April 16, 2003

誕生から10年、ブラウザはまだまだ進化する?

ZDNN 2003年4月15日 07:46 PM 更新

Mosaicブラウザの開発には、「米国中西部特有の平等主義的価値観」が大きな影響を及ぼしたという。その誕生から10年。ブラウザの功績は、いまだに完全には把握しきれないほど大きい

Webブラウザの生みの親Jon Mittelhauser氏を知っている人であれば、同氏がこの20世紀の最も重要な発明の1つについて単に「必然的な技術」だったと語ったとしても特に驚きはしないだろう。

元イリノイ大学研究者のMittelhauser氏は、いかにも実用主義的と言われる中西部の出身者らしく、インターネットの膨大な情報を一般の人たちにも利用できるようにするための何かしらの技術が登場するのは時間の問題だと考えていた。そして、そこに誕生したのが「Mosaic」だった。同氏がMarc Andreessen氏ほか20代そこそこの数名の仲間と共に1993年に開発したブラウザアプリケーションだ。

 「われわれは自分たちでも使えるようなプログラムを開発したかった。驚いたのは、それがすごい勢いで広まったことだ」と同氏。

 Mosaicの最初のバージョンがリリースされて今年で10年になるが、Mittelhauser氏はイリノイ大学のNCSA(National Center for Supercomputing Applications)のごく平凡な研究所で誕生したこのブラウザの重要性をいまだに完全には理解しきれていないという。このテーマの大きさを考えると、それは無駄な努力なのかもしれない。ブラウザが排他的な学術の世界にとどまっていたとしたら、現在のようなインターネットの概念は存在していなかっただろう。

 リモコンの登場によってTVが様変わりしたの同じように、この謙虚なソフトの登場はIT界に大変革をもたらした。しかもそれは、世界規模の重要性を帯びた大変革となった。1995年のおよそ半年間で、Mosaicはインターネットを「一部の研究者やITマニア向けの難解な存在」から「一般向けの身近な道具」へと変化させ、数十億ドル規模の産業を生み、仕事や通信から恋愛に至る、さまざまな社会活動の形態を変えた。つまり、インターネットは今や生活のほとんどすべての側面に影響を及ぼしている。

 統計はWebの重要性を判断する決定的な基準にはならない。だが主要なインターネット調査会社が集めたデータがいくらかでも参考になるのであれば、ブラウザの影響力の大きさは紛れもない事実として存在する。

・Jupiter Researchによると、世界のインターネット人口は約5億5300万人。またHarris Pollによると、米国では全成人の3分の2にあたる約1億3700万人がインターネットを利用している。

・Nielsen/NetRatingsによると、インターネットに接続している世帯のうち少なくとも75%が電子メールを使用し、米国のインターネットユーザーの40%以上がインスタントメッセージ(IM)を利用している。

・Goldman Sachs Groupなどの調査会社による合同のレポートによると、コンシューマーは昨年の年末商戦期にオンラインで約137億ドルを消費している(前年より24%増)。

・Gartner Groupによると、ドットコムの崩壊から3年になる今年も依然としてIT支出は2兆ドルを超える見通し(2002年より約5%増)。ほかの調査会社も同様の見通しを示している。


 またブラウザの影響力は、今回の米国によるイラク攻撃も含め、世界的な争いにまで及んでいる。米政府は国内と海外の情勢が注目される中、今年2月だけで同国のインターネット人口の3分の1以上にあたる約4490万人のユーザーが同政府のWebサイトにアクセスしたと報告している。これは2002年12月よりも26%多い数字。

 ベンチャーキャピタルIgnition Partnersのマネージングパートナーで、かつてMicrosoftにおいて対Netscape Communications戦略で重要な役割を担っていたBrad Silverberg氏は、ブラウザは歴史的マイルストーンだとして次のように語っている。「世界中の各個人に信じられないほどの力が与えられることになった。PCの複雑さもものともしていない。かつてPCは一部のビジネスマンだけが利用するツールだった」。

