September 6, 2007

ホーストレッキング2(人物&技術編)<Khovsgol Lake, Mongolia>


さてホーストレッキング、昨日の風景編に続いて、その他もろもろ編です。
草原、山、湖の大自然を体感した以外に、実にいろいろなことを学ぶ日々でした。馬で移動しながら水のあるところで火をおこしてテントを張って、とやっていると、ほんの少しですが遊牧民たちの生活リズムや感覚が分かるような気がしてきました。

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(ご飯の様子。ガイド二人とぼくらでそれぞれ鍋で簡単な料理を作る。後ろの少年は、そばのゲルに住んでた子。ハイジみたいだった)

ぼくらは二人ともアウトドア経験が少ないため、テントのたて方も今回初めて知りました。初日、広い平原に何も考えずにテントをたてたら、夜中やたらと寒くなり、二人ともほとんど寝れなくなってしまいました。寝袋、ダウンはもちろん、そのたあらゆる防寒具を身に着けるも寒さは遠のかず、ただひたすら陽が照るのを震えながら待つ、という厳しい展開。朝見てみると、テントはパリパリに凍ってました......。まるで冷蔵庫の中に寝ていたような状態だったわけです。

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(凍ってしまったテント)

そのせいで二日目は、眠気と筋肉痛で、かなりハードに。ぼくは馬の上で何度か意識が遠のき、昼飯時にはぐったり。で、前日の夜を思い出すと夜が来るのが怖くなり、なんとかうまい方法はないかとずっと考えた挙句、野原に吹きさらしになっていたのがまずかったんだろうという結論に達し、この日は、周囲に風避けとなる木や崖があるような場所を選んで泊まることに。そしたらぐっとましになりました(素子はそれでも十分には寝られなかった様子......)。

また、キャンプしてて驚いたのは火の生命力の強さ。夜ご飯を作るために火をおこし、その後消えるわけですが、テントが凍ってしまうような寒い夜を越えても、まだその火種は生きているんです!朝起きて、前日におこした火の跡の上に木の枝を置き、丹念にふーふーと吹いていると、いつしか、煙が出だし......、ボッ~!、と燃え上がりました。もちろん、マッチなどなにもなしで。これにはギョウテン。モンゴルがすごい乾燥しているからなのかもしれませんが、モンゴルでは、山火事の火の残りがマイナス40度の数ヶ月の冬の間中、地中で眠って、夏にそれがまた発火することがあるというのを読みましたが、それを肌で実感しました。

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(極寒の夜を越えてから復活した火!)

それとあと、ちょっとでも水があれば、いつもそのそばにはゲルがあって、人が住んでいることに感動。初日も「あそこに水があるから泊まろう」ということになって、その水のところへ行ってみると、岩の間のほんの小さな水溜り。「えっ、これ?」と思ったのですが、そばのゲルにすむおばちゃんが上澄みを脇によけてうまい具合にきれいなところだけを掬います。「いや、こんな小さな湧き水を頼って住む場所を決めるのだから、すごいなあ」と感動してしまいました。二日目は、いけどもいけども水がなく、川は干上がっていたのですが、最後に地面がぬれてきて水がありそう、と分かると期待が膨らみ、その先に小さな小川が出てきたときには、まるで金脈でも掘り当てたようなうれしさでした(ま、ガイドはそこに川があることは当然知ってたんでしょうが(笑))。

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(初日に泊まった場所の水。下の写真の左側、岩の間の小さな空間にしか水はない。でも、これを頼りに数家族が近くで暮らしていた)

月並みですが、水と火のありがたみをつくづく実感。アウトドア派にとっては当たり前だろうことを初めて体験し、驚きと感激の連続でした。

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さて、上の写真は、トナカイ放牧のツァータンの家族。観光客に囲まれた彼らは、イメージとは異なり、お母さん以外はみな普通の服装。お母さんも、成金っぽい陽気な面白いおばちゃんで、ぼくがしているシルバーのバングルをみて「それはどこの国で買ったんだい?」そして、キセルをふかしながら「このキセルはねえ、ここに来た観光客が私にくれたんだよ」とニヤリ。すなわち「そのバングル私におくれ」ってことだろうなと解釈できました。欲の面の皮(ってあってますか?)の張ったおばちゃんだ、と言いたいところですが、ツァータンのイメージを一新させる新鮮な存在かも......?通訳によれば、他のツァータンたちは、ツーリストたち相手にビジネスを始めた彼らのことを嫌っているようだと言っていましたが、人生いろいろ、といったところでしょう。

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↑これは、最後の夜に泊めてくれた家族のゲル。商売で泊めているのですが、少しは家族の一員になった感じあり。手前のたらいに入っているのがヤクのヨーグルト。ヨーグルトの味にそれほどこだわりはないものの、かなり濃厚でフレッシュでおいしかったです。思わずおかわり。ヤクのthick creamも一緒に出てきて、これをパンに塗って砂糖をまぶして食べるのですが、非常にグッド。

