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- November 2003 Archives -

Embed flash contents for MT

Category : [Movable Type, Web]
Posted by snotch at November 4, 2003 2:21 AM

031104_01.jpg 以前に、Microsoft 社に対する Eolas 社訴訟の結果、Internet Explorer の新バージョンにおいて仕様変更がなされるというニュースがありました。既に、IE 次期バージョンのPre Release が公開(msdn 解説ページ)されているので、閲覧側がどのような不利益を被るのか試してみました。Object タグや Embed タグで埋め込まれたアクティブコンテンツを含むページを閲覧すると、再生確認の為のポップアップウィンドウがコンテンツの数だけ現れて、煩わしいこと。
Macromedia の記事を参考にして、MT内のアクティブコンテンツを現状と同じように問題なく表示させるよう対応させてみました。

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at パキスタン フンザ on 22/Aug/1999

Posted by snotch at November 6, 2003 11:34 PM

ここは、僕らが生まれるほんの少し前、1974年10月までミール(藩王)制つまり、パキスタン国内の自治王国だった場所。現在はミールは引退しているが、地元の有力者として今でも存在感を保っている。
そのミールが700年前からすんでいたのが、バルチット城だ。標高2500mのフンザ村で、最も目立つ場所に堂々と建っており、現在は博物館として一般に公開されている。
城の周囲には、かつて王様に仕えていた人々が今でも生活しているので、当時の状況を尋ねることも可能だ。ある老婆の話を伝え聞くところによると、王国の時代が必ずしも幸せな時代ではなかったとのこと。
王国の歴史からすればほんの短い時間に時代は変わり、今では日本という国の小僧が王様の眺めを写真に収める。

at パキスタン フンザ on 22/Aug/1999

Posted by snotch at November 12, 2003 12:05 PM

Baltit Fort

reception room
reception room
kitchen
kitchen
kitchen to roof terrace
kitchen to roof terrace
vista from the roof terrace
vista from the roof terrace
space for nap
space for nap
sunroom on the top floor
sunroom on the top floor
bedroom on the top floor
bedroom on the top floor
banquet hall
banquet hall
external
external

at パキスタン フンザ on 22/Aug/1999

Posted by snotch at November 14, 2003 3:42 AM

夕方、カリマバード(フンザ)の周辺を歩いてみる。メイン通りには帽子や織物を並べる土産物店が軒を連ねるが、自分は何か欲しい訳でもないので、店先の品を眺めながら素通りして、村の外れへ。フンザ背後のウルタル峰が、圧倒的な存在感。

帰り際に再びメイン通りに差し掛かったとき、フンザ織物センターという薄暗いお店がなんとなく気になってしまった。店に足を踏み入れて帽子を物色していると、ふと何かの気配がした。自分が入ってきた入り口のほうを振り向くと、ドアの脇に凛々しい男性が気配を殺して座っているので驚いた。フンザ帽に鳥の羽を挿し、顔には所々に凍傷のような傷跡があって、堂々としている。
この店にある織物や帽子は、彼の親父さんの手によるもの。彼の親父さんは、首相からメダルをもらうほどの織物織りの名人である。商品の値段は全てFixで、一切値引きはしないとのことだが、軒を連ねる土産物屋と比較すると、大分安い値段がつけられている。彼曰く、Original price 。帽子や織物を見る目が自分にあるとは思えないが、この目で見る限り、本当にOriginal Price のようだ。旅行者が集う場所にこのような店があるのは、海外では極まれ。よくわからない商売をしているこの人物に興味を覚え、彼について話を聞いた。
かつて彼は登山家だった。長谷川恒男という有名な日本人登山家がいて、91年にフンザの背後に聳えるウルタルⅡ峰に挑む際、サポート役として共にアタックしたときのこと。長谷川さんは、雪崩に巻き込まれて帰らぬ人となった。そのとき彼はベースキャンプにいたので命を落とすことはなかったが、それ以来、ぱったりと登山をやめてしまった。その後、長谷川さんの「土地の人の為になることをしてほしい」という旨の遺書が発端となり、登山仲間やパキスタン政府の協力のもと、「ハセガワ メモリアルスクール」という学校がフンザに建てられた。このような経緯があって、フンザには日本と深いつながりを持った人々が多く住んでいる。廉価でつつましく彼が商売をするのは、ことの経緯と関係があるのだろうと思う。
最後にお茶のお礼を言って、握手をして別れるときのこと。凍傷で硬く小さくなってしまった彼の右手に、またドキッとした。

at パキスタン フンザ on 23/Aug/1999

Posted by snotch at November 17, 2003 10:27 AM

朝から腹痛。このあたりの水は、上流の氷河が溶けた水。長い年月をかけて硬い岩盤を削りながらゆっくりと流れる氷河には、無数の微細な岩屑が大量に含まれているようで、その氷河が溶けた水は、慣れないお腹にはよろしくないようだ。一方で、氷河の溶けた水には、ミネラルがたっぷりと含まれていて、それがフンザの人々の長寿に貢献しているという説もある。

