(カイラス・アリ・グゲというチベット世界から一気に新疆ウイグル自治区へ戻り、中国最西部に位置するカシュガル到着。シルクロードの重要な拠点となる町。地図、拡大できます)
アリから33時間のバス移動を経て14日深夜1時に零公里(叶城)へ着き、翌15日に4時間半の移動をへてついにカシュガルに来ました!ほぼ中国最西部で、これでいよいよ中国ともお別れです。うーーん、なかなか感慨深い。
さて、前回の続き、カイラス&グゲの詳細です。
6日にアリを出てから、順番的にはグゲ、カイラスの順に行きましたが、ネタの大きさ的にまずカイラスから。
グゲを終えてカイラスに向かったのは8日。イスラエル人のぽっちゃりくんと、見ため的におばあちゃんともいえそうなフランス人女性と4人で車をシェアしてカイラスへ。この二人とはアリからグゲまでのバスから一緒で、4人でグゲも見に行き、宿も同じところに泊まり結構仲良くなってました。
しかし、前回書いたように軟弱仲間認定したはずのぽっちゃりくんは、実はイスラエルのコンバット部隊の兵士だったという思わぬ展開。戦争が起これば前線でバリバリ戦う超本格派のつわものでした。イスラエルは正規の軍はなく、すべて徴兵でまかなわれるとのことで、男は3年、女は2年の兵役が義務。しかも、兵役終了後も毎年1ヶ月間のトレーニングが42歳まで(!)続くとのこと。その中でほんとにやる気のある1割のみがコンバット部隊となり、前線で実際に戦うそうです。ぽっちゃりくんは、自らコンバットを希望。まだ記憶に新しい昨年のレバノンとの戦いでも、彼はたまたまその時旅行中だったから戦地はへいかなかったものの、いつも戦争はすぐ隣にあるとのことでした。まだ23歳にして、ぼくらとは全く異なる人生観の中で生きているらしいことに驚かされました。ま、いずれにしても、軟弱仲間というのは大いなる勘違いで、相当なタフガイってわけでした。
フランス人女性も、一見還暦過ぎてかねない雰囲気を漂わせつつ、チベット&ネパールを一人で9ヶ月ほど旅するという人物。「動けなくなる前に旅しようと思って少し早めに退職したの。家を買ってその家賃収入で暮らしているわ」ぼくらが途中で断念したカイラスのコルラ(巡礼)を2回もやったり、コンバットぽっちゃりくんよりもグゲでのロングウォークは安定していたりと、これまた全くぼくらを寄せ付けないタフキャラで参りました。
結局"軟弱王"の座は、ぼくら二人のほしいまま。そしてカイラスに着いても、ぼくらの王座は全く揺るぎそうにありませんでした。
8日の夕方、カイラスの麓にあるタルチョンという小さな村に着くと、寒さは半端なくびびりました。フル装備で固め、その夜からタルチョンを去った12日まではほとんど着替えず(もちろんシャワーなどない)。ちなみにぼくは、内側から、Tシャツ、長袖カットソー、フリース、新疆で買った分厚く中がフリースになってるババシャツ、ユニクロの薄手ダウン(これ、上海から大活躍!)、その上にノースフェイスのインナー付のジャケット。下は、股引2枚の上にジーンズ、靴下二枚、といったところ。もちろん、ニット帽&手袋も。それでも、外は相当寒いです。タルチョンですでに標高4700m弱。さすがに侮れません。
(タルチョンの地元チベタンたちが暮らすエリア。場所によって後ろに小さくカイラスが見える)
(タルチョンには野生の犬がいっぱい。チベットでは犬がすぐ追いかけてくる印象があるものの、ここでは日中はみな穏やか。でも、カイラス付近で鳥葬(人間の遺体を鳥に食べさせる)が行われるとそのときは犬もみなそこの場に集まって人肉を食べるらしい)
そのタルチョンでなんと、もともとぼくらがカイラスにいくきっかけを作ってくれた日本人、大沢さんとびっくりの再会。もうずっと前にここは終えていると思っていたのに、宿でばったり、感激でした。カイラスは大沢さんに始まり大沢さんに終わった、などと言い訳をつけて、ハードそうなコルラ(巡礼)をせずに帰ろうかと思ってしまうぐらい達成感のある再会でした。