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(少年がかき回しているのがヨーグルトを作る細長い樽)

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(ヤクの肉のおじやを作ってくれて、みんなで食べる)

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(家主のおばちゃん)

そして次はガイドの家。

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(初日に寄ったガイドの家)

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(食べているのは、羊のあらゆる内蔵を味付けしたもの。これを各自ナイフで適当に切って食べます。「うお、ちょーワイルド」という印象の食事風景でしたが、食べてみるとなかなかうまくて、いくつも食べてしまいました)

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(家の入り口に干してあった羊)

途中の町の宿で仲良くなったイスラエル人に、モンゴル人が羊を殺す様子を動画で撮ったものを見せてもらいました。確か二人で4本の足を押さえ、お腹を上向きに寝かせ、腹をさーっとナイフで切り、いきなりその中に腕を入れて、もぞもぞやって心臓をもぎ取っていました。羊はさすがにある程度もがいてはいたものの、その間一分ほどで、とくにひどく苦しむ様子もなく鬼籍入り。血は一滴も出ず。

馬はどうやって殺すのかと通訳に聞くと、「オノの刃の逆側で脳天を叩いて頭蓋骨をかち割るんだ」と言っていました。通訳の家族は、家族4人、そうやって一年に馬を1頭、ヤクを2頭、ヤギと羊をあわせて4,5頭殺して暮らしているとのこと。「馬もヤクも、あくまでも動物で、ペットではない。だから殺すことに何もためらいはない」と彼は言い切っていましたが、そう考えることができてこそ初めて遊牧民たちの生活は成り立つんだろうな、と感じました。

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(ぼくの隣が通訳で、素子の隣がガイド。通訳の英語も相当片言で、とてもいいやつそうだったガイドとちゃんと話せなかったのが残念。鍋、木製の鍋の持ち手、スプーンなどというほとんど応用の利かないモンゴル語を5日間でマスター)

ホーストレッキングはそんなところでおしまいです。

さて、今日の夜いよいよウランバートルを出ます。夜行列車でロシアとの国境の町スフバートルまで行き、そこでおそらく一泊してから、ロシアのイルクーツクへと向かいます。イルクーツクはおそらくもう西洋の世界。白人ワールドはオーストラリア以来で久しぶりなので、とても新鮮で楽しみです!

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(今日は国境の町スフバートルまで)

Posted by ykon at September 6, 2007 2:50 PM | パーマリンク | コメント (5) | トラックバック (0)

September 5, 2007

ホーストレッキング1(風景編?)<Khovsgol Lake, Mongolia>

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(標高2500m以上の山の上にも延々と平原が広がっているのがなんか幻想的でした)
都会UBに戻ってきてすでに6日も経ってしまい、すでに北部での経験が古きよき思い出みたいになりつつありますが、色あせないうちにホーストレッキングについて。

以前書いたようにもともとこの北部まで行った目的は、ロシアとの国境近くの山奥深くでトナカイを放牧するツァータンという少数民族に会いに行くためでした。が結論から言うと、残念ながらその目的は果たせずでした。一応トナカイをみるにはみたのですが......ま、詳しくは後述。

とにかく、自力でも行けるらしいからツアーをやめて列車とバスで現場そばの町まで行ったのですが(→ムルン、前回の地図参照)、実はウランバートルで事前にその区域へ入る許可証、パーミットを得ていないといけないことが発覚。つい最近まではその町でも取れたのに、最近それが厳しくなり、UBでないと取れなくなってしまったということでした。非常に残念でしたが、もうどうしようもなさそうだったので、湖のそばのホトガルまで行って、そこから5日間のホーストレッキングをすることに。ホトガルについて、そんな自分たちの経緯を話すと、「湖(ホフスグル湖)のそばにも、山を下りてきている数家族のツァータンがいるよ」とのこと。ツーリスト相手のビジネス目的で湖周辺に住んでるらしいものの、それでもいちおうトナカイの放牧をしながら生活しているようなので、とりあえず彼らに会うことを一つの目的としてトレッキングはスタート。

すべて書くと長くなるのでとりあえず今回は風景編。

5日間のうち前半3日は、平地からスタートしてずっと山登り。そして、3日目の午後に2900mほどの頂上について、それから湖を目指して下山、湖を南下してホトガルまで戻りました。途中の風景はこんな感じ。

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(初日にテントを張った場所。モンゴルらしい大草原、だけど、吹きさらしの場所はテントも寒さが厳しいことを実感)

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(2日目、平地からだんだん山へ)

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(こんな感じで、ゲルが点在)

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(3日目、2900mほどの頂上目指してずっと上昇。馬にも大変そうで、ブハブハ言っているが、そんな馬の腹を蹴り、ムチで叩いて走らすことに慣れてくる)

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(頂上到着!)

