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- Drifting into Eurasia 99/10 Archives -

at インド バタル付近 (near Batal, India) on 05/Oct/1999

Posted by snotch at October 27, 2005 11:45 PM

Manali - Kaja
manali - kaja

 マナリから北にあるロタン峠(Lotan La 3978m)を越えて谷に下ったところで,レーに向かうのとは反対の東の方角へ分岐すると,ここからしばらくの間,チャンドラ川(Chandra)に沿って緩やかな勾配が続く.この辺りの流域は,数キロ先の山裾まで延々と河原が続いており,辺り一面,丸みを帯びたカボチャ程の大きさの石が河原の砂利に半分埋もれて頭を出している.
 TATAのオンボロ公営バスは,時折気にする事なくそのカボチャ石を踏むので,固いサスペンションに支えられた車体はガタガタと大きく軋む.一応指定席のチケットなので,本当なら乗り心地の良い前方の席が自分にあてがわれていたはずなのだけど,何故かそこに西洋人のペアが座っているので,仕方なく後部の座席から彼らの後ろ姿を拝んでいる.

at インド バタル付近 (near Batal, India) on 05/Oct/1999

Posted by snotch at November 14, 2005 11:50 PM

Chandra Valley


at インド クンザン峠 (Kunzum la, India) on 05/Oct/1999

Posted by snotch at December 5, 2005 12:41 AM
 石ころを踏みながらガタガタするバスに揺られ,ロタン峠(Lotan La)からチャンドラ川(Chandra)に沿って60km程上流へ登ると,クンザン峠(Kunzum La 4551m)に至る.歩いて数分の距離にあるではないかと錯覚するほど近くにまで,大きな氷河が迫って来ている.周囲の岩と氷の他には目印となる対象やスケールを比較できる対象が存在せず,また,空気中のチリや水蒸気が極端に少ないために距離に比例して遠くが霞むということがないので,バスの車窓からの風景は,氷河までの距離感やカール谷のスケール感が失われた,だまし絵のようだ.ここからスピティ渓谷へ一気に下る.

 峠を越えて標高を3500m程度まで下げ,もうあと少しでカザに着くのではないかという頃,運転手のオヤジはそれまでに増してスピードに取り憑かれ,大きな石ころだらけの道を猛スピードで邁進し始めた.いよいよバスの振動に体が痺れてきた頃,オヤジの乱暴な運転に耐えかねたバスは悲鳴をあげた.ドーンという何か大きな音がしたと思ったその直後,自分の背後から爆風のような砂埃が襲ってきて視界が真っ黄色に・・・・・.30秒程の後,埃を払いながら後ろを振り向くと,最後部の座席が骨組みごと垂直になって床に刺さっており,バスの背面に開いた直径20cm程の穴からは,外の明るい景色がよく見える.気づかないフリなのか,そもそも驚くに値しないことないのか,それを確かめる気力すら湧いてこない程に,運転手は相変わらず快調に目的地に向かって邁進している.



at インド カザ (Kaza, India) on 06/Oct/1999

Posted by snotch at January 5, 2006 12:01 AM

Kaza linga
Air view of Kaza

カザはスピティ一渓谷の中心となる町で,キ・ゴンパ(Ki Gompa)への起点となる町でもある.町の北側の斜面を10分ほど登ったところに小さなヒンドゥ寺院があって,そこからカザの町を一望することができる.町の中央を南北に流れる川を挟んで,東側には旧市街,西側には緑やエンジのトタン屋根の役所が立ち並ぶ新市街が拡がっている.旧市街の南側は,スピティ川へと続く緩やかな斜面になっていて,麦の収穫を終えた畑で一面を覆われている. 風が痛いほどに冷たく,眼が痛いほどに雲が眩しい.視力が4.0くらいになったようだ.

at インド カザ (Kaza, India) on 06/Oct/1999

Posted by snotch at January 15, 2006 12:50 PM

In front of supermarket in Kaza, India

ここから更に東へ進むと,インドと中国間の未確定国境ラインがある.住まっている人,言葉,食物,ゴンパの存在等からして,ここはチベット文化圏に違いないのだが,国境という仮想の線を引くと,チベットを自国のものと主張する中国でもなければ,チベットでもなく,インドとなっている.そういう複雑な事情をかかえた場所なので,ここから先のスムド (Sumdo)からキナウルのジャンギ (Kinnaur, Jangi)まで,外国人旅行者はパーミッションを必要とする.なんだか知らんが,新市街にあるADC OfficeとPolice Stationの間を,書類を手にして2往復くらいさせられたので,午後がまるまる潰れてしまった.写真は,そんな夕方,カザ旧市街のスーパーマーケット前にて.