でも、やはりそうはいかない、と天候のよさげだった二日後(10日)の朝コルラに出発。コルラとは、カイラスの周り52キロをぐるりと回る巡礼のことで、チベタンは1日(13時間ほど)で一周できるものの、旅行者の標準は2泊3日。最大5600mほどまでのぼり、その辺りはちょーハードな山越えがあり、冬には死者もちらほら出るとのこと(最近も、その山越え中に吹雪に吹かれたインド人が凍死したそうです)。ちなみにこの時期は寒さと雪が厳しくて、チベタンすらもコルラする人はかなり少なかったです。
(手書きでかなり適当(線の微妙なズレとかに意味はありません)ですが、コルラ(巡礼)は、大体こんな感じ。ぼくらはオレンジ色の線のように約半周22キロの道を往復。ドルマラは冬には死人が出るほどハード(らしい)。ここを越えないと巡礼の醍醐味は分からないのかもしれませんが、ぼくらは行けず)
ぼくらが着いた日から雪が降り出し、寒さもぐっと増し、丸一周はぼくらのスニーカーでは無理だ、危険だ、と現地の人に強く止められたため、一周する気は完全にうせ、最大半周して、そこのお寺で一泊して同じ道を戻って帰ろうと決めていました。「半周なら雪降ってても、スニーカーでも大丈夫」と太鼓判を押されたのですが、そのハードさは想像以上でした……。
(出発して30分ぐらい。南側遠くに雪山、地面はほぼ真っ白)
(右旋回を始めたあたり。このようなチベタンアイテムもいたるところにある)
(出発して2-3時間後。チベタンのタルチョ(旗)などが雪の中に広がる。このあたりはまだ二人とも全然元気)
(昼飯を食べたあと歩き出すとすぐ、逆走するチベタンに遭遇。荷物的に彼らは巡礼者っぽくはない。今日の宿泊予定ゴンパ(寺)までここからあと2時間ぐらいといわれ、元気が出るが……)
5,6時間で半周(カイラスの北面まで)できるときいていたので、ま、大したことないかなと思っていたものの、朝11時前に出発し、着いたのはなんと夜8時前。8時間半ほどかかってしまいました。ほかの人に笑われるぐらい時間がかかってしまったものの、ぼくらにはほんとに死に物狂いの1日でした。
まずかったのはまず、出発から4時間ほどしてからのこと。持っていたガイドブック(旅行人)のコピーの地図に「巡礼路沿いに川があるけど、川の左側を行け、この先に橋はない、右側を行くとゴンパ(寺)に行くためには最後に川を横切らないといけないかも」ってな言葉が書かれていたのに、ドジなぼくらは気づいたらやっぱり川の右側にいました。そして、「これはやばい!」と思って、極寒の中、無謀にも川に石を投げて自前の橋造りにいそしんでしまいました。もちろん、ちゃんと川の細いところを選んだものの、そんなのうまくいくはずがなし。大きな石を雪の中から掘り起こし、川の中へジャボンジャボンと投げ入れましたが、3,40分格闘した挙句、インスタント石橋はまるでできずに、ぼくは表面の凍った川の中に両足とも落ち、足は半ば凍りつき、もう完全にバカ丸出し状態。もう無理だからと、とにかく右側のまま先に行くことに決めたものの、ここでの体力消耗と「たどり着いても、最後に標高5200mの極寒の中で川をジャボジャボいかないといけないかもしれない」という精神的ショック&プレッシャーは甚だしく、一気に疲労が充満。そして、追い討ちをかけるように、その後から軽い吹雪に襲われ、もうほとんど限界。それでもとにかく先に進むしかないので、その後、二人で100歩ずつ歩いてちょっと休憩、を繰り返しました。100歩ごとに膝の上に上体の全体重をかけてうつむいてなきそうな顔で「はぁーはぁー、ぜぇーぜぇー」と言っていると、まるで高校時代のバスケ部合宿を思い出し、我らが坂上コーチの声が……。「顔を上げろ!」「休むな!」「じゃ、最後、スリーメン。」……もう苦しいのなんのって。
(空模様が怪しくなり、いつしか吹雪が……やばい!!)