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(頂上から。遠くに雨降る様子が)

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(頂上から見た湖。これからあそこに向かって下山する)

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(下山はところどころ馬を引きながら。ぼくの馬は下りと水と岩場をビビリ気味で、下から紐を引っ張って先を急がそうとすると、こっちにごろりと倒れてきそうでヒヤヒヤ。...ってそんなヤワじゃないんだろうけど)

頂上を越えて、下山する途中から「そろそろ近くにツァータン(トナカイの人々)が出てきそうだ」ということになり、期待が高まりました。というのも、ツァータンは、ツーリスト目的で湖のそばにいるらしいとはいえ、トナカイによる放牧生活を続けてることは確かなので、そのために彼らも随時移動しているわけです。なので一応彼らを「探す」必要があり、そのためにガイドがひとり雨降る中、遠くまで探索に行ってくれました。2時間ほどしてガイドが戻ってくると、「かなり遠くにいるから、今日はここに泊まって明日会いに行こう」と。なんとなく、「おおー、それっぽいぞ」とうれしくなりました。しかし翌日(4日目)、峠のかなり危なそうな道を2時間ほど行った先に着いたツァータンの住む場所には、観光客の車が3台ほども......。そして多くの西洋人たちで賑わっていたのです。「あれ、3日間ハードなホーストレッキングでしかたどり着けないような場所にいるのではなかったのか??」と思うも、もう湖のそばまで下りてきていたので、実はそこは、逆に湖側から簡単に車でいける場所だったのです......。ちょーワイルドなツァータンたちを見たかったのでかなりがっかりでした。でも彼らも冬は山奥に戻り伝統的な生活をするわけであり、また厳しい冬を乗り越えるためにこうして新たな生き方を模索してきたわけなのだから、もちろん一つの生き様としては興味深いし、また、そんな彼らを、暢気に金かけて見に来ている自分たち観光客が何を言えた立場ではないというのもつくづく感じました。

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(右側にあるのがツァータンのテント)

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(ツァータンとの出会いは予想以上のツーリスティな雰囲気にがっかりも、トナカイはかわいい)

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(やっと着いた湖の畔。透明度が40mもあるらしく、翌日馬から見たこの湖は本当にきれいだったのですが、道が険しく写真を撮れず残念。。。)

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(湖の畔で泊めてもらった家(といっても、一応そのために余分のゲルを持ってる家族)のおばさんがヤクの乳搾り)

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(ぼくらもやらせてもらうが、なかなか難しい)

といったところで、すでに長くて全部読んでもらえなそうな気もするので(いつも読んでくださってる方、ありがとうございます!)、人との出会い編、トレッキングの技術編(?)は次回に。

今日、ロシアとの国境の町スフバートルまでの列車のチケットを購入。明日の夜出発します。その前になんとかもう一度アップしたいです。

Posted by ykon at September 5, 2007 6:50 PM | パーマリンク | コメント (7) | トラックバック (0)

September 1, 2007

ハードな移動を終え、再びウランバートルから<UlaanBaatar, Mongolia>

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(ホフスグル湖(Khovsgol lake)沿いでヤクの乳搾りをする女性)

ウランバートル(UB)から、モンゴル北部のホーストレッキングの日々を終えて、昨日またUBに戻ってきました。とにかく移動がハードで、それに尽きました。。。

20日にUBを発って、モンゴル北部の大きな湖、ホフスグル湖(Khovsgol lake)のほとりの町ホトガル(Khotgal)へ行って、そこから3000m近い山を登って下りるホーストレッキング5日間。それで昨日UBへ帰ってきました。ホーストレッキングはかなり素晴らしく貴重な体験でしたが、それについては次回書くとして、今回はハードだった移動について。
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(今回の移動経路)

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(UBからエルデネット行きの列車。発車(午後8時50分)直前)

行きは、ウランバートルからまずエルデネット(Erdenet)という町まで夜行列車で11時間、そしてエルデネットからすぐにロシア製の乗り合いバンで12時間でムルン(Moron)へ、ムルンで一泊してさらに3時間弱で、やっと湖のほとりの町ホトガル(Khotgal)到着。列車は快適だったのですが、バンが舗装されていない超悪路を延々と走るため、これが相当ハードでした。これを経なければならないと思うと、行く気をなくすほど。

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(エルデネットから12時間乗ったロシア製のバン「フルゴン(Furgon)」。悪路の長距離移動はほとんどこれかジープ(Russian Jeep)。パジェロやランクルもたまに見かける)

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(ハードな移動の間の昼食休憩。モンゴル人の子どもと仲良くなるも、なかなか話せず)

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(湖の畔の町ホトガル。人の気配がせず、ヤクや犬がたくさんいる。でも居心地はよかった)