フンザ村では、パキスタンの公用語であるウルドゥ語ではなくて、ブリシャスキー語という言語が用いられている。後で、ギルギットで働くパキスタン人通訳に訊いたところ、平野部のパキスタン人はブリシャスキー語を全く理解できないというから、方言以上に違いの大きい言語である。人物も、いわゆるアジア人の顔とは特徴が異なる。濃い眉、深い二重瞼、青い目、濃茶色の髪の毛といった特徴をもち、「風の谷のナウシカ」の舞台のモデルだといわれてもうなづける。

Flash MX Professional 2004 problem

Category : [Web]
Posted by snotch at November 18, 2003 2:04 AM

やや致命的?

031104_01.jpg自分がずいぶんはまったポイントをご報告。Flash MX Professional 2004 になって大幅に機能強化されたユーザインタフェース コンポーネントですが、ComboBox を用いて作成した swf ファイルを、他の swf ファイルから読み込むと、リストがプルダウン表示できません。なぜComboBox だけ?

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at パキスタン ギルギット on 24/Aug/1999

Posted by snotch at November 20, 2003 3:43 AM

早朝5時起床。ジープの荷台に乗って、ギルギット(Gilgit)まで下る。フンザ川の崖岸上に沿う細い道を猛スピードで突っ走るので、おっかなびっくりである。途中、崖崩れで土砂が道をふさいでしまい、今日中に目的地に着けないかと思ったが、2台のブルドーザーがやってきて、ものの 2,30分で土砂を押しやってしまった。このあたりは、土砂崩れが日常茶飯事なので、応急処置の体制が整っているらしい。有難いが、ますます不安を掻き立てられてる。ツーリストは斜め上方を仰ぎながら祈るだけである。

at パキスタン ギルギット on 25/Aug/1999

Posted by snotch at November 22, 2003 1:15 AM

下界まではまだ遠いけれど、ギルギットまで下って来ると、ようやくイスラムの国(今までの国とは異なる世界)パキスタンを実感する。人々の顔の彫りがいっそう深くなり、立派なあごひげを蓄えた好漢をみかける。規模は小さいながらも、バザールのある通り沿いに細長く街が伸びていて、中心部付近には立派なミナレットをもつモスクや映画館まである。

欲望を掻き立てるものがなかなか見当たらない。街といえば、物欲、食欲、知識欲などを駆り立てる要素にあふれている状況をイメージしてしまうのだが、通りを歩いた限りではそういったものが見つからない。
そしてまた、外を出歩く男衆は、総じて凛々しい顔つきであるように見える。特に警官などは、四六時中腹を立てているのではないかと思うほど、眼光鋭いのも中にはいる。

at パキスタン ワガー on 01/Sep/1999

Posted by snotch at November 30, 2003 6:53 AM

TV局のアルバイトに数日間携わった後、ビザがすぐにも切れてしまいそうだったので、急ぎ足でインドとの国境の町までやってきた。ギルギット ~ ラーワルピンディ ~ ラホール ~ と、6~700kmの道程をバスを乗り継ぎ、ワガーに到着したのは16:30。ところが、国境は15:30に閉じてしまっていて、今日はインド側に渡れないことが判った。宿が無いので(ホントウはあるのだけど、なかなかに高価)ラホールに引き返そうかと一瞬思ったが、国境のすぐ手前にある土産物屋の主人が屋外ベッドを貸してくれるというので、国境に一晩留まることにした。

国境を越えそびれたおかげで、日没時、印パ両国側で同時に行われる国旗の降納式を見ることができた。これは、見世物的要素が色濃い催しで、係官の制服、コミカルな動き、いちいちオーバーリアクションなところなど、見ていて理屈ぬきで楽しめる。パキスタンに呼応するようにして、インド側も同じ時刻に演じているのも面白い。両国ともに、大勢のギャラリーがやってきている。

夜になって、国境から人がいなくなってしまえば、どこにでもあるような静かな農村と変わらない。鍵のかかる洗濯屋の店内に荷物を置かせてもらい、店の親父さんと簡易ベッドを並べて屋外で眠る。寝る前に、親父さんのトロンとした目が、じっとこちらを見つめていてちょっとドキッとしたが、無事だった。