at インド キ (Ki) on 07/Oct/1999

Posted by snotch at February 27, 2006 7:02 AM

View from Ki village

View from Ki village

at インド キ (Ki) on 07/Oct/1999

Posted by snotch at February 27, 2006 7:38 AM

View from Ki village

カザから北西20km程の所にあるキッバル行き(Kibbar)のバスは一日一本14:00発.このバスに乗って45分ほどの所にある小さな村,キ村(Ki)で降ろしてもらう.ここからキ・ゴンパ (Ki Gompa) までは,小一時間かけてゆっくりと斜面を登ることになる.途中,背後を振りかえって小休止すると,渓谷を挟んだ河の対岸の一角に,小さな集落がへばりつくようにして砂の上に載っているのが見える.何かちょっとでも地球の機嫌を損ねたら,この集落はすぐに消えて無くなってしまうのではないかと不謹慎なことを思ってしまう程,はかなくもろいように感じる.

at インド キ (Ki) on 07/Oct/1999

Posted by snotch at March 2, 2006 2:15 AM

Ki Gompa

キ・ゴンパ(Ki Gompa)は,スピティ地方において最古の,そして最大の規模を誇る見事なゴンパ.そそり立つ小高い岩山の頂部に寄り添うように僧坊が並ぶ姿は,規模こそ及ばないものの,ラダック地方のティクセ・ゴンパラマユル・ゴンパを思いださせる.  ここのゴンパは時々やってくる訪問者に比較的慣れているようで,ゴンパの内部を丁寧に拝観させてくれたうえ,立派な寝床まで提供していただいた.夕食はダル,ライス,タマネギトマトサラダという御馳走メニュー.夢中で一片,一滴残さず平らげた.

at インド キ (Ki) on 08/Oct/1999

Posted by snotch at March 6, 2006 2:41 AM

今日もまた,陽が昇る.


at インド キ (Ki, India) on 08/Oct/1999

Posted by snotch at April 30, 2006 12:30 AM


キ・ゴンパからカザへの道程は一日で歩ける距離のようなので,歩いて町へ帰ることにする.岩山の斜面に作られた,獣道のような細い砂利道を,滑り落ちないように注意をはらいながら降りてゆく.平地部分に広がる畑は,パッチワークのような模様になっていて,目を凝らすとごま粒のような牛が沢山いるのに気がつく.谷間の突き当たりにみえる岩山の頭上に,綿菓子のような雲がやってきて,その真下に濃い影を落としている.天気は快晴.あまりにも濃い群青の空に浮かぶその雲は,一飛びで10万8千里をゆくキン斗雲のようでもあり,また,雲の真下に何かがあることをお告げしているかのようでもある.

at インド キ (Ki, India) on 08/Oct/1999

Posted by snotch at May 7, 2006 9:03 PM
キ村の周辺に広がる,パッチワークのような畑

at インド キ (Ki, India) on 08/Oct/1999

Posted by snotch at May 7, 2006 9:04 PM


崖からキ村を見おろすキ・ゴンパ

at インド タボ (Tabo) on 09/Oct/1999

Posted by snotch at May 16, 2006 7:30 PM



屋根上まで超満員のタボ( Tabo )行きバスは,朝9時まえにカザを出発.スピティ川( Spiti )沿いに,崖を削った一本道が続く.怪しく濁ったエメラルドグリーン色の水が奔流となって,時折白波をたてながら静かに流れている.
変化に乏しい道を数時間進んだところで突然バスが止まり,エンジン音がやむ.巨大な落石が道の真ん中に陣取っており,道の両側はどちらも崖なので,双方からやってきた車両が立ち往生している.人力では為す術無く,川の流れる音だけが,虚しく渓谷にこだましている.バスの乗客もやれやれといった表情で,落石の周りで井戸端会議を始めている.
よく訊くと,タボまではあと4,5kmとのこと.いつ応援の重機械がやってくるか全く知れないので,ピクニックと思って歩くことにした.

at インド タボ (Tabo) on 09/Oct/1999

Posted by snotch at May 20, 2006 12:52 AM

at インド タボ (Tabo) on 09/Oct/1999

Posted by snotch at May 20, 2006 12:53 AM

at インド タボ (Tabo, India) on 09/Oct/1999

Posted by snotch at May 23, 2006 12:48 AM

バスを降りて小一時間ほど歩くと,切り立った崖に挟まれていた空が突然広がり,目の前の視界が大きく開ける.どうやらタボの村に到着したようだ. 何をするにせよ地形による制約が大きいためか,人為の及んでいる範囲がはっきりと目に見てとれる.五感で村の境界を感じられるという点で,歩いて村に入るというのはなかなか面白い.村の中心へ向かうにつれポプラなどの緑が増え,今まで道沿いに流れていた河の飛沫の音が遠のいてゆくからなのか,まだ村人に遭遇したわけでもないのに妙に安心を誘う.