 ブラウザの実用的な役割と同じく重要なのは、ブラウザがもたらした心理的な変化だ。今日、人びとはあらゆる種類の情報を瞬時に見つけられることを当然と思うようになっている。これは、Webがメインストリームに広まるまでは想像もできなかったことだ。インターネット社会学者らはこの現象を「expectation transparency(期待の透明性)」と呼んでいる。

 社会活動団体CPSR(Computer Professionals for Social Responsibility)のメンバーで、IT出版社O'Reilly & Associates社員のAndy Oram氏は次のように語っている。「どんな情報でも見つけられる。音楽ファイルは言うまでもなく、無名のテキストであれ何であれ、今では地元新聞と同じくらい簡単に手に入る。今や組織はWebサイトを持っているのが当たり前で、Webサイトを持っていないと何か怪しげでアングラな集団だと思われかねない」。

 だがこうした飛躍的な進歩にもかかわらず、初期のブラウザの作成にかかわったり注目したりしていた人たちにとっては、まだ本当の意味での結果は出ていない。なぜなら、幼少期からWebと共に育ってきた世代が成人に達するまで、つまりあと何十年とは言わないまでもあと何年かは、すべての評価を下すのは不可能だからだ。

 MosaicとNetscapeブラウザの開発で長年ブラウザ革命の象徴的存在となってきたAndreessen氏は次のように語っている。「技術は25年間のサイクルでシフトする。新しいメディアが独自のアイデンティティを確立するには一世代分の年月が必要だ。例えば、今20歳の人であれば10歳か12歳くらいのころからWebを使っていることになる。TVや電話や自動車のある家庭で育ったか、そうしたものを持たない家庭で育ったかの違いのようなものだ」。

 こうした変化の徴候は、Webに接続したコンピュータを持つ家庭で育った子供たちの幼少期の初期の段階でも認められる。今では、2歳以下の子供向けにも初歩的なゲームやPC風のおもちゃが販売されている。つまり、子供たちの認識能力や運動神経が発達し始める時点で、既にコンピュータは主要な要素として家庭に入り込んでいる。

 行動心理学の専門家らは、こうした変化を受けて、今後、Webに影響された新たな思考パターンが生まれると考えている。ほんの10年前には想像すらできなかった思考パターンが、これからの世代には自然な人間発達として受け入れられることになるという。

 ニューヨーク大学のニューメディア学担当助教授で、この業界での経験も豊富なClay Shirky氏は次のように語っている。「私の友人に11歳になったばかりの娘がいる。この間、彼女がSimsゲームで遊んでいるのを見たのだが、彼女はSimsの世界に入り込み、マルチメディア環境を構築し、一方ではWebブラウザを開き、同じようにSimsゲームで遊んでいる友人と話していた。2人とも自分のプライベートな世界を保ちつつ、一方では友達と一緒にWebをサーフィンしながら、新しいアイテムを見つけるためのURLを教え合っていた。ビデオ画面だらけの全く超現代的な仮想世界というよりも、いろいろな要素を取り入れた社会的なスペースが出来上がっていた」。

 多くの人びとは、こうしたバーチャル対話が「ブラウザとその派生技術が最終的に社会に与える最も大きな影響」だと考えている。研究者らは、インターネットと共に育ったWeb世代の新しい行動パターンの研究に着手している。例えば、インターネットに慣れていない両親世代とは異なり、10代の若者たちはWebコミュニティを通じて人と接することが多く、インターネットでの評判をもとに新しい知り合いを評価したりといったこともある。この世代が一部で「ICQ世代」と呼ばれているのは、こうした理由からだ。

 Nielsen//NetRatingsのアナリスト主任Lisa Strand氏は次のように語っている。「いろいろな人たちがさまざまな手段を使ってオンラインで交流している。われわれは、特に若い女性の間で目立つ、こうした傾向に注目している。チャット、グリーティングカード、出会い系など各種の交流サイトはWeb全体の成長率よりも急速な勢いで成長している」。

 そして企業にとっては、若者がどのように考え行動するかを把握することが、今後のオンラインとオフラインのビジネスにとって重要となる。驚くことではないが、ソフト最大手のMicrosoftは現在まさに10代のユーザー層にターゲットを絞った各種の取り組みに力を注いでいる。小売コンサルタント会社America's Research Groupによると、米国のティーンエージャーの人口は2010年には3400万人に達し、国内の小売支出の33%を占めると見られている。

