(セベロバイカルスクから濃い青線の列車移動を経てハバロフスクへ。Tyndaから南へ下ったあとは、メインのシベリア鉄道路線)
昨日、最後の目的地ハバロフスク(Khabarovsk)に着きました!
後半は、鉄道2泊、町2泊、といった日々の連続で、疲労もかなりたまってきました。最後の鉄道の旅を終えて19日の朝7時ごろにハバロフスクに着くと、なぜかどこもホテルがいっぱいで、疲労の中の宿探しに一苦労。しかも全然安宿がないようで、1万円弱のホテルに泊まらざるを得ず。。でも、そうとなれば、それはそれであきらめもつき、最後のロシア、とても快適に過ごせています。
(ハバロフスク。教会や古い建物が並ぶ、とてもきれいな街。写真のアムール川が流れ、それを南下するとすぐ中国)
ハバロフスクはとても居心地のいい街!とにかく、会う人会う人みな親切なことにびっくり。あるホテルに行くと部屋がいっぱいでそこから他のホテルに電話しようとすると、そのホテルのレセプションの女性が他のホテルへの電話をかわりにかけてくれたり、バスに乗ると乗客がみなどこで降りるべきかを教えてくれるし、いまもネットカフェの場所が分からないで困ってるとこに、たまたま近くにいたビジネスマンがネットカフェまで案内してくれて通訳までしてくれたり......。とにかくハバロフスクは人の印象がよくて、しかも街もきれいで居心地がよく、二人ともとても気に入っています。
ロシアは、ブログのアップが覚束なくなったセベロバイカルスク(Severobaikalsk)あたりから度々親切な人に助けられ、最終的にはとてもいい印象で出国できそうです。
以下、セベロバイカルスク以降アップできなかった写真の一部。
<Severobaikalsk>(バイカル湖畔の町)
(外国人がとても珍しいらしく、次々に握手を求められたり、写真を撮ってくれと頼まれたり)
(ここで大きかったのが、街の英語の先生Vladimirとの出会い。ガイドブック(Lonely Planet)に名前が出ていたので家まで訪ねてみると、とても流暢な英語で親切に助けてくれた。で、「ぼくの授業に出て、生徒たちと話さないか?」と言われ、喜んで参加した英語の授業。みな15歳)
(その夜、Vladimirが、友達の女性(素子の隣)の50歳の誕生日パーティに一緒に出ないかと誘ってくれ参加。思わぬ展開でローカルな世界に入れて楽しいひととき。ウォッカを6,7杯小さなグラスで一気させられた......)
(ホームスティさせてもらった家)
(家のお父さんが、庭のラズベリーを摘んでくれる。ちょーおいしい!シベリアは果物・野菜がいっぱい)
(1泊しただけなのに、しかも言葉も通じないのに、家のお母さんとはとても親しくなれたような気がして、別れもちょっと辛いほどに......)
<列車の中>
列車で結局6泊(かな?)。ロシア滞在のほぼ半分が列車の中。ロシアの大きさを実感できましたが、最後はかなりきつくなりました......。
(途中の景色はずーーーっとこんな。まさにタイガ)
(こんな感じでほぼ一日中寝てるか読書か)
(それなりに出会いも。でも酔っ払いが相当面倒)
(レスリングチームで試合のためにハバロフスクへ向かう少年たち)
(途中停車駅で降りて休む)
(駅の外に出て食糧を調達)
(前回ブログアップしたTyndaの駅。この駅の休憩室で一泊。)
<今日の朝ハバロフスクで>
(体育の授業を公園でうけていた子どもたちが、ぼくらを見るとみな授業をやめて駆け寄ってきた。日本に旅行で行ったという子が2,3人もいて、ぼくらのロシア語より語彙豊富な日本語を話すのでびっくり。学校まで遊びにきて!とみなに言われて、とても行きたかったものの、隣で無視され、馬鹿にされ、学級崩壊目前っぽい老人先生がしょげていたので申し訳なくて、バイバイしました)
明日朝、ハバロフスクから船でアムール川を下り、中国へ戻ります(たった1時間半ほどの船なのに6000円も!)。
久々の中国が楽しみだったり、ロシアが名残惜しかったり。
前回のSeverobaikalskからまた1500キロぐらい東のTyndaという小さな町に昨日着きました。まさにシベリアまっただなかという感じですが、気候はまだ穏やかで比較的過ごしやすいです。真冬になるとマイナス60度近くなるとも聞いてびっくり!なので、こっちではマイナス20度ぐらいだと、そんなに寒くない、という話も?!とにかく、列車からの風景はずーーーっと針葉樹林続きで、タイガを実感してます。今日の夜1時にまた、ハバロフスクへの30時間の列車にのり、これでいよいよ列車も最後。ハバロフスクから船で中国へと国境を越えるので、ロシアもまさに最後です。
物価の高さもあって、駆け抜けるように移動ばかりの日々でしたが、バイカル湖畔のSeverobaikalskでは、出会いもたくさんあり、思わぬ大充実の2日間でした。その写真をアップしたいと思いつつ、写真をとりこむアダプターが手元になく、アップできず。。。またハバロフスクでアップします。
昨日の夜は、駅の時間制休憩室でのあわただしい夜。今夜から2泊また列車の中であわただしそう。しかも天井の低くて狭い、通路側の残りベッド(しかも二段ベッドの上二つ)しか確保できず、明日からどうやってご飯を食べようかいま、検討中です。
kinou yotei douri Lake Baikal kitagawa no Severobaikalsk ni tsukimashita.Koko ha Irkutsk soba no Listvyanka toha chigatte tourist mo mattaku inasouna inaka no machi.
