こんにちは。
昨日ついに京都を出発し、今は予定通り沖縄・那覇にいます。那覇までは飛行機で来たのですが、ホテル・レンタカー付のとても安いチケットが見つかったので、とりあえず二日間は、快適ホテルと車ありの豪華な日々を過ごしています。
(日本では友達の結婚式に参加したり、楽しくすごしました)
今、再び旅を始めて二人ともが思っているのは、ちょっと一時帰国が長すぎたかなってことです。というのは、やっぱり日本での日々が快適で楽しかったため、再び日々転々とするバックパッカー生活に戻るのが少々大変なのです。ま、一週間もすればまた慣れると思うのですが。中国はもちろん楽しみにしてます。
沖縄は二人とも初めてです。昨日は早速、ぼくが5年前にインドで知り合った沖縄の友人たちと再会。今日は車でいろいろなところを巡りました。
(築280年という沖縄の伝統的な家屋を見たり)
(海を見たり)
(パイナップル?がころがっていた)
(くらげにさされたら酢を塗るといいみたいです)
(沖縄料理、タコライス。実際は何料理なんだろう?)
冬のせいか、それに車に乗っているせいか、しかも那覇が普通の都会なせいかあんまり沖縄にいるという気がしないのですが、でも今日、旧海軍司令部壕に行ってみて、月並みですが、日本唯一の地上戦を経ている場所という重さを感じさせられました。ここは沖縄戦での海軍司令部があった洞窟ですが、いよいよ日本の敗戦が色濃くなってからこの中で多くの軍人たちが自決しました。
(いたるところに菊の花が備えてありました)
(壕の中の通路)
(壕の中で手榴弾で自決したときにできた跡)
(司令官などが自決した司令室もそのまま残っている)
こういう場所が身近にあると戦争に対する考え方も必然的に変わってくるだろうし、そう考えると日本の中で沖縄の持つ重要性というのは、特別なものがあるようにも思ったりします。普天間の米軍基地の周りにも行きましたが、その存在を見ると、今も沖縄が戦争当時の歴史をそのまま背負っているのだろうなということを感じさせられます。
(普天間基地のそばにある沖縄国際大学の校舎。ここには去年、米軍のヘリが墜落したことで話題になりました。校舎の黒い跡とその手前の焼けた木が生々しい。)
とりあえず那覇にはあと二日います。
ではまた。
雄生&素子
素子ちゃん、ジュピターでお世話になった杉田です。
すごく久しぶりにHPを拝見しました。素子ちゃんが全然変わってないのがとても嬉しかったです。
これから台湾に行くのかな?またHPでの2人の旅の報告を楽しみにしています。くれぐれも体には気をつけて頑張ってね。
近藤さん、新しい年、新たな旅のスタートですね。
世界は再び混沌と不安の時代に突入した感がありますが、個人的には年明け早々休む間もなく仕事に追われ、ある意味では私にとってはありふれた生活が続いています。今年こそはどこかゆっくり旅に出たい! 歳は食ってもできるだけ視野を拡げ本質的なものを見失わないように生きていきたい。私もどこか静かな砂浜で潮風に吹かれながら、流れゆく「時」にまかせてボーとしていたいものです。
それまた現地レポート楽しみにしています。
沖縄満喫しているみたいですね。
お天気がよいと泳げるんではないですか。
海軍壕行かれましたか。
太田中将は
あの部屋から「沖縄県民かく戦えり」の電報を打電して
自決されました。
実際にあの壕が完全に降伏して米軍の管理下に入るまでに
6月23日のあとさらに2ヶ月を要したのです。
その間にも日米で死傷者が出た悲劇が続きます。
タコライスは金武町のキャンプハンセンの正門前の
千里パーラーが元祖です。
キンタコといわれて
あれでないと食べないという
ウチナーが多いのです。
考案者の社長もご健在だそうです。
さて・・・宿題のお店は見つかりましたかな?
Posted by: イシヅカ at January 19, 2005 5:19 PM