at インド タボ (Tabo, India) on 09/Oct/1999

Posted by snotch at July 20, 2006 12:50 AM

india tabo village

Sunset at Tabo village

at インド タボ (Tabo, India) on 09/Oct/1999

Posted by snotch at July 21, 2006 12:05 AM

Air view of Tabo village

Air view of Tabo village

at インド タボ (Tabo, India) on 09/Oct/1999

Posted by snotch at July 22, 2006 12:21 AM

Tabo Gompa

Tabo Gompa

at Tabo, India on 09/Oct/1999

Posted by snotch at July 28, 2006 8:38 PM

tabo gompa
tabo gompa

 グゲ王国 (Guge) の大訳経僧リンチェン・サンポ (Rinchen Jangpo) が此処タボ・ゴンパ (Tabo gompa)を創建した年から数えると,今年はなんと1003年目.タボ・ゴンパは,これまでラダックで訪れてきたような,険しい岩山の頂部に白壁のお堂と僧坊が密集する形式のものとは全く異なり,九つの土色のお堂と,二十三のチョルテンがフラットな敷地に配置されている.お堂の大きさと形に関してはラダック式と大差ないが,壁の色と配置が変わっただけで,全く別種の施設かと見紛うほど印象が異なる.
 お堂外部の姿形はさして目を引かないが,真昼でも暗闇に近いお堂内部の空間と,その暗闇に浮かぶ数々の装飾にはタメ息がでる.

at Tabo, India on 10/Oct/1999

Posted by snotch at July 30, 2006 11:42 PM

at Tabo village, India
at Tabo village, india

at Tabo, India on 10/Oct/1999

Posted by snotch at August 3, 2006 12:49 AM

Air view of Tabo village in the morning, India

Air view of Tabo village in the morning

to Nako from Yangthang, India on 10/Oct/1999

Posted by snotch at August 5, 2006 12:20 AM

to Nako from Yangthang, India

 タボからさらに東へ,激しくうねる崖道をバスで半日行くと,ヤンタン (Yangthang) というトラックストップに到着する.中国との暫定国境までは10数キロ,もう目と鼻の距離だ.
 そもそもチベットは,東は現在の中国四川省,西はインドのラダック・ザンスカールにまで拡がる広大なエリアであるわけだが,現在はインドと中国の両国の領土に属している.この辺りは中国領チベットと直に接しており,西へ進めばダラムサラへと道が続くこともあって,夜な夜なチベット亡命者達が越境してくる地域なのかもしれないと想いを巡らせる.
 ここヤンタンから数キロのところにあるナコ(Nako)という村が,ひょっとするとインドの領土内にあって中国に最も近いところにあるチベット村の一つなのではないかと見当をつけ,いったいどんな場所なのか訪れてみたいと思った.
 ということで,ヤンタンのトラックストップのスイート(屋根つきの部屋)にチェックイン.荷物を降ろして,渇いた山のあぜ道をナコに向かって登り始めた.

to Nako from Yangthang, India on 10/Oct/1999

Posted by snotch at August 7, 2006 9:44 PM
 ナコに至るあぜ道を一時間半ほど登ると,小さな実を付けたリンゴの木がそこかしこに植えられていて,木々や岩の陰から人の気配を感ずるようになる.息を切らして黙々と斜面を登っていた折,ふと顔を上げると村の女の子が2人,こちらに向かってやってくる.もちろん言葉は通じないが,お互い挨拶をして一緒に遠くの山を眺めるという贅沢な時間が流れる.厳しい自然環境である故かもしれないが,人と人が出会うということはこんなにも有意義なことなのかと改めて実感した.

Nako girls, india

at Nako, India on 10/Oct/1999

Posted by snotch at August 9, 2006 9:00 PM

Nako village, India

Enter the village

at Nako, India on 10/Oct/1999

Posted by snotch at August 12, 2006 10:52 AM

Nako village, India

Nako, fossilized village

at Nako, India on 10/Oct/1999

Posted by snotch at August 17, 2006 8:30 PM
 ナコは,数百年前の村がすっかりそのまま化石になってしまったかのような村だ.畑の作物は全て刈り取られ,空の色を思いきり濃くしたような色の池の周囲に植えられたポプラは,見事な黄朽葉色に染まっている.もう冬の準備ができました,という静けさだ.

