January 21, 2008

ウズベキも明日で終わり!<Khiva, Uzbekistan>

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(ヒヴァのイスラム建築群の一つ。町中にこういう建築がゴロゴロしているオールドタウンの中にいま滞在中。とてもツーリスティですが……)

前回のサマルカンドから、ブハラ(Bukhara)を経て、18日にいまいるヒヴァ(Khiva)に到着しました。サマルカンド、ブハラ、ヒヴァともに世界遺産(のはず)でかなり観光地観光地したところですが、完全にシーズンオフで、宿も店もモスクなども閉まってるところばかり。サマルカンドはまだマシでしたが、ブハラ、ヒヴァは寒さもぐっと増し、旅行者はほぼ完全にぼくら二人と、カシュガルから頻繁に会っている市川さんとアメリカ人のロイドの4人のみ(短期旅行の日本人などには他数人会いましたが)。しかもブハラ以降、寒さがぐっとレベルアップし(昨日は日中でマイナス20度ぐらいあったみたい!)、もはや現地の人ものんきに移動する季節ではないため、バスなどの交通機関も数が相当少なく、乗り合いタクシーをシェアするにも他に旅行者がいないため、せっかく集まった4人組を崩さないべく、ブハラからヒヴァまでは4人で車をシェアして移動。

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(ブハラ。こういう建築が町中を彩る。大部分がチンギスハンが来たときに壊されてしまったものの、一番下の写真の塔だけは彼も壊さなかったとか。チンギスハンもここでこれを見たと思うと、さすがに年季を感じるし、感慨深いものがあります)

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(イスラム建築は壁や天井一面に描かれた幾何学模様の装飾がとてもきれい)

とはいえ移動は比較的スムーズで、しこたまある宿も1、2件しか営業してないため、考える必要が省けて、あいてるところに4人で直行。しかもメジャーな観光地だけあって、安宿のレベルもなかなか高くて快適に過ごしてます。

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(ヒヴァのオールドタウン「イチャン・カラ」。塔の上から)

ブハラもヒヴァも、シルクロードの時代に栄えた砂漠の中のオアシス。中央アジアのイスラム教の中心的な場所でもあったため、当時のイスラム建築が町にそのままぽんぽんと並び、街並みは中世そのままという感じではあるのですが……、しかし、モスクやメドレサ(イスラム教の学校)の部屋の中とかが一つひとつ土産物屋になっていたり、町を歩いていても「ミルダケ、ミルダケ!」というアジアで最も広く使われてる日本語が連呼され、シルクロード時代の雰囲気を想像するのはなかなか難しいです。こんなに観光客が少なくてもこれなのでシーズン中はほんとにすごそう。

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(16世紀のモスクを修復する人たち)
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(昔、奴隷市場だった場所の木の扉)

ウズベキの売りのホスピタリティの素晴らしさは、フェラガナ地方の田舎ではとても強く感じたものの、こっちは店とか行く度にとにかく「外国人=試しにボッてみよう」的戦略を感じます。フェラガナでは買い物したら値段を高くいうどころか、おまけしてくれたり、何かつけてくれたり、ということも多かったのですが、こっちだととりあえずふっかけてみる、という感じ。食堂でも、メニューは見せてくれず、激しいどんぶり勘定で適当に1.5倍ぐらいを請求してみる、という店に度々遭遇してゲンナリ。モスクなどを見学するときも、関係なさそうな土産物屋の女の子とかが走ってきて、「ここもチケットが必要、3000ソム!」とかって言ってきたり。で、「いや、昨日来たアメリカ人の友達が1000ソムだったって言ってた」というと、「彼は『ぼくは学生だから安くしてくれ』と懇願したから安くしたんだ」とか全くのでたらめをためらいなく言うし……。親切な人ももちろん多いのだけれど。やはり旅行者の多い観光地だとどうしてもそういう雰囲気が強くなり、地元の人と距離ができてしまい残念です。

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(ブハラ。生活の中にどかーんとモスクあり)
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(ヒヴァのバザール。昔ながらの城壁の外。昔はここにラクダの隊商が……とがんばって想像)

とはいえブハラもヒヴァも、やはりシルクロードの最もそれっぽいところの一つではあるから、中国から随分来たなあ~、という気持ちはします。それにこの辺のイスラム建築は大きく迫力があるし、装飾がとてもきれいで素晴らしいです。

