というわけで、コメント削除機能や時間変更について考えてみよう。
ちなみに今回の騒動とは関係ない内容になってしまった。
(1)コメントの削除機能
ハッキリいってこれはどっちでもいいのではないか。まぁblogの基本スタンスとしては、コメントをしあってそこから面白いものを生み出していく、というものであるので、やたらめったらに削除しまくるのはどうかとは思うが。まぁ中には誰のコメントも欲しくないと考える人もいるだろう。単なる煽りととられる発言を削除しなければならないときもあるかもしれない。とはいえMTのコメント機能はIPを自動的に記録するように設定されており、例え匿名であろうとも本人の特定は可能である。しかも特定のIPの侵入を禁止することも可能らしい。もしMTというツールが広まれば煽りや不適切なコメントというものが減り、必然的にコメントを削除する必要性が無くなっていくのではなかろうか。更にいえば、MTのauthorは他人のコメント内容を編集=書き換え可能である。それも非常に容易に。こうなってくると話は違ってくるのではないか。少なくとも「良識」を問われるのはコメント側じゃなくてauthor側になるだろう。
(2)時間変更機能
今回の草創期発言では年代の変更したのが問題になったらしい。なお初めにいっておくが、MTでは年だけでなく日付、時間も変更可能であり、私自身もよく時間変更は行っている。ではその利点は何か。
それは自分がポストしたい時間にポストできることであろう。簡単なようであるが、現実問題としてこれが一番難しい。自分では「今この話題をポストしよう」と思っても現実的に行うことは不可能である。また「今日中の内にポストしよう」と思っていてもいつものまにか12時をまわって翌日になっていることも良くある。MTでは時間を変更しauthor自身の時間軸にあった形でpublishすることが出来る。例えそれが過去であろうと、また未来であろうと。なお何も時間変更するために、上にあげた理由にとらわれる必要はない。authorがポストしたい時間にポストすればいい、単にそれだけの話である。
それにしても、いつ「前言は取り消せない」などというルールが出来たのであろうか。少なくともこのルールには「紙」という書き換え不可能に近いメディアが大きく影響している。じゃあwebはどうだ。いつでも更新可能、好きなときにupできる。
過去に放った言説に縛られて時宜に合った正しい選択ができなくなるような羽目に陥る事態から脱却して、言説の海を自在に渡っていくことでより時代にマッチした言論活動が行えるのかもしれない。
さすがにここまでは言えないが、個人的には「そういうこともできれば」とは思う。まぁ本人は皮肉で書いたのかもしれないが、現時点で既存の時間軸をぶっ壊して言論活動できるメディアっていうのはwebしか考えられないのだから。
とまぁグダグダ語ってきたが、最終的には「面白きゃあ、それでいい」のだろう。
その点ではオレのblogはまだまだやね。スマソ。
BY h.katou @ 2002年11月20日 20:12 | TrackBackささきゅーさん。
コメント有難うございました。
私自身まだまだ足りない部分があると思いますが、できるだけこのコメント機能を用いて、前言を補完しつつ様々な議論を繰り広げていければと思います。
なお右の下のほうに「powerd」という部分に「howtoblog」という項目があると思いますが、ここにはインストール方法が載せられています。
よろしければ試してみてください。
今後はできるだけblogの良さといったものを自分なりにアピールしていければ、と思います。
Posted by: h.katou on 2002年11月22日 17:53レス、有難うございました。
いろいろと述べましたが、katouさんが今回かかれた文章の内容自体に異論を唱えるつもりはありません。興味深く感じ、blogをツールとして機会があれば使ってみたいと思いましたし。
それでは。
Posted by: ささきゅー on 2002年11月22日 16:43なお今後の私のスタンスですが、余程の誹謗中傷でない限りコメントの削除は行いません。
またコメントの改竄については一切行いません。
