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2004年04月16日

newark airport

一年半前にアメリカ経由でメキシコにいったが、この旅もまた、アメリカ経由となった。
トランジットは、ニューアーク国際空港。
5時間あまりのトランジット時間を何をして過ごそうかと、マンハッタンへ行くかと、
アムトラックステーションへ向ったのだが、
そこまでに、圧倒的なアメリカのハイウェイと駐車場に出会って、期待が薄れてしまったことと、
なんだか中途半端なのこり時間で、一体何処にいったよいのかも変わらなかったことと
そして、なにより、それまでの日本の生活がとても忙しくてあまり寝ていなかったことが
結局、空港に僕を留まらせた。
暇だった。
アイラブニューヨーク Tシャツを買いそうになったり、
マグカップを買いそうになったり、
美術品を買いそうになったり、
あまりに暇だと行動かおかしくなる。
かなり空港内の商品のラインナップについて、詳しくなってしまった。

     

2004年01月08日

セント・ポール教会

ただ、グランドゼロの敷地近く、セント・ポール教会は違っていた。
教会の敷地の周囲を囲っている柵には、一年立った時点でもなお、
メッセージを残していく人、花を置いてゆく人がいた。
それらが柵を覆って、幾重にもなっていた。
その雰囲気は心に伝わった。
実際に事件があったのだという事実と、その凄惨さを感じた。
あーニューヨークよ。
おー人類よ。

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2004年01月07日

ex-WTC

11 Sep,2001。
映画のようだったといわれれば、そう。
テロそのものだったといわれれば、そう。

夜遅く、くだらない用で友達に連絡を取ったとき、初めて知った。
テレビをつけてみろといわれ、画面にはビル炎上のシーンが流れていた。
ショッキングなニュースにおどろいた。
本当にこんなことが起こっているのかと。

人がばらばらと落ちてゆくのがみえた。
それでも臨場感を感じることはなかったというのが正直なところ。
ビルが解体爆破のように崩れていった。きれいに。

あれから一年後
現場に訪れても、その感じはかわらわなかった。
跡地はフェンスで区切られ、深く掘られていた。
凄惨な現場の光景は目にはもう入ってこなかった。
周りのビルの損傷ももはやあまり目に付かない。
おどろくほど、ぽっかりWTCの敷地だけに何もなかった。
漂流教室の学校跡ようにぽっかりだった。
多くの人がそこを訪れ、フェンスを覗き込んでいた。
みんな何を感じていたのだろうか。

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2004年01月06日

道。

2004年01月05日

芸術と建築のための店先

なんだかおかしな名前である。
店先・・・。
要は空間である。
設計はスティーブン・ホール
以前に紹介したサイモンズ・ホールの設計者でもある。
あまり奥行きはない、細長い小さな空間である。
そこにコンクリートの壁が回転し、内側にはガラスが張られており、
そこにゆがんだ人や町並みがうつる。
入りやすいのかはいりにくいのかよくわからない不思議な感じだった。
このスペースは不定期の開場なので、閉まってはいないかと心配したが、運良く、開いていた。
しかしこの壁を回転させて、歩道に出る部分に文句はないのだろうか?
法律的にはどうなのだろう?
この回転壁がこのスペースのすべてだが、どうもはっきりと面白さを感じない。
建築の動きと街のフレキシブルさや流動感というやつとの接点はこんなんじゃないという気がする。
なんとなくおもしろい、その方向性はとても理解できるが、やはり情報からリアルな物への落としというのは異常に難しいのだ。
現在の自分自身もそこにハマッテ、先へ進んでいない気がする。まずいな。

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2004年01月04日

レーマン・モウピン画廊

SOHOのあたり。
ブルータスカーサのニューヨーク特集ででていた建築なので行ってみた。
レムコールハース設計とのことだが、その記載の通り行ってみてもコールハースの設計とは分からない。

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2003年12月29日

フラットアイロンビル

ブロードウェイと5thアヴェニューの交差でできる三角の敷地に立つビル。

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2003年12月28日

エンパイアステイトビル

今では、ワールドトレイドセンターが崩壊し、皮肉にもニューヨーク一の高さを持つビルの座を奪回することになった。
エンパイアステイトビル。
雨フル夜、塔部は光をまとって、いまだその権威を示している。

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2003年12月23日

クライスラービル

いわずと知れたクライスラービル。
1930年竣工。
クライスラー社はもうこのビルには入っていない。
建築のことはアールデコの超有名建築であり、
それは鉱物的ファサードを擁し、けばけばしさ、ゴージャスさが感じられる。
そして世界一の高さをめざして建設され、一度は頭頂部の細工などにより、世界一の座に着いたが、
翌年のエンパイヤステイとビルの竣工により、その座を奪われることとなった。
なんともかるーい意地の張り合いのような、人間の本性を垣間見るような、
ただただ力に物言わせているという、争いしかメディアには見えてこない。
設計者の立場はどうだったのだろうと思う。
その悲しさゆえに、皮肉なそのときの流行であるアールデコをあえて、思い切り表現してしまったのではないか。
現代の感性ならば、そのように受け取れる。
もしくは、設計者ともども、本気で世界一の高さで、世界一かっこいいビルだと思いながら、設計したのだろうか。
しかし、設計者のアシスタントの気持ちを考えるなら、やはり世界一を目指してがんばったのであろう。
いろいろを含めて、そのときの話が受け継がれているわけだし、
いまだに、現代の使われ方、会社との関係などは聞かないことを思うと、建築冥利に尽きるともいえる。
建築家冥利ではないが・・・。
(NYで2位、世界で17位の高さ)