Soviet jidai wo omowaseru mukitekina shu-gou ju-taku ga narandemasuga, Lake Baikal he aruite sugu de, totemo kankyou no ii machi desu.demo, sonna inakani kitemo subetega takakute sorosoro Russia wo denaito to omotteimasu.
Asu niha futatabi densha de sarani higashi no Tynda he mukaimasu.Tynda mo chiisasou nanode, tugi chanto up dekirunoha Khabarovsk kana?
deha.
(ありがちですが、バイカル湖の夕日)
昨日イルクーツクから一泊でバイカル湖畔へ。イルクーツクから60キロほど行ったところにあるListvyankaという湖畔の小さな村まで乗り合いバンで1時間。システムはモンゴルと同じように人が集まったら発車という感じだったのに、道はきれいだし、ギュウギュウ詰めにもならない快適な移動で、新鮮でした。いまのところロシアの印象は全くの先進国。
(Listvyanka。ぼくらが泊まったのこの奥の方)
(村の家にはそれぞれ庭にこんな感じできれいに花が植えてある。村はとてもいい雰囲気だったけど、人の姿はかなり少なかった印象)
Listvyankaは、バイカル湖を訪れるツーリストで栄えた場所のようで、ホテルやカフェがいっぱい。実はそこからさらに船でもっと村らしい村へ行くつもりだったのですが、船の時間が合わず、そして言葉の限界も感じて、Listvyankaに泊まることに。それでもListvyankaで、いきなりどこかの家庭を訪問してそこに泊めてもらおうと考えていて、泊めてくれそうな家を探して村を散策。でも、「こんにちは、ありがとう、英語話せますか」+数字少々のロシア語じゃやはりそう簡単にはいかず、それも断念。結局、一応"homestay"と名のついた民家風ゲストハウスに泊まることに。それはそれで快適でしたが。
(泊まった民家風ゲストハウス。ちょっとは"homestay"気分だったので、家のおばさんに連れられて玄関で若い男二人に会うと、息子さんかな?と思ってロシア語で挨拶してみる。でも、流暢な英語で返事が帰ってきたので、あれ?と思って聞いてみるとイギリス人旅行者だった。しかも、結局朝までその女性以外の家族とは顔をあわせず。なんのこっちゃ)
バイカル湖は、世界最深(1637m)であることで知られる湖。旅していると、中学時代に地理で覚えた知識が目の前に現れるのが結構うれしいことの一つだったりしますが、バイカル湖もその一つ。すでに勝手に親しみを持ってました。でも、透明度40mというのはほんとかな?と思っちゃうぐらい普通の海みたいな感じ。これから列車で33時間かけて、バイカル湖の北端の町に行くのですが、そこでもう一度みてみます。
帰りにミュージアムに寄って、バイカル湖だけにしかいない淡水アザラシの姿をみて(小さな魚雷みたいな動きがかわいかった!)、また乗り合いバンでイルクーツクへ。
(魚雷のような淡水アザラシ。顔が人面魚みたいで独特だったけど、動きがかわいくて好感度大)
イルクーツクに着いてからは、今日の夜の列車の食糧を買うためにまた大きなマーケットへ。クッキー類やパン類がとても豊富な印象。ピロシキはやはりどこにでもあります(中身はジャガイモのものや肉のものなどいろいろ。一つ40円ほど)。買出し以上に、ぼくは、マーケット内のカウンターでの立ち食いランチがうれしい。生ビール(大コップ)、グリルチキン(300gほど)、パン(チョコ&ポピーシード)を食べて全部で400円ほど。
(マーケットで野菜を売る、村から出てきた風なおばあちゃんたち)
(ソーセージ屋さん)
列車は夜10時半ごろ発。まず大きく北西へ移動し、途中から東向きに(地図参照)。Severobaikalskで降ります。
ロシア、居心地いいけど、あまりフレンドリーな雰囲気がない印象。都会的なせいか、ロシア人の気質か、もうちょっとみてみたいです。人の写真もかなり撮りづらい雰囲気。ま、それは日本でも同じかな。
(濃い青のルートが今日から33時間の道のり。Tayshetからさらに西にMoscowまで延びるのがシベリア鉄道のメインルート。ぼくらが乗るそこから東行きの鉄道はBAM(Baikal-Amur Mainline)と呼ばれる線で、東は日本海まで達します。とりあえずSeverobaikalskで数泊の予定)
(市場で花売るおばさんたち)
(ロシア正教の教会)
今日2回目の更新。今日は一日イルクーツクの町を歩いていました。
日曜のせいかあまり人もいなく(日本とは逆?)、天気はいいのに静か。でも、街なかを流れ、バイカル湖へとつながるアンガラ川(Angara)の川べりには、愛をささやきあうカップルが多数でロマンチックな休日の雰囲気が。ロシア正教の古い教会に入ると、厳粛な空気が流れ、これもまたムードあり。
そのあと、マーケットまで徒歩&トラムに乗って行き、ロシア人とともに夕食の買い物(ご飯代も何もかも高いので、晩御飯は宿で自炊)。外には花、屋内にはクッキー、パンから、野菜、肉、魚類まで豊富に揃う。途中でちょっとパンやスモークした魚や生ビールをスタンドでいただくと、これはとても安くておいしい。生ビールも大きなカップで80円ほど!物価は高くとも、ここにいればお腹いっぱい幸せに一日を過ごせそう。
(今日泊まってる6人部屋。カップルということでぼくらが当てられたのは右奥の二人用ソファベッド。これで二人で4000円!)