(たまに太陽が見えるとすごくうれしいし、暖まる)
(遠くの青空を目指し、足跡をたどって突き進む素子)
(カイラスが真東に見え出すぐらいから晴れ間の領域に入りだし、天候的には少しマシに。でも疲労はすごい。中央に見えるのがカイラスの西面)
でも周囲はどこまでも雪の絶景。吹雪の中、途中から右手(東側)にカイラスが姿を現し、カイラスが右手後方に少しずつ移動していくことをわずかな希望に、100歩ずつ。そしてついに、カイラスの北面が見えてきだし、いよいよあと30分ぐらいなんじゃないか!?と思ったあたりで、チベタンとすれ違い、「ゴンパ(寺)まではあとどのくらい?」と聞くと、あと1時間かな、という答え。まだそんなにあんの?!とがっくりするも、橋はある?と聞くと、「あるよ」と言われ、ほっとすると同時に、あの徒労の橋造りが忌々しく思えてきました。
ゴンパは見えているのに、ほんとにそこから1時間近くかかってしまいました。でもゲキ疲労の中、後ろを振り向くと、夕日に染まる雪山の美しさがまたひとしおでした。素子も、口を利くのも億劫な状態なのに、それを見てぼくに「シャッターを切れ」とジェスチャーで指示。
(ゴンパまでもうすぐのはずなのになかなか近づかない。でも後ろを振り向くと……)
(左端に薄っすらと見えているのがカイラス)
初体験の寒さと疲労に、完全に死に体になりつつ、なんとかゴンパ着。しかしひと気がなく、「ニーハオ!ニーハオ!」にも反応なし。さらに上にあるメインの建物に叫び続けると、天の上にいるような赤いローブの僧侶が招き猫風の手招き。ほんとに神様みたいでした。でもそこからが本当にハードで、もはや二人とも自力で階段を上がることもできない状態で、なんとか僧侶に引き上げてもらって、最終コーナーを曲がってキッチンにゴールイン。その温かな空間に感動し、崩れ落ちるように座り込み、素子は感極まって思わず落涙。それを「おお、やってるね素人くんたち」って感じで温かく見守るチベタン僧侶たち……。その後トゥクパ(チベット麺)をもらい体を温めつつ(こういうとき食べるとめちゃくちゃおいしくて感動!)、そこは部屋ではないのに、頼むからここで寝せてくれと、その場で倒れこむように眠りに落ちました(部屋には暖房器具がないとのことだったので!)。
(ゴンパのキッチン兼リビング(?)。右奥のベッドに寝かせてもらった。布団にはヤクミルクの匂いが充満していてチベットっぽい)
さて、朝。昨夜トイレに行きたかったものの、疲労のあまり、行かずに眠りこけることに成功し、だから早朝トイレに。ちょっと頭が痛かったものの、とりあえずなんとか動けそうだな、と思いながら外に出ると、日の出前の薄明かりの中に巨大なカイラスが……。その姿を見て、この苦しさはこのためにあったんだなと、じーーんと来ました。
(朝8時ごろ、ゴンパにはすでに早朝4時ごろにタルチョンを出発してここまでたどり着いたチベタンたちが休んでいる。この後続々チベタン集結)
(天国のように思えたゴンパの外観。ありがとう!! 朝出発時)
その後素子もおきて、二人とも、心配していた頭痛も寒気もおさまり体調はそれほど悪くなかったので、その日のうちに出発して、タルチョンまで戻ることに。帰りは、さすがに昨日よりは楽だろう、と思っていたものの、帰りも何気に馬鹿にできず、思わず7時間ぐらいかかってしまいました。
(朝ゴンパ出発時のカイラス。天気もよく、帰りは気持ちよく楽に行けるはず!と思ったものの……)
(思わずシャッターを押さずにはいられない風景が何時間も続く)
そしてなんとか無事にタルチョンへ……。もっともハードな部分をやらずとも「もう二度とやりたくない」と思ったものの、しかし、のどもと過ぎてみると、ここでは、疲労も絶景も全て初体験で、完全に別世界でした。ぼくにとってはこの4年間の中で最も思い出深い場所の一つになりました。確かにこれだけの苦労をして来た甲斐はありました。
コルラは達成できなかったものの、相当の達成感を経て翌日アリへ帰還。久々の都会な世界もまたうれしかったです。
(5000m越えると、全くの山オンチにとってはなんちゃってアルピニストになった気分でした(笑)。っていいつつ体力なさすぎな自分を痛感)
また長文になってしまいました。グゲは次回。あとそれからここカシュガルで、また承徳と同じ展開になりそうです……!でも今回は狙ったわけではなく、全くの偶然!詳細はまた!
