違うような気がし始めたのですが、19日木曜に、とりあえず近くの整形外科へ。すると、血尿が出ていることが分かり、痛みの場所も、「こりゃ、ちょうど腎臓のあたりだね」と感じのいい年配医のお言葉。レントゲンを撮って骨などに異常はないことを確認し、まず腎臓だろう、石があるんじゃないか、という診断になり、血の検査を待ちながら、痛み止めで数日様子を見ることに。
しかし、痛みが日に日に増し、痛み止めの薬も全然効かずで、金曜に東京から友達が泊まりに来たものの、土曜の早朝、痛みが我慢できなくなって、時間外で泌尿器科の先生がいるという近くの大学病院へ。
時間外受付に行って「すみません、先ほど電話したものですが~」と行くと、寝ぼけまなこで顔にくっきりと布団のラインが残った学生風の若者が「あ、どうも・・・(ボリボリ)」という感じで登場。「おいおい大丈夫か、ここは・・・」と思ったのですが、たぶん、超多忙なんでしょう。診察の段階になると、先生もやっぱり学生風な雰囲気で、「今日は土曜日なので、検査の機械とかが動かせないんですよー」とのこと。
事情を話して、エコーで患部を見てもらうと、「左の腎臓が腫れてますね、ちゃんと検査しないとわかりませんが、まず結石だと思いますよ。今日ちゃんと検査をしてもらえる個人の病院に行くのがいいですね」。
どこの病院がいいのかは分からないというので、電話で素子にネットで近くの病院の電話番号を調べてもらって、よさげなところにかけてみると、「今日、泌尿器科の先生がいるので、いまから来てください」とのこと。お、これはラッキーと自転車をチャリチャリ漕いでその病院へ。「先ほど電話したものですが......」と聞くと、なんと、「すみません、こちらの手違いで、実は泌尿器科の先生は今日は休みでした」というショッキングな答え。文句いっても、いないものはいないので、他の病院を教えてもらい、3ヶ所ぐらい電話して、やっと泌尿器科の専門の先生にすぐに見てもらえる病院を発見。そしてさらにチャリチャリ移動。全く、土曜日に腎臓(結構マイナー臓器なのかな?)を痛めるとこんなにきついのかと驚かされます。病院たらいまわしにされて死んでしまった妊婦さんの状況が、何気にそんなに珍しいことではないのかもしれない、ということを初めて実感してしまいました。
結局、最後に行った病院の先生がとても丁寧な診察をしてくれて、レントゲンで石は確認できなかったものの、一応まず間違いなく結石だろう、ということにまとまり、痛み止めの坐薬と石を流しやすくする薬をゲットして、あとは石が出てくるのを待つしかない、ということに。
しかし、何を読んでも、結石というと「転げまわるほど痛い」「七転八倒する」「出産ぐらい痛い」「脂汗が・・・」という言葉ばかり。。。
これだけは絶対にやりたくないなと思っていた病気だったので、参ってしまいました。しかも、ちょうどそのときに遊びに来ていた友達も、実は前に結石が出来た経験があることが判明。どうだったか詳細を聞くと、なんと屈強なラガーマンだった彼が、真っ赤な小便を出しながら、「痛みで泣いてしまった」とのこと。その言葉を聞いて、早くも脂汗が出そうになりました(笑)。また、結石、再発率50%とかいうのだから、いやになってしまいます。
でも、それから毎日、坐薬とバファリンで完全防備したら、痛みの完全シャットアウトに成功。そうこうしているうちに、薬なしでも痛みが全くなくなってしまいました。石流しの薬が効いたのか?しかし、痛み止めで完全に制御できるような痛みだったら、あんなにみなが七転八倒脂汗落涙経験を語らないと思うので、たぶん、ぼくの石はまだ出てなくどこかにうまい具合にはまり込んでしまったのか、それともそもそも石じゃなくて、別な原因だったのか?などと考えています。
しかし、病気をすると仕事が急に滞り、いきなり収入に影響してくるので、フリーのきつさを感じます。。。
※新しい書評がアップされてます。あと、今週金曜日発売の「週刊金曜日」にスイスのチベット人についての文章と写真が載ります。

(右は去年スイスでお世話になったニコル。後ろは同じく去年ドイツ・ドレスデンで再会したカップル)

