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- March 2003 Archives -

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Posted by snotch at March 5, 2003 12:06 AM

木塔寺の近くにある、大佛寺へ行ってみた。大仏殿にはその名のとおり大きな涅槃が横たわっている。顔の表情がとても豊かで色気があるとは思いません?仏像というと、人間のかたちをしていながら何処か人間ぽくないという印象を持っていましたが、ここの仏像はとてもリアルな人間味を感じました。


Blogの祖、ハーバード大学研究員へ

Category : [Weblog]
Posted by snotch at March 6, 2003 7:32 PM

Harvard大学では、大学でのWeblog利用を本格的に推進するようです。学生や教員たちがBlogを用いて情報発信していくことで、研究の成果を共有していこうという試み。以外にも、大学で開設されているBlogはまだまだ僅かだとのこと。東大もさっさとやるべし。

Paul Festa(Staff Writer, CNET News.com)
2003年3月6日(木) 10時00分

at 甘粛省張掖 on 23/Jul/1999

Posted by snotch at March 9, 2003 7:29 AM

黒水国漢墓(黑水国汉墓 hei shui guo han mu)という遺跡を訪ねてみた。情報がほとんどなく、見所が整備されているということもないので、訪れる人も少ないらしい。

張掖からバスに乗って15~20分で遺跡への下車地点に到着。バスを途中下車して、西瓜、とうもろこし、ヒマワリなどが植わっている畑のあぜ道を通って十分ほど歩くと、高さ5,6メートルほどはある櫓台が見えてきた。城壁のすぐそばにまで砂が迫っていて、今にも埋もれてしまいそう。一見ただの荒野にしか見えない一帯だけれど、ここからは想像力の世界。家屋らしきものは見当たらないものの、城壁、門、櫓などは比較的よく原型をとどめた状態で残っており、城壁の内側には、家々の壁であったと思われるレンガ片、土器の破片などが散乱している。


「遺跡マニア、及び、よっぽど暇な人 対象限定」な遺跡の可能性が高し!
が、たどり着くまでの道のりがややこしいので書き留めておいた

張掖バスターミナルより、高台(gao tai)、平原堡(ping yuan bao)、临泽(lin ze)行きのバスに乗り、道に沿って約14.5km(15-20分)。進行方向に向かって右側の道程が「2743」と書かれている場所で降ろしてもらう。幹線道路より左に折れる道に入り、一つ目の角を右へ曲がったら、黒い砂利道にあたるまで直進する。黒い砂利道に達したら、左に折れてまっすぐつきあたり。
バス運賃は、2元、帰りはなぜか4元

at 甘粛省嘉峪関 on 24/Jul/1999

Posted by snotch at March 10, 2003 12:37 AM

嘉峪関(嘉峪关 jia yu guan)へバス移動。バス運賃は、黙っていると2倍採られそうになるが、ゴネるとすぐに普通料金になる。バスの具合は快調で、午後2時半には到着した。

嘉峪関はちょっとした町で、スーパーなどもあったりする。6月はじめに旅に出てからというもの、耳の穴を一度も掃除していないことに気がついたので、スーパーに買いに行った。店員さんに尋ねて耳掻きを見せてもらったところ、なんと金属製。耳掻きにはめっぽう弱い自分なので、耳の中が耐えられるかどうかが心配だったけれど、素材を選ぶ贅沢はないらしい。

宿のドミトリーで、たまたま日本人4名と同部屋になった。皆で、近くの屋台市場に夕食を食べに出た。もちろん中華も健在だが、このあたりまで西へ来ると、ウイグルの食文化も入ってくる。羊肉(yang rou)中心のメニュー。オーソドックスなのは、串に刺して焼いたものに唐辛子の粉末をたっぷりかけて頂くケバブ。羊なので癖はあるけれど、慣れてしまえば、その癖がおいしく感じる。陽気な中国人のおじちゃん達と席をともにしているうちに、ドリンキングゲームが始まった。つまるところ、ビールの一気飲み。ただ飲むのでは申し訳ないので、ゲームをして負けたら飲むという、飲酒の習慣のある国ならおそらくどこにでもあるルール。あとは覚えてません。ところで、羊の脳みその丸焼きは、少々ビジュアルに訴えるものがあった。

