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2003年11月01日

ボストンのまちへ

次の日、初めてボストンの中心部に出かけた。
それまで、忙しく旅をしていた疲れと、友人の落ち着ける家があるっていうことで、
行動の勢いが止まり、ゆったりした時間を過ごしていて、あまりであるいていなかったのだ。

ボストンはアメリカにヨーロッパ人が来て始めてできた町で、
実はアメリカとしての歴史が一番長いところ。
京都市とは姉妹都市の提携を結んでいるしな。

Kendallから隣の駅Charlesへ。
ここを降りるとBeacon Hillと呼ばれる地区がある。
この丘のふもとの大きな通り、Charles St.を歩く。
いろんな店があるが、ちょうど昼ご飯を何にしようかという時間。
せっかくなのでうまいというところに行きたい。
混んでいて少し待たなければならなかったが、
友人の友人KSさんのお薦めでFigsというピザ屋に入った。
ピザを何枚か頼のむ。
無花果と生ハムのピザ、初めて食べたが相当うまかった!
また食べたい。

そして、Public Gardenを通って、BackBayあたりを歩く。
おそらく歩いていたのは、そこの大通りNewberry St.だと思う。
ここも様々ショッピングし放題である。
ふらふらとよりながら、見物。

本屋と一緒になったカフェで休憩。
ほんとなんとも穏やかな日だ。

町を歩き、ますます最初にあったアメリカに対する先入観を忘れて、
完全に暮らせるなと思った。
もはや快適さを感じるくらいになってきていた。
それは友人や友人の友人によるところが大きいのだが・・・。

2003年10月28日

夕食。

夕食へ。
携帯電話を持っていないからとっても不便なことに友人へのアクセスが困難だったのを思い出した。
毎回のことですが、電話すらままならない状態になる海外です。

で、友人とは無事再会し、もう一人増えて3人でご飯へ。
前日にボストンに到着したのですが、夜だったのでまったく店もやっておらず、
今日は初めての外食ということになりました。
イタリアンへ。
NYCのようなリトルイタリアなんてないけれど、なんとなくうまそうに見えるイタリア屋です。
しかし味はたいしたことありませんでした。
値段のせいということもあるのでしょう。

今日は英語しゃべれないこと実感バリバリショックデーでした。
それはうつくしい人のせいでした。

2003年10月07日

最後の晩餐

さいごぐらいは。。。
こんなことを言っていたら死ぬまぎわにしなくてはならないことがたくさん出てきてしまいそうだけれど、そういうことで、リッチな飯を目指す。

 

しかし、店員達は何て傲慢なのだろう。
それは日本人がたくさんガイドブックのせいで来るようになってしまったし、
中国語は読めないし、あらかじめあまり勉強もしないし、
腹立たしいことはたくさんあれど、日本人が目指しているものが、
すべて一緒のように扱うのは止めてほしい。
それぞれにその場所で食べたいものは違うんだ。
そしてせかすな。
よろしく!!
鮑鱶鰭はうまかったんだから。

2003年09月30日

やっぱり腹は減る

スタバで休んで満足するもやっぱり、腹が減った。
でも、相変わらず脂っこい。
後悔。

2003年02月03日

百貨店

中国にも百貨店は存在する。たくさんある。
写真は新世界という百貨店であるが、たいていはこんな感じであろう。
中国人達は中央に吹き抜け空間を作りたがると思われる。
そして、案内板は日本と違い、一階が一番上にあり、最上階が最下になっている。
空間の捉え方の違いかな?
最上階付近がレストラン街なのは、日本と違わず。


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