Nako village, India

at Nako, India on 10/Oct/1999

Posted by snotch at August 25, 2006 9:27 AM

Nako village, India

at Nako, India on 10/Oct/1999

Posted by snotch at August 27, 2006 10:30 AM

at Nako village, India
Nako village with water pool. Poplars have turned a brilliant yellow.

at Nako, India on 10/Oct/1999

Posted by snotch at August 28, 2006 8:30 PM

at Nako village, India

at Nako, India on 10/Oct/1999

Posted by snotch at August 30, 2006 11:30 PM

村の路地を散策してみる.地面にはふかふかの土が敷き詰められ,躰の両脇は黒い石垣で固められている.
時折,家畜のヌルい匂いが冷たい風にのって路地をぬける.
これはひょっとすると,路の触感を味わうということかも知れない.

at Nako village, India

at Nako, India on 10/Oct/1999

Posted by snotch at September 2, 2006 9:00 PM

at Nako village, india

at Nako, India on 10/Oct/1999

Posted by snotch at September 5, 2006 9:00 PM

at Nako village, india

お互い,未知の生命と遭遇したかのようだった

at Nako, India on 10/Oct/1999

Posted by snotch at October 3, 2006 12:10 AM

at Nako village, india

at Nako, India on 10/Oct/1999

Posted by snotch at October 5, 2006 1:13 AM

at Nako village, india
ナコ村の夕暮れ (dusk at nako village)

at Kalpa, India on 11/Oct/1999

Posted by snotch at October 7, 2006 12:35 AM
at Kalpa village, India
朝8時,ヤンタンのトラックストップを出発し,道中何事もなく,お昼時にレコンピオに到着する.しばらくぶりの町らしい雰囲気にわくわくしながらインドカレーを食し,くどすぎるほど甘ーいインド菓子を甘ーいチャイで流し込むのを楽しむ.バスがなかなか来そうもないので,カルパ村 (Kalpa village) へ行くトラックの荷台に乗せてもらう.風を切って山道を登り,カルパ村に到着したところで荷台から降りると,真正面で真っ先に自分を出迎えてくれたのは,キナールカイラス (Kinnaur Kailash) でした.
(この際どちらでも良いかもしれませんが,一応写真右側がキナールカイラスです)

at Kalpa, India on 11/Oct/1999

Posted by snotch at October 21, 2006 12:11 PM

Kinnaur Kailash at Kalpa village, India

Blood-red Kinnaur Kailash

at Kalpa, India on 12/Oct/1999

Posted by snotch at October 25, 2006 9:00 PM

at Kalpa village, India

松やヒマラヤ杉の黒々とした林のなかでフッと明るく開けた場所に,所々紅葉し始めた艶やかな広葉樹に囲まれた,スレート葺きの木造家屋.一昨日と昨日とで,岩石の世界から植物の世界へ駆け降りてきたのだなあと実感する.寒い場所の植物と,暖かい場所の植物がせめぎ合っているからなのか,聖山の麓にあるこの村は,微妙なバランスの上に成り立つ繊細な空気に包まれているように感じる.

at Kalpa, India on 12/Oct/1999

Posted by snotch at October 27, 2006 9:00 PM

at Kalpa village, India

Walking in Kalpa village.

at Kalpa, India on 12/Oct/1999

Posted by snotch at October 31, 2006 8:30 PM

at Kalpa village, India

Brothers in Kalpa village.

at Kalpa, India on 12/Oct/1999

Posted by snotch at November 4, 2006 3:03 AM

at Kalpa village, India
Kalpa village at the base of Kinnaur Kailash

at Kalpa, India on 12/Oct/1999

Posted by snotch at November 22, 2006 10:05 AM
 この村の成人した男子は,緑色のフェルト帽を装着することになっているようだ.カルパ村の中心部近くにあるヒンドゥ寺院の庭に,十人ばかりの男が世間話などをしながら座っていたので,その中で最も帽子が似合っている紳士を撮らせてもらった.濃緑色のフェルト帽は,ファッションとして非常に上品な造りとなっているが,おそらくは宗教的な意味合いもあるのだろう.シバの住む巨大な雪山に,常時見おろされているのだから,帽子を被りたくなるのも分かるような気がする.

Kalpa, India

at Kalpa, India on 12/Oct/1999

Posted by snotch at November 27, 2006 10:00 PM
 カルパ村の集落と周囲の森とのちょうど境界ともいえる場所に,尖り屋根の小さなお寺がある.日本でいうところの,鬼門を守る寺院のようなものだろうか.お寺のすぐ脇には,小さいながらも存在感のある門がポツンと構えられていて,村から山へと道が続く道はこの門をくぐっている.この村を出入りする人々は皆,曼荼羅を頭上に感じて門をくぐるらしい.

at Kalpa, India

--- Mandala at the boundary of Kalpa village ---

at Kalpa, India on 12/Oct/1999

Posted by snotch at November 30, 2006 1:09 AM
 カルパ村集落の中央にある寺院の軒下には,鈴棒のような形に彫った木製の何物かが,等間隔にぶら下がっている.安易に鳴らしたり引っ張ったりしてはいけない.石と木材を交互に積み重ねて組んである壁,丈夫そうな梁,野路板に重なるスレート板など,みるほどにディテールが作り込まれているのがわかる.