(2003年8月19日。友達と小旅行中に、西オーストラリア・ヤリンガップの海で)
なんだか昨日の午後から徐々に、腰から背中にかけて痛くなってきて、いまなお痛みがとれずに、やる気が出ずです。筋肉っぽい痛みで、たま~にあるのだけど、姿勢が悪いのかな?最近気にして姿勢よくしているつもりなのだけど。。。
昨日、塾で授業をしている途中に(中学生に週1,2度、数学教えてます。先週スタート)、立ってるのがちょっと辛くなって微妙に教壇にもたれかかったりして、その後家帰っても痛い。まあ、風呂入って、シップ貼って、寝れば治るかなと昨日は早々と寝てみたものの、早朝、眼が覚めるとまだいやな痛みが。鈍痛。横に鳴ってても落ち着かないので、さっさと起きて仕事開始。でも、やっぱりまだ痛いです。っていっても、全然大したことはないので、ご心配なく(笑)。

(2003年8月25日、バンバリー。座礁したイルカをどうやって助ける方法を、町の子どもたちに教えている。モトコがイルカ役)
最近、仕事するとき座ってることが多いので、座ってるのがたまにとても億劫になって、思わず立って本を読んだりすることがあります。座るのがいやで、自転車よりも歩くことを選んだり、と、これほど、座ることに疲れるようになるなんて思っても見なかったけれど、やっぱり体は動かさないとだめなんですね。旅をしている間は、特に運動はしていないとはいえ、毎日重いリュックを背負って、歩き回っているという日常だったので、あれだけでも随分な運動になっていたんだろうなと感じます。実際こうして、毎日毎日朝から晩まで仕事をするというのも、はずかしながらぼくはいま初めての経験に近いので、体が慣れてないのかもしれません。柳葉敏郎が辛い顔して出てくる「肩、腰、目にきたらこれ!」みたいな栄養剤のCMやってるけど、ああいうのを飲んで、一時的に笑顔取り戻してハードにやってたら、全然根本的な解決にはなってないんだろうな、と思ったり。。。
なんてことを考えてると、考えることが去年と全然違うことをちょくちょく実感して、自分で驚いてます。だんだん旅の日々が遠ざかっていくなあ......。
ところで、最近ネットの書評サイトBook Japanで書評を書き始めました。知り合いの編集者から紹介してもらい、先週ぐらいからはじめたのですが、もともと本は割と読むので、それを読んで書評を書いたり仕事になるというのはとても魅力的で、喜んで引き受けました。たぶん、これから月に2,3度書くことになると思います。ぼくは自分のこれまでの経験と、今後の仕事につなげるためにも、紀行作品を中心に紹介していこうと思っていることもあり、編集長と相談の結果、第一回目は、沢木耕太郎『旅する力 深夜特急ノート』に。興味ある方は、読んでもらえるとうれしいです。(ここをクリック)
京都もだいぶあったかくなって、桜の季節もまもなくという感じ。
先週ぼくらは結婚6周年を迎えました。03年に上賀茂神社で結婚式を行ったときも、ちょうど桜まであと1,2週間!というところでした。思い出します。もう6年前。それ以来、この桜の時期を日本で迎えるのは、初めてです。

(2003年9月6日、バンバリー。ぼくらが7ヶ月間暮らしたバックパッカーの受付)
また、前回更新してから一ヶ月が経ってしまいました。日本に帰ってきてからはもう4ヵ月半。姪や甥は帰国時に初めて会ったときから随分と成長しているし、自分たちも、もうすっかり日本で生活していることが当たり前の日々になってきてます。モトコもぼくも結構すんなり順応できているというか、順調にやってます。

(2003年8月。バンバリーにて、ボランティアを始めたばかりのころ。まだ真冬で水も冷たく、観光客もいないとき。さらに、まだぼくにもイルカが新鮮に感じられた時期)
一昨日で大きな仕事がひと段落し、今週は少し気持ち的にもちょっとゆっくりしてます。その原稿書きがここ1ヶ月ほどの仕事の半分ぐらいを占めていたので、大きな解放感がありますが、でもその分、次の仕事のことを心配しなければならずで、いまは新たな営業活動を次々に進め、その返事をやきもきしながら待つような数日。
しかし、フリーやっていこうとすると、ほんとに仕事の半分が営業活動のような気がしてきます。旅してたときは、営業なんて基本的にメールでしかできなかったし、興味のあることと決まった連載の企画だけ書いていればまあなんとかなっていたので、あまり意識しませんでしたが。。。ま、でも、とりあえずこの1ヶ月半ぐらいだけを考えると、出だしとしてはまあまあなスタートが切れている気がするので、少しずつペースを上げてがんばりたいところです。