時間変更についてですが、表現としては自分の時間軸にあった形でpublishしていきたいと考えています。ただ極端な時間変更や、一度upした記事の時間を変更するというようなことは行いません。
もし、
「h.katouの変更はおかしいんじゃないか」
という風に思った方がいらっしゃればコメントを頂ければ幸いです。
「h.katouにコメントしても信用できない」
と思った方は2ちゃん等にさらして頂いても結構です。
もうご存知の方は多いと思うのでリンクは張りませんが、meshのメンバー紹介から簡単に追跡できます。
最後に、はたなかさんの指摘にあった「POST STATUS」ですが私も基本的に「draft」で書いています。ただ何となく「preview」でみた場合と実際にupした場合が違うような気がして、たまにupしてからもいじったりしています(特に写真の位置とか行間など)。この辺りがMTがツールとして「まだまだ使いにくい」とか思ったりします。
というわけでたまに「upしてすぐ」のときは勝手に変更されてるかもしれませんが、ご了承下さい。
Posted by: h.katou on 2002年11月21日 21:02様々なコメント、有難うございます。
初めに今回のタイトルについてですが、ささきゅーさんの指摘の通り、「blog騒動顛末記」とすべきではなかったのかもしれません。今更少し遅い気がしますが今回の記事のスタンス的には、
「この前の騒動のときにコメント削除や時間変更の話題が出てたけど、この機能って使い方によっては様々な表現ができるかも」
というものであり、今回の騒動での「草創期」発言という事例について述べたものではありません。では何故わざわざそのタイトルにしたか、といいますと、以前「壱」を書き「最後に弐を書こう」と書いたという単純な理由からです。
次に多くの指摘を頂いた「騒動における削除、および変更」問題ですが、この件に関しては私自身も「一言すべきではなかったのか」と感じています。変更時点で多くの読者がおり、変更したら誤解が生じることは明白であったと思います。
つまりささきゅーさんの指摘された「blogのツール特性以前の問題」ですが、この観点から言いますと、意図的に読者に誤解を与える行動であり間違いであったのではないかと思います。
ただその変更に至った原因としてはやはり、非常に簡単に削除、変更ができるという「blogのツール特性の問題」が大きく影響しているように私には思えます。もちろん原因はこれだけではないでしょうが、「簡単さ」というのもある種一つの原因として作用したと私は考えています。ではその「簡単さ」で何かいい部分はないのかと考え、今回の記事を書くに至りました。
今回の記事は私の全くの言葉足らずでありました。
身にしみて反省しております。
なお今回は一度に多数の方々からコメントを頂き、上手に返答できていないかもしれません。
何かありましたら、またコメント頂けると幸いです。
439さんが提示した論点とすれ違っているように思うのですが。
439さんがせっかく
>あと日付改竄やコメント削除はblogのツール特性以前の問題だと思うんですが。するしないについては特に。
と書いてくれているのに、まさに「blogのツール特性の問題」として論じているように思うのですが。せっかく論点を提示してくれたのだから、「blogのツール特性以前の問題」という観点でせめて一言述べてから自分の考えを展開すべきかと。細かいようですが、閲覧者を軽視しているように感じてしまいます。
基本的にホームページというのはそこの管理人が運営上のルールを作ります。そのホームページを訪れる人達はそのルールが自分の価値観と異なるものであってもそこの掲示板なり、投稿なりに参加する際、そのルールには従うでしょう。そのホームページはいわば管理人の「庭」ですから。ただ、無条件に従うというわけではなく、そのルールが管理人に都合のよい基準だったり、何の基準も示さず自分勝手な行動をとる場合、閲覧者から批判されるでしょう。その批判を無視した状態を続ければ人望を失い、閲覧者は去っていくでしょう。
その意味でコメントの削除にしても時間変更にしても、管理人が閲覧者に理解できる形でその基準を示せば何の問題も起きないでしょう。例えば掲示板が荒れてもいないのにルールを作る必要はないと思いますが、問題が起こった際は根拠を示した上で削除なりをすれば混乱は起きないでしょう。その後は示した根拠に準じたルールで運営していけばいいわけです。