at Kalpa, India

at Kalpa, India on 12/Oct/1999

Posted by snotch at December 5, 2006 8:30 PM

- 寺の境内でプジャは未だかと待つ人々 -

at Kalpa, India

at Kalpa, India on 12/Oct/1999

Posted by snotch at December 7, 2006 7:30 PM

- The temple at the center of Kalpa, Narayan Nagini temple -

at Kalpa, India

at Kalpa, India on 12/Oct/1999

Posted by snotch at December 9, 2006 11:33 PM

どこか既視感のある入母屋.切り妻部分には,魔除けと思われるスレート片が幾つも吊られている.

at Kalpa, India

at Sangla, India on 13/Oct/1999

Posted by snotch at December 21, 2006 1:31 AM
 カルパ村からのマイクロバスは,レコンピオを経由してサトレジ河 (Sutlej river) の流れる谷まで一旦くだり,岩が頭上すれすれに覆い被さっているような崖際の道を乱暴に蛇行しながら,サトレジ渓谷の下流へと進んでゆく.崖道を数十分走ったところで,バスパ河 (Baspa river) の流れるサングラ渓谷 (Sangla valley) へと道を折れ,時折キナール・カイラスを左に仰ぎながら,ゆっくりとしたペースで渓谷を登ってゆく.バスの車窓は,日本の晩秋の昼下がりという風情で,この時期まだ暖かい日中の陽と紅葉した木々とが眠気を誘うのか,バスの乗客のほとんどが眠りにおちている.

 いつの間にか自分もしばらく眠っていたようで,バスを降りようと思っていたサングラ村 (Sangla village) をしばらく乗り過ごしたところで目が覚めた.乗り過ごしたおかげで,村に到着したときには既に日が暮れかけていたが,古都カムルー村 (Kamru) をちょっと見ておきたいと思って村の外れを散策してみた.遠目に見る丘上のカムルー村は,背後に急峻な岩山を聳えさせ,足回りにリンゴの果樹園を配し,この地方の古都らしく威風堂々としている.


at Sangla, India

at Kamru, India on 14/Oct/1999

Posted by snotch at January 5, 2007 8:20 AM

- The ancient town of Kamru -
at Kamru, India

at Kamru, India on 14/Oct/1999

Posted by snotch at January 10, 2007 10:00 PM

- Gateway to the ancient town -
at Kamru, India

at Kamru, India on 14/Oct/1999

Posted by snotch at January 19, 2007 3:50 AM

急な斜面に住宅が密生していて,ようやく余った空間を路地が走っている.超立体的な空間として造られた古代都市だ.
at Kamru, India
at Kamru, India

at Kamru, India on 14/Oct/1999

Posted by snotch at January 28, 2007 2:42 AM
 カムルーの王宮の前庭には,神聖なる匿名な空間が設置されている.円形の前庭の中央にあるお堂には,よく使い込まれたタブラーが紐に巻かれて吊されていて,祭りの日にはきっとこの場でプジャが行われるのだろう.
at Kamru, India at Kamru, India

at Kamru, India on 14/Oct/1999

Posted by snotch at January 31, 2007 11:55 PM

- The palace at Kamru -
Palace at Kamru, India

at Kamru, India on 14/Oct/1999

Posted by snotch at February 4, 2007 1:42 AM

- The bastide on the mount in the mountains -
at Kamru, India

at Sangla, India on 14/Oct/1999

Posted by snotch at February 21, 2007 12:45 AM

- Sangla village -
at Sangla, India
at Sangla, India

at Sangla, India on 14/Oct/1999

Posted by snotch at February 27, 2007 11:45 PM
 カムルーの丘を後にして,インドの秋風に吹かれながら元来た道を歩いて,サングラ村の中心部へ.カムルー村は,丘の頂上の宮殿を中心にして集落が形成されていたが,サングラ村のほうは,川へと落ち込む谷の斜面を覆うようにして集落が形成され,その谷のおヘソともいえる集落の核となる地点に,大きなヒンドゥー寺院が鎮座している.背後の山も,お寺の屋根も,フラクタルになっている.
at Sangla, India

at Sarahan, India on 15/Oct/1999

Posted by snotch at April 10, 2007 11:00 AM

- The carpenter renovating Bhimakali Temple -
Carpenter at Sarahan, India
at Sarahan, India

at Sarahan, India on 15/Oct/1999

Posted by snotch at April 19, 2007 8:23 AM
 はるか視界が霞むところまで山々が連なるのを見渡すことのできる、山の中腹に開かれた土地に、忽然とビーマカーリー寺院は建っている。渓谷の底の方は既に日が暮れかかり、青っぽい闇に覆われはじめているが、まわりに遮るものがない寺院周辺には、まだしばらく夕陽が差しこんでいて、渓谷の闇を背景にして境内が空中に浮遊しているかのよう。かつては、王様が夏のあいだに住む宮殿の機能も兼ねていたとか。ブロック石と木で組まれた塔の頂部から迫り出した頭でっかちの天守閣は、王の特等席だったに違いない。
Bhimakali Temple at Sarahan, India