(ぼくらが半年間住んだバンバリーのバックパッカーの部屋の前。寝る場所があるのみの小さな部屋で、ドアを出たらいきなり外(この写真)。2003年8月16日)
昨日は、時間のあるうちにと思って、確定申告に上京税務署へ。旅中に書いた記事の原稿料収入のみでとてもシンプルなのですが、終えるとそれなりの達成感ありでした。経費を証明できる書類が何もなく、まあどうせわけわかんないから経費はいいやと思っていたものの、手伝ってくれた職員の方に「交通費とかいろいろかかってますよね。そういうのは、領収書とかなくても、考えて書いてもらってかまいませんよ」と言われ、まあ、自分の場合、そういわれれば、いろいろ金がかかってるのは間違いないのでと思い、適当に記入。案外ゆるい雰囲気で、意外でした。
取材やら何やら、京都市内はほとんどチャリで回ってますが、興味を持ち出すと京都は本当に面白いところだなと改めて実感してます。こっちの情報誌で、紫式部やら野口みずきやら佐藤優やらと、京都に縁のある人の足跡をたどるという特集を担当して、関係者に会ったり、関係スポットを探して行ったり、というのをほとんどチャリで回ってましたが、新しい路地を通るたびに新しい発見があり、思わず立ち止まってしまいます。
たとえば、京都御所の前の道を走りながら看板を見ると、ここが藤原道長の家の跡で、ここでのあの「この世をば・・・」の句を読んだらしい、とか、鴨川沿いに走ってると、勝海舟が京都に来ると泊まっていたという寺があり、よく通る三条大橋には池田屋事件のときの刀の跡らしき傷跡が橋に残っていたり、聞けばそのあたりが、石川五右衛門が釜茹でにされた場所らしいとか。。。いや、さすが京都はこういうネタが無数にあって、驚かされます。
あと、京都は銭湯がやたらと多く、うちから200mぐらいのところにもあるので結構ちょくちょく行ってます。小さな道にもばかばかあるのは、どうも昔の風呂のない長屋造りの家の時代の名残だとか。で、驚いたのは、みるからに「そのスジ」の全身刺青の人が銭湯にちょくちょくいること。こないだは、2台しか入らない風呂屋の小さな駐車場に、スモークかかった白のメルセデスがどかーんと停まっているので、お、と思ったら案の定。東京だとたいてい「刺青の人お断り」って書いてあった気がするのに、京都はさすがにやくざの方々も多いから普通になじんでいるのか、派手な背中のまま、さわやかに談笑しながら背中こすってたりして、なんか新鮮です。
それから話は変わりますが、昆明で仲良かった日本人・アメリカ人夫婦らが経営するカフェ「サルバドール」で、年末に爆破事件があったと聞いて、とてもびっくりしました。爆破したのは、その1年前ぐらいだったかに、昆明でバス爆破事件に関わったらしい人物で、彼がサルバドール内で自爆。。。自分たちも入り浸っていたとても思い出あるカフェでの出来事だったから、そんなことで世界中のニュースになってしまいかなりびっくり&ショッキングでした。でも幸い、爆破した人物以外にけが人などはなし。ただ、復活がとても大変そうだったので心配していましたが、2月に無事に再スタートを切り、再び順調にやっているみたいなので、ほっとしました。サルバドールはすでに昆明を語るにはなくてはならない存在で、在住外国人やらに愛されるすごくいいカフェなので、昆明に行く際には是非寄ってみてください。

(2003年7月。まだバンバリーに着く前、大陸横断鉄道で東のメルボルンから西のパースまで向かう途中で降りたアデレード。ぼくの27歳の誕生日にちょっと高級なレストランで。若すぎて恥ずかしいけれど、ネタとして(笑))
ああ、英語版も書かないとと思いながら、億劫度は増すばかり。。。
このまま終わっちゃいそうでやばいです。

