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- Drifting into Eurasia 99/06 Archives -

at 香港, 中国 on 02/Jun/1999

Posted by snotch at October 22, 2002 4:24 AM

 今日から試しに、1238 日前の日記をつけてみたいと思う.最後まで続けば最低10ヶ月以上続くことになります.

1238 days ago >>> 02/June/1999

 13:25 赤鯔角機塲 ( Chek Lap Kok Airport ) に到着。ノーマン・フォスターの新空港を後にし、できたての高速道路を走ること約30分.九龍半島のモンコック辺りまで来たところで,商店の前に出した丸イスに座るランニング姿のオヤジが目に入り,香港は2年前と変わらぬ様子.
 九龍城なき後、香港らしい場所といえば重慶大厦 ( チョンキンマンション )である。香港にいる人種の多様さを、一番肌で感じる場所かもしれない.東南アジア、インド、中東、アフリカ、ヨーロッパ,とにかくあらゆる人種がひしめいていて,エレベータの中で五大陸制覇もおそらく可能である.一階では、本場のチャイ、中東のお菓子を味わうこともできてしまう.入って右側3件目のアラブ人経営の両替所は、香港で一番レートがよいというもっぱらの噂.
 九龍と香港島を結ぶスターフェリーには何度も乗った.100年もの歴史を持つこのフェリーは、サラリーマンからお年寄りにいたるまで,今でも市民の日常の足として活躍する.海中を通る地下鉄、高速道路もあるのだけれど,フェリーがダントツに安い(HK$2.2 約35円).日常の交通手段の選択肢に,船があることがうらやましい.

at 香港, 中国 on 02/Jun/1999 at 香港, 中国 on 02/Jun/1999

at 香港, 中国 on 03/Jun/1999

Posted by snotch at October 23, 2002 9:25 AM

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 香港は亞熱帯気候である。5月から9月にかけてが、いわゆる夏にあたり、非常に蒸し暑い季節。この季節の平均湿度は 86% にも達する。宿のファンが壊れたので部屋は蒸し風呂状態で、朝起きると衣服がべっとりと肌にまとわりつく。  香港島を海から少し内側にはいるとすぐにガジュマルなどが生い茂る亜熱帯の森が広がり、植物の力強さを強く感じる。繁華街を歩いていても、植物が生い茂る比較的大きな公園が点在していて、散歩にもちょうど良い。香港島の東西に伸びる繁華街のほぼ中心付近に、香港公園という公園がある。周囲には中国的な凝った意匠のビルが建ち並ぶ。ここにいると、不思議な非現実感におそわれる。ロボットのようなビルは、ポール・ルドルフの力寶中心(Lippo Center) 1988。

at 香港, 中国 on 04/Jun/1999

Posted by snotch at October 24, 2002 10:14 AM
 香港島の海抜は554mで、その頂上が太平山頂(ビクトリアピーク)である。通常は、トラムで展望台まで行くが、歩いて行くこともでき、時間があればこちらの方がお勧めだ。  山腹の原生林並みに植生豊かに生い茂る亜熱帯植物は、1870年代にはじまる香港政府の植林政策によって蘇ったもので、それ以前は岩だらけの斜面が広がるだけの「不毛の島」と呼ばれていたというのだから驚きだ。圧巻は、山の裾から中腹にかけて林立する超高層マンション群。下から見上げながら上ってゆくと、途中からくらくらとめまいがする。

at 香港, 中国 on 04/Jun/1999at 香港, 中国 on 04/Jun/1999

 いわゆる「100 万ドルの夜景」を見ることができる九龍方面とは反対側にあたる、ピークから島の南側に広がる眺めは、つい 150年前には、ここが人口7,000人の小さな漁村にすぎなかったということを納得させてくれる。かつて、島の南西部にある港から香木の積み出しが盛んに行われていて、周囲に香木の香りが漂っていたというのが「香港」という名称の由来らしい。

at 香港, 中国 on 04/Jun/1999

at 香港, 中国 on 05/Jun/1999

Posted by snotch at October 25, 2002 1:03 PM
 重慶大厦 ( チョンキンマンション )の16階に宿をとって3日が過ぎたが、ひとつだけ気になることがある。この宿の空間に流れる無気力感と、倦怠感は尋常ではない。何でだろうと考えてみると、年齢、国籍、滞在理由が全く不明の西洋人が何人か滞在しており、彼らがこの雰囲気を作りだしているようであった。観察していて明らかなのは、彼らの滞在期間が半端なく長いということだ。彼らは、よほどの理由がなければ地上に降りていかない。降りていくのは、自炊のための野菜と卵、たばこ、トイレットペーパーを買うときくらいである。そして、自炊の時以外は何をするでもなく薄暗いロビーに居座っている。今日宿に戻ってくると、彼らの中の一人、ジョンが、僕のベッドがある部屋の壊れたファンを直してくれていた。礼を言うついでに、おそるおそる聞いてみた。「ここにはもう長いの?」 、 ・・・「12 years」。
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 香港最後の夜。九龍の先端から香港島をのぞむ。とってもとってもキレイ、しかし、アローンなんですね、これが。香港の最後に、お勧めの本をご紹介。

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価格: ¥ 3,675
ユーズドストア価格: ¥ 3,980
出版社: イースト・プレス 大型本
カスタマーレビュー: 25 件
九龍城の本当の姿
ある日ふと「九龍城って一体何だったのかな?」と思い、早速ネット検索。

取り壊しのニュースはなんとな〜く覚えていて、犯罪者や麻薬中毒者やマフィアの巣窟
一般人が入ったら生きて出られない恐ろしい城、というイメージだったのですが
ネットで調べてみたらどうも私の思い違いだったような?
城ですらないし??