at Delhi, India on 20/Oct/1999

Posted by snotch at April 24, 2007 8:23 AM
 前の晩にマナリを出発したバスは、早朝にデリーの北にあるバスターミナルに到着した。空気がねっとりとぬるい。眠い体にリュックを背負い、ターミナルに屯しているリキシャワーラーを避けながら、流しのリキシャを拾うべく少し離れた大通りへと急ぐ。あたりは見渡す限り朝靄(もや)に包まれていて、靄の奥に見える太陽は不気味な橙色をした月のように鈍く輝いている。リキシャの座席で風を受けながら玉石混淆のオールドデリーをぬうように走り抜けると、久々の下界の光景が次から次に飛び込んでくる。

at Delhi, India on 21/Oct/1999

Posted by snotch at April 27, 2007 8:30 PM

- Lotus temple (Bahá'í temple) -
Lotus temple at Delhi, India

at Delhi, India on 25/Oct/1999

Posted by snotch at June 10, 2007 8:28 PM
 パキスタンとバングラディシュのビザの取得をしたり、家族や友人に葉書を書いたり、中国で出会った旅人に再開しておしゃべりしたり、カルカッタ(コルカタ)行きの寝台特急列車の切符をとるのにインド人と根性比べをしたり、インドカレーやフルーツやマクドナルドの7ルピーのソフトクリームを堪能したりしていたら、あっという間にデリーでの数日が過ぎてしまった。崩しかけていた体調はいきおい復活して、何となくガンガー(ガンジス川)がベンガル湾に注ぐところを見に行ってみたかったのと、ダッカのイラン大使館では期間の長いイランビザが取得できるという情報があったのとで、とりあえずバングラディシュに行くことに決めた。

 インド平野部での地上の長距離移動は寝台列車が一番。バスという方法もあるけれど、ちょっと都会を離れると舗道の状態がいまいちだし、乗り心地と信頼性の点で断然鉄道に軍配が上がる。インド国産TATAのバスは趣があって好きだし、誇り高き職人気質の運転手のテクニックも素晴らしいけど、良い席が取れるかどうかは運次第だし、横になれないし、そもそもデリーとコルカタ(カルカッタ)を結ぶ路線が無いので何回乗り換えて何日かかるのかわからない。それはそれで面白いかもしれないけれど、そこまでバスにぞっこんではないので、デリー - コルカタ間の1446kmを約24時間で走るPOORVA Expressという寝台特急列車でコルカタへ向かうことにした。

 夕刻、寝袋とフィルムの詰まったバックパックを背負い、カメラ一式が入ったカメラバックを肩から掛けて、出発の30分ほど前にデリー駅に到着。インドで指定席のある列車に乗車する場合、大体出発の30分くらい前になると列車の各号車毎の搭乗者のリストがプラットホームの掲示板に張り出されるので、乗客は自分のチケットを照らし合わせてシート(ベッド)の位置を確認するようになっている。リストには、名前と性別、年齢が掲載されているので、自分の前後の人物の属性を見れば、これから自分が座るであろう座席の雰囲気が大まかに想像つく。チケットにも座席番号が書いてあるので改めてリストで確認することも無いのだけど、自分の周りにどんな人が座るのかっていうのはやっぱり気になる。 自分のシートの前後周辺を確認すると、前後3人くらいはツーリストと思われる外国人の名前が並んでいる。本当のところは分からないけど、外人は外人でかためておけば、少しでも列車内のトラブルが減るだろうというインド国鉄の配慮ではないかと勝手に想像しながら、列車が入ってくるのを待つ。

 出発の15分前、ゆっくりと列車がホームへと入ってきた。そもそも列車の大体が指定席だし、列車がまだ止まっていないというのに、気の早いインド人たちは、ステップに飛び乗ってドアをこじ開け、ひょいひょいと列車の中に吸い込まれていく。

 インドの寝台車の車内は、三人掛けのシートが向かい合わせになった空間が一つの単位となって半個室のようになっていて、その単位が廊下に沿って並んでいる。昼間のうちは、三段式ベッドの一番上は網棚代わりの荷物置き、中段のベッドは折り畳まれてシートの背もたれ、下段のベッドはシートの座面にとして機能しているが、夜になるとシートの背もたれを中段のベッドとして組み立てて、即席3段ベッドを作るシステムだ。隣の空間の同じ段で寝ている人の寝息がかからないように、向かい合わせシートの空間同士は天井までの壁で仕切られているので、大体四畳半くらいの大きさの個室といった雰囲気だ。ただし、廊下とは何の仕切りも無いので完全な個室とまではいかない。