このビルのもともとのオーナーであった、クライスラー自動車にあまり関心がなかったが、
最近の統廃合など気になっていたので、その歴史を少し見てみた。
今は1998年の合併でダイムラー・クライスラー社のwebをどうぞ。
でもやはり気になるのはもはや、中国への参加である。
中国三大自動車メーカーは第一汽車東風汽車、上海汽車である。

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2003年12月07日

グランドセントラルターミナル

パンナムビルのすぐ南。
グランドセントラルターミナルがある。
1913年に竣工の駅である。
1999年にはリノヴェーションがおこなわれ、内部の修復が完了した。

マンハッタン島の確かに真中にあるのだが、個人的にはセントラルを感じることのないものだった。
確かに、人も沢山いて、ここからamtrakが全国各地に広がって行けるわけだが、
それよりも、遠いところは飛行機、近いところは地下鉄、金持ちは車という都市という印象が強い。
私自身も、地下鉄でこまごま移動していたので、中心という感じがしなかった。
ニューヨーク市民はどうなのかは知らないが・・・。
旅行者や訪問者が都市の玄関口として迎え入れられるターミナルが、
いまやその役目を空港にとって変わられ、
さらに、そこから実際に都市に入っていくのは地下鉄や車という、
なんとも正面性のない空間になってきた。
メキシコにいったときも、鉄道のほとんどが廃線となっていて、
その役目がバスにとって代わられている。
また地下鉄も何処の国も盛んに使われている。

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2003年12月06日

シーグラム・ビル

 

唯一ニューヨークにあるミース設計の建築。
この中にある、the four seasons hotelとbrasserie(レストラン)の内装をフィリップ・ジョンソンが設計。
この建築もパークアヴェニュー沿いにある。
1995年にはbrasserieのほうを Diller + Scofidioが改装している。
友人にもこのレストランによるべしといわれていたが、時間がなく、寄らなかった。
残念・・・。

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2003年12月05日

パンナム・ビル

未だ雨やまず。
摩天楼、スカイスクレイパー超高層ビルツアーの始まり。

まずは、ミッドタウン(midtown)のパークアヴェニュー(park.ave)から。
ここパークアヴェニューが二股に分かれるところに現メットライフ・ビル(MetLife bld.)がある。
以前は、パンナム・ビル(Pan am bld.)。
1981年に400万ドルで売却された。

マンハッタン島(Manhattan island)が南北に長いとして、このビルは東西に長く、
パークアヴェニューと直行する配置になっている。
形は八角形平面。
それとともにトップのビル名のロゴがとても印象的なビルだ。

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2003年12月01日

グッゲンハイム美術館

まず、グッゲンハイム美術館に行くことにした。
どうやら、グッゲンハイム美術館というのは世界に5館あるらしい。
もっとあるイメージだったが、その少なさに驚きだ。
ニューヨーク、ビルバオ、ベネチア、ベルリン、ラスヴェガス。
そして、ここニューヨークのそれは世界3大巨匠の一人フランクロイドライトの設計によるもの。
フランクロイドライトの建築っていうのは、初めての体験だから、楽しみだった。
こんなに大きな螺旋階段もはじめて。
この美術館螺旋階段が、順路をになっている。
とともに、縦方向に一気に空間を継ぐ、美術館のイメージとなる。
息苦しさとの調和的スペースにもなる。
一度はみんな覗き込む。
一度はみんな見上げる。

この建築は彼の晩年の作品である。
そして、コルビジェのラトゥーレット修道院の竣工年とも一致する。
人生の最後のほうで、自分だったら、どんな感じに生きているのだろう。

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2003年11月23日

NYC

さて、地下鉄を乗り継ぎ、住所を探り当て、無事に宿に着ついた。
なるべく宿代を抑えようとユースホステルを選んだ。
なかなかいい場所にあって、安かった。
もうベッドで落ち着きたかったが、
ボストンでの予想外の長い滞在のせいで、ニューヨークでの滞在時間はおのずと減ってしまった。
休んでいる暇はなかった。
まだ雨はやんでいない暗い午後をニューヨークの建築めぐりに費やすことにした。

2003年11月21日

チャイナタウン

チャイナタウンからチャイナタウンを結ぶこのバスの存在は驚くべきことかもしれない。
いわば、アメリカを通さずにアメリカの中の中国が結びついている証ととれるからだ。

これまで多くの国を訪れたが、大都市にはチャイナタウンというところはたいていある。
華僑人たちがつくったまちだ。

旅する黄色人といえば、日本人を筆頭に韓国人、香港人となってくるわけだけれど、
どれの民族も相当な大都市にしか集住していない。
それに反して、旅する中国人はほとんどいない。
みんなそこに定住している。
行く先々で中華流をあらわにして集住している。
そして、町ではチャイナタウンとして認識され、地図上にも現れてくる。

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