at 甘粛省嘉峪関 on 25/Jul/1999

Posted by snotch at March 13, 2003 11:39 PM

朝7時起床。宿のレンタル自転車を借りて、万里長城第一墩(万里长城第一墩 wan li chang cheng di yi dun)に向かう。自転車で万里の長城の端っこに行くなんて、なんて素敵なサイクリングなんだろうと、胸を躍らせペダルをこいだ。毎度のことですが、重厚な骨組みに、肉厚で幅広のタイヤからなる中国製自転車は、ペダルがとっても重い。嘉峪関の町を抜けると、強烈な向かい風と、砂利にタイヤをとられるのとで、歩いたほうが楽なんじゃないかと、何度もこのポンコツ自転車のことを責めたくなった。ずーと遠くの山脈のところまで、何も視界をさえぎるものがないので、果たして自分が前に進んでいるのか不安になるくらいだ。

万里長城第一墩がどこにあるのか、大体の見当で来てしまったので、目的地らしきものが見当たらず、だんだんと不安になってきた。が、宿を出発して、自転車をこぐこと約1時間半、それらしきものが見えてきた。近くまで来て悟ったのだが、北大河(bei da he)をはさんで、万里長城第一墩とは反対岸に来てしまった。しまった、と一瞬思ったが、きっと反対側から見る機会のほうが貴重だ。とくに、長城が河岸の絶壁でさっくりと切れているところなど、こっち側からしか見れないだろうし。
きっと、長城作った人達は、「ここまで壁作っとけば大丈夫だね」と互いに語っただろう。「そうだね」といってあげたい。

at 甘粛省嘉峪関 on 25/Jul/1999

Posted by snotch at March 16, 2003 11:32 PM


この河からそそり立つ崖っぷちには柵も何も無いのだが、つい端っこまで行ってみたくなるのが人情というもの。こわー!!

at 甘粛省嘉峪関 on 25/Jul/1999

Posted by snotch at March 18, 2003 8:53 PM

万里の長城の西の果ては万里長城第一墩であって、北大河の絶壁で途絶えていた(ホントは、これより西方にも、細かな断片が残っているらしい・・・)。長城西端の関所が嘉峪関(嘉峪关 jia yu guan)と呼ばれ、それが現在でもなお、町の名前となっているわけだ。秦の時代に着工された長城は、明代になって嘉峪関にまで達した。嘉峪関は1372年着工とある。
宿から自転車にのって、嘉峪関に向かう。市中からは、西のほうへ、ゆっくりとペダルをこいで30分程度のところにある。巨大な建造物を目の当たりにし、まさに、沙漠の中の城という印象を持った。西端の、国防の要だっただけのことはある。
ここから、地平線の霞にまで延びてゆく城壁を見て、中国の広さを改めて実感するとともに、このような建造物を作ってしまうエネルギーにただ感服するばかりだ。


at 甘粛省嘉峪関 on 25/Jul/1999

Posted by snotch at March 20, 2003 12:26 AM

嘉峪関の関内には緑の多い中庭が設けられていて、ここだけが沙漠のオアシスのようになっている。門の上部には楼が建っているが、これは、不恰好。
城壁の上部は幅数メートルの通路になっていて、誰でもが、周囲を見渡しながら、一周することができる。その通路を歩いて城壁の角を通り過ぎようとしたとき、建造物の中から声がするので覗いてみると、中年のおやじさんとシャツのはだけた青年が、たむろっている。僕のオリジナルな中国語で会話をしているうちに、ビールがやってきて、ドリンキングゲームが始まった。このおやじさん、役所のお偉いさんなのだと。平日の昼間から一体何してるんだろうと思ったけれど、休学して旅している自分に人のことは言えぬ。写真は日中友好の図。

de-moblog 予告

Category : [Greets, Movable Type]
Posted by snotch at March 21, 2003 12:33 AM

ついに
イラクへの宣戦布告というかたちで
戦争が始まってしまいました

デモブログをやります

デモ写真、イラク写真、テキストなんでもOK
war@ja.bz までどうぞ

公開ページ::http://bloggers.ja.bz/war/

at 甘粛省敦煌 on 26/Jul/1999

Posted by snotch at March 24, 2003 2:52 PM

嘉峪関から敦煌(dun huang)へ、丸一日の移動。嘉峪関の町を出発すると、周囲は人っ子一人いない荒野が果てしなく続く。ずいぶんと旧式のバスで、窓がいくつも壊れており、心地よい風が車内を通り抜ける。