で、4泊5日のホーストレッキング。詳細は次回。

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(誰もいない広大な風景の中を馬で進み続ける。中央にいるのが素子とガイド。ここはたぶん標高2700mぐらい)

ホーストレッキングが終わって丸一日ホトガルで休んだ後、帰りは、ホトガルから中継地点ムルンまでは、朝7時に出るバンで2時間ちょっと。ムルンで一泊と思ったのですが、朝9時に着いてまた一泊するのもちょっと馬鹿らしいので、そのまま一気にUBまで行ってしまおうと、UBまでいく車を探しに町へ。行きと同じ列車を使う方法でもよかったものの、列車に乗るにしても途中のエルデネットまではバン12時間、UBまではバン18時間ということだったので、それなら18時間で一気に、ということになりました。

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(帰りのUB行きのバンを探したムルンの町。このあたりで、「ウランバートルへ行く人を○人探しています」などという放送が次々に流れるので、車を見つけて値段交渉)

英語を話す宿屋のモンゴル人に助けてもらいながらムルンでは半日車探し。そしてやっと見つかり、覚悟を決めて乗り込んだものの、これが想像以上のハードさ。

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(やっぱり帰りもこのフルゴン。手前のがぼくらが乗ったもので、これに17人!)

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(バンのそばから)

舗装路など全体の1割もなく、山や川の中をガンガン進むこの移動、18時間のはずが、なんと23時間かかってしまいました!しかも、12人乗りのバンに17人乗っての超ギュウギュウ詰めで、足もちゃんと伸ばせず(もっと混むときは20人を超えるとか)。ムルンで出会ったイスラエル人はこの状態で50時間乗ったようで、さすがに「もうモンゴルはいい、、」って状態になってましたが、23時間でも相当厳しかったです。深夜2時すぎ川の中で車が動かなくなったり、急な山道でみな下ろされて真っ暗の中にわかトレッキングする羽目になったり。さらに驚きは運転手。二人いるはずが、ひとりしかいなく、小休止以外の休憩はなしでずっと運転しっぱなし......。

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(バンを降りて大きな川を歩いて渡る)
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(川を渡ったあとの小休止)

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(バンの中はこんな感じ。後ろから5人、5人、4人、3人と四列に乗る(運転手含む)。素子の膝に寄りかかって寝る少年)

でも、モンゴルの広大さやインフラの未整備さを実感するには最適な移動だったかもしれません。

一昨日の午後5時に出て、昨日午後4時にUB着。到着後、宿探しにまた苦戦しぐったりしたものの、最後にはとても快適な宿が見つかり、昨日はぐっすり。疲れもそこそこ取れました。これから数日はUBで、ロシアへの行程を決めたり、原稿を書いたり。だんだんロシアの影響も感じられるようになってきて、ロシアが楽しみになってきてます。

ホーストレッキングについては次回アップします。

●"LinkClub Newsletter"で不定期連載している「国境を往く」のPDF→タイービルマ編アジア通貨編も最近出ました。これからも国境ネタはしばらくつきなそうです。

Posted by ykon at September 1, 2007 5:04 PM | パーマリンク | コメント (10) | トラックバック (0)

August 20, 2007

今夜、出発!


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(ウランバートルにはこのような淡いピンクの建物が多いイメージ。ロシア風?晴れた空とのコントラストがきれいです)

ウランバートルもとりあえず今日で終わりになりました。

夜にトナカイの人たち目指して移動を始めます。前回書いたようにこちらで車などをチャーターして2週間などの日程を組んで行くつもりだったのですが、昨日、8年前に自力でそこまで行った昆明の友達からメールをもらい(えみちゃん、ありがとう!)、なんとかなりそうだったのでぼくらも自力で行くことに決めました。トナカイ遊牧民がいる一番そばの町まで列車と乗り合いジープなどで行って、そこから馬とガイドしてくれる人を探して山に入ります(現地のゲストハウスで馬などの手配をしてもらえるようです)。数日前までは、もう自分たちでは行きようもない気がしていたものの、よく調べてみるとそれなりに方法はあって、その方がずっと安く、日程も短くできそうです。今日の夜行列車で約11時間、翌朝到着する街からさらにジープか何かで10時間ほど、さらに車を乗り換えて4時間ほどとかなりハードですが、必要に応じて、どこかで泊まりながら進みます。


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(ウランバートル駅前)

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(モンゴル風焼きうどん。麺がきし麺風。ちょっとぱさぱさ)

以下は、例の国境で出会ったモンゴル人ブルネに連れて行ったもらったモンゴル料理のレストラン。なかなかいいレストランで、以下の料理に加え、さらに東欧風カレー、ビール、モンゴルミルクティ(塩味)などをたのんで1人400円程度だったのでやはり安いです。

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(「バンタン」というお粥風スープ。米の代わりに小麦粉の小さな塊が入ってた。二日酔いに効くらしいです。塩味でとてもおいしかった)

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(パイのような皮のしたに小龍包みたいなのが入ってるモンゴル料理。スープ餃子?)