(2003年7月14日。早朝、キャンベラからメルボルン行きのバスに乗るとき。)
すっかり更新が滞ってしまってます。。。
生活がまだまだ落ち着いていないせいか、どうもブログを更新するところまでエネルギーが回らないような日々を送っていました。
ところで、遅ればせながら、今年もよろしくお願いいたします。
京都で新居に暮らしだしてからちょうど一ヶ月ぐらいですが、やっと生活にもリズムができてきたところです。素子は、大学で外国人研究者のサポートをするという仕事が早々に見つかり、数週間前から普通に働いています。やりたがっていたことに近かったために、楽しく仕事をやっているようです。ストレスもあまりなさそうだし、いい感じにやってます。
その一方でぼくの方は、なかなか難航していました。前回ブログをアップしたときはIT系で職を得ながら、本を執筆......などと考えていたものの、世の中そんなに甘くないことを先月激しく実感させられました。5年ふらふら、未経験、32歳というデータ的にも、またこれまでの自分の経験からしても、会社側もどうにも手の施しようがないというのか、全く興味がないというのか、とにかく派遣会社経由で面接に行こうにも、面接すらさせてもらえない状況が続きました。そんなことが度重なり、友人らにも「この5年を活かすべきだ!」という声を多数もらったりしているうちに、自分はやはりフリーでこれまでやってきたこと、できることを続けていった方が、今後につながりそうで、しかも案外稼げそうな気がしてきたり、しかも、その方がやりたい路線なので、ってことで、フリーでやっていく覚悟を年明けごろには決めていました。
そして、正月休みが終わってからは、ライター・翻訳業をフリーでやっていくべく、本格的に動き出しました。書籍や雑誌の企画を複数考えつつ、手元にある執筆業を一つ一つやっていく。あとは中国の友人経由で翻訳(英→日)の仕事をまわしてもらい、そのほかに関西の編集プロダクションにいくつか挨拶に伺って仕事をもらう。というような活動をやっていくうちに、少しずつ道が開けてきた感があります。あとは、生活費を底上げするために、塾講師も近々始めることになりそうです(いままだ選考過程)。
今日も先ほど、翻訳を一つ終えて提出し、書籍執筆の基礎作りを編集者と進め、午後は、できれば雑誌の企画を一つ提出したのちに、京都の新たな編集プロダクションに挨拶に行って、あとは
塾の模擬授業(選考の一環)の授業構成作りを・・・。
といった感じで、かき集めると、ま、なんとかそれなりには稼げそうな気はしてきて、少しは気持ち的にも落ち着いてきたかな、というところです。頭の切り替えがなかなか大変だったりもしますが。
ちなみに、いままだ売ってるはずの「中央公論」2月号に、1ページだけだけど、グラビアページに写真を載せています。スイスのチベタンのことです。
また、これまで何年にもわたって連載してきた「自然と人間」の「人びとの海」と、「SQUARE」の進学塾の中学生に向けた旅エッセイは、ともに今月で連載終了。なかなか感慨深いものがあります。
書いていくにしても、自分の専門分野はなんだろうと考えたとき、やはりいまのところ「旅」でいくのが一番いいんだろうな、という気はしています。というわけで、引き続き、これまでの5年間のことを掘り起こして書きながら、京都で新しい分野にいろいろと挑戦しようと思っています。
こんなところでなんですが、何かそんな関係の執筆などのお仕事をさせてくださる方がいらっしゃれば、是非声をかけてください!どうぞよろしくお願いいたします。
京都生活のことを書く余裕はまだぜんぜんなくて、また次回に...。

(2003年7月19日。メルボルンで、素子の留学時代(97年)の友達メイリン(&彼氏マーク)との久々の再会)

(ふと思い立って、ブログに載せてなかった写真を2003年から遡って載せてみようかな...と。これは旅立った初日、この5年半の第一日目、シドニーのサーキュラーキーあたり。2003年6月23日)
(以下、文章は現在のことです)
11月28日からぼくもいよいよ京都に移住しました。
綺麗らしい紅葉はまだこっちではあまり見てはいないものの(というかもう終わってしまったのかな?)、これからしばらくこの街に住むのか、と思うと、昆明や上海に着いたときのような気分です。素子はすでに京都にいて、いまは二人で、素子の実家にお世話になっています。
新居探しは、京都で素子ががんばってくれて、11月前半にはすでにほぼ決まりかけていた場所がありました。下鴨神社の近く、鴨川から歩いて数分ぐらいの非常にいい立地の小さな新築ハイツ。いま現在ほとんど収入のないぼくらには全く身分不相応なんじゃないか、と思いつつも、二人ともなかなか気に入って、もうそこに住む気になっていたのですが、なんと契約書へサインする段階になってびっくり。広告では「鉄骨マンション」というように書かれていたのに、契約書は「木造アパート」となってるんです!すぐ、「どういうことですか!?」と不動産屋に問い合わせたところ「こっちのミスで、広告書き違えちゃったんですが、木造でもそんなに変わりませんよ」というような回答。最初はぼくも、そんなもんかな、なんて思っていたのですが、東京で不動産仲介業をやってる友人二人に状況を話すと、一人は「そんな話はきいたことがねえ、全くひどい、詐欺だから、すぐ京都府庁に電話しろ!」という反応で、もう一人は、むしろ彼の上司がその話に興奮し、「ありえないひどい話だ、仲介料はタダでやってもらいなさい」みたいな具合でした。
もう一人別の友人は「小さい不動産屋だとそういうミスってのは実際にあるんだよね」という比較的穏やかな寛大な意見で、確かにそうかもなー、と思ったりもしたものの、担当者と電話でやり取りをしているうちに、全然申し訳なさそうじゃないし、妙に開き直った様子に感じられたので、だんだんぼくもボルテージが上がってきて、交渉、交渉の連続。その結果、仲介料半額、契約期限を1週間延期、というところまでは持っていけたものの、だんだん、腑に落ちなくなってきて、もうあそこはやめようという空気が高まり、素子がまた再度探し始めてくれました。そして、一昨日ついに二人とも納得の物件が見つかって(値段も前のよりぐっと安いし、鉄筋だし)、そこに決めました。やっと家が決まり、まずはほっと一息。