九龍城のアパートに住んでいたという日本人の方のブログ?もあり、益々混乱する私。

とりあえず本だ、アマゾンだ!
と探してみたら、どうやらこの本が一番人気の様子。
少々お高いなあとは思いましたが、皆さんのレビューを見て購入を決意。

九龍城のイメージが正に180度変わりました!
九龍城に住む普通の人達の普通の生活と
ごちゃごちゃとした雑多な雰囲気がひしひしと伝わって来て
買って良かったなあと思えた1冊でした。

ただ、九龍城の外観や内部の風景写真等はそんなに多くはないので
(と私は思いました。九龍城内の人達へのインタビューをまとめた本なので当然といえば当然ですが)
九龍城の建物自体にも興味のある私は、また機会があれば写真集等も欲しいと思いました。
九龍城モノでは一番良い
九龍城本のなかでは一番見応えがあり、面白い。
ただ、おそらく理想と現実のギャップ…
リアルではなくファンタジーを求めたいなら少々不満。
ついに読みました!
「一度入ったら出られない」「魔窟」「秘密結社の巣窟」といった都市伝説(特に日本で)で彩られたこの地区が実際どのような所だったのかがよく解ります。
 この本から感じられたのは、都市伝説のイメージとは違い、普通の人達が人並の生活や仕事をしていたということでした。あの建物群の異様さばかりを取り上げるマスコミや本がほとんどのの中、実際に住む人達の生活ぶりを主題に取り上げている所がこの本の魅力です。
九龍城ものの大大傑作
九龍城を被写体とした写真集を多く見かけるがその多くは廃墟としての九龍城であり破壊と荒廃のモチーフに彩られているが本作品は住人の生活の場としての九龍である。しかし、生活を被写体とすることによって九龍城の闇はますます深くなり混沌はリアルな精気を帯びてくる。住人は九龍城の部分であり九龍城の化身としての住人である。これはあの「クーロンズゲート」の実写版であり同ゲームのファンは必見の作品である。


奥深い魅力
九龍城砦に惹かれる人は多いだろう。そしてその魅力は、九龍城の持つ謎めいた雰囲気によるところも大きいと思う。しかしこの本は、伝説の魔窟の内部で営まれていた「普通の市民生活」の詳細な写真とレポートだ。写真作品としてなら、本書ではなく宮本隆司氏の「建築の黙示録」「九龍城砦」などを薦める。

本書のように、九龍城内部で営まれていたリアルな生活を描くことは、ともすれば謎めいた幻想を壊して魅力を半減してしまう可能性もあったと思う。しかしこの本を見て感じたのは、リアルな生活に光を当ててしまってもなお色褪せない、九龍城砦という空間のもつ魅力だった。

映像的・建築的好奇心から九龍城に興味を持った人(私自身そうだが)も、この本を手にして幻想の隙間を埋めてしまったとしても、決して興醒めになることはないだろう。九龍城に興味がある人に広く薦められると思う。


価格: ¥ 1,575
ユーズドストア価格: ¥ 580
出版社: TOKIMEKIパブリッシング 単行本
カスタマーレビュー: 8 件
庶民の香港を感じたい人へお勧め
英語も満足に話せない私が初めて茶餐廳入ったのは尖沙咀の明るい雰囲気のお店でした。
英語で(たぶん・・)「日本語のメニューがほしい」と店員に告げたところ店員から「ハァ〜?」と返されました。
そんな中この本の存在を知り茶餐廳について知識を深めるバイブルとなったであります!
鴛鴦から海南鶏飯の裏話、わかりやすい注文の仕方などとレモンのこだわる香港人などの
これが香港なんだと思いました。「ハァ〜?」についても説明されています。
二回目の香港に行ったときもこの本での知識があったため店員さんも笑顔でかえしてくれました(「ヤッブンヤンが下手な広東語で話しているよ」と思ったかな・・・)
この本を読むと茶餐廳はもはや香港の独自の文化と断言してもよいと私も思います。
高級中華料理ではなく庶民の香港を感じたい人へお勧めいたします。
香港で言う日式茶餐廳だとやっぱり「吉野家」ですよね。
また行きたくなるね
ちゃーちゃんてん。この魅力ある響き・・・。香港にはまる人は必ず通るであろう道、茶餐庁。本書は茶餐庁での日常を通して、香港庶民の生活に触れています。
個人的に嬉しかったのは、茶餐庁のメニュー読解!
ためになります。笑えます。そしてまた、香港に行きたくなることを保証します!
日常の香港はこれです!!
単なるガイドブックではなく、まさに香港人の素顔や日常を垣間見れる内容です。
婚約者が香港人のため、度々香港に行き茶餐庁に足を運びますが、「そうそう!その通り!」と笑ってしまいました。私もアイスレモンティー飲むときは「ガシガシ」やっています(笑)
何度か香港訪れている人にはぜひ読んでほしい一冊です。
次の訪港のときの視野が少し広くなること絶対です
これぞ香港!笑いました!
読む前は茶餐廳のガイドブックだろうとおもっていたのですが、ガイドブックとかグルメ本というより、香港人の生態とか生活が書かれていて、元香港住人の私にはつぼでした!
とくに「ハア?」にひるむな、とか、食べ方より残し方のところ、読んでいてニヤニヤしてしまいました。また香港に住みたくなりました。
スパゲッティー・ナポリタンの味
香港といえば「美食」と「ショッピング」。飲茶や中華料理のうまさやアウトレット攻略法の本はごまんとあるが、香港独特のチープなファースト・フードというか喫茶店兼食堂の案内書。言ってみれば、日本の喫茶店でゆですぎてケチャップにまみれた「スパゲティー・ナポリタン」を食するようなもの。面白い視点である。香港フリークや、いままでの「香港本」にあきたらない人におすすめ。(松本敏之)


価格: ¥ 5,250
ユーズドストア価格: ¥ 3,912
出版社: 平凡社 ハードカバー
カスタマーレビュー: 5 件
疲れたときにふとページをめくる
だいぶ悩みましたが自分へのご褒美で買いました。迫力のある写真、だけどそこには何かもの哀しさやかつて確かに「人」が存在して「生活」をしていた空気の余韻があますところなく伝わってくるようで開く度にふとためいきが出ます。九龍が好きな方はもちろん、建築好きや写真好き、工場好きの方にも通ずるものがある本ではないでしょうか。
大迫力
同じ九龍モノの九龍城探訪と比べて迫力がある。
その理由がモノクロ写真だからなのか、撮り方(九龍城探訪は九龍の暮らしを撮っているのに対して、こちらは建築物を撮っている)によるものなのかは定かではない。
九龍城探訪がそれなりに現実味があるのに対して、こちらはどこか別の異次元の世界にアクセスしてしまったかのような、現実味の無く、ゲームや映画の中を撮ったような風に見える。
動的な迫力や、壮大さから出る迫力(地下施設、コンビナートなど)とはまた違った何かを感じさせる写真集だと思う。