今回の騒動に関していうと、騒動の元になった文章に対するコメントを削除するのはかまわないのですが、根拠を示さずに行ったのはやはりまずかったと思います。また、時間変更の場合も、やはり、まずいと思います。もちろん究極的にいえば個人の自由ですが、どういう意図で時間変更したのか、示さなければ閲覧者に不信感を与えることが多いということは知っておくべきです。なぜなら、時間変更機能は当然、悪用される場合もあり、管理人の人柄をホームページのみから判断しなくてはならない閲覧者はそれが悪用なのかそうでないかを判断できないからです。(例えばユニークな文章があったとしてそれを盗作した人が後からアップした文章にもかかわらず、時間変更して自分の方が先のようにみせかけるなど。実際にいくつも例があります。)閲覧者は管理人の知人とは限らず(善意に取ってくれるとは限らないと言う意味です。)、また常に新規に閲覧する人がいる可能性を考えて止めておくのが無難でしょう。
前言は取り消してもよいと思いますが、前言を残した上で(横棒などを上から引くなどの処理はしてもよいと思いますが。)訂正した文章を載せるべきでしょう。意見をころころ変える人や前言をなかったことにする人は信用されないのは当たり前で、どういう意図かは別にしてそのような人だと解釈される危険は出来るだけ避けるべきだと思います。
「katouさんは「Blog騒動顛末記」に「今回の騒動とは関係ない内容」を載せているが、それって論点を意図的にずらしているともとられかねない行動なのだけれど、わかっているのだろうか?今回の騒動に関してのコメント削除とか時間変更についてはどう思っているのだろう。関係ないなら「Blog騒動顛末記」として文章を載せることはないのに。」という風に今回の文章を読んで感じました。
Posted by: ささきゅー on 2002年11月21日 00:48要は言ったことに対して責任を持てと言うこと。Web という public な場所で発言するなら当然のことでしょう。発言を無かったことにすると言うのは一番無責任な方法だと思います。取り消したところで読んだ人の記憶は消去できないし、最近は google とかでキャッシュされますし。
コメントの削除もエロサイトの宣伝とかのような明らかに議論とは違うものや操作ミスによる2重ポスト、個人情報を含んでいるコメント以外は原則として削除すべきではないと思います。
責任ある態度でサイトを運営していれば、むやみに攻撃されることもないと思いますし、法の範囲内でどのような発言をしようと自由であると思います。
一般論としては、「俺のWEB をどう書こうが勝手」というのには同意
しかし今回の「騒動」では「創世記」というきわめて重大なキーワードが語られていたというのをお忘れでは。しかもその発言が注目され、いろんなところから*参照*されていたということを。
そういう状況の中で参照されている文章の日付を改ざんするという行為の意味はどうお考えで?
前言が取り消せる。すばらしいルールだ。4ねんまえにあのこにいってしまった
あのことばを、おれはとりけしたい。そのときにblogがあれば、どんなにか
よかっただろうとおもう。
でも、ラブソングをうたうには、blogはちょっと不向きかもね。
Posted by: pogemuta on 2002年11月20日 22:19MTには"POST STATUS"という機能があります。
この機能を使えば、書きかけのエントリーをサイトに公開せずに保存することができます。
記事を公開する日付をコントロールしたいのであれば、この機能を使いSTATUSを"doraft"で保存して、日付を変えてからPublishするというのはどうでしょう?
それから、2ちゃんあたりでぎゃあぎゃあ騒いでいるのは「前言を取り消した」からではなくて、「前言をなかったことにした」からなんじゃないかと思います。
「私は以前あのように言っていたが、これはこのような理由で間違っていた。であるから、このように意見を修正する」と書けば誰も文句は言わなかったろうし、修正した考えもより意味があるものになるんじゃないかと思います。