(本文とは全く関係ありませんが、近くの踏み切り。電車が通るのはとてもまれで、通っていないときは、線路も道になっている。踏み切りは、鳴り出した数秒後に閉まり、そのときにはすでに電車がかなり近くに迫っている)
一昨日から風邪で寝込んでしまい、やっと今朝、ほどほどに回復しました。インドネシア・ラマレラ以来の風邪っぽい風邪でした。
さて、中国語学校も二週間を終えて、やっと全くのど素人ではなくなったかな、という感じですが、早くも二人の間では差が……。
素子は毎日かなりの時間を割いて予習復習に余念がない一方、ぼくは読んだり書いたりすることがあるからと、最小限の復習ぐらいしかしていないために、すでに目に見えて力に差が出ているような気がしてます。授業中、先生の言っていることがクラスでぼく一人だけ分かってないような雰囲気も頻発し、もうちょっと時間を割かないとまずいかなと感じています。
ところで、中国語を始めてみて、その簡単さと難しさという両面が少し見えてきています(まだほとんど分かってないので間違っているところもあるかと思いますが)。
まず簡単さは、日本語のように助詞がなく、また複雑な敬語もなく、単語も変形しないところ。たとえば、
「もう少しゆっくり話していただけませんか?」は
「請※説漫一点」 ※は<にんべん+「尓」>、「あなた」の意
で、
「ちん・にー・しょう・まん・いー・でぃえん」と読み(無理やりひらがなで書くと、ということです。ほんとはこれにさらに四声が加わります)、これは
「どうか・あなた・話す・ゆっくり・ちょっと」
と言葉を並べただけになるわけです。
また、
「テイクアウトはできますか?」は
「帯走可以※」 ※は<くちへん+馬>、疑問文の最後につく
で、
「だい・ぞう・くぅー・いー・ま?」と読み、これは
「テイクアウト・できる・疑問詞」というわけなのです。
こういった雰囲気で、かつ単語が日本人にはかなり覚えやすいために、語彙は簡単に増えていきます(似ているものはたとえば、「全部」は「ちぇん・ぶー」、「図書館」は「とぅー・しゅー・ぐあん」など)。
ただよく言われるように、中国語で難しいのは発音です。まず正確に発音するのが難しい。これは特に日本人にとって当てはまることのようです。
で、さらにその難しさに拍車をかけるのは、中国語の言葉が実に似た音ばかりで出来ているためだと思います。当たり前のことですが、中国語が、日本語でいう音読みだけで出来ている、ということを考えれば、なんとなく想像が付くかと思います。ちなみに、中国語には、四声といって、一つの音に対して音の高低によって四つの違う音が使われるので、ここでカタカナ表記が同じでも、読んだ場合に同じとは限りません。
まず、動詞がほとんど一音でできているような気がします。
たとえば、「洗う」は「洗(シー)」、「書く」は「写(シエー)」、「学ぶ」は「シュエ」、「読む」は「読(ドゥ)」、「食べる」は、「吃(チー)」
また、「チャン」や「チュアン」という音を含む言葉がやたらと多い。そしてそれを聞き分けるのが難しい。
たとえば、「市場」は「シーチャン」、「室長」も「シーチャン」、空港は「ジーチャン」(ちなみに、おじいさんは「イエイエ」、「ワイゴン」など)、「よく、頻繁には」は「常常、チャンチャン」、「長い」も「チャン」、「味わう」は「チャン」、ぼくの地元「成城」も中国語読みでは「チャンチャン」、「(服を)着る」は「チュアン」、ベッドも「床、チュアン」、「壁」は「チエン」、「千」も「チエン」、「お金」も「銭、チエン」、「前」も「チエン」……
という感じなわけです。もちろんカタカナで書くと同じになるだけで、それぞれ微妙にみな発音が違ったりするのですが(日本語で言えば「雲」と「蜘蛛」というような…ちょっと違いますが)、聞き分けるのはいまのところかなり難です。
というわけで、頑張ります。
雄生