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(「フーシュー」だったかな?モンゴル肉まんを焼いて薄く広げたもの)

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(定番のモンゴル肉まん。「ブーズ」という名は中国語の「包子(バオズ)」からでしょう)

友達に薦められて日本で買っていった「心臓を貫かれて(上・下)」(マイケル・ギルモア、村上春樹訳)を読み終えて(かなり面白かった!殺人罪で死刑になった男の弟(著者)が、「呪われた」自分の家族について描くディープなノンフィクション)、新たに読む本がなくなったので何かと交換したいものの、重いからと上巻だけ北京に置いていったのがちょっと間抜けでした。下巻だけだと、いくら「面白い!」と言ってみても、交換するのに説得力がないので......。

というわけで、ブログの更新も少し止まる可能性ありですが、またネット環境を見つけ次第更新します!

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(上巻は北京。さて、下巻はどこに落ち着くのか?)

Posted by ykon at August 20, 2007 1:42 PM | パーマリンク | コメント (4) | トラックバック (0)

August 18, 2007

ロシアビザと僻地訪問

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(こっちでも朝青龍が一面に。その隣に週刊誌の記事が。「朝青龍/いますぐマ(マに会いたい?)」 普通のことなんだろうと思いますが、路上の売店で見たらなんか新鮮でした)

ウランバートルも早くも4日目。国境とかだと一日一日あんなに違ったのに、いまは毎日事務的な作業で終わってしまってます。主にやっていることは、モンゴルの奥地への旅の準備と、ロシアビザ取得準備。

ずっと苦戦していたロシアビザはウランバートルで比較的簡単に取れることが判明!直接ロシア大使館に行ったら、すべてモンゴル語(かロシア語?)で、英語が一言も書いてなく、全くどうしていいか分からずあきらめようとしたのですが、宿のオーナーに聞いたら、お金払えばある旅行代理店で簡単にやってくれるとのこと。その代理店に行ってみると、確かにその通りでした。ただ、3週間滞在できるビザで100ドルとなかなか高めなのですが、ここまでいろいろやってできなかったので、1万円ちょっとでやってくれるなら安いものだと、そこに頼むことに決めました。なのでモンゴルの次は北上してロシアに入ることになりそうです。ロシアを東へ移動して、その後再び南下して中国の黒竜江省へ戻り、そこから一気に列車で中国西部のウイグル自治区まで行くつもりです。変なコースになりますが、同じ道を戻る必要がなさそうなのでうれしいです。

それから、もう一つの作業がモンゴル奥地への旅の準備。もともと、いつも通りバスや列車を乗り継いで自分たちで動きたいように動こうと思っていたものの、モンゴルではそれはほとんど不可能なことが分かってきました。モンゴルには計49000キロほどの道があるものの、そのうち1700キロしか舗装されていないらしく(05年の情報ですが)、実際長距離バスなどの公共交通機関はほとんど走っていません。列車もまたしかりです。なので、奥地に行こうとすると、ちょっとお金はかかるものの、グループを組んでウランバートルからジープかバンなどのタフな4WDをチャーターして行くというツアーしか方法はないようです。

さて、ぼくらが行こうとしているのは、モンゴル北部の大きな湖のそばの山奥に住むトナカイ放牧をする少数民族の人たちのところ。ロシアとの国境のそばをトナカイとともに移動してクマなどの肉を食べて暮らすという、モンゴルでも数百人しかいないらしい人たちで、話を聞いて二人とも相当惹かれました。でも、かなり僻地のためウランバートルからは片道ジープで3日ほど、それから馬で山奥を2,3日もいかなければならないというハードな行程(遊牧民なため、馬に乗って彼らを探さないといけないわけです)。もちろん政府にもそれなりに保護されているところなので、彼らの生活は壊さないように、少人数でそっとお邪魔するという感じになります。山奥なので夏でも寒く、準備も大変です。それをツアー会社に、専門のガイドやドライバーとともにオーガナイズしてもらうとすると、さすがになかなかお金がかかるわけです。いまは、そのお金を安くするべく、一緒に行く人を数人探しています。カフェに張り紙をして、行きたい人を募集中。そしてツアー会社にも、どうやったらもっとも安くできるかを交渉中というわけです。出発は火曜の予定。

それに加えて、いくつか原稿を書いたりしているうちに、ウランバートルでの日々は上海みたいに過ぎていっています。

食べ物、単調です......。
あ、でも今日、国境で助けてもらったモンゴル人のブルネと再会しお勧めのモンゴル料理屋に連れて行ってもらって、初めてそれっぽくておいしいモンゴル料理を食べられました。