(2003年6月22日。ソウルの空港でトランジットのとき。まだ27歳)
さて、さらに生活の要となる仕事の方は、いろいろとやっているものの、なかなかまだ具体的には話が決まらず。ぼくはライター業に加えて、すでに枯れかけている大学院時代のわずかな経験に無理やり水をやって花を咲かせられないかという望みを抱き始め、コンピュータプログラミングの勉強を開始しています。プログラミングといっても全く何から手をつけていいか分からなかったものの、幸運にも人との出会いに恵まれ、いい具合にニッチで将来性も有望なプログラミング言語を知ることができ、どうそれが仕事につながるかはまだ全く未定なものの、とりあえずできるだけ早く基礎を叩き込むべく、必死に勉強しています。それとともに、目の前の日銭のためにと、今あるスキルで出来る仕事を見つけるべく派遣に登録したりしているのですが。。。
でも今日、四条河原町の本屋で、この雑誌大不況の嵐に飲まれて休刊になってしまう「月刊PLAYBOY」を手にし、この雑誌にノンフィクションや写真などを載せてきた作家・写真家たちのそうそうたる顔ぶれと、その魅力的な仕事や情熱的な生き方の一端を目にして、やはり自分もできればこういう世界にかかわりながら仕事を続けたいという思いが強くあるんだなということを改めて感じました。そのためには、やはり書くことに集中すべきなんだろうか。。。
なかなか行く先が明確にならずですが、日々お金がいるし。。。しかし、いまとりあえずといって適当な方向に進んでしまうと、そのまま人生が大きく決まってしまいそうで。。。
32歳でこんなことを言っているのは全く青臭いだけなのかもしれませんが、とりあえず今やるべきことをやるしかないな、と思って過ごしています。
ちなみに、素子もまだ求職中。二人とも収入ないのに、一応それらしい形で家を借りることができる裏ワザを不動産屋が提供してくれ、日本もきっちりしているようで、結構いろいろとやりようはあるんだなとちょっとうれしくなりました。

