ヒュイの両親は、毎朝3時に起きる。5時に起きた私は寝坊スケらしい。
最後までお母さんは、私のことを心配して泣いてくれた。優しさは人から人へ溶け込んで行く気がする。優しさが溶け込みすぎて満タンになった私の心から、そうでない部分が溢れ出てどこかへ行ってしまった(・・と感じた)。
やっとカントーに着いた。
ヒュイとメコン大学で別れた後、揺りカゴみたいな四人掛けでバイクに引き摺られ、内二人が途中でバスに乗り換えると欠員の穴を埋めようと乗客探しに行ったドライバにさんざん待たされ、結局は別のバイクタクシーに乗せ替えさせられ、船でまた別のドライバに奪われ(しかしこの間お金のやりとりはほぼドライバからドライバ。恐ろしく安くついた)、日本からの取材頻繁と豪語するチェット氏に会わされ、延々自慢を聞かされ、その二時間ずっと待っていたドライバにやっと安宿へ連れて行ってもらい、クーロンからの道のりの泥はねを全身で受けた服とバックパックと靴とを全部洗い、昨日の半乾きの洗濯物と一緒に部屋中に干し、カントーの町を歩き、大量のドロ付きニンジン籠が次々到着する船着き場のパイプ椅子に腰掛け、やっと落ち着いた。
心は満タンだから、まあいい。ちょっと疲れたけど。
Posted by asummer | TrackBack