October 30, 2009

さて、大学生の反応は<Kyoto, Japan>

火曜日、27日に大谷大学で学生向けに話をさせていただく機会をもらいました。

「人文情報学概論1」という1年生向けの講義の一環で行なわれ、「人文情報学講演会」と題されたその場には、大きな教室におそらく100人以上の学生が来てくれました。もともとそれくらいの人が授業を取っていることと、さらにそれ以外の人も参加可だったから、ということなのですが。

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(こんな感じ。ゆるやかな階段教室で。今回、声をかけていただいた大学の先生に撮っていただいたもの)

講義内容からして、メディアや情報技術を仕事や生活に活かす例として、旅しながらライターをするという方法について話すのがいいかなとも思いつつ、担当の先生からは、「学生に刺激を与えるような話で、内容はおまかせします」とおっしゃっていただいたので、大学生のモチベーションを上げられるようにと、自分の大学時代から、旅、ライター、海外で金を稼ぐ方法、大学時代にやっておくといいと思うことなどを、写真をたくさん使いながら、自分なりに話しました。

くだんのぼくのオーストラリア「ストーカー」ネタで、まずはつかんでおこうと、最初の方で、その話へと流れを持っていって、意気揚々と話したところ、、、反応は予想以上に薄かったです。。。。微かに失笑が聞こえたか聞こえてないかといったところ。自分の話し方的にもくだけきれずで、非常に中途半端になってしまったせいもあったと思います。

まあ、そのネタがうけなかったのはいいにしても、思っていた以上にテーマ全体にまるで興味なさそうな学生も少なくなく、それに少なからず動揺し、そのうちにメンタルの弱いぼくは、あれあれあれ、と思いながら、全体的にテンションが上がらず、パンチに欠けた煮え切らないトークに終始してしまいました。楽しんでくれた人も少なからずいたようだったので、話した甲斐はあったと思えたのですが、学生を十分にひきつけられず、力不足を非常に感じてしまいました。

やはり授業の一環だったために、みながみな聞きたくてきているわけではないというのを当たり前と考えなければならないわけですが、しかし、そういう状態で90分話し続けるというのは、いささかハードなものがありました。でも、期待しすぎ、というか、大学の授業ってあんなもんだったな、という気もします。いずれにしても、大学の先生って大変だな、と改めて実感。少人数のゼミとかだったらそんなことないのだろうけど。

と、ガタガタいいつつも、大学生に自分の経験を話して何かしら感じてくれている人がいるのを知って、とてもうれしかったです。この機会を与えてもらってよかったです。

そのほか、「ドヘンタイ」といわれるほうが、無反応よりはいいなあーと、若干Mな自分も発見したり、といった一日でした。そして帰宅後、激しく疲労。

Posted by ykon at October 30, 2009 2:13 PM | パーマリンク | コメント (4) | トラックバック (0)

October 19, 2009

中学生に、自分の恋愛話をしたところ<Kyoto, Japan>

今日、塾で中1に、余談として12年前のぼくのオーストラリアでの恋愛話をしたら、それなりにウケてくれていたものの、激しく、しかもホンキで引かれてしまったようです。

メール、電話、手紙、ファックスでのキャンベラ・東京間の熱くウザい攻防(いや、「防」はなく「攻」だけだったな)、さらに、オーストラリアへの10日間隔の2度の説得旅行は、中学生には刺激的すぎた感ありです。「ストーカー気味だった」と、自虐ネタ的に披露したのですが、それが真に受けられてしまったのか、女生徒から、

「イメージダウン」
「ド変態」

という厳しい評価をほしいままにしてしまいました。「先生、その話しない方がよかった」という意見も、「何いってんだ、笑ってくれよ!」と自分本位にならずに、真摯に受け止めた方がよさそうです。厳粛に受け止めつつも、今後のネタ作りの肥やしとします。

しかも、最後のところをなぜかはしょってしまって、「ストーカー気味で、オーストラリアから追い返されるように帰ったよ」のあと、「その彼女がいまの妻でね」と話してしまい、そしたら、みんな、
「え、なんで?どういう流れで、その人が妻になるの?嫌われてたんでしょ?」と、疑問が殺到。さらにみなを混乱に陥れてしまいました。

このネタは前にブログにも書きましたが、詳細は、『遊牧夫婦』のこの回の後半にもあります。

来週、京都のある大学で、大学生対象の講演会をやらせていただくことになっています。まずは、このネタで笑いを取って・・・、と計画中ですが、さて、どんな反応になるのか、ちょっとドキドキです。

Posted by ykon at October 19, 2009 11:11 PM | パーマリンク | コメント (7) | トラックバック (0)

October 12, 2009

15年ぶりの運動会<Kyoto, Japan>

前の前の土曜日、モトコの父から電話で、「明日、運動会のリレーにでてくれんか?」といわれて、急遽、「運動会」に出場することになりました。

なんの運動会かといえば、小学校の学区ごとにあるという町対抗の運動会。「何々町」という町ごとにチームとなって、大人から子どもまでが混ざって行なわれるものです。

モトコの実家のある南一条町チームでは、100m×5のリレーのメンバーが一人足りないのででてくれないか、とのことでした。リレーは、第1走者から第5走者まで、順に、小学生、女性、中学~29歳、30代、40代以上、という区分が決まっていて、南一条町チームは、「中学~29歳」の枠で走る人がいないので、少々年はオーバーしているものの、なんとかがんばって走ってくれ、という展開になったわけです。

それほど気合の入った運動会ではなさそうだったし、走ること自体は特にいやではなかったのですが、膝のじん帯が大学時代に1つ切れたままで、油断すると膝がずれたりしてしまうことがあるのが心配のたね。でも、まあ走れる範囲でやってみようということで参加しました。場所は小学校の校庭で、トラック1周が100mという、あれです。