(シドニーのセントラルステーション。まだ全然旅慣れていなかったけど、シドニーだけはそれまでに何度も行っていたのですでにそれなりに土地勘もあったような。。。 こんな感じで、これから昔の写真をアップしていくつもりです)
Sorry that we haven't written English version for this entry.. I know that I really have to write and also speak English in order to keep our level, but I just don't have time and energy... I'll try next time! By the way, photos here are all old ones which were taken during this 5-year-trip.
We are planning to put the old ones which we haven't used here yet starting from 2003.
日本に帰ってきて明日ですでに1ヶ月になってしまいました。ブログを更新しようと思いつつも、いろんなことに追われ(時間的にというより気持ち的に)、ついつい先延ばしにしているうちに早くも一ヶ月が、、という感じです。
10月6日に関空に降り立ち、14ヶ月ぶりの日本らしい整然さと静寂を見ながら感覚をアップデート。思ったよりすんなりとなじめて、ああやっぱり母国は他の国とは違うなあと実感しました。もちろん、いろいろと違和感を覚えることはあるにしても。ぼくは5日ほど京都に滞在したあとに東京へ。素子はその後も京都にいて、いまは東京に10日間ほど滞在中。
京都の素子の実家では、1年前に生まれた素子の妹の娘が、ちょうどぼくらが帰国した日に1歳の誕生日を迎えていました。初めて会う姪っ子は、すでにすっかり大きくなっていて、元気いっぱい。その姿に、自分たちが留守にしていた時間の長さを確かめることができました。
東京でも、ぼくの妹の息子がぼくらの帰国3週間ほど前に誕生し、実家に戻ると、母になった妹と、祖父母になった父母に迎えられ、うちも一つ時代が先に進んでいました。いよいよ、家族構成がどんどん変わっていく時期にうちも差し掛かっています。
しかしやっぱり甥や姪というのは、ひときわかわいく感じるものですね。1時間ぐらい抱いて、からかって、見ているだけでも飽きない自分にけっこうびっくりというか。
いろいろと考えた結果、これから京都に住むことに決めました。部屋探し大好きの素子が、ぼくが東京に戻ったあとに精力的に探してくれた結果、ようやく決定。上海や昆明で安く広いところに住んでいた感覚が抜けないせいか、ぼくたちにとってはやや家賃高めのところに決めてしまった感がありますが、ま、仕事がちゃんと落ち着けば、それにあわせて生活スタイルもできていくのだろう、と楽観的に考えています。ぼくにとっては、新たな都市での新生活なので、中国に住みだしたときと同様に結構わくわくしています。
ぼくは、東京なら雑誌の編集などの仕事を探そうと思っていたけれど、関西だと選択肢がぐっと狭まるため(聞いてはいたけれど、実際に調べだしてみると、ここまでとは......、という状況でした)、それならいっそのこと、他の仕事をしながらその傍らで本当に書きたいことを書いていった方が自分にはあっているかもしれないと思っています。とりあえずそのために、まずはこの5年間の話を本にまとめようと、すでに執筆を開始しています。これを半年以内ぐらいになんとか形にして、出版に漕ぎ着ければ、今後ライターとして生きる道も広がっていくのではないかと......。もちろん、その間も生活のためにちゃんと働くつもりで、いまはその仕事を探しています。ぼくは就職もしたことないし、こんな感じで5年も送って30代に突入してしまうと、もう真っ当な就職の道はあまり残されてなさそうなので、これまで培ってきたスキルを活かしてやっていかないとな、と思っています(大したスキルはないんですが)。ちなみに、ぼく個人的には、すでに働く気満々で、明日からでも始動OKと毎日思っているぐらいなので、いずれにしても、なんとかなるはずと前向きに考えています。
二人ともそんなこんなで、日本社会復帰はそう簡単ではなさそうですが、いまのところは、半年先も見えない新たな日々の始まりを楽しんでいます。
旅生活としてのFrom2003は、とりあえずはこれで概ね終わりということになりそうですが、また日本生活についても徐々にアップして行きたいとは思っているので、その際はまた読んでいただけるとうれしいです!
もっとまとめっぽい言葉を入れると本当に終わりになってしまいそうなので、それはなしで、またこれからそこそこの頻度でのアップを目指します!

(妹夫婦と生まれたばかりの甥。明治神宮へのお宮参りにぼくも着いていって、日本っぽい風景を堪能しました。My sister and her husband with their new born baby boy. On this day, our family went to Meiji-jinguu(Meiji shrine), one of the biggest shrine in Tokyo, for "Omiya-mairi (shrine visit)", a traditional Japanese ceremony, to pray for baby's well-being. )
We've been back in Japan for a month already.
Although we tried to update earlier about our new life in Japan, it has been quite hard to motivate myself to write a new entry here... Don't know why, but maybe we might have been using quite a lot of energy than we actually feel to get prepared for our coming life here.
We decided to settle in Kyoto, Motoko's home town, at least for couple of years.We've already found a nice new flat there, which we can move in from mid December. Kyoto is one of the most traditional and historical city with bunch of tourists wandering around. Though it's Motoko's hometown, it's totally a new place for me to live, so I'm quite excited to start a new life there.
We are both still at job-hunting stage, and are starting to realize it is not so easy, because of our age, of our too-long-travelling-career without working much, etc... Nevertheless, I'm quite optimistic and rather enjoying this unstable start. We'll manage to live anyway...
By the way, I have started writing a book about this 5 years in my extra time. and am trying to make this book good enough to get more job as a freelance writer. Hope I can finish it within half a year or so.
We'll try to keep updating this blog, if not as often as we did while on road, so we would be glad if you can come and check once in a while!