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(雰囲気が伝わるか分かりませんが、ウランバートルはこんな感じ)

Posted by ykon at August 18, 2007 7:42 PM | パーマリンク | コメント (7) | トラックバック (0)

August 16, 2007

国境でのまさかの大足止めの2日間<ULAANBAATAR, MONGOLIA>

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(昨日と同じ地図ですが、一応再掲)

今日は、ウランバートル2日目。ロシアの影響が建築物などにかなり見られる感じで、こじんまりとしながらも、なかなか雰囲気のあるいい街並です。人々も上海に比べておしゃれなイメージ。快適そうなカフェも多いし、しばらくのんびりしてもいいかも?と思わせてくれます。

さて、このウランバートルに着くまでーー。

<12日>

この日、国境の中国側の町・二連浩特を発つときは、「1時間ぐらいでさっさと国境を越えて、モンゴルに入ったらすぐにバスか列車か飛行機か何かを探して、さっとゴビ砂漠まで行こう。で、ゴビ砂漠から車でウランバートルまで北上だ」なんてのんきなことを考えていました。が、国境を越えたら、そんなことが全く不可能なことが分かりました。

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(国境まで来て、歩いて渡れないこと判明)

まず、午前10時すぎに国境に着き、北朝鮮の要領で歩いて渡ろうとしたら車でないとダメだと言われ、軽く足止め。そこで乗せてくれる車を探すも、よくみると、どの車も猛烈に人と荷物が押し込まれていました。みな、同様に車を探して国境を越えているわけです。1時間ぐらい車が見つからなかった挙句、やっと大型バスに乗せてもらって国境越え。そこまではそれなりにスムーズ。

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(中国側で国境越えを待つ車の列。どれも人と荷物がすし詰め状態)

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(バスに乗って国境のゲートを越える。バスを一度下りて、ここで中国の出国審査)

国境で一緒になったポーランド人、オーストラリア人、日本人とぼくらとあわせて5人でモンゴル入りを果たしたときはすでに2時。ポ人とオージーは問題なくウランバートル行きのチケットを手に入れたものの、ぼくらはバスでの移動を考えていたためうろうろしてみたものの、バスなどないらしいことがわかり、またそこらへんの車に途中の町まで乗せてもらうことを頼んでも、高すぎて無理。で、じゃあ、列車で行くか、と思って遅ればせながら列車のチケットを買いに行ったら、なんと売り切れ。明日の朝7時に売り出すのでそこに並べといわれてしまいました。一泊するしかないことが判明......。

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(モンゴル側、ザミーン・ウドの駅。写真の二人、ポーランド人とオージーはこのまま列車でウランバートルへ......)

全くなにもなさげな町でちょっと離れるとまるで砂漠のようだったし、当然のことながら全く言葉は通じないし、文字も読めず、しかも疲労困憊で、いやあこれは参ったなと、かなりがっくりきたものの、もうどうしようもないので宿探しを始めるも、なぜかどこもいっぱいで部屋がない......。これはもしかするとモンゴル初日から野宿か??というところまで来ましたが、ま、そこは最終的にはなんとかなるもので、うろうろを続けたら、駅から7キロ離れたところにツーリストキャンプなるものがあることが分かり、そこのゲル(モンゴル式のテントのような住居)でなら泊まれるとのことで、車でそこへ。

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(正面のグレーのバンでキャンプへ向かう。駅からちょっと離れるとすぐに砂だらけの世界。そしてまたすぐに草原が広がる)

駅からちょっと離れたらほんとに砂だらけで、町といっても、砂の中に現地の人たちが住むゲルがたくさんという風景。しかもさらに離れると今度はもうずーーーと草原。そして草原の中に突然現れたツーリストゲル地帯でぼくらはモンゴル初日の夜をむかえることに。水も満足にない場所でしたが、夕日はきれいで、とても広大なモンゴルらしい風景が楽しめたので、明日チケットが取れるのであれば、ま、こういう展開も悪くないなと......。もうそのときには、ゴビ砂漠を経てウランバートルへ、などという軽い気持ちはなくなり、とにかく、ウランバートルまで一気に行ってしまおう!と決めていました。そして明日7時前に駅に行くべく、早々と寝ましたーー。

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(ツーリストキャンプのゲル。モンゴル初日からゲルになるとは予想外)

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(ぼくらが泊まったゲルの中。ツーリスト用になっているのかもしれませんが、雰囲気はチベットのテントと似た感じ。中にベッド三つ)

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(夕日もなかなか)

<13日>

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(早朝、チケットを求めて駅に並ぶ。朝7時前)