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(土曜日、ヒヴァではたくさんの結婚式があって、合同結婚式みたいな雰囲気。すごいのは、マイナス15~20度ぐらいの中、新婦は半袖のウェディングドレスとかで1~2時間ゆっくりと外を歩かないといけないこと。近くで見ると、震えまくりで、顔はさすがに蒼白になってました……。かわいそうに)

何か面白いことはなかったかなあ……と、さっきから考えているのですが、特に思い浮かばず。ウズベキスタンは、トルクメニスタンビザが面倒だった以外はかなり平穏に終わっていったなあ~という感想です。
でも、総じて、ウズベキでの人との出会いはよかったなあと思います。前に書いたリシタン以外でも、タシュケントで仲良くなった若い男性アリマルドンにもとても親切にしてもらい、よく電話をくれていろいろと気遣ってくれたり(中国出てからも、各国で携帯電話のカードを買って、携帯を使ってます。日本やアメリカ以外では主流のシムカード方式の携帯はこれが便利)。彼には英語のコーランももらい、イランで活躍しそうな予感も(って、使うもんじゃないですが)

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(ヒヴァの宿の客はぼくら4人だけで、19日、その家族の1歳の子と84歳のおばあちゃんの誕生会が。おばあさんは生誕1000ヶ月を祝われていた。おばあちゃんは孫30人、ひ孫15人。親戚だけで70人ぐらい集まってて、やっぱり大家族はいいなあとしみじみ実感。(素子の)京都のおばあちゃんの誕生日と同じだったこともあって、このおばあちゃんにお祝いを言いにいってキスをもらった素子)

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(ブハラの町で家に招かれたところのおじいさん。もとジャーナリストとのこと)

今日でウズベキも終わりで、明日22日からはトルクメニスタン。「中央アジアの北朝鮮」という決してうれしくはないだろうあだ名を獲得している国なため、未知で楽しみではありますが、トランジットビザで5日間しかいられないため、これまたほんのわずかにご挨拶、といったところで終わりそうです。そして26日にはイランにいる予定。イランでは、イスラムの本場を見るのがとても楽しみですが、もう気づいたら2月で、北京から半年が経とうとしているし、あれこれ見てたら切りがないので、徐々にスピードを上げながら移動していくつもりです。


(ヒヴァ(Khiva)からトルクメニスタンへの国境はバスで1時間ほど。国境を越えたら砂漠のトルクメニスタンの始まりだけど、この時期、途中で降りると新たに車を探すのが大変っぽく、また日数も5日しかないため、おそらく一気に首都アシュガバット(Ashgabat)まで行くことになりそうです。ぼくは本当は砂漠の中に火の吹き出てるクレーターがあって、そこに行きたいのですが……(素子は「興味なし!」とのこと)。)


Posted by ykon at January 21, 2008 8:41 PM | トラックバック
コメント

奥歯に物が挟まったかのような、
サマルカンド、ブハラ、ヒヴァの感想。
非常に同感です。
もうはっきり言っちゃって下さい。
○○だったと(笑)。

シーズンオフだったというのは確かにあるでしょう。
だけど、モスクやマドラサの無残な保存のされ方…。
あれは土産物屋だったのだ、と思った方がいいのかも。
その土産物屋で見た、おそらく20世紀初めごろの
レギスタン広場の写真が印象的です。
今よりはるかにボロボロではあるけれど、
広場には露店が並び人々で賑わっていました…。

Posted by: 江口 at January 22, 2008 11:22 PM

>江口さん

江口さんも同感だったとは!江口さんはたくましい想像力を駆使して、もっと楽しんでいるのでは?と思ったんだけど笑。おれもぶっちゃけ、一番ぐっときたのは、ブハラのアジアホテルの地下にあった昔の写真だったりして。。。ヒバはイチャンカラ全体がテーマパーク&巨大な土産物屋ですよね、はっきりいって。

その点マシュハドは、いい雰囲気ですね!これぞイスラムって感じで。昨日イランに入ってマシュハドついて、「お、これだよ、これ!」って思って感激しました。自分的には古いモスクとかも、いまも現役でホットなのに惹かれます。またテヘランで!

Posted by: ゆうき at January 25, 2008 8:43 PM
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