 MicrosoftのNetGen事業部門担当マネジャーTammy Savage氏は最近のインタビューで次のように語っている。「こうした顧客層は通信というよりも交流を求めている。彼らは仲間と一緒に何かを行い、何かを一緒に成し遂げたいと考えている。彼らは新しい出会いを求めている。彼らはお互いを仲間として認めるかどうかを判断する方法まで確立している。誰を信用して誰を信用すべきでないかといったことまで考えているのだ」。

 こうしたWebベースの対話に慣れた若者たちが成人に達するころには、ビジネスの世界でも新たな手法が生まれることになるだろう。つまり、ブラウザはプロジェクトに関する詳細で入念なコラボレーションを可能にするマルチメディア環境を提供することで、物事の新しい実現方法を生み出す触媒の役割を果たしつつある。

 初期のJava開発者でソフト企業Marimbaの創設者でもあるKim Polese氏によれば、ブラウザの進化は既に始まっているが、この先、ピア・ツー・ピア(P2P)のファイル交換、IM、メディア再生など、ブラウザから派生した新しい形態のインターネット技術の利用が拡大し、その進化はさらに進むはずという。

 「ブロッグに見られるように、最も重要な傾向として、情報だけでなく、メディアや写真、映像、オーディオ、イベントプランニングなどを共有する動きが目立っている。EviteやYahoo!などのサービスでも、こうした傾向は既に見られるが、この先、この動きはさらにダイナミックでリッチなコミュニティに発展するだろう。例えば、建築家と施工者ならば、ライブなスケッチ、モデル、スケジュール、写真、ビデオを使って家の建築でコラボレートできる。非常にダイナミックな環境だ。効率もかなりアップするだろう。毎日の業務においても、デスクトップだけでは実現不可能だったことを可能にする、けた外れに便利なツールとなる」と同氏。

 また中には、インターネット世代はビジネスの根本的な手法の部分で影響を受けている、とする意見もある。つまり、この世代にはドットコム時代に生まれた起業家精神と独立心が染み込んでいるというのだ。

 ニューヨーク大学助教授のShirky氏は次のように語っている。「ビジネスとして仮想野球リーグを運営している若い男性と話をした。彼はWebについては一度も触れなかったが、実際、Webが彼の配信、支払い、新人補充のメカニズムになっているのは明らかだった。個人の起業家にとって、Webは驚くべきインスピレーションとなっている」。Shirky氏はインターネットビジネスの中でも特にベンチャー投資の役割の大きさに注目している。

 一方、Andreessen氏と彼のかつての同僚であるMittelhauser氏は、この状況を「Mosaicの開発メンバーらが共有していた有用性の自然な副産物」と考えている。PC初期の時代から、インターネットのゴールドラッシュの時代を経て、綿々と受け継がれてきたIT技術者の精神だ。

 「実用的なIT技術者の世界には長い歴史がある。米国中西部特有の平等主義的な価値観が大きく影響している」とAndreessen氏。

 いわゆるブラウザ戦争が終結したとされてから、かなりの歳月が経つ今日でも、この哲学は開発者の間に生き続けている。現在、オープンソースソフト――おそらく最も平等主義的な技術と言えるだろう――の開発者らがMozillaブラウザプロジェクトを介してMosaicの当初の目標をさらに推進している。

 Mozilla Organizationのサイトには次のように記されている。「Webは私たちの生活に徐々に浸透し、金融や健康など、ますます多くの個人情報がWebベースのトランザクションで管理されるようになっています。ブラウザはこうしたデジタルデータに個人がアクセスし管理するためのメカニズムです。新しい技術革新はその真価、そしてそれが人間にとっていかに有益かによって判断されるべきであり、1社あるいは数社の企業の事業計画に及ぼす影響によって判断されるべきものではありません」。

 そしてこのサイトは、オルダス・ハックスリーも真っ青なユートピア的な楽観主義で次のように呼びかけている。「あなたも仲間に加わりませんか」。

Posted by sunouchi at April 16, 2003 4:36 PM