おつかれしたっ!無事で何よりです^^ 文章読みながら顔が引きつってしまいましたよw一体何がお二人を駆り立てるんでしょうね。そちらでは軟弱でも、日本に帰ってくればかなりの強者ですよ!目指せ?第二の野口健!w
P.S.今度の月曜から学校の旅行で上海に行ってきます!
文章を読んでるだけでも過酷さが伝わってきて、ちょっと苦しくなっちゃいました。
はーはー、ぜーぜー(^^;)
お二人とも無事で本当になによりです。
それにしても、絶景ですね!
地球ってすごい。
ものすごい世界ですね。私が行くことは絶対にありえません。
それだけに貴兄のレポートがなければおよそ想像できないところです。フイリピンの「バターン死の行進」の取材以来その冒険心には敬服です。
お久しぶりです、こんばんわ☆
中国人の自分でも知らないような遺跡とか古跡名所が中国にはたくさんあって、それらの場所に自由にいっている近藤さんがうらやましいです。
本当はもっと広い世界みたいし、見たいって気持ちが常にあるがゆえ「早く見なきゃ!」ってゆ焦りさえ感じているんですけ
れど…今持っている全てを捨てて別世界に飛び込んで0からスタートする勇気がなくて。。。何が近藤さんにそうさせているのかなぁっていろいろ考えちゃいますね。。
毎回日記を楽しく読ませて頂いてます☆次回の日記も楽しみにしております♪
本当に天晴です。
数年前、結構高い山(4500m)に登るのに、トレーニングを積んで、でも、あの高山独特の苦しさは、本当に今でも忘れられません。もう、2度とやらないとは思ったけれど(高所恐怖症ダシ)、この写真を見てたら、『行ってみたい〜!』と少し心が揺れてます。次のレポートも楽しみにしてますね〜。
>yang pingさん
ありがとう。ぼくらも今回は、歩きながらきっと顔が引きつってたと思うよ~。カイラス行ってもつわものにはなってない気がするけど、寒さに対してはちょっと免疫ができたかも。ヤンピンも是非、北京いる間に、カイラスへ……!上海か~。いまおれたちもいられたらよかったんだけど、会えなくて残念!楽しい旅を!
>Rika2さん
はははー、過酷さがちょっとでも伝わったようならうれしいかも(笑)。心配ありがとうー。もう高地を降りて二人ともすっかり元気になったよ。ぼくらも、ほんとに地球はすごいなあって思いました。いろんな風景があって、いろんな人や生活があるもんだなってつくづくかんじます。
>ikedaさん
いつも見ていただいてありがとうございます!思えばビデオを持ってバタアンに行ったのが、いまの生活の原点にある気がします。あのころから6年ほど経ちますが、心動かされる風景や人を見たときの喜びは、いつも変わらないものだなあと感じています。フィリピン・お父様に関するご活動、その後いかがですか?
>さやかさん
どうも!中国は広いから、自分の国だったとしても旅するのは大変ですよねー。今回、新疆や西チベットへ来てみて、月並みながら中国の多様性には心から驚かされています。旅への思いが大きいのであれば、あまりいろいろ考えずに思い切って出発しちゃうといいのかもしれませんね。ぼくらも先行き不安なことは多いですが(笑)、ま、はじめちゃえば何気になんとかなるものだなっていうのが実感です。是非!(って、無責任なことはいえませんが……)
>mikaさん
山をちゃんと登るとなると高さに関係なくもっと大変なんだろうなーって思います。カイラスの場合は、登山というよりもトレッキングなので、ぼくらでもやる気が起きたかなって感じです。登山もトレッキングも、やっぱりつらいですよね~(笑)。でもぼくらものどもと過ぎたら、また行きたいなあってちょっと思ったりしてます!
Posted by: ゆうき・もとこ at November 17, 2007 6:33 PM