 水とビスケットを購入して準備万端。いよいよ自分の座席へ到着すると、外国人だけのはずの空間に既にインド人が3人。他人の指定席を勝手に陣取ることはインドで普通に良くあることなので、そのときは特に気にしなかったけれど、振り返って思うに盗難劇は既に始まっていたんだな。

at Delhi, India on 25/Oct/1999

Posted by snotch at June 26, 2007 9:02 PM
 乗車時の混雑で車内の廊下はごった返しているので、とりあえず網棚代わりの上段ベッドにカメラバッグを置き、座席に座って股の間にバックパックを挟み、自分の身を引っ込めて混雑が収まるのを待つ。目の届かないところに放置してある荷物はいつ無くなってもおかしくない、というか実際すぐに無くなるので、車内の椅子やワイヤーに荷物をしっかりと固定して、鍵をかけておかなくてはならない。ましてや寝台列車なので、付近の人々が一晩中起きて自分の荷物を見ていてくれることもないわけで、よりいっそう気をつけるに越したことは無い。早速、座席下のワイヤーに持参のチェーンを絡め、そのチェーンをバックパックと絡めて南京錠で結合する。次に頭上のカメラバックをと立ち上がって手を伸ばしてみると、なんとカメラとレンズ一式が入ったバックがない!一体何が起こったのか瞬間的に察知したはずだが、まだ何かの間違いではないかという思いがどこかにあって、数秒の間、周囲を探している自分がいた。すぐに開き直って車外に駆け出し、顔を左右に振って目を凝らし、プラットフォーム上の人影と物影を走査するようして探すが、それらしいものは何も見つからない。絶対に見つかりっこ無いという絶望的な気持ちを抑えながら、それでもと一番近くの階段を駆け上がったが、広大なニューデリー駅のホーム群、駅周辺に広がる雑居ビルの群れ、そこら中のインド人の雑踏具合を、線路を跨ぐ歩道橋から一望したとき、さすがにあきらめた。

 あきらめた瞬間頭をよぎったのは、外国人旅行者しかいないはずの座席空間にいた三人のインド人だ。再びダッシュで車両の座席に戻った。三人のインド人は既にいない。そこで初めて全ての経過が一つに繋がった。列車に乗る前から全ては仕組まれていたというわけだ。座席に予め陣取っていた三人のインド人には任務があって、先ず標的(僕)の位置を確認して監視と誘導に優位な居場所を確保し、通路側の持ち去りやすい位置に僕の荷物を誘導し、荷物を持ち去るスキを監視して持ち去り役の人物に情報伝達することだったのだ。

 カメラバックを上段のベッドに置く際、いつもなら一番通路から遠い場所に置くか、それが出来なければ直ちに鍵をかけるのであるが、今回はそれをしなかった。それが彼らが導いた僕のスキだ。座席に着いた時点で既に、ビニール袋に包まれた小さな荷物が上段ベッドの中央付近に置いてあったのだが、僕がビニール袋の奥側にカメラバックを置こうとすると、突然隣のインド人が立ち上がってビニール袋を通路側に寄せようとする。インド人の体とビニール袋のおかげでバッグを奥にやることができない。後々から考えれば不自然極まりないこのインド人の行為にも関わらす、通路側は大混雑しているし、バックパックを担いでいて思うように身動きが取れないので、インド人とビニール袋を乗り越えてまでカメラバッグを上段ベッドの奥にやるのが「面倒臭い、後でいいや」と一瞬思った。都合の良いように自分が演じさせられることがあるということ、面倒くさいという一瞬の心境がスキへと繋がることを、強烈な形で思い知らされたのだった。

at Calcutta (Kolkata), India on 27/Oct/1999

Posted by snotch at August 7, 2007 3:07 PM

at Calcutta (Kolkata), India

 寝台ベッドの上で盗難劇の一部終始を回想しながら、いつのまにか眠りについたようで、スッキリ目が覚めると既に翌日の朝。列車はガンジス川を幾度か渡って平野をひたすら東に走り続ける。チャイを啜りながら無心に外の景色を眺めていると、少し黄色味がかった爽やかなグリーンの小麦畑のなかに、色とりどりのサリーをまとった女性の上半身が見え隠れして、川面に浮かぶ花びらのようにいつの間にか現れて消えていく。インド鉄道にしては優秀といえる定刻10分遅れ、なんとか日が暮れる前にカルカッタへ到着。