明日、バイカル湖畔の町に一泊して、明後日の夜はまた列車の中。今度の列車は30時間以上で2泊の予定。さて、その間にどれだけロシア語が身につくかな?
(アンガラ川)
(いまいるのがイルクーツク(Irkutsk)。昨日列車に乗ったのがモンゴルのスフバートル(Sukhbaatar))
今日の朝8時ごろ(現地時間、日本時間と同じ)、イルクーツクに着きました!7日夜、ウランバートルから9時間ほどで国境の町スフバートル。一泊して8日朝にイルクーツク行き列車(いわゆるシベリア鉄道の一部)に乗りました。国境を越え、ロシア側に入ると、職員はいきなりみな白人!おお、ロシアだーとなかなか興奮しました。モンゴルから国境を越えても、列車から見える家の雰囲気は貧しげな木の小屋といったものが多く、ここにみな白人が住んでいるというのはとても新鮮な感じがしました。国境を越えた最初の駅ナウシキ(Naushki)で食料がなくなったため、停車中に駅を出てそばの屋外マーケットに行くと、当然のことながらそこもみな白人世界。とにかく、モンゴルから陸続きで、風景も家もほとんど同じなのに突然みなアジア人から白人になるというのが不思議な感じでした。ま、そんなこんなで初めてのシベリア鉄道に乗って、国境から計20時間ほど(出入国審査などのための停車時間が5時間ぐらいはあった)でバイカル湖のそばのイルクーツクへ。ネットで予約メール(イルクーツクの宿はみなほぼ予約制らしい)を入れておいた宿(Downtown Hostel)にはすぐたどりつけて、予約は取れてなかったものの事情を説明するとベッドを確保してくれて、落ち着きました。でもいわゆるバックパッカー宿の6人部屋なのに、1人2000円!分かってはいたもののかなり高く、ロシアは駆け抜けないと厳しいかな、といったところ。
以下、写真はまずウランバートルから。
(これはウランバートルの孤児院。オーストラリア人が開いたもので、親がいないなどの140人ほどの子どもたちが暮らしている。ウランバートルはストリートチルドレン多数)
(モンゴル側国境の町スフバートル。ほとんど何もないといっていいこの町に泊まったのは、ここにシベリア抑留の果てに亡くなった日本人たちの墓地跡があるとのことだったから。町から1時間ほど歩いた先の丘の上に、黄色く光る観音様(?、上写真)と、「日本......」とモンゴル語で書かれた石のある墓地跡(下写真)。日蓮宗の人たちの立てた札とともに、山口県1945年11月11日、小林喜一さんという名の銀のプレートも。この国境地帯へ強い関心がわいてきます)
(スフバートルから列車に乗って、まだモンゴル側。)
(ロシア側に入ってすぐ。ロシア人らしき姿!)
(イルクーツクまでの列車で同じコンパートメントになったモンゴル相撲取りたち。全く言葉は通じないものの、とても面白い人たちで、写真を撮らせてというと、わざわざモンゴル相撲の(?)帽子をかぶってくれた。右のおじさんが、よくドラマなどにお父さん役で出てくる日本の俳優に非常によく似ていたものの名前が思い出せず......。誰だろう?)
(ロシア側国境の駅Naushkiの市場。ロシア人の世界が始まった)
(イルクーツク到着直前の朝日。今朝7時ごろ)
(列車を降りたところ。まさにロシア!)
イルクーツクは多分今日一泊だけで、明日はバイカル湖畔の小さな村に泊まる予定。そこからバイカル湖を船で北上し(バイカル湖はなんと南北650キロ!東京-京都ぐらい。船で12時間)......と思ったのですが、船がシーズン的にすでになくなってしまったため、また列車で22時間かけて、バイカル湖北端の町(Severobaikalsk、上地図参照)へ。そこから東へ向かう鉄道に乗る予定です。
ロシアはさっとみるだけ、となってしまいそうですが、つかの間の西洋世界を楽しみます。