霧煙る鋸山へ。
俗人が知識無しに歴史芸術を堪能することは難しい。目が行くのは自然芸術や分かりやすい「数」の芸術(「お願い地蔵」が数万躰積み上げられているとか)ばかり。
「日本寺とはまたえらく図々しい名前つけたもんだな」と思っていたが、解説を読んで、それなりの図々しさは許される背景を持っていたのだと知った。
1300年前聖武天皇の勅命で行基によって建立されたお寺。良弁や空海も修行に訪れた「我が国でもまれにみる古道場」とある。大仏(薬師瑠璃光如来)の大きさは31m(東大寺の盧遮那仏は18m)で日本最大。大仏広場には、インドから贈られた、ブッダガヤの聖菩提樹の分木が植えられている。
結局歴史的財産って、それを価値とする人の心によってしか成り立たず、とすれば歴史なんて、どれを価値あるものとみなし、どれを後世に伝えるべきものとみなしたかという、人の心と行為の積み重ねに過ぎないんだなと思う。事実と真実は違うということだ。
・・・ブッダガヤの木、きちっと見とけばよかったな、と思ってしまう小さな自分がちと情けない。
Posted by asummer