たまらない人にはたまらなく、一生手放せない本になると思う。
しかし、写真は感性なので、感じない人間はまったく感じないと思う。
九龍城
今は亡き九龍城の写真集。値段も装丁もかなりのものだが内容も十分それに見合ったものです。全てモノクロ写真。住人がいた頃の写真から取り壊しの様子までが収められている。「廃墟」「魔窟」としての九龍城を最も感じさせる写真集だ。「City of darkness」とは全く違う雰囲気を醸し出している。巻末に九龍城の歴史についての解説と荒俣宏氏による九龍城体験記が付いている。廃墟マニアの人にはおすすめ。
それは確かに存在した
今は無き九龍城塞の記憶がモノクロの写真の中から静かに、しかし圧倒的な迫力で押し寄せてくる。
この異形の空間を完璧なまでに記録し得た、全くもって奇跡のような写真集である。
特にPSのソフト「クーロンズ・ゲート~九龍風水傳~」のファンにとっては強い既視感を覚える写真が数多く収録されており、二重の意味で大いに楽しめるだろう。
九龍城砦の退廃美を見たいなら
この写真集は、まだ九龍城が取壊される前の風景が映されている。
混沌としながらも絶妙な均衡で成り立つ九龍城は、ぜひ一度、この
目に入れておくべきだろう。廃墟の中でもここまで「何か」による
美しさを放つ場所は、そうはない。


価格: ¥ 1,040
ユーズドストア価格: ¥ 408
出版社: 文藝春秋 文庫
カスタマーレビュー: 8 件
最後まで読んで初めて題名の意味がわかる。
香港返還という歴史的一大事のとき、わたしは小学生だった。
当然香港がどのような境遇におかれていたかを知る由もなく
返還されてよかったね、ぐらいなすっとぼけた感想しか持たなかった。
そして香港に興味を持つことなく22歳になったわたしは
あっという間に苔を生やしていた。


香港の人々は、強くてたくましい。
それは過去への執着が未来への適応能力を鈍化させるという
考えがあってこそで、その考えが香港を育ててきたし
その姿勢に見習わなくてはならない部分も多いにあると思う。
日本人も、のんびりと苔を生やしている場合ではない。


でも、饅頭職人の阿彬、中文大学同級生の阿強の中に
強さのなかにある脆さに人間らしさを見れて良かったとも思う。
香港という街が少し身近に感じられるようになったことが嬉しい。
稀有な出来。
一人の写真家が書き上げたノンフィクションものの著作としては稀有な出来。
広東語を解する好奇心旺盛な著者の感性が、中国華南経済圏の植民地である香港とマッチした珠玉の作品。

ノンフィクションものなので、「もっとシビアな見方をしてもいいんじゃないのか」などなど、思うところはたくさんあったが、それ以上に著者の風景描写(写真家だからなのか、風景を描く文章がなかなか見事)と、人間に語らせる力には、素直に驚いた。
生活の視点から、香港人の語りを鮮明に聞き取れる著者の技には脱帽である。

返還前後の香港の姿を把握するのに、一読の価値はあるだろう。
リアルホンコン
香港について日本人が書いた本はたくさん読んできた。でもこの作品ほど客観的で、地に足の着いた作品は知らない。
喧騒に圧倒され、食を楽しみ、ショッピングがてらの街歩きにいそしむ。そういうビジター的な、現地人との接触がないものとは違い、香港の気候そのまま、肌にまとわりつくような人との親密さが感じられる。
それでも客観性を失わず、ドライな読み口なのは、著者の文章力。簡潔なのに味のある魅力的な文体。
何度読み返しても楽しめる逸品。
香港へ行きたくなります
香港を、香港の人を、自分の目で見たくなりました。 人が生きる姿がリアルに迫って来る。 香港返還前後の話ですが、あまり古びた感じはしません。 率直な文体もいい。 香港に行くならガイドブックもいいですが、この本はうってつけ。分量は多いが、じっくり読んでみてください。
怒濤の香港ピープル
返還前後の香港生活のお話。住環境は劣悪、中国からの密航者と貧民であふれかえる下町。
返還前の不安と期待が入り交じった複雑な社会心理。中国共産党に対する不信とイギリス
に対する嫌悪。いろいろなことが入り交じって将来像が全く描けないのであるが、それでも
たくましく生きていく香港人。
日本ではまず出会うことは無いであろう重たい歴史を背負った老人。
ただ座っているだけでもつよい魅力を感じないわけがありません。
人と人の距離がすごく近く、言いたい放題自分の主張を押し通していきます。人間的で
暖かいようにおもいました。また、大爆笑シーンに一番の幸せをかんじます。
そう、日本人が外国人といっしょに笑えるということはめったにありません。
まず、言葉の壁をのりこえることと、笑う土台となる相互理解された常識がないと同じ
ところでわらえません。
アジアの人々に対する友情を感じました。(アジアの国家に対するという意味ではなく。)
心に残る名著でした。



価格: ¥ 571
ユーズドストア価格: ¥ 1
出版社: 筑摩書房 文庫
カスタマーレビュー: 2 件
面白くってタメにならない本
歴史的名著?の「香港の旅の雑学ノート」の続編とも、焼き直しとも言える一冊。ショッピングとグルメの街としか香港を見ない人や、ペニンシュラ・ホテルのアフタヌーン・ティーを楽しみたい旅行者には無縁の本。屋台で雲呑麺を食べたり、重慶マンションなどの安ホテルに泊まってみたいなどという人には、ぜひおすすめ。面白くって、絶対にタメにならない本。(松本敏之)
内容は少々古いが、文章が素晴らしい
香港に住んでみた系の本では最高の出来。
内容は少々古いのだが、かなり読ませる文章。レトリックが素晴らしい。

香港を、見た目ではなく心から好きな人にお勧めしたい一冊。

香港を、買い物するところだ、と思っている人には全く勧めません。

at 広東省深圳, 中国 on 06/Jun/1999

Posted by snotch at October 26, 2002 5:55 PM
 前回1996年12月に返還前の香港を訪れたときとには沢山あった,音楽CD、VCD、ソフトウェアの海賊版が表通りから姿を消している。以前にはそこらじゅうで堂々と販売が行われていたが・・・.と思ったら、旺角(モンコック)にはまだまだあった。CDだけではなくて、ロレックスディズニーのキャラクターものなどが人気の商品だ.まだしばらくは,当局と業者のいたちごっこが続くのでしょう.