 カルカッタはインド第4の大都市だが、デリーに比べて幾分のんびりとしている。かつてはイギリス領インドの首都だったことが手伝い、当時の都市計画によるものと思われる大きな公園や街路樹、苔むした印英風コロニアル建築が、インドのなかでも独特な、何かしっとりとした雰囲気を生み出している。今(2007年)となっては、サイクル・リキシャ(足でこぐリキシャ)はいよいよオート・リキシャ(エンジンで動くリキシャ)に役割をとって代わられ、その数が激減したと伝え聞くが、この日記を記した1999年当時はまだまだサイクル・リキシャが全盛の時代で、リキシャ・ワーラーはリンリンベルを鳴らしながら全身でペダルをこぎ、石畳の上を縫うように走っていた。カルカッタのサイクル・リキシャの激減と同時に、なぜか野良牛の数も激減したらしく、真偽の定かでない様々な都市伝説をみみにする。一番有名なのは、デカン高原の中央部へと、島流しならぬ高原流しにされたとか。

 さて、バックパックにはまだ未使用の新鮮なフィルムが数十ロールほど詰まっていたので、カルカッタの主なカメラ屋を徘徊して中古品を物色していると、カメラを全部盗まれた後の若者の懐に優しく、ボディのプラスチックのペカペカ具合が斬新な、Vivitar S3000という聞いたこともない中古一眼レフが目の前に現れた。どこかで盗まれたものが巡って回ってきたのかもしれないなと想いながら、早速残り少ないT/Cをルピーに換金し、レンズとセットで購入。

at Bangaon, India on 28/Oct/1999

Posted by snotch at August 15, 2007 12:41 AM

- Railside life -

at Bangaon, India on 28/Oct/1999

at Haridaspur, India on 28/Oct/1999

Posted by snotch at August 22, 2007 7:47 AM

at Haridaspur, India on 28/Oct/1999

 カルカッタからバングラディシュ国境近くの街ハリダスプル(Haridaspur)へと向かう午後のローカル列車では、空になった巨大な魚籠を背もたれにして、カルカッタの街で今日の商いを終えた漁師たちが、緩んだ顔で口を開けて眠り惚けている。ハリダスプルはカルカッタから小一時間ほど走ったところにある小さな街だが、ときおり路地の奥から生活の音が聞こえてくるくらい穏やかな雰囲気で、さっきまでのカルカッタの喧噪が嘘のようだ。国境までの数キロの道のりは、両の手をいっぱいに広げたよりも幹の直径が大きな巨木並木が延々と続く。

at Jessore, Bangladesh on 29/Oct/1999

Posted by snotch at September 11, 2007 11:32 PM
 初めて訪れる国の初夜は、やはり胸が小躍りするものだなとワクワクしつつ、一夜明けて、ジョショール(Jessore)の町は早朝からリクシャと車の音で賑やかだ。町を歩いてまず感じるのは、バングラデシュの人々の人なつこさと好奇の目。食堂に入ってテーブルへ着席しようものなら、あっというまに周囲に人だかりができ、遠巻きにして食堂の入り口付近にも、こちらを覗く好奇の目が幾つも連なる。
 会話なり握手なりしてみるとすぐにわかるが、彼/彼女らの人なつこさを裏付けるかのように、日本人の感覚からするとビックリするほど身体距離が近い。さっき合ったばかりなのに、写真のように首を傾げてベッタリとなる。相手が複数ともなると、状況のコントロールなど僕にはとうてい無理で、もはや写真を撮るというより、集団に撮らされるという感覚に近いものがある。ズリズリと横入りしてくる老人も元気一杯だ。

at Jessore, Bangladesh on 29/Oct/1999
at Jessore, Bangladesh on 29/Oct/1999

at Jessore, Bangladesh on 30/Oct/1999

Posted by snotch at October 8, 2007 10:08 AM
at Jessore, Bangladesh

 散歩をするにしても常に好奇の視線を投げかけられるので、こちらとしては完全に周囲のペースに飲み込まれてしまって、まったく落ち着く暇もない。彼らの好奇心が多分とても純粋なものであることがヒシヒシと伝わってくるので、物売りを避けるように無下な振る舞いで接することもできず、案外困る。

 バングラデシュでの街歩きに慣れないまま、深夜バスでダッカへ。インドのバスよりも遥かに乗り心地が良く、道沿いの街灯が飛ぶように後方へ流れていく。真夜中なので外の様子は推測するほかなかったが、どうやら途中でフェリーに乗船、一時間ほどかけて大きな河口を渡ったようだ。目が覚めると既にダッカ市内。空一面スモッグに覆われ、朝日で薄ピンク色に染まっている。


おまけ : 英語で話しかけてくるバングラデシュ人が言うこと
  • どこから来た?何しに来た?
  • バングラをどう思う?
  • ほとんどのバングラ人は、貧しくて、なまけ者だ。
  • がんばって勉強しても、良い仕事が無くて困っている。

at Dhaka, Bangladesh on 31/Oct/1999

Posted by snotch at October 19, 2007 8:31 AM

- Dhaka : Suhrawardi Park -
at Dhaka, Bangladesh on 31/Oct/1999