運動会なんて高校時代ぶりだから、それこそ15年とかやってないわけですが、久々のあの、理屈なしの陽気な雰囲気にうれしく興奮。

高校のバスケ時代で肉離れがクセになっていたモモの裏も気になり、入念なアップをして臨んだものの、一緒に走るのは、現役でサッカーでもやってそうな高校生と中学生(1レース3組対抗)。きっと彼らには「このオッサン、20代じゃねーだろ?」などと思われていたのではないかと推測しますが、その通りで、ぼくは目標を「怪我しないこと」に定めて、オヤジの走りをあますところなく披露してしまいました。

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ただ、ぼくらのチームの第1走者の小学生は、確か3年生だったかの女の子だったため、同じく第1走者だった他のチームの5,6年らしきお兄さん、お姉さんにとてもかなわず、すでに大きく差をつけられていたので、第3走者のぼくは、速い中高生の間で遅さが目立つということもなく、のんびりと走らせてもらいました。

モトコは、「思ったよりもどんくさかった」と笑っていましたが、余計なお世話です。遅いなりに、久々のレースの雰囲気にちょっと燃えました。途中で、この校庭を必死に走ってる自分がおかしくなって、走りながら笑ってしまいましたが。

その日は仕事があったので、それだけ出場してすぐに帰るつもりだったのですが、午後に綱引きがあることを知ると、面白そうで、今度は頼まれてもいないのに志願して参加。ぼくは、一番デカいということで、ツナの最後部を引くしんがりみたいな役に。奮闘したものの、これも負け。しかも、見守っていてくれてモトコの家族によれば、ぼくだけ、妙にハッスルしてたようで。。。

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(後ろのヘルメットがぼく。力が全然効果的に伝達されてなく、綱引きはテクの研究が大事だなと実感)

そしてぼくはその日から、3、4日、激しい筋肉痛の日々に。。。

しかし、燃えました。悔しかったです。

東京では、こんな町内の運動会の存在など聞いたこともなかったので、とても新鮮なイベントでした。10月のこの時期、京都ではどこの町内でも運動会が行なわれているようで、昨日は、うちの近所を歩いたら、細い道の何ヶ所かで、ガレージを開放して運動会の打ち上げの準備をしていました。塾の生徒に聞いても、結構な数の子が、「毎年参加してるよ!」と言っていて、その意外な地域の結びつきにびっくり。いやあ、こういうのがずっと続いているというのは、やっぱりいいなあと思いました。ちなみに、マンションの人間は誘われないのか、ぼくらの住む地区では、運動会の誘いはきませんでしたが。

来年は、綱引き必ず勝ちたいです。

Posted by ykon at October 12, 2009 1:17 AM | パーマリンク | コメント (2) | トラックバック (0)

October 2, 2009

生まれた月と、暮らす町<Kyoto, Japan>

2005年、雲南省の昆明に住んでいたころ、誕生日の話になると会う人会う人ほとんど早生まれなことに気付き、あれ??っと思うようになりました。なんか不自然に早生まれが多いぞ、と。

そしてこれが、たまたま身近だった数人に限らなかったのです。2006年に上海に移ってからも、前に昆明に住んでいたという人に会うと、これがなんと8~9割ぐらいの確率(そんな印象)で早生まれなんです。その辺から勝手にぼくが言い出したのが

<昆明早生まれ説>。

そしてこないだ、昆明でSalvador'sという昆明が誇るナイスなカフェを経営する日本人女性、尚子さんと、3年半ぶりに京都で会って、そんな話をしていたのですが、尚子さんが昆明に戻って、周囲の日本人に聞いてみると、これがまたまたほとんど早生まれだったといううれしい報告が入りました。

すでに言われていることだろうとは思いますが、年度のどの時期に生まれるかって、幼稚園や小学校時代の人格形成に結構影響ありそうですよね。小中学校のころ、なんかリーダー的な子って4,5月の生まれの人が多いよなって、漠然と思っていたのですが、やっぱりそれって偶然じゃないっていうか、たとえば小学校低学年とか幼稚園時代とか、4月生まれと3月生まれでは、人生の長さに大きく差が出る時期には、どうしても4月生まれの人が引っ張っていく感じになるんじゃないかなって想像できます。で、それがその後の人間関係、人格形成に影響するんだろうな、と。

そんなわけで、何月生まれであるかで、タイプが違ってくるというのは、非常にありうることだろうと思っています(星占いの、星座による性格の違いがあるとすれば、星の位置より、そのことに関係あるじゃないかなとも、個人的には思ったり)。

だから、人生の選び方にも、何月生まれかっていうことが少なからず関係しているのではないか、と。だから、住む都市の選び方にも。。

と考えたもとでの、昆明早生まれ説。

上海や北京ではなく、雲南省の昆明に住もうという人は、どちらかといえば、メインストリームをバリッといくタイプの人ではなくて(たぶん、ぼくらも)、なんとなくちょっと脇道が好きというか、そんなタイプが多かったような。実際、上海で会う日本人とは概してタイプが違うとは感じました。

そんなわけで、生まれる月で住む場所も変わってくる、というのはありそうで、これは他の都市・国でもちょっと調査してみると面白いかななんて勝手に思っています。日本国内だと、日本人にとっては、自分の好みより他の要因の方が住む場所に影響しそうなので、そんな相関関係は薄そうですが。

って、このこと、前にも書いたような気がしてきた・・・。

ちなみに、モトコは1月生まれで、ぼくは7月。

Posted by ykon at October 2, 2009 9:07 PM | パーマリンク | コメント (4) | トラックバック (0)