ゲルの中でいろんな虫にさされながらも(なぜかゆうきのみ。いまも苦しんでます^^;)、朝5時半に起き、前日からいろいろと助けてくれた英語を話す親切なモンゴル人が付いてきてくれるとのことで、一緒に6時半に宿を発ち、駅へ。着くとすでに行列が出来ていたものの、特に何も心配せずに列に並び、チケット売り場へ。建物の中に入ると、みなとにかく前へ行きたがるため、列が乱れ、すると驚いたことに、スタンガンを持った警官が、「バリバリッ、バリバリッ」とそれで威嚇し、叫びながら列からはみ出ようとする連中を注意。口論も絶えず騒然とした雰囲気に、「モンゴル人、ワイルドだなー」と思ったり「将棋倒しになったらマジでやばいな」と考えたり。でも、今日チケットが手に入ることを疑っていないので、基本的にはそんな様子を楽しんで見ているわけです。

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(チケット売り場ビル内。下から上に向かって並ぶ。この階段の途中で抜かそうとする人に警官がスタンガンで威嚇し、騒然とした雰囲気に)

だんだん列が進んで、カウンターが近づくにつれて、一緒に来てくれたモンゴル人が、「いま放送で、『○○行きのチケットは売り切れた』って」などと不吉な情報を随時教えてくれるように。そして、だんだん雑然としてきて、最後は列も何もなくなり、完全に中国的われ先に状態になったとき「ウランバートル行きもすべて終わったって......」と彼。明日また買いにこなきゃならないことに。......全く予想だにしてない展開に、かなりショック。仕方ないので、もしかしたらあるかもしれない、という淡い噂があるウランバートル行きのバスを探すため、そのモンゴル人に手伝ってもらいバス停に行くと、バスは一台もおらず、地面はやはり砂漠のよう。こりゃだめだとあきらめました。

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(ほとんどのチケットが売り切れ、最後に窓口に人が群がっている様子。こうなっちゃうとぼくらはもうどうすることもできず......)

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(モンゴル人はなぜかこんな芋虫競争のようにつめて並んでいた。まるで少しでも窓口に近づけば順番が早く回ってくるだろうと願っているかのように。または、割り込み防止かも?)

じゃ、もう一泊か!?でも、もう一泊してみたところで何も進展はしてないのです。このまま無限ループに入ってしまうのではないか......。先には進めないし、中国に戻ることもできない、完全にアリ地獄にはまってしまったような気分でした。しかもそのときはまだ午前11時ごろ。今日もまだ丸一日ある!

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(チケットが取れなかったあと、わずかな望みをたくしてバスを探しに行くも、なんとバス停はこのありさま。バスの姿なし!素子と話しているのがずっとぼくらを助けてくれたモンゴル人のブルネ。奥はもう一人の日本人旅行者)

駅で二人で呆然としながら、日陰で座っていると、西洋人の女の子たちに助けを求められました。聞くと、彼女たち(3人)はウランバートルから来たものの、中国へ国境を越える前にこの駅でちょっと列車を下りてトイレに行き、戻ろうとしたら、なぜか列車に乗車を拒否され、列車がそのまま行ってしまったのだとのこと。そして列車の中には他の友達が。

彼女が「3時間後に中国側の町から北京行きのバスに乗ることになっているのに、どうすればいいの??」と泣き出してしまったので、まあまあまあと、手助けをすることに。自分たちは中国語が話せるから何かできることがあるかもしれないと、一緒に必要な情報を聞き出し、彼女たちを中国側まで乗せてくれる車を探して、心配そうに国境へ向かう彼女たちを見送りました。ああ、彼女たちは自分たちよりも大変だな、と正直ちょっと気持ちが和らいでしまいましたが(笑)、それもいかがなものかという気がしますね......。

そんなこんなでこの日も過ぎつつあったのですが、最後に思いがけなく日本語を話すモンゴル人夫婦が登場。彼らが親身になってぼくらを助けてくれ、最終的には彼らの助けで駅長さんへじきじき直訴状(?)を出して、明日はぜーーーったいにチケットが取れるように取り計らってもらえるようにお願いしました。それを終えてちょっとほっとし、また夜はツーリストキャンプのゲルへ。

疲労がすごかったし、シャワーも有料なのでやめて、体を拭いて早々(9時ごろ)に就寝。が、素子が3時ごろお腹の不調を訴えたため、真っ暗闇の中、草原の離れた場所にあるトイレへ。ぼくも一緒にそこまでついていき、素子はなんとかましに。でももし体調が回復しなかったら、明日チケットが取れたとしても出発できないかもしれず、そしたらもうモンゴルはあきらめて中国へ戻ってゆっくり休もうかとも思ったり。しかし、その夜みた星空はかなりきれいでした。満天の星の中に天の川がきれいに見え、とても低い位置にあった北斗七星とオリオン座が印象的でした。流れ星も5分足らずの間に5つほど見え、そのうち一つは「シューッ!」と音が聞こえそうなほど、太く長くきれいな残像(?)を残し、感激しました。