 中国本土への入り口、羅湖 ( Lowu ) までは列車で僅か 40分足らず。中国に返還されたとはいっても、その境は厳重に警備され、万人が自由な行き来ができるわけではない。入国審査のようにパスポートをチェックされ、入境のスタンプを押される。後になって、広州 ( Guangzhou ) に住む中国人から聞いたのだが、命がけで海を泳いで香港を目指す本土人も多いとのこと。国境?を越えると深圳( Shenzhen )の駅前広場にでる。野球場に匹敵するほどの広大なスケールの広場で、車やバスが発着している。
 高速バスで広州(Guangzhou)へ。日本と比較しても全く遜色ない質の高速道路とバス。この辺り、俗に言う「中国沿岸部」の典型的な光景だ。広州への高速道路の両脇は、全く同じ色、形、大きさのマンションが視界いっぱい先まで続く。

at 広東省深圳, 中国 on 06/Jun/1999

at 広東省深圳, 中国 on 06/Jun/1999

at 広東省広州, 中国 on 07/Jun/1999

Posted by snotch at October 27, 2002 7:16 PM
021027_01.jpg 今日は暴風雨警報「シグナル8」の台風。夕方まで外に出られない。この時期、この辺りでは、天気が東から西へ移ろうという出来事を、テレビで見て驚いた。世界中どこでも、少なくとも北半球は、西から東に移ろうものだと思っていたので・・・。ちなみに、この台風の名前はマギー。張曼玉?台風の名前は男女交互かつアルファベット順に命名されるとのこと。つまり、次の台風は頭文字がNで始まる男性の名前。
 午後遅くに、市場をのぞきに行く。ありとあらゆる食材が並んでいる。漢字を読めてしまうので、見た目なんだか得体の知れないものでも、正体がわかってしまう。市場はジャンル毎に区画が分かれていて、頭上にぶら下がったプラカードにジャンル名が書かれてある。乾物コーナー、食肉コーナー、野菜コーナー・・・とまあここまでは普通。しかし、その後が続く。野鳥コーナー、野生生物コーナー、水生生物コーナー・・・・。高さ、25cmほどの樽おけいっぱいのゲンゴロウ君達。何とか脱出しようと、しきりにぴょんぴょんと跳ねるのだけれど、皆一様に、あと3cm足りず、見るに忍びない。


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at 広東省広州 on 08/Jun/1999

Posted by snotch at October 28, 2002 3:00 PM
 広州(Guang zhou)3日目。夜8時頃散歩に出る。今の宿は、沙面(Shamian)という場所にあって、川版の出島のようになっている。川に沿って歩いていると、独特なテンポのテープ音楽に合わせて、皆が太極拳をしている場面に出会った。中国の人たちは、普通に太極拳をするんですね。非常にポピュラーな日常という印象を受けました。

at 広東省広州 on 08/Jun/1999

at 広東省 on 09/Jun/1999

Posted by snotch at October 29, 2002 10:22 AM

at 広東省 on 09/Jun/1999

at 広東省 on 09/Jun/1999

 本日移動日。梧州(Wu zhou)経由で陽朔(Yang shou)へ向かう。梧州までは船での旅。海ではなく、内陸部を船で移動するのは大陸ならではの体験。川は泥で濁っており、時折鼻をつく臭いが漂う。

 17:00に出発し、西へ向けてゆっくりと進む。工場や貨物船の景色がしばらく続き、いっこうに郊外に出る気配がしない。広州をぬける前に日が暮れた。

at 広西省梧州, 中国 on 10/Jun/1999

Posted by snotch at October 30, 2002 9:40 AM

朝、目覚めて窓を開けると、緑一面の光景。川幅は広く、流れがわからないくらい緩やか。丘のてっぺんに、大きな楕円体状の岩がつき刺さっている。いや、勿論、突き刺さったわけではないけれど、後から刺さったたように見える。

正午過ぎに広西(Guanxi)省梧州へ到着。バスの出発までには時間があるので散歩。英国からのカップルと一緒に。彼ら、全く漢字が読めないからな・・・。不安なんだなきっと。ちょっとした丘にある西竹寺という仏教寺へ。眺めはいいけど、なんてことはないなあ。

17:30、バス出発。突然天気が崩れ、雷雨が続く。辺りは暗闇なので、雷が光ると景色が浮かび上がる。加えてちょっと悪路でよく揺れる。0:00をまわった頃、道路脇の食堂の前で一旦バスが止まり、乗務員達が食事をとり始めた。もうすぐつくはずなのに・・・僕もお腹減ったなあ・・・早く行けよ、ど思った。深夜1:30に陽朔(Yangshou)に到着。とりあえず今日は珠陽飯店でおやすみなさい。

at 広西省陽朔, 中国 on 11/Jun/1999

Posted by snotch at October 31, 2002 2:42 PM

陽朔(Yangshuo)というと聞きなれない人も多いと思いますが、桂林(Guirin)といえばわかるでしょうか?桂林からバスで30分ほどのこの町は、桂林のような奇山の連なる景色に囲まれ、かつ、桂林のように都会でなく静かなことから、外国人バックパッカーのちょっとした溜まり場のようになっている。メイン通りには西洋人向けレストラン付きの手ごろな値段の宿が並ぶ。こういう場所は中国においては珍しい。僕らが普段考える「サービス」という精神が、一般に無いこの国で、宿は完全に西洋人好みにオーガナイズされ、レストランは中華風洋食をだし、宿の小姉(Xiaojie)は愛想が良い。西洋人にとってはパーフェクトである。
しかし、宿付随のレストランの中華風洋食はちょっといただけない。1分も歩けば市場があって、その傍の食堂でおいしい中華が数分の一の値段で食べられるのになあ。漢字が読めないとは、中国においては致命的だ。

川辺で知り合った中国人男性の家にお邪魔する。学校の先生をしているとのことで、片言だが英語をしゃべる。しかし、彼の英語、決して英語が得意でない僕が考えても、英語の先生としては失格である。6畳程度のコンクリートに囲まれた部屋に、ベッドと机があるだけのシンプルな部屋。愛読書は机の上の毛沢東。いまだに毛沢東の影響力は衰えないようで、彼にまつわる話をいろいろと聞かされた。家を後にして2人でバス停の裏の食堂へ。まだ、量の感覚が良くわかってなくて、たのみすぎてしまった。

at 広西省陽朔 on 12/Jun/1999

Posted by snotch at November 1, 2002 2:36 PM

自転車をかりて月亮山という小さな山を目指す。田圃のなかのだだっ広い道を走る。月亮山、誰が名づけたか知らないが英語名は Moon Hill。なぜかというと、山の真中に半月状の穴がぽかっと空いているから。この山、見た目以上にハードです。湿度が高く、目の中に汗が入ってくるほどの量の汗をかく。月型の穴、実際にその場へ行くと、下から見るよりもずっと大きい。

頂上を目指して歩いている途中、割れてから間もないと思われる岩が地面から突き出して露出していた。普段外側に見えている灰黒色の岩の表面下には、真っ白に輝く半透明の岩石が隠れていたのだ。ぽこぽこと山が連なるこの風景、もし空気が無くて表面が酸化しなければ、クリスタルの剣山が果てしなく林立するような、とても素敵な光景なのかも、と想像してしまった。

月亮山のチケット裏
月 亮 高 高 桂 山 头

鸭 子 觅 水 不 抬 头

卧 虎 当 中 守 九 牛

美 女 梳 妆 在 后 头

at 広西省陽朔 on 13/Jun/1999

Posted by snotch at November 2, 2002 4:16 AM

富利(Fuli)という村を目指して貸し自転車をこぐ。このあたりを探索するのには、スピードの面で自転車がちょうど良い。それぞれのぽこぽこ山の東側の袂に、たいていちょっとした集落があって、その周りに田圃が広がるというパターンが続く。最初は見慣れない風景なので良いけれど、こう同じパターンがずっと続くと、さすがに飽きてくる。どこまで行ってもぽこぽこ山の連続だ。

at 広西省陽朔 on 14/Jun/1999

Posted by snotch at November 3, 2002 12:01 PM

中国を旅していると、語学留学中の日本人によく出会う。当然のことながら、彼らは僕よりもずっと流暢な中国語を操るので、彼らの後をついていったり、彼らと中国人を交えて会話をすると非常に得るところが大きい。

宿のカフェで、留学生と中国人の女子高校生がしゃべっているところにお邪魔した。日頃、何が楽しい?などと、取るに足らない質問を投げかけていた。そんなやり取りの中、「日本がどこにあるか知ってる?」という質問に対して、「えっ?」というような顔をするのでどうしたのかなと・・。すると、留学生の彼が、「彼女、日本が中国の一部だと思っているみたい」と教えてくれた。本当にそうだと思っているのか、あるいは、本当は日本が独立国家だということを知っているけれどそう思いたくないと言っているのかは、大きな違いだ。そこで、「どうして日本が中国だと思うの?」という問いを発してみたところ、「日本の天皇陛下は中国人にそっくりじゃないのよ」という答え。つまり、後者である。天皇陛下という言葉が出てくる辺りから、教育の一環でそう教えられたのだなあと推測できる。中国で、どれくらいの人々がそう思っているのかはわからないけれど、この場所で出会った女子高校生がこういうことを言ったのには少々驚いた。

at 広西省陽朔 on 15/Jun/1999

Posted by snotch at November 4, 2002 6:09 AM

旅行者にとっては居心地が良いのだろうか、この街には長期滞在者が多い。中国では、外国人が泊まってよい宿、だめな宿があって、最低でも中の下クラスの宿が、少ない選択肢として外国人に提供される。それらの宿は立地的に分散していることが多く、普通の街だと大抵は、外国人は数件の宿にまとめられて分散する格好となる。宿を選ぶ自由はほぼ無く、宿が通りに集まるということもない。移動、宿泊、観光などの局面で、外国人の行動は常に管理下におかれているように感じてしまうので、疲れることもしばしば。しかし、ここ陽朔では西街(Xijie)通りに沿って個性的な外国人用の宿が並ぶものだから、自由に宿を見て選ぶことが出来る。そして、なんといっても英語が通じてしまう中国では稀有な場所なのだ。人々の対応も極めて旅行者慣れしたもので、これはもう外国人向けのテーマパークといってもよい。そろそろ出たほうがいいな。

at 広西省陽朔->南寧, 中国 on 16/Jun/1999

Posted by snotch at November 5, 2002 12:35 PM

021105_00.gifここ陽朔から桂林 ( Guilin ) へ出て、バスを乗り継ぎ広西 ( Guanxi ) 省の省都、南寧 ( Nanning ) へ、そして一気に雲南 ( Yunnan ) 省の省都、昆明 ( Kunming ) へ行くことに決めた。丸一日、移動日。
桂林にて、南寧行き夜行バスの出発を待っているまでの間、映画館に入ってみた。チケットを買って、入ってびっくり、なーんにも見えないー。客席どこなの?誰かいるの?状態。ジェームス・タレルの「Backside of the moon」ばりである。5分ほど経ってようやく座席と階段が見えるようになった。スクリーンも薄暗い。映画はというと・・・寝てしまいました。

at 広西省->雲南省昆明, 中国 on 17/Jun/1999

Posted by snotch at November 6, 2002 11:59 AM

早朝5:30、南寧に到着。昆明への列車の切符を買うため、市内バスで駅まで行く。中国本土の列車を利用するのはこれがはじめて。軟臥、硬臥、軟座、硬座の順にランクが下がり、値段も安くなる。臥は寝台の意味で、あとは文字を見ていただければそれぞれのランクを想像してもらえると思う。拷問じゃあるまいし、なにも硬座なんていう名前にしなくても良いではないかと思う。ちょっと甘えて硬臥を買おうとしたが、あえなく 「没有 ( meiyou ) 」 で却下。硬座の切符を買った。まあ、席が予約できるだけありがたい。
列車の出発は 17:51なので、しばらく時間がある。駅に荷物を預けて、南寧の街中にある白龍公園へ。やしの木の下で、マージャン、楽器の演奏、デート、家族サービス、踊っている人など様々。なにか奇妙だ。

at 雲南省昆明 on 18/Jun/1999

Posted by snotch at November 7, 2002 10:34 PM

列車は定刻よりすこしはやい 12:30 頃、雲南 ( Yunnan ) 省昆明 ( Kunming ) 駅に到着。昆湖ホテル、フロントの小姉は、なんとも無愛想だ。というか、これが標準だけれど、いままで陽朔にいたので「無愛想である」と感じてしまう。昼食を採った後、丸2日の移動の疲れがでて、しばらく昼寝。

目がさめると、夕方。宿で、タイ人の女の子と知り合う。北京に留学していたそうで、英語、中国語ともにかなり流暢に話す。夕食を食べながら、ずっとしゃべってくれた。きっと孤独なんだろうな。最近、北京がイヤになって、逃げてきたらしい。北京の食べ物も彼女にはあわなくて、ここ雲南までくるとラオスがすぐだから食事もタイ風味に近づくと言う。
タイではお嬢様だったんだろう。なんでもおじさんがタイの有名銀行のお偉いさんで、父親が日本人の大学教授(離婚)という環境で育ち、いきなり海外に出たものだから・・・。
タイのクラブで、うたのアルバイトしていたとかで、散歩しながら歌をうたってくれた。とてもやさしい子なだけに、これから苦労するのが目に見えている。お互い旅の身でなければ、友達としていつでも相談にのってあげられるけど、どうしていいのかわからなかった

at 雲南省昆明 on 19/Jun/1999

Posted by snotch at November 8, 2002 11:05 AM
 今,昆明では,園芸の世界博覧会が開かれている.外国人は100元取られると聞いて、郊外まで出かけて行く気を削がれる.会場までいかなくても,街を歩けばリンリンにあたるとばかりに,マスコットのリンリンが幅を利かせている.旗とシールのたなびきかたも尋常ではない.
 道がとにかく広い.無駄に広すぎる道路に対してどう接して良いのかわからなくて案外困った.とりあえず,道のど真ん中でシャッターを押してみた.広すぎる道の真ん中に立つと,車が全く通行しなくても,端っこに行きたく衝動に駆られることが判明した.


at 雲南省開元 on 20/Jun/1999

Posted by snotch at November 9, 2002 3:50 AM
 動物園に行ってみた。しかし、あまりにも動物たちがかわいそうで、ちょっとみていられなかった。駱駝なんて、駱駝の原型を今にも失いそうだったし。街を歩く。無意味に広場が広かったり、無意味に建物が大きくデンと構えていたり。狭い土地を分けあってきた日本人にとっては、きっと不思議な光景に映るでしょう。
 夕方、昆明を出発し元陽 (Yuanyang)に向かう。以前、旅行者から話を聞いて、行ってみようと思っていた場所のひとつ。元陽まで直接には行くこととができないので、一旦、ベトナムと昆明とをつなぐの幹線道路を南下する。ベトナムとの国境、河口 (Hekou) という町と昆明とのちょうど中間地点に位置する、開元 (开远, Kaiyuan)という街まで向かう。開元には22:00頃到着。手頃そうな宿があったので交渉したが、日本人(外国人)とわかると、だめだしを食らった。結局、一泊75元もする「~大酒店」に泊まるハメになった。


at 雲南省元陽 on 21/Jun/1999

Posted by snotch at November 10, 2002 10:37 PM
 朝一番にバスは出発。まず、幹線道路沿いに、个旧(Gejiu)という町まで行く。ここまでは順調。バスの人員が少なくなったので、別の元陽行きバスに合流して乗り換えさせられる。急に道が悪くなり、斜面に沿った崖っぷち道を走る。さらに少し進むと、道は紅河 (Honghe) に沿って走る。その名のとおり、流れる水が川岸の土と同じ濃い赤茶色をしている。水量が多く、色が濃いので、とても力強い印象の河だ。辺りには亜熱帯の植物が生い茂り、東南アジア独特の湿気を感じる。ここから南へ100kmも行くと、もうそこはラオス。
 中国の長距離バスは昼食時や夕食時には一旦停車をして,運転手や乗務員が腹ごしらえする.どこの、どの食堂に行くか,乗客にとっては運任せで,運転手の一存によって決定される.
 夕方になって,バスはどんどんと高度を上げ始めた.辺りには棚田が広がっていて,山の頂上付近に小さな町が見える.元陽到着.

at 雲南省元陽 on 22/Jun/1999

Posted by snotch at November 11, 2002 11:40 PM

中国は、国に公に認められているだけでも55の少数民族 [ China Internet Information Center ] が暮らす多民族国家だ。少数とはいっても、少数民族全体で1億近くの人口になる。我々日本人にとっても、チベット族、モンゴル族などは良く知られており、人口の多い部類の少数民族であるが,中国のなかで、最も多くの少数民族(人口ではなく民族数)が暮らしているのはここ雲南省。
 元陽 (元阳, Yuanyang) 周辺には、傣(dai),彝(yi),壮(zhuang),哈尼(hani),苗(miao),摇(yao),など多くの少数民族の人々が実際に住んでいる。あたりまえのように民族衣装を普段着として着飾り、町の中まで野菜を売りに来たり、道端で世間話をしていたりする。本当に、皆とてもオシャレなのだ。

at 雲南省元陽 on 23/Jun/1999

Posted by snotch at November 12, 2002 10:46 PM

中国の街で、元来漢人の住んでいなかった場所では、新市街、旧市街という形で、そこに住む民族によって街が完全に分離している。ここ元陽も、バス停のある周辺は漢人の街であって、本来ここに街が存在していたわけではない。中国政府の少数民族への対応に関して、少数民族の不満の声があることは確かなようだ。ここからさらに西へ200km程行った所に、西双版纳 ( xi shuang ban na ) という地域があって、独立運動が存在するという話を複数から耳にした。西双版纳まで行くと、文化的に(少数民族の)、ほぼタイ、ラオスと同じである。

政府としては、ここの棚田を世界遺産として登録しようと、あらゆる手段を試みているらしい。どうも、中国のお役所の手が入ると、その場所の魅力が半減してしまう。中国人観光客と、外国人観光客とで観光地に求めるものが違うと言われてしまえばそれまでかもしれない。でも、僕の感じたところでは、はっきり言ってセンスが感じられない。人工物は映画のセットのように、自然は箱庭のようになってしまうのだ。住んでいた人まで変わってしまわないことを願う。でも、ここの棚田だけはスゴイ。よくも、こんなに棚段を作ったものだと感心するし、見た目も美しい。

こんな山の上で夕陽に照らされながらダンスをしている。よく考えてみると、とっても贅沢なシチュエーションだ。

at 雲南省元陽->昆明 on 24/Jun/1999

Posted by snotch at November 13, 2002 10:11 PM

午後のバスで、再び昆明へ戻る。

中国の中長距離バスでは、寝台バスというジャンルが確立されている。「すごいじゃあないか」という声が聞こえそうだが、これがなかなか曲者なのだ。一人あたり、畳の半分ほどのスペースが割り当てられ、乗客は完全に横になることが出来る。横になるということは、つまり、結果的に靴を脱ぐことになる。すると、たちまち車内には芳香が漂い始め、出発する頃には嗅覚が幾分麻痺してしまう。全部が全部のバスがそのような状況であるというわけではなく、沿岸部ではあまり無いことではあるが、田舎に行くほどその確率は高くなる。今回のバスは中国で3度目なので、既に心構えも出来ているから大丈夫。でも、最初に洗礼を受けたときには、「うっ、マジ」としか発声できなかった。でも今は、窓締め切っていても全然、平気。人間、慣れるものです。

あまりにも有名な你好便所も、既にそつなくこなしている。元陽では、僕の人生において最強のトイレに出会った。まず、あまりに足元が危険で、穴まで絶対にたどり着けない。ここでするくらいなら、外で人に見られながらのほうがまだマシ。みんな、穴までたどり着けないものだから、危険なエリアがどんどんトイレの周辺に広がって、専らみんなトイレの入り口で用を足している。何のためのトイレなんだよ!と思ってしまうが、郷にいれば郷に従え、長いものには巻かれろ、である。

at 雲南省昆明 on 25/Jun/1999

Posted by snotch at November 14, 2002 4:48 PM

早朝6時過ぎ、昆明到着。
途中でパンクしたりで、予想以上に時間がかかってしまった。しかし、寝台バスは慣れると、以外と楽なものだ。道が良ければの話だけれど。先日宿泊していた同じ宿へチェックインし、9時頃まで眠る。
昆明の観光地らしいところにも行ってみようということで、西寺塔を訪れた。唐の時代(824-859)建立の塔。塔の周囲は小さな公園のようになっていて、一番外周に塀が巡らされている。入場するには、その塀の門をくぐらなければならない。塔のプロポーションは格好良いものではないと思った。なんだか、ずんぐりむっくりなのだ。
塔よりも、塔の周囲の広場で、皆熱心に麻雀に勤しんでいたのが印象的。

こんな意匠初めて見た!この地下道を降りて行くとどんなことが待ち受けているんだろうかと想像力をかき立ててくれる入り口だ。しかし、この「ようこその手」、あまりにもリアルすぎないだろうか?だって、手相の皺まで、克明に再現されている。「welcome」の気持ちはよく伝わってきますけど・・・。ひょっとして、売ってたりして。


園芸博覧会なのに・・・。

at 雲南省昆明 on 26/Jun/1999

Posted by snotch at November 15, 2002 8:34 PM
宿で出会った日本人旅行者が、どうしても石林 (shilin) に行きたいというので、バスに乗って同行した。昆明の南東約120kmの所にある、中国でも有数の観光地である。案の定、中国各地からやってきた観光客でごった返している。おそらく、迷子にならないようにと黄色いキャップを被っている人が多いのだが、ここではかえって判りにくいように思うのだけど。


 ひときわ大きな石柱や、形のユニークな石柱には名前が付けられていて、石の真ん中にその名前が、デンと朱で掘ってある。何故このようなことをわざわざするのであろうか。
 日本人はなるべく人の手が入っていないものを自然と見なす傾向があるし、あるいは、現実には人の手を入れるのだけれども、なるべくその人為的なものが表に出ないことを好む。自然のままの自然など、ごく一部の地域を除いては有り得ないことを皆わかってはいても、多くの人は、やはり”自然らしい”自然を好む。大抵、”自然らしい”自然に、「ああ、ええなぁー」となる。
 一方、中国人の場合はどうなのか。石の柱に「石林」と掘るというように、自然は自然らしくあるべきと言う考えは、あまり感じられない。また、その行動は、徹底した記号化であるとも言える。何か得体の知れない自然を、記号化する。漢字の生まれた国だけに、シンボル化の能力に長けていることは間違いないだろう。きっと,「StoneForest」では全然だめで、「石林」なのである。
 さらに行動をよく見てみると、必ず背景に石に彫られた文字と石柱をいれて、写真を撮っているようだ。何よりも、ここにいたという確固とした証明にはなるだろうけれど。


おまけ。モノクロの虹がでた

at 雲南省大理, 中国 on 27/Jun/1999

Posted by snotch at November 16, 2002 11:07 PM
 朝10時、昆明をバスで出発。下关 (xiaguan) 経由で大理 (dali) へ向かう。

 中国政府の西部大開発計画、世界博覧会、1997年に丽江 (lijiang)が世界遺産認定という、3つの要因と関係するのだろうか。高速道路は出来たばかり、マイクロバスは100km/h のスピードで走る。中国の南端にまで来て、このような高速道路を走るとは予想だにしなかった。僅か6時間で下关に到着。