心地よいなどと、思っていたのが甘かった。午前10時をまわったころから、ぐんぐんと気温が上昇していくのが体感できるほどに、急激に車内環境が悪化していった。羽織っていたものを全て脱ぎ捨て、埃色のT-Shirts一枚になっても暑い。、熱風が車内を渦巻き、まるでドライヤーの風を全身に浴びているよう。汗が出ても、出た瞬間に蒸発してしまうのだろうか?まったく体がべとつかないのに、体内の水分がどんどんと搾り出されていくようだ。おまけに、夕方陽が傾くと、バスの正面から僕の正面めがけて、光線が差し込んでくる。

午後5時に敦煌に到着。髪の毛、顔、首、腕・・・露出している部分全てが、かぴかぴに乾燥し、塩の結晶と沙漠の埃によって表面がコーティングされているのがわかる。瓜の水分と、屋台のスープがとってもありがたい。

今日の教訓 : 水は大事

at 甘粛省敦煌 on 27/Jul/1999

Posted by snotch at March 25, 2003 3:36 AM

敦煌は甘粛省の西端に位置し、古来東西の人々が行き交うシルクロードの交差点であり続けた場所。ここから先へは、天山北路、天山南路に分岐しはるか西へと続く。80年代にNHKで放映された「シルクロード」の影響もあって、知名度も高く、中国において日本人に最も人気のある観光地の一つになっている。

030326_01.gif莫高窟( mo gao ku )は、月の沙漠として知られる鳴沙山( 鸣沙山 ming sha shan )東端にある石の断崖に開鑿された、巨大な石窟群だ。敦煌市内からひっきりなしにマイクロバスが発着し、現地は中国人、日本人、西欧人でごったがえしている。

International Dunhuang Projectは、敦煌及び、周辺のシルクロードにおいて発見された、総数10万点を超える書物、壁画、遺物を、クオリティの高いイメージとともにアーカイブ、一般公開していこうというプロジェクト。

at 甘粛省敦煌 on 27/Jul/1999

Posted by snotch at March 28, 2003 4:25 AM

ヒマワリの種はおいしい。中身がふっくらと詰まったヒマワリの種を軽く炒っていただく。その小さな容積からは想像できない、奥深い香りと甘みがたまらない。中国では、移動中の旅の友としてだけではなく、日常的にもよくつまんでいる人を見かける。僕などは、外の殻と中身をうまく分離させてやるために指先の補助が必要だが、中国の人は、殻ごと口の中に放り込み、しばらくすると、割れた殻だけがピュッと口から飛び出てくる。ちなみに、漢字にすると、日本では向日葵とあらわすが、中国では朝陽花(朝阳花 chao yang hua)とあらわす。感性の微妙な違いが面白い。

自転車で敦煌の郊外を巡っていると、太陽光線を浴びすぎて巨大化したヒマワリたちや、太陽光線を浴びすぎて労働意欲ゼロのロバ君などに会うことができる。

Engeika?

Category : [Plant]
Posted by snotch at March 29, 2003 4:03 AM

パソコン家になろう」にある、「パソコンユーザー」と「園芸家」に共通点があるという記述には、共感できるところがある。

自分は、パソコン家としても、園芸家としてもイケきれていないが、小さいころから土を掘ったりするのは大好きで、一人暮らしの身の現在でも、部屋の片隅で地味にランを育てている。成長がゆっくりだけれど、太い根、厚い葉が野性味にあふれていて、年に一度の数週間だけに花をつけるところが良い。ちょうど今、購入してもう10年は経っただろう株が、黄色味をおびた小さな蕾をつけている。今年はどんな風に咲いてくれるのか待ち遠しい。