帯改)オウム真理教事件10年目の証言本
Category : [Fun]
Posted by snotch at November 1, 2006 1:45 AM

The book includes shocking testimony! Ten years passed since the series of serious crimes by Aum Shinrikyo members.
Book: 黄泉の犬
カスタマーレビュー: 14 件
読み物としては面白いがインド旅行、麻原彰晃の原体験、ヒマラヤ聖者の実像を明らかにした傑作と聞いて、読みました。
たしかに、麻原が水俣病未認定患者という仮説を検証していく過程や、インドで死体を喰う犬の群れとの格闘、インドで偽空中浮揚を見破るシーンなどは臨場感があります。
また著者の独特の視点から見るインド、麻原とオウム、現代若者論など、読み物として面白いものでした。
ただ全体を貫くテーマや著者のスタンスが、初めて著者の本を読んだ私には、分かりにくく感じられました。
麻原彰晃の実兄のプライバシーに配慮して連載が中断され、性格の異なる連載が一冊にまとめられたという後書きに一応納得しましたが、何となく違和感がある。
思うに、著者の立ち位置が、紀行文とドキュメンタリーと思想書の間で定まらないように見えるせいかもしれません。
オウムの青年の旅と著者の旅は、宗教という体制に簡単に染まるか、頑なに拒むかという点で正反対だと筆者は言います。
そんな第三者的視点が、興味深い分析をもたらしています。しかし正反対の道はコインの表裏であり、本質は変わらない気がします。
つまり、どちらもインドの宗教を理解しようとしていなかった。そのことは、インドやそこで出会う人々、ある意味間抜けな聖者達に対して、著者の愛情があまり感じられない点に表れているように思えます。
著者がインタビューに成功した麻原の実兄にも、短い間に信頼関係を作るなど著者の懐の深さを感じさせますが、弱者と断言したり対象に対して冷たい印象を受けます。
仮説を積重ねるうちに仮説を超えて核心に至る。そこで生まれる爽快感が弱く、読後にモヤモヤ感が少し残りました。
インドで火葬場を見続けた著者が、肉体とこの世の無常を理解し、冷静に可能性を探る客観的な分析をした評論と見るか、対象と一線を引いて分析のもう一歩先の本質に迫らなかった体験記と見るかで、印象も変わるかもしれません。
メメント・モリの衝撃が…写真集「メメント・モリ」に圧倒されて以来、藤原さんの文章は多く触れてきましたが、この「黄泉の犬」は私としては今ひとつでした。第一章「メビウスの海」はするどい文明批評で、いつもの藤原さんの切れ味を感じましたが、表題にもなっている第二章の「黄泉の犬」が違和感がありました。ブックカバーにも表題にもなっているので、もっとも気持ちの入った章だったのかもしれませんが、私は「メメント・モリ」の写真の説明をしてしまっているように感じて、残念でした。あれらの写真はあの時点で充分に多くのものを語っています。無言の写真だからこそ圧倒的な力があったのだと思います。あの写真だけで、充分に「その写真以上のもの」を感じさせる力がありました。その背景の部分を語ってしまうと、逆に世界が貧弱になってしまうのではないでしょうか。私は、説明して欲しくなかったと思います。それでも、全体的には、いつもの藤原さんの切れ味は感じられたので、四点です。
初めて明かされる秘話といっても私が驚いたのは
麻原兄についてのくだりではない。
これまで長い間書かれずにいた、
「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」の
あの写真を撮ったエピソードに「その後」があったということ。
そしてそれを藤原新也がずっと書かずにいたというまさにそのこと。
藤原新也という表現者の本質について考えるとき、
本書で書かれた「事実」が持つ意味は限りなく深い。
『東京漂流』からの古い熱心な読者には、ある種の、
「腑に落ちる」感覚が必ずあるはずだ。
このエピソードを読むためだけでも購入の価値がある、
まぎれもない傑作。
宗教そしてインドを中心にした藤原新也の総集編写真家としての複眼視的な冷静さと正確さで宗教とインドの旅を記す紀行文。
さらに、その思考の発展の上でオーム真理教についても大胆なる仮説を提示する興味深い本である。たくましく、そして真摯に思考を重ねる著者の足跡に感嘆せずにはいられない。過去の著作に一気に興味をそそらされること請け合いのHidden Jewelである。
身体で読むBOOKデータベースの内容説明に「インド紀行完結篇」とあるように、これは旅の本である。
著者の文章を読みながら、我々は、そこに放たれる生々しい匂いを確かに嗅ぎ、
聞こえるはずのない砂漠の音を確かに聞く。
これは、身体で書かれ、身体で読まれる、旅の本である。
読み物としては面白いがたしかに、麻原が水俣病未認定患者という仮説を検証していく過程や、インドで死体を喰う犬の群れとの格闘、インドで偽空中浮揚を見破るシーンなどは臨場感があります。
また著者の独特の視点から見るインド、麻原とオウム、現代若者論など、読み物として面白いものでした。
ただ全体を貫くテーマや著者のスタンスが、初めて著者の本を読んだ私には、分かりにくく感じられました。
麻原彰晃の実兄のプライバシーに配慮して連載が中断され、性格の異なる連載が一冊にまとめられたという後書きに一応納得しましたが、何となく違和感がある。
思うに、著者の立ち位置が、紀行文とドキュメンタリーと思想書の間で定まらないように見えるせいかもしれません。
オウムの青年の旅と著者の旅は、宗教という体制に簡単に染まるか、頑なに拒むかという点で正反対だと筆者は言います。
そんな第三者的視点が、興味深い分析をもたらしています。しかし正反対の道はコインの表裏であり、本質は変わらない気がします。
つまり、どちらもインドの宗教を理解しようとしていなかった。そのことは、インドやそこで出会う人々、ある意味間抜けな聖者達に対して、著者の愛情があまり感じられない点に表れているように思えます。
著者がインタビューに成功した麻原の実兄にも、短い間に信頼関係を作るなど著者の懐の深さを感じさせますが、弱者と断言したり対象に対して冷たい印象を受けます。
仮説を積重ねるうちに仮説を超えて核心に至る。そこで生まれる爽快感が弱く、読後にモヤモヤ感が少し残りました。
インドで火葬場を見続けた著者が、肉体とこの世の無常を理解し、冷静に可能性を探る客観的な分析をした評論と見るか、対象と一線を引いて分析のもう一歩先の本質に迫らなかった体験記と見るかで、印象も変わるかもしれません。
メメント・モリの衝撃が…
初めて明かされる秘話麻原兄についてのくだりではない。
これまで長い間書かれずにいた、
「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」の
あの写真を撮ったエピソードに「その後」があったということ。
そしてそれを藤原新也がずっと書かずにいたというまさにそのこと。
藤原新也という表現者の本質について考えるとき、
本書で書かれた「事実」が持つ意味は限りなく深い。
『東京漂流』からの古い熱心な読者には、ある種の、
「腑に落ちる」感覚が必ずあるはずだ。
このエピソードを読むためだけでも購入の価値がある、
まぎれもない傑作。
宗教そしてインドを中心にした藤原新也の総集編さらに、その思考の発展の上でオーム真理教についても大胆なる仮説を提示する興味深い本である。たくましく、そして真摯に思考を重ねる著者の足跡に感嘆せずにはいられない。過去の著作に一気に興味をそそらされること請け合いのHidden Jewelである。
身体で読む著者の文章を読みながら、我々は、そこに放たれる生々しい匂いを確かに嗅ぎ、
聞こえるはずのない砂漠の音を確かに聞く。
これは、身体で書かれ、身体で読まれる、旅の本である。



