 今、中国には、お金があるところにはある、無いところにはない。ものすごいスピードで開発が進む一方、その波において行かれたものは取り残されるばかり。よく、沿岸部と内陸部の経済格差が指摘されるが、もう少しミクロな視点、例えば雲南省のなかだけで見ても、経済格差によって生じた矛盾はいたるところに見られる。雲南の省都昆明と、雲南の地方における物価を比較した場合、物によっては2倍程度異なることもあった。

 日が暮れる頃、今日の目的地、大理に到着。第四招待所 (榆安园) に宿をとる。大人数のドミトリー形式の宿は、中国では始めてである。前にも書いたが、中国では外国人が泊まれる宿が限られていることもあって、たまたま今までにドミが無かったというだけの話だ。1ベッド1泊10元とお手頃な値段。中庭が広く、植物が生い茂っているので、日中でも涼しそうだ。そして、案内された部屋は全員日本人。陽朔と同様、集まっている場所には、集まっているものだ。

at 雲南省大理 on 28/Jun/1999

Posted by snotch at November 17, 2002 2:58 PM

大理の街を散策する。しかし、またもやテーマパークである。

土産物屋さんが軒を連ね、物売り、旅行者が闊歩する。lonely planet China 6th edition によると、大理は陽朔とならんで、中国で西洋人旅行者がバケーションを楽しむことのできる、数少ない場所のひとつだとある。ここでは、かなり'本物に近い'、カプチーノ、ピザ、チーズバーガー、親子丼、等々を食べられるのだが、これは北京でもなかなか無いレベルかもしれない。アジアの国々において、多くの場合、現地人が経営する食堂で出されるバックパッカー向け西洋料理、日本料理には期待を裏切られる。過去の旅で、カレー味の親子丼、チーズの入ったすき焼き、スパゲティと偽ったうどん、などいろいろ食べてきた僕の主観であるが、大理はレベルが高いと思う。

「おいしい中華料理を食べられるのに、何故、親子丼を食べるのか?」 もっともな問いだ。でも、食べられるときに食べておかないと、次に醤油風味に出会えるのはいつになるか全くわからない。西洋人からすると、日本人は醤油の臭いがするらしい。山手線なんて、醤油の臭いが充満しているらしい。僕たち日本人の体の成分には、きっと醤油が含まれていて、幾分、中毒性すらあるんじゃないかと思う。

大理には、外国人バックパッカーだけではなく、中国人の観光客も大勢やってくる。石林や陽朔と異なる点として、街がそれぞれのニーズに合わせるようにエリアが分かれていて、両方が共存しているところが面白い。外国人バックパッカーが中国の観光文化に触れることもできるし、逆も可能。食堂などは、中国人観光客と外国人バックパッカーが混在している。

大理石の大理に来て、ハンコを作らないわけにはいかないので、自分のハンコと土産用のハンコをつくってもらった。

at 雲南省大理 on 29/Jun/1999

Posted by snotch at November 18, 2002 11:57 PM

大理からバスで30分ほど北へ行ったところに、周城 ( Zhoucheng ) という町がある。この町は藍染めで有名ということを聞いていたので、ぜひその現場を見てみたいと思い、訪ねた。幹線道路から少し入ったところに大きな木が2株そびえていて、その周囲は広場になっている。そこにはどこからともなく人が集まり、露天も出ている。どうやら此処が町の中心のようだ。町というよりも村といったほうが僕等の感覚には近いかもしれない。藍染めを行っている民家を探して歩き回るのだが、いっこうに見つからない。この辺りの民家は、どこも周りが高い塀で囲まれていて、外からは内部の様子が全くうかがい知れない。中国的だと言ってしまえばそれまでだが、中が見えないぶん、家や蔵の妻壁の意匠に様々なバリエーションがあって、外から唯一見える部分だけはオリジナリティを出そうとしている様がおもしろいなと思った。

歩き回るうちに、藍染めの民家を見つける手がかりを発見した。道の脇に水路があるのだけれど、そこが藍の色で染まっている水路と、そうでない水路があることに気づいた。つまり、藍の色で染まっている水路に沿って、藍が流れてくる方向にさかのぼってゆけば、たどり着けるということだ。とある藍染めの民家の中庭に入れてもらい、藍染めの様子を見せてもらった。そこには、味噌を仕込むときのような大きなたるが3つあって、染まり具合の程度によって順番に染め上げてゆく。初めのほうは、緑色をしていたものが徐々に染め上げられていくにつれ、濃い藍の色に染まってゆく。藍の強烈な香りをはじめて体験した。

藍染めの布を3枚ほど購入させてもらい、周城をあとにする。そこから喜州 (xizhou) という村まで徒歩で約2時間ほど。町の雰囲気は周城と似ているのだが、道がより狭くて迷路状になっており、道の両脇は民家の塀でふさがれているので、さながらイスラムの迷路状都市を彷彿させる。閉じれば閉じるほど、唯一外から見えるファサードの意匠は凝ったものになるのだろう。格子をはめたり、様々な形の風穴を開けたり。
喜州の村の入り口にあるバニヤンの大木は地霊を感じさせるごとく立派なものだ。おそらく白鷺なのだが、木の上に大量の巣を設けていて、糞で葉っぱも地面も真っ白だ。

at 雲南省大理 on 30/Jun/1999

Posted by snotch at November 19, 2002 11:31 PM

自転車のことを、中国語で書くと、自行车 (zixingche) である。
自行车をレンタルして、洱海湖 (erhai hu) へ。大理の東側はずーーっと田圃が広がっている。湖沿いの村までは、思った以上に距離があった。村は湖に沿って細長く伸びている。

この時間の流れの遅さは一体なんだろう。老人たちが何をするでもなく、たむろして話をしている。僕がそばを歩いていても、いっこうに彼らの視界に触れていないらしい。

と、どこからともなく香ばしい香りがしてくる。屋台の揚げ物屋だ。洱海湖では、魚やえびがよく採れるらしく、湖の岸辺には、漁のためのボートが連なって停泊している。きっと採ったばかりのえびなのだろう。くしに刺して唐揚げにする。塩と唐辛子で味付けをして、わずか3分で出来上がり。それはそれは至福のひと時でありました。