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<14日>

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(今日こそは!と意気込む2度目の朝)

さて、朝のチケット取りのリベンジ戦開始。素子は体調回復を目指して休養する中、ぼくがまた6時半に宿を出て駅へ。一応予約してあり、8時にくればいいといわれたものの、決して安心はできず、早めに駅へ。昨日と同じように並び、なんとか昨日ぼくらの交渉の仲介をしてくれた女性職員のもとへたどり着くと、パスポートとお金を受け取ってくれて「下で待ってなさい」と。同じ状況に見舞われていたもう1人の日本人とともに、言われたとおりに、下で待ち、たまに様子を見に行き、あれこれ心配しつつも、2時間ほど待たされた後に、ついにチケットを取得!感激はひとしお、手元にあったクッキーで祝いました。キャンプに戻ると素子は体調をだいぶ回復させていたので、昼ごろにキャンプを出て、あとは駅で17:50までのんびりと出発待ち。

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(これが念願のチケット!)

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(発車前の列車。左に見える建物が駅舎)

でもちょっとびっくりだったのは、その日国境を越えてきたばかりの西洋人数人が、なんとその日中にちゃんとチケットをゲットして同じ列車に乗っていたこと!え?なんで!?って気分でした。結局ぼくらは非常に運が悪かっただけで、普通は何事もなくその場でチケットを取れるのかもしれません(>ナガオさん そうですか?)。

ま、いずれにしても、ぼくらにとってザミーン・ウドは、抜け出すことのできないアリ地獄のような町でした。

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ザミーン・ウドでいろいろと助けてくれた英語のうまいモンゴル人は、ウランバートルの食品会社の輸入業務担当の人物だったのですが、かれによると、モンゴルの大きな問題の一つは、輸入した商品を国境から都市まで運ぶ交通手段が不足していることで、ときに、モンゴルへと国境を越えてから中央まで移動する手段を確保するのに、2,3年かかることもあるとか(聞き間違えかも?)!いずれにしても自分たちが国境で身動きできなくなったのも、そんな状況と似ているような気もしたし、また、朝から長い列に並んで、数少ないチケットを争奪するというのは、ソ連が崩壊したあとのロシアの物資不足の状況についてテレビで見た映像とだぶりました。というわけで、これも一つの貴重なモンゴル体験だったように思います。モンゴルには強いロシアの影を感じます。

さて、かなり長くなってしまいましたが、ウランバートルまでの列車の旅は、窓が壊れて閉まらないコンパートメントで砂嵐に襲われ、砂まみれになりながらの16時間。ハードなことも多いですが、でもモンゴルって感じで充実してます。

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(列車からの風景はずっとこんな。頻繁にゲルや動物が見える)

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(たまたま同じ部屋になった日本語を話すモンゴル人ガイドの女性と。この部屋が夜砂まみれ。口の中にも砂......)

ここで、ロシアのビザも取れるかもしれないらしく(宿の主人によれば、ウランバートルでは、ちょっと高いけど金さえ払えば面倒な書類は何もいらない!とのこと。ちゃんと確かめないと分かりませんが)、取れれば、北へ向かってロシアへ抜けます。またその前に、モンゴルの奥地へと足を運ぼうとも考えています。

ウランバートルの写真はまた次回!

Posted by ykon at August 16, 2007 5:51 PM | パーマリンク | コメント (4)

August 15, 2007

今日ウランバートル着<UlaanBaatar, Mongolia>

今朝の列車で首都・ウランバートルに着きました!
中国からモンゴルへ国境を越えて、ゴビ砂漠を経て、バスなどでウランバートルへ……などと考えていたものの、全くそれどころではありませんでした。なんと、国境を越えてから、次の町に移動しようにも、列車のチケットは売り切れ、バスはなし、ヒッチハイクは高すぎ、と八方ふさがりになり、国境のモンゴル側で、チケットを取るために2泊もするはめに。2日目は、朝5時半におきて列車のチケットを買いに行ったものの1時間半以上待った挙句自分たちの番のちょっと前ですべて売り切れ。。。しかも、ホテルはどこもいっぱいで、初日はほんとにどうなることかと、なかなか精神的にもハードな日々でした(笑)。まさにアリ地獄のような国境でした。いい出会いなどもありましたが。とりあえず詳細&写真は、明日あたりにアップします!

下が、北京からの行程地図です。さっき作りました。

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(北京、大同、二連、ザミーン・ウドにすべて2泊ずつ。)

今日は洗濯&シャワーですっきりし、モンゴルの情報集めをしています。ウランバートルは、こじんまりとした町な印象です。食事が数日相当偏ったので、いま、野菜を食べられるところを探してます。

Posted by ykon at August 15, 2007 6:45 PM | パーマリンク | コメント